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一章 都市ドーラス(5)




 ここは訓練場である。

 女性陣の中心に冴南はいた。

 冴南が集めたわけではない。自然と皆が集まってきたのだ。頼りにされているということだろう。

 だが、冴南は有効な指示ができずにいた。

 たとえ魔物とは戦えなくても自衛の力は最低限身につけていたほうがいい、という考えは冴南にもある。

 だから、皆には戦う術を学んでほしいのだが、彼女には教えることができなかった。弓ならば最低限の指導はできるだろうが、弓を使える人間はすでに冴南が指導できるレベルの弓術の基本を学んでいた。後はむしろ反復練習のほうが必要だろう。

 そして、そもそも弓を武器とする人間が少なかった。

 固有武器として弓を持っているのは、冴南を含めて二人だった。

 青城南高校には弓道部がないので、冴南の他にもう一人弓が使える人間がいたのは、戦力的に考えれば幸運だった。普通に暮らしていると、学校の部活動以外で弓に触れる機会はないからだ。


 部活動と言えば、青城南高校には男女の剣道部がある。

 剣道部員だった女子は、三人いた。学年全体でも六人しかいなかったので、三人というのはなかなかの数だった。

 三人の内一人は初心者も同然で――幽霊部員と化していたらしい――二人は有段者だった。

 彼女たちに学ぶのがもっとも無難だろうが、一人はすでに北條に連れていかれてしまった。その時にもう一人の弓道経験者も連れていかれた。


「神原さん、もしかしたら私に期待しているのかもしれないけど無理よ。竹刀と真剣じゃ違うし、それに刀は私だけ。みんな武器が違うといえば違うし」


 この場いる唯一の剣道有段者植永亜貴うえながあきが、視線のあった冴南に声をかけてきた。

 彼女はショートの似合う活発的な女子だった。身長は一五〇後半ほどで平均だが、運動能力はかなり高い。

 同じクラスになったことがなかったので、冴南との親交はなかった。


「剣ってだけじゃ、やっぱり一緒にはできないか」


「たぶん。まあ、やらないよりはマシだろうけど……ただ、みんなが剣を振りまわしたいと考えているかはどうかな?」


「ちょっと、待って」


 冴南と亜貴が話している間に、別の女子が割って入ってきた。栗色の髪が目立つ少女だった。

 近くにほとんどの女子が集まっているが、多くは各自で会話をしていて、冴南たちの話に注目している者はいなかった。

 その中で、彼女は意見を言ってきたのだ。


「私たちにも戦えって言うの? 何と戦うの? 男子が言ってた魔物とかモンスターとかそういうやつのこと? 無理でしょ」


 甲高い声でまくしたてる。

 いっきに注目が集まった。

 冴南は挑発的な口調に対して反応することなく、その意見に耳を傾けていた。戦えない人が必ず出てくる。これは彼女がすでに想定していた問題だった。だが、その点に関して解決の手段を彼女はまだ持っていない。

 最初の激闘で得た経験が、戦うということに対してより慎重にさせていた。人は誰しも自分の経験を基準にしてしまうものなのだ。

 向いていない者に、戦わせるのは犠牲を大きくするだけではないか。

 訓練は戦いへの過程である。それを無理強いのような形にしていいのだろうか。

 静かな瞳で冴南は周囲をさっと見わたした。

 高い視点から美しい顔で見られた女性たちは、後ろめたさを覚えたようでそっと視線をずらす。

 冴南の視界の端で栗色の髪が揺れた。彼女はより大げさにより大きな声で主張する。


「みんなはどう思うの? 戦うとか言っているけど、無理でしょ? そんなの北條君たちに任せたらいいし」


 周囲がざわついた。

 意見を言う人間はいなかったが、賛同の雰囲気が漂っている。


「神原さんが何を考えているのか知らないけど、あまり常識はずれのことはしないでよ。もう、みんな部屋に戻りましょ。教えてくれる人も来ないみたいだし」


 彼女の言葉が口火となって、女性陣の中からちらほらと訓練場を後にする人たちが現れた。

 とどまっている人間も、ちらちらと冴南の顔色をうかがっている。


「ここにいても何もできないみたいだし、私も何か教えることなんてできないから、今日は解散にしましょう」


 冴南が声をかけると、十人近くいた女子も全員訓練場を後にした。

 残ったのは、冴南と亜貴だけだ。


「意外だな。神原さんなら、あんなやつの言葉は一喝するか、睨みつけるだけで黙らせると思ったんだけど」


「気持ちがないのに、訓練したら危ないだけでしょう。それに彼女の言い方はともかく内容は正しいところもある。これから戦えない人もたぶん出てくるだろうから、その人たちが意見を言えないような空気を今の時点で作っているようじゃ危ないでしょ、私たち」


「さすが、いろいろ考えているんだ。私はむかついただけだったけど。あの子、これからのことなんて何も考えてないよ、たぶん。さっきのも神原さんに対抗しただけだろうし」


「対抗? 何を対抗するの?」


 対抗も何も競う理由がない。いったい何を争うというのか。


「あれ、わからない? その辺りは鈍いんだ」亜貴の頬がゆるんだ。「神原さんは私たちのリーダーみたいなものだからね。男子が何か言ってきてもはねのけてくれるだろうし、外の危ない大人たちに対抗できるのも神原さんくらいだから」


「まあ、学級委員ではあるけど。学校のことは、あまり関係ないんじゃない?」


「どうかなあ。神原さんはやっぱり違うしね」


「違うと言われてもね」


「違うよ。それを分かってるから、あの子にしたら、ここでがつんと何か言っておかないと中心になれないと考えたんでしょうね。でも、神原さんはまったく相手にしてないから」


「相手にしてないって……」


「じゃあ、神原さん、あの子の名前知ってる?」


 冴南は答えられなかった。


「ああ、責めているわけじゃないから。あの子は、前川朝美まえかわあさみ。これからもからんでくるかもしれないから、憶えておいたほうがいいよ」


「ありがとう」


「神原さんは戦いがあるって考えてるの?」


「あると思う」


「もう戦ったとか?」


「ええ」


「凄いね。私は『戦う』って言葉を口にするだけで、違和感がある。たぶん、みんなもそうだと思う。神原さんの言う『戦う』って殺しあいってことでしょ?」


「物騒なこと言ってるなあ。おまえら怖すぎだよ」


 突然の介入者に亜貴が驚いて振り返った。

 冴南の位置からは近づいてくる男の姿が見えていたので、彼女に驚きはない。

 声をかけてきたのは、碕沢だった。

 現状のいろいろなことに対しても、どこ吹く風といった感じで、飄々としている。浮ついているような様子もなく、自然体だ。


「真面目な話をしてるんだけど、私たち」


「じゃあ、真面目な意見を俺も言おう。あれだろ、男は野獣なんだろ。まあ、最近じゃあ草食系とか言ってるから、猛獣ではないんだろうけど」


「何の話?」


 亜貴の声音は不審で溢れていた。

 碕沢をうさん臭そうに見ている。


「この世界にいる男たちは肉食系なんじゃないか? しかも、俺たちとはルールが違う」


 碕沢の言葉に、亜貴が一瞬黙った。


「……襲われるかもしれないって言うの」


「植永、おまえ何でそう直接的な表現をするんだ」


「碕沢が回りくどいんでしょ」


「知りあい?」


 冴南は誰という方向性を持たない問いを発した。


「うん。一年生の時一緒だったの」


「そう」


 冴南は小さく頷く。


「神原も自衛のために訓練をしておいたほうがいいと言ったんじゃないのか?」


「――どうだったっけ?」亜貴が思い出しているのか、目を細める。「まだ、神原さんは何も言ってなかった気がする。あの子が文句を言いだして、急に雲行きが怪しくなったのよ。ほんと、何だったの、あれ」


「ああ、やっぱり、おまえら怖いよ。それって、あれだろ? 女性同士の陰湿な派閥争い。お互い笑いながら嫌味の応酬をして、裏で陰口言いまくりっていう」


「何言ってんの、碕沢? 妄想がきついんじゃない」


「いや、植永の言葉のほうがきついだろ」


「でも、あんたの忠告はもらっとく。確かに、男は敵かもね」


 亜貴が碕沢から距離を取って、冴南の横に並んだ。


「なぜ、俺を睨む」


「あんたも男でしょうが」


「確かに、じゃあ、神原、ちょっと昼からつきあってくれ、用事があるんだ」


「何がじゃあ、なのよ! あんた私の話を聞いてた?」


「わかった」と冴南が頷く。


「――って、ええ? 神原さんこいつの言うことを聞くの? どういう関係?」


「どういう関係でもないよ。ふんだらね」


 よく分からない別れ言葉を残して、碕沢が離れていく。


「えっと、どういう関係?」


 碕沢に視線を飛ばし、すぐに冴南を見上げ、改めて亜貴が訊いてきた。


「戦友」


「あいつも戦ったの? ……でもあんがい碕沢は普通に戦えそう――二人だけで?」


「いや、玖珂君も」


「ああ、玖珂君がいたなら大丈夫ね」


「でも、リーダーは碕沢君よ」


「え? 玖珂君でしょ。そのメンバーで碕沢のはずがないもの。そんなフォローしなくていいから」


 亜貴は冴南の言葉をまったく信じていないようだ。

 碕沢が冴南と玖珂の上に立つというのが想像できないらしい。

 玖珂のリーダーの資質は冴南には分からない。

 だが、碕沢は自分などよりはるかにふさわしいのではないか、と彼女は思う。

 皆が冴南をリーダーとして見るのは、成績などの分かりやすい能力が高いからだろう。

 だが、リーダーに求められるのは、決断力と揺るぎない価値観だ。

 犠牲を伴う選択が迫られた時に、彼女にそれができるだろうか。

 冴南にはその自信がない。実際、今日の小さないざこざがそれを露呈してしまっている。

 彼女には強引さや我が儘さが足りないのだ。

 碕沢はどうだろうか。

 彼はある意味非常に我が儘だ。

 優先順位が高いと思ったほうを躊躇なく選ぶ。それで周りが迷惑をこうむることだってあるのだ。それを考えてなお彼は選んでいるのかもしれない。

 遅刻もそう。

 あの時の戦い方もそうだ。

 我が儘である。

 冴南にはそれがない。

 揺るぎない価値観をもって、周囲に流されず強引に進むことも時には必要なはずだ。それができる人でなければ、上に立つべきではないだろう。

 皆はまだ分かっていない。いや、分かっていないふりをしている。今は、命にかかわる深刻な状況なのだ。





 昼過ぎ、碕沢は冴南と二人で町中を歩いていた。

 服装を現地のものに変えたにもかかわらず、周囲の視線が集まるのは、二人の顔立ちが現地の人たちとやや異なるからというよりは、冴南の美貌によるものだろう。

 極上の果実には、多くの虫が寄ってくるのが道理である。

 その中から輝く知人を見つけることはそう難しいことではなかった。


「てめえ、金も持ってないくせに自分からメシ屋に入るってのは、どういう了見だ」


 碕沢と冴南の前にはダンが座っている。

 碕沢とダンの間にはテーブルがあり、そこには料理が並んでいた。


「頼んだ後に気づいたんだよ」


「すみません」


 碕沢の後に冴南が続いたために、ダンは開いた口から当初予定していなかった言葉を吐き出した。


「いや、カミハラちゃんはいいんだ。よくないのはそいつだけだ」


「冒険者って稼ぎが悪いのか?」


「ピンきりだ。まあ、俺みたいにもうすぐDランクにあがろうかっていう気鋭の冒険者は稼ぎがいいけどな」


「この町で一番ランクの高い冒険者は?」


「そりゃ、バル・バーンさんだろうな」


「ランクは?」


「Cランク――だが、バーンさんはBランクと同等の力があると言われてるんだ。まあ、あまえが関われるような人じゃないな」


「ダンは知りあいなのか?」


「まあな」


 自慢げにダンが言う。鼻が大きく膨らんでいた。


「じゃあ、紹介してくれ」


「アホか、おまえは俺の話を聞いてたのか! おまえ程度がバーンさんと話せるわけがないだろうが」


「ちょっと戦い方を習うだけだ。どうせ教えてもらうなら一流がいいだろう?」


「冒険者は自力で強くなるんだ。その程度の覚悟もないやつが、戦いなんて口にするんじゃねえ」


「俺は冒険者じゃない」


「てめえは――」


「あのダンさん」完璧なタイミングで冴南が口を挟む。「バーンさんにお願いすることはできないんですか? 方法はありませんか?」


「あ、ああ、えっと、まあ、正式な依頼をすれば冒険者だから受けてくれるかもしれない。ただ、バーンさんはそういうタイプじゃないと思うけど――あの人は本気で戦っているやつだけを助けてくれるから」


 どうやら脈がありそうだった。バル・バーンという実力者は戦闘一辺倒な冒険者ではないらしい。後進を育成するという考えがあるのなら、事情を説明すれば、依頼を受けてくれる可能性もあるだろう。


「Cランク冒険者に依頼するとしたら相場はいくらだ?」


「文無しが今日明日で払える額じゃねーぞ」


「ダンが昨日稼いだ金で足りるのか?」


「無理だな。あの人たちが狩るのは、俺が倒すような魔獣じゃない。数段上のレベルの魔獣だ。当然素材の価格は大違い。十倍はいいすぎでも、昨日の稼ぎの四、五倍は少なく見積もってもある。言っておくが、昨日は運が良かったんだ。いつもならあんなに稼ぎはねえぞ」


 昨日ダンたちが引いていた荷車は、確かに多くの獲物が乗っていた。あれはできすぎだったのだろう。

 普段は、もっと厳しいということか。

 一週間くらいはバーンという人間のスケジュールを押さえておきたい。そうなると、なかなか難しい金額になる。

 後ろ盾である総督は使えない。金を出してはくれないだろう。そもそもすでに教師役は総督から派遣されているのだ。

 金を借りる当てなどない。となると碕沢に思いつく方法はそう多くない。はっきり言えば、二つしかない。


 とりあえず先だつ物を得るためにも、周囲の魔獣の強さを確認しておく必要があった。時間がある内に一度外に出ておくべきだろう。

 玖珂も誘ったほうがいいかもしれない。


「昨日の荷車、あれはダンたちの物なのか?」


「ああ、そうだ」


「今日一日貸してくれないか?」


「何に使う……って、おまえ俺らのまねごとをするつもりか。素人にできるようなことじゃねーんだ。だいたい、おまえは怪我をしているんだろうが、死ぬぞ!」


「すみません、私からもお願いします」


「いや、いくらカミハラちゃんの頼みでも――まさか、カミハラちゃんも行くつもりか?」


「はい」


「止めておけ、死ぬだけだ」


「ダンも心配ならついてくればいい」


「なんで、俺が! 連日魔獣と戦うバカがいるかよ」


「いないのか?」


「くそったれ! 冒険者の常識も知らないやつが、魔獣と戦えるはずがないだろうが」


「だから、そんなに心配ならついてこい」


「誰がてめえの心配をしている。俺が心配しているのは、カミハラちゃんだ」


「だ・か・ら、心配ならついてこい。俺と神原が外に出るのは決定事項なんだ」


「カミハラちゃんのことを呼び捨てにするな――というか、カミハラちゃんであって、カンバラじゃないぞ」


「ええ、ダンさん。そこのところは、強く言ってやってください」


「神原、いらんことを言うな。話が長くなる」


 この後十分間ほど時間を無駄にして、その後食事を終えると、三人は魔獣の素材を得るために、町を出ることになった。

 碕沢は玖珂も連れていこうとしたのだが、兵舎にはおらず、彼を捕まえることはできなかった。








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