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序章10 行動指針




 ゴブリンたちとの連戦が終わった時、太陽は未だ沈む気配を見せていなかった。長い時間が流れたようなのに、実際はそうでもないようだった。

 碕沢たちはゴブリンとの戦いの場を後にした。重たい身体を引きずり、一時間以上歩いて、彼らはようやく人心地着いた。

 ちなみに、碕沢の左腕には添え木がされており、包帯の代用は綺紐でなされていた。三角巾の代わりも綺紐だ。これは戦いが終わってすぐに、冴南によって強引になされた応急処置だった。


「俺たちの他にもここに来てるやつはいるよな」


 碕沢は足を投げだして座っている。体重を背後の木に預け、だらしない姿となっていた。

 玖珂と冴南も同じように休んでいるが、どこか一本芯があり、だらしない格好には見えない。


「あそこにいた人間は、僕たちと同じような目にあっていると考えていいだろう。ただ、移ったのがここじゃない、別の場所という可能性もある」


「違う場所ね。ならいいんだけど、さすがにハードモードすぎるだろ」


「確かにハードだけど、たぶん、最初に選んだのが逆方向だったら、特に問題はなかった気がするけど」


 冴南の大きな瞳が碕沢を見ていた。その表情には何の悪げもない。


「それは言えているかもしれない。あの後は、ここまでゴブリンに限らず、モンスターぽいものにも遭ってないからね」


 玖珂がわずかに口元を緩めている。

 だらしなく休んでいた碕沢であるが、話の展開が思いもよらない方向に向かっていることを鋭敏に察した。


「あれだな。選択ってやつは、常に危険と隣りあわせなんだ。どこを選ぼうときっと簡単な道などないのだ。そうに違いない」


「別に碕沢君を責めてないから、力説しなくていいから」


「とりあえず無事生きのびているんだから」玖珂の声にもいたわりがある。


「別に責任など感じていない」


 碕沢は、何となく胸の前で拳を作りぐっと握りしめた。

 冴南の視線が碕沢の右手に向けられ、次いで左腕に投じられた。整った顔立ちに翳りが差す。


「しかし、この便利道具はずっと進化し続けるのかねえ」


 冴南の視線に気づかないふりをして、碕沢は言葉を続けた。


「碕沢の紐は、どれくらい伸びるんだ?」


「伸びる距離は変わらないだろ」


 玖珂の問いに答えながら、碕沢は綺紐を操る。

 右手からするすると綺紐が伸びていった。碕沢の予想では最大でも六メートルを超えたあたりで、限界が訪れるだろうと考えていた。

 だが、綺紐は主の気など知らず、伸長しつづけ十メートルを超えたあたりでようやく停止した。

 さらに綺紐は操作性を増したようで、先端をいろいろと動かすことができるようになっていた。


「その感じじゃ、進化はとまらないようだな」


 玖珂が言う。


「武器が強化されるなら歓迎ね……身体のほうも強化されているみたいだから、回復力というか自然治癒力も向上しているのかな」


 冴南の言葉は、間違いなく碕沢の左腕を気にかけて言っている。

 戦場では勇気を奮い、日常では人を気づかう精神を持っている。

 隙なし。まさに隙のない女――それが神原冴南だ。碕沢は心の中で実況した。

 外見、内面、能力、すべての面で秀でている。将来彼女を嫁にできる男は、それだけで勝ち組だろう。


「そう考えるのが妥当だとは思う」


「俺の腕を気にしているなら、まあ、大丈夫だ」


「何を根拠に言っているのよ」


 あなたのことなのよ、と冴南の鋭い視線が叱りつける。


「ゴブリンとかいるくらいだし、ファンタジーなら回復魔法や、回復薬くらい転がってるだろ」


「あなたね。そんな理由が根拠になるはずがないでしょ!」


 冴南の頬がかすかに紅潮した。

 学校生活で彼女が感情をあらわにするところを碕沢はあまり見たことがなかった。

 碕沢は冴南とさして仲がよかったわけではないので、たまたま彼がこういった場面を目撃したことがなかっただけかもしれない。

 今考えると、戦っている最中の彼女の言動も碕沢の抱いていた冴南の印象とは異なっていた。

 いつもは一歩引いていたのかもしれない。これが彼女の本当の姿なのか。

 冴南の新たな一面というやつを、碕沢は見たのだろうか。

 まあ、玖珂よりかは穏やかな一面だろう。


「碕沢は、僕たちが特別だと思っているか?」


「そういった可能性もある。誰かの意思でこの世界によばれて、この世界で戦うことを誘導されたのなら……神原が言っていたけど、武器が与えられているのは、やっぱり戦うためだろうから。戦わせるのなら、強いやつがいいに決まっている。というわけで、一般人よりかは強いんじゃないか」


「なら、その特別な人間が三人もいるのに、なぜ魔法は使えない? 魔法があるなら、武器と共に使用できるようにしたほうがいいんじゃないか?」


「私たちが特別じゃないか……魔法があるという前提条件が間違っているから」


 成績優秀者二人による見事なコンビネーションだ。


「もしくは、魔法の使えない三人が『偶然』集まったか」


 碕沢は付け加えた。


「まあ、その可能性は否定できない」


 玖珂が苦笑した。


「碕沢君、腕の痛みはどうなの?」


「戦いの興奮状態が醒めれば、痛くなると思ったけど――」


「痛くないの?」


「痛い」


「何よ、それ!」


「いや、痛いけど思ったよりは痛くない。骨折した経験がないから分からないけど、骨折したらもっと痛いんじゃあるまいかと」


 というか、碕沢の感覚では、肘が砕けたはずだった――だが、実際打撃を受けたのは、左前腕部分であったようだ。確かに左腕は動かせないのだが、腕を動かせないほどの重傷ならこんな痛みで済むはずがない。

 おそらく歩く振動で生じた痛みだけで、脂汗あぶらあせまみれになるのではないか。

 状態と痛覚に矛盾がある。どちらか、あるいは両方ともに誤認しているのか。


「素直に痛いって言えばいいでしょ」


「……はい、痛いです」


 碕沢は素直に認めた。

 思ったよりは痛くなかった。だが痩せ我慢しているのも事実だったのだ。


「碕沢の怪我は、僕たちじゃこれ以上どうしようもない。できるだけ安静にしておくしかないな」


「戦いになっても、碕沢君は参加しなくていいってことよ」


「つまり、今度は俺が姫様役ってことだな」


「つまらないことを言えるくらいには元気なのね」


 冴南がため息をつく。

 何やら苦労しているようだ。


「当面の問題は、碕沢の治療のためにコミュニケーションが可能な人間と会うことだね。まあ、コミュニケーションが取れれば外見はどうでもいいし、もっと言うと重要なのは治療が可能かどうかというところだけど……どうなんだろうね、この世界の医療技術、いや、医療に関わらず科学技術は」


「そんなこと、会えばわかるでしょ」さらりと冴南が言う。


「まあ、そうだね」玖珂が苦笑した。「それじゃ、当面ではない問題のことだけど、僕たちは元の世界に戻れるのか」


「その問題は戻れる方法があるのかというところに行きつきそうだ」


 碕沢の基準は、やはり地球の科学水準を基にしている。そのため、地球の科学力で可能でないことは、あまり楽観できなかった。

 異なる世界への転移など普通は不可能だろう。


「さまざまな偶然が重なった事故であった場合は、無理だろうね。少なくとも地球で、他の世界から来たという人は見つかっていない。オカルトの分野ではあるだろうけど、それでも数は少ないんじゃないかな。もしかしたら、僕たちのように地球からこっちに来る人間はいても、こっちから地球に渡る人間はいないのかもしれない」


「偶然じゃなく、何者かの意思であっても同じことが言えるんじゃない? こちらに呼べる技術があるからといって、向こうに渡る技術があるとは言えない」


「悲観的に過ぎるけど、神原の言うことは正しい」碕沢は視線を虚空に投じた。「けど、人為的であった場合、技術がある可能性は残っている」


「うん、僕もそう思う。僕らは、転移が人為的である可能性を探り、その人物を見つけることを目的とするべきだろうね」


「となると、情報収集ね。まずは、人の集まる村や町を見つけるってことでしょ。さっきと変わらないじゃない。じゃあ、さっそく行きましょう」


 冴南が立ちあがる。

 彼女の動きにあわせて、長い髪がさらさらと流れるように揺れた。

 先程歩きながら冴南が「髪切ろうかな」と言っていたことを碕沢は思い出した。戦いだと邪魔になるからだろうが、反対するべきかもしれない。


「何してるの、二人とも早く立って」


「いや、まだそんなに休憩してないだろ。もうちょっと休んでいいんじゃないか」


「腕が痛いんでしょ? 早くきちんとした治療をするべきよ」


「そこは痛いんだから、もう少し休ませてあげようじゃないのか? 玖珂もそう思うだろ――」


「なあ」と碕沢が呼びかけると、すでに玖珂は立ちあがっていた。


「僕としては、できれば野宿をしたくないんでね」


 碕沢を気づかうのとはまったく異なる理由で、玖珂が冴南に賛成する。

 男女二人の視線にさらされ、碕沢は屈した。


「町があればいいけど、な。もしかしたら、ここはゴブリンだけが棲む島かもしれないぜ」


 碕沢は負け惜しみを言った。

 碕沢の不吉な予言は外れた。

 三時間後、夕暮れを迎えようという時間帯に、碕沢たちはこの世界の新たな住人と会うことができた。

 碕沢たちと見た目はそう変わらない人間である。

 彼らの容姿は、ヨーロッパ系ではあるもののオリエントの香りも漂わせるものだった。

 彼らと碕沢たちの間であっさりと会話は成立した。

 玖珂が先頭に立って交渉し――碕沢にはこの行動が非常に怪しく思えた。玖珂は交渉が失敗することを前提として行動したのではないか――町まで案内してもらうことになった。

 ちなみに相手は四人組である。

 彼らの案内を受け、共に三人は歩いた。彼らの歩く速度は、碕沢たちにとってかなりのんびりとしたペースだった。碕沢たちが歩いていた速度の半分以下だろう。完全武装をし、荷物を背負い、獣のようなものを乗せた荷車を運ぶ彼らと、ジャージ姿の碕沢たちでは背負う重量に差があるので仕方のないところではある。

 一時間後、碕沢たちは無事町へと足を踏み入れたのだった。





 新世界暦三九五年。

 被検体の基礎能力について、特別記すことはない。

 成長については、目覚ましい結果を残す被検体も見られた。

 ただし、この結果が被検体の種族の特性であるとの証拠にはならない。

 いずれにせよ、被検体の数を増やすことを推奨する。その数は千人規模であることが望ましい。少なくとも五百人は確保するべきである。


 ――実験結果の報告書の一部を抜粋。



 新世界暦三九五年。

 此度の結果が世界へ与えた影響はほとんど見られない。異常気象といった災害の発生は今のところ観測されていない。

 だが、経過の観測は必要である。

 ただし、――の地下、さらに大陸四方にいる――へ影響は、確実に及んでいる。これはいたずらに――――――――注意する必要がある。

 時空の歪を制御することは未だ難しいと言わざるを得ない。

 再度、しかも規模をひろげての実験となると、――のみならず、世界へ影響が出ることも考慮しなければならない。―――――の目覚め――確実である。

 現時点で、我々はそれに対処する術を持たない。


 ――観測結果の簡易報告書の一部を抜粋。



 新世界暦三九五年。

 実験の中断が決定。


 ――実験は中止された。








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