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二章 第三軍団団長プーラ・オベスク




 そこは、屹立していた樹木が途中で折れ、あるいは砕けて散り、まるで極大の竜巻が通りすぎた後のような有り様だった。

 それは人間と魔人との戦いであった。

 一人と一体がむき出しの岩場で対峙している。

 何も知らない一般人がこの戦いを見ていたのなら、どちらが自分の陣営に属する者なのか分からなかったかもしれない。

 いやはっきりと誤認しただろう。


 ――第三軍団団長プーラ・オベスクこそ魔人である、と。


 盛りあがった筋肉からは人間を超えた膂力が解き放たれていた。

 彼が地面を一蹴りするだけで、小爆発を起こしたかのように土煙があがる。

 彼が剣を一振りするだけで、剣風が生じ、離れた場所にいるものまでも傷つけた。

 口角をあげた形相は凶悪である――獣性が表情を満たしている。

 二メートルを超す巨体に、凶相があり、筋骨たくましい男――鎧は全身をおおうものではなく、胸当てや籠手など部分を守っているだけだ。

 色は黒だが、オーガを斃しつづけた結果、真っ赤に染まっていた。


「おまえがオーガ・キングか」


 楽しげにオベスクが呼びかける。

 瞳は正気と思えぬほどに爛々と光っていた。

 振り落とした剣先から乾ききらない血が地面にしたたり落ちている。

 狂気が爆ぜていた。

 恐怖を呼び起こすのに充分な異様な風体だった。


 だが、オベスクと距離をおき、対峙していた魔人はかすかに眉をひそめたのみである。

 鮮血で染めあげたような美しくも禍々しい赤毛をしている。

 額から生えているねじれの入ったほっそりとした二本の角も赤い。

 瞳の色も赤かった。

 共にワインレッドのような透明感のある赤色だ。

 身長はオベスクと変わらない。

 だが、体格はオベスクに比べスリムである。

 それでも、、筋肉はしっかりとついており、しなやかな線を描いていた。


「人間にしてはやる」


 外見の美にたがわない声質だった。

 超然とした姿が、普通のオーガではないことを主張している。


 緊迫した静寂があった。

 彼らの周囲にオーガがいないわけではない。

 むしろ、多くのオーガが両者を囲み、視線を集中させていた。

 人間を前にしているというのに、いずれのオーガも襲いかかることをしない。

 上位種からの命令もあっただろうが、オベスクがこれまで築いたオーガの死体の山も関係しているだろう。

 迂闊に近寄れば、一瞬にして命が断たれることをオーガたちは理解していたのだ。


「おまえらもオーガにしてはやりやがる。第三軍団うちのやつらがずいぶんとやられたようだ。まあ、いいさ。兵士なんかどっからでもわいてきやがるからな」


魔人上位種わたしたちに近い感覚を持っているようだな。ただし、自らまっさきに敵地に飛び込む愚かさが最大にして埋めることのできぬ違いだ」


 魔人ははっきりとした口調で滑らかに言葉を扱っている。


「ぺらぺらよく喋ることだ。それがキングの証か? 戦いじゃなく、人間みたいに話せるようになることが」


 オベスクにとって、目の前のオーガの強さと美しさはデュークではないと判断するのに充分だった。

 オベスクは手始めにデュークから狩るつもりだったが、デュークは現れなかった。

 おそらく大隊長たちがデュークを引き受けているのだろう。


「くだらない進化だ」


 オベスクの嘲笑に、魔人が綺麗な眉をぴくりとさせた。

 不快が滲んでいる。


「どうせ最期だ。話したいだけ話せばいい。周りのやつらもすぐにきさまと同じ運命をたどらせてやるよ」


 オベスクは笑った。

 その姿は獲物を喰らう直前の獰猛な獣そのものである。


「人間のよくやる勘違いというやつか。相手をしてやろう。かかってこい」


 魔人が指を立てて小さく動かす。

 間違えようのない挑発だ。

 オベスクは魔人に襲いかかる。

 風景をおきざりにして、とてつもない速度で飛び込んだ。

 剣閃が駆けぬけ、魔人の身体を斬り捨てようとする。

 高い音が空間を引き裂き、両者の影が交差した。

 すぐに互いに距離をとる。


「ちょっとはやるようだな」


 心地よさそうに目を細めて、オベスクが魔人の力を評する。

 対して魔人はオベスクをじっと見つめていた。

 魔人の肩のあたりに赤い線が生じ、そこから血が流れだした。

 鎧をまとっていれば防げた傷である。

 対照的にオベスクに傷はない。

 鎧も傷ついていない。

 かすり傷ではあったが最初の接触はオベスクに軍配があがった。



 この両者の戦いは隔絶していた。

 一撃一撃が周囲に影響を及ぼしている。

 オベスクの剣が弧を描き、魔人がそれを受け流す。

 その一連の動作だけで、周囲に粉塵が舞っていた。

 彼らの攻防は瞬きも許さぬほどの速度で行われながら、停止することなく連続して交わされているのだ。


 特にオベスクの動きはおかしい。

 あまりに美しい剣筋――まるで型を披露しているようにわずかな揺らぎもない。

 しかも、スピードが尋常でなかった。

 むろん、スキルだ。

 攻撃は途切れることがない。

 連続して縦横にオベスクはスキルを使用しつづける。

 時には、まるで旋律を外れた音のように、不協和音の攻撃を無理やり行うこともあった。


 二人の攻撃で岩や樹木が粉砕された。

 しかも、右の岩が破砕したと思ったら、次の瞬間には離れた逆方向にある樹木が倒れているのだ。

 周囲にいるオーガのほとんどは戦いについていけていなかった。

 巻きこまれないように距離をおく。

 彼らにできるのは、それだけであった。

 それでも周囲のオーガの中には戦いに巻きこまれる者もいた。

 彼らの死は、無情ではあるが、戦いに何の影響も与えることがなかった。


 人間と魔人の間に力の差はそれほどなかった。

 それほどないのであって、差は確かにあったのである。

 それは攻防の差からもあきらかだった。

 しだいにオベスクの攻撃は苛烈さと速度をましていき、魔人の防御を突破するところがたびたび見られた。

 最初は本当にわずかな差であった。

 だが、それが徐々に明確になっていく。

 裂傷が増え、魔人の身体に血がにじむ。

 ほんのわずかだが、傷のために動きが鈍った。

 このわずかな差が積み重なり、いよいよ趨勢があきらなかになろうとしていた。


 オベスクが剣を振りあげ、大地をも斬り裂かんとせんばかりに振りおろした。

 威力、速度共に申し分ないが、その攻撃はこれまでに比べ威力に重きがおかれ、速度がわずかに劣っていた。

 大振りに近いものがある。

 オベスクはいっきに勝敗を決めに行ったのだ。

 このままちまちまと傷つけていっても勝てるだろう。

 だが、キングが危機を迎えると、ザコどもがうるさくまとわりついてくることを第三軍団団長は知っていた。

 そのわずらわしさに巻きこまれないためには、危機に陥る前に斃してしまえばいい、というのがオベスクの判断だった。

 高く鈍い音がこだまする。

 魔人が受けとめたのだ。

 だが、オベスクは渾身の力をこめて剣を振りぬいた。

 スキルによる定められた威力と力の方向に、オベスクの狂ったような獣性の力が加わった。

 魔人の剣が折れ、両目を見開いた顔に剣が振り落とされる。

 オベスクは確かな手ごたえと共に、剣で地面まで斬り裂いた。


 ――勝った。


 それがオベスクの最後の思考だった。


 第三軍団団長の首が宙を舞っていた。

 身体は両足で踏んばり、剣を振りぬいた姿のままだ。

 頭部だけがなく、肩の部分は水平になっていた。

 数秒後、血が天にむかって吐きだされた。

 血の噴出の勢いにおされるようにしてオベスクの身体が倒れる。

 身体が倒れるのとほとんど同時に頭部も地面に転がった。

 ころりと転がった後、オベスクの頭部は飾り物のように地面を床として直立する。

 瞼は開いたまま、舌のみが力なく垂れさがっていた。


「なるほど、人間とは侮れぬものだな――の言葉もあながち間違ってはいないようだ」


 オベスクを見おろしながら男が呟く。

 魔人である。

 オベスクが戦った魔人と同じような美しい容貌をしていた。

 手には人間の命を奪った剣がある。

 だが、彼の持つ剣には血どころか曇り一つなかった。


「しかし、我らの王に及ぶべくもない」


 もう一つの声が新たに加わった。

 やはり美しい魔人である。

 オベスクによって散った魔人と、この二体の魔人は同格のものたちであった。


「当然だろう」


 魔人が薄く笑う。

 この両者はオーガ・デューク。

 キングに継ぐ上位種であった。

 彼らの足元では、血の湖がひろがっていた。









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