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第四章 後半

 第四章 邪神との死闘 後半


 二日後の朝になると、俺は泊まっている自分の部屋で支度を調える。迷宮に行くのは今日だし、ラフィリアたちとは広場で待ち合わせをしている。


 ちなみに宿屋を訪れた騎士の報告によると、結局、リオルドも迷宮に行くことにしたらしい。

 どれだけの報酬を貰うことになったのかは詮索していないので知らないが。

 

 俺はアルカンデュラのようなモンスターたちに取り囲まれているところを想像し、否応なく緊張した。


 ラフィリアは自信を覗かせていたが、アミュレットは本当に効果を発揮してくれるんだろうか。

 もし、不測の事態に陥ったら、生き残れるかどうか不安だ。

 

「いつになく真剣な顔をしているな」


 ゼグナートは剣の刀身を眺めている俺に話しかけてきた。


「まあな。リオルドの言じゃないが俺もどうにも嫌な予感がする」


 最後の最後で、命を失う羽目にならなきゃ良いが。


「案ずるな。お前の力は誇れるものだ。それはリオルドもラフィリアも、そして、この私も認めている」


 ゼグナートは静だが確かな重みのある声で言った。


「そうなんだけど、今の俺の力じゃ、神や悪魔には対抗できないと思うんだよ。なんか、すぐにでも強くなれる方法とかないかな?」


 この家宝の剣には秘められた力があると言われているのに、これまでの戦いではその力は発揮されなかった。


 だとすると、やはり普通の剣だと考えるしかない。いずれにせよ、確実性のない力を頼りにすることなどできない。


「ないな。そんな方法があれば、私もとっくに教えている」


 ゼグナートはバッサリと切り捨てるように言った。


「そうか。せめてお前が戦えれば怖い者なんてないのに」


 いい加減、伝説の魔神としての力を見せて欲しい。


「それはできない相談だ」


 ゼグナートは半眼で言った。


「ままならないな」


 俺は嘆くように部屋の天井を仰ぐ。静まり返った部屋では懐に入れている懐中時計のカチカチという音だけが聞こえてくる。


「人生、いや、世界とはそういうものだ」


 ゼグナートは少し間を置いてから達観したように言った。


「そんな世界を救う価値なんてあるのか。いっそのこと大洪水でも起きてくれた方が、この世界にとっては良いことかもしれないし」


 アシュランティア帝国も滅んでくれるだろう。


「かもしれないが、私は今の世界を愛しているのだ。お前とて愛する者を失う悲しみが分からないわけではないだろう?」


 確かに親父やガモットが死ぬのは嫌だ。


「まあな」


 俺は肩を竦めて、おどけたようなポーズを取る。それから、話は終わったとばかりに腰掛けていたベッドから立ち上がった。


 そして、俺は巻き貝亭を出ると広場へと向かう。その途中、何も知らない顔で道を歩いている人々を見た。


 みんなあと数年で世界が滅ぶなど夢にも思っていないだろう。しかも、彼らの平和な生活を守れるかどうかは俺の肩に掛かっているのだ。


 それを思うと、負けられない。


 心なしか重い足取りで、俺が広場に辿り着くと、そこにはラフィリアとガルフがいて、噴水の前で立っていた。


「待っていましたよ、セイン」


 そう言った、ラフィリアは白い肌を惜しげもなく晒すような格好だった。


 ちなみにラフィリアの服は彼女の背後にある女神ラフィールの像が着ている服と良く似ている。

 なので、今のラフィリアは本当の女神のように思えた。

 

「約束通り、来てくれたことには感謝しよう。とはいえ、俺はラフィリア王女のように君に何かをしてあげられるわけではないが」


 ガルフは腰に帯びた長剣に手を置きながら笑う。そんなガルフからは戦士としての貫禄のようなものを感じた。

 そして、二人の反応を見た俺も幾らか勇気づけられる。


「別に良いって。それよりも、リオルドはまだ来ていないみたいだな。ま、あいつのことだから怖くなって逃げ出したと言うことはないだろうけど」


 リオルドは自らのプライドに反するようなことはしない。そして、口にした約束も必ず守るのだ。


「だろうな。待ち合わせの時間まで、まだ余裕があるし待とう」


 ガルフは広場にある大きな時計に視線を馳せながら言った。


「ところで、ラフィリアの護衛ってガルフだけなの?」


 俺は気になっていたことを質問する。


「そうですけど、何か問題でもあるんですか?」


 ラフィリアはケロリとした顔で言った。これには俺も面食らう。


「大ありだよ。何でもっとたくさんの護衛を付けて貰わなかったんだ。こういう場合は数が多いに越したことはないだろう」


 例えモンスターが現れても、数で押し切れるなら問題ないはずだ。いっそのこと騎士たちを大勢、引き連れて迷宮に行くのはどうだろう。


「その通りなんですがモンスター避けのアミュレットがカバーできる人数は五人くらいまでなんです」


 ラフィリアはスラスラと言葉を続ける。


「だから、あなたとシュルナーグ様、そして、ガルフの他には一緒に行ける人間はいませんでした。もっとも、定員は五人ですから、あと、もう一人いても良かったんですけど、フィックやゼグナート様もいますからね」


 特にゼグナートは強大な魔力があるから、アミュレットの力で保護しきれるか疑問の余地がある。


「なるほど」


 俺は愁眉が開いたように納得する。


「つまり少数精鋭で挑むしかないというわけだ」


 ガルフが捕捉するように言った。


「そういうことです」


 ラフィリアも少し顔をしかめながらガルフの言葉を継いだ。


 すると広場の向こうからリオルドが歩いてくるのが見える。その肩の上にはちゃんとフィックもいた。


「来てくれると思っていました、シュルナーグ様」


 ラフィリアはリオルドが目の前まで来ると感激したように言った。


「そうか。だが、金のためだから別に感謝なんてしなくても良いぜ。それに王女様に付き合ってやれるのも、おそらくこれで最後だ」


 リオルドはやさぐれたように肩を竦める。最後という言葉には俺も特別な重みを感じた。


「ええ。でも、嬉しいです」


 そう言いつつも、ラフィリアはどこか悲しそうな顔で笑った。


「そうか。まあ、王女様はともかく、ガルフには借りもあるからな。それは返しておかなきゃならないだろう」


 リオルドの言葉にガルフは鷹揚に頷く。


「まだ酒も奢って貰ってないからな」


 ガルフは豪胆に笑ったし、迷宮から帰って来れたら、俺も酒を飲みたいな。


「ああ」


 リオルドは首の辺りの髪を撫でつけた。


「とにかく、全員揃ったことですし、迷宮に行きましょう。心配しなくてもモンスター避けのアミュレットの力は本物ですし、たぶん戦いになんてなりませんよ」


 ラフィリアは張り切るように言ったが、俺は不安を払拭できない。


「そう願いたいもんだ」


 リオルドも安易な楽観はしてないようだった。


 その後、俺たちは広場の階段から地下街に下りると、そのまま寄り道などはせずに迷宮の入り口へと向かう。


 迷宮の入り口には兵士たちがいたが、ラフィリアの顔を見るなり、畏まったように敬礼する。

 更にお気を付けて、と言葉を添えて扉を開けてくれた。それから、迷宮に入ると俺は神経を張り詰める。

 リオルドもガルフも無言だった。

 

 ただ、ラフィリアの胸にあるモンスター避けのアミュレットだけが、不思議な色合いの光を放っている。


 フィックもアミュレットの力の影響からか、リオルドの手にしている革袋の中に潜ってしまって顔を出さない。


 アミュレットの力をモンスターが嫌うのは確かなようだった。

 

 そして、俺たちは何が出て来ても良いように歩を進めるが、歩き始めてから一時間、経ってもモンスターは現れなかった。


 前はすぐに群れを成しているモンスターと鉢合わせしたのに。

 

 とはいえ、モンスターの代わりに他の冒険者たちとは顔を合わせることができた。彼らはアルカンデュラがいなくなったおかげで安心して、迷宮の探索ができると零していた。


 が、そんな彼らにこれから迷宮の最深部にあるゲートを封印して、モンスターが出ないようにするとはとても言えなかった。

 迷宮にモンスターが出なくなったら、この王都はどうなるのだろう。

 

 俺は迷宮との付き合い方は考える必要があるという、ゼルアドル、いや、ラサールの言葉を思い出していた。


 とにかく、俺たちはひたすら歩いて、迷宮の最深部を目指す。迷宮は地下三十階まであると言うし、二十三階までは地図もあるので迷うことはない。


 だが、二十五階を過ぎるとフロアーがやたら大きくなり、道も複雑に入り組むという。出現するモンスターもドラゴン並みに強いと言うから、恐ろしい。


 でも、最深部にまで辿り着けた冒険者も過去には何人かいたらしいので、俺たちにできないと言うことはないだろう。


 俺はモンスター避けのアミュレットの力を祈るように信じながら歩く。


 次第に他の冒険者たちとも出会わなくなった。もちろん、モンスターも現れないので迷宮の通路は静寂に包まれている。


 そして、俺たちは不自然というか、空恐ろしくなるくらいモンスターたちと出会うことなく、地下二十階までやって来る。


 見通しの良い大きな部屋に足を踏み入れると、ラフィリアは少し休憩しましょうと言った。

 

 もう四時間半も歩き詰めだ。これでモンスターが出て来るようなら、ここまで辿り着くのに半日はかかったかもしれないな。


 俺は持っていた袋から、水と食料を取り出す。これは俺のためにフィルミナが用意してくれたものだ。


 俺はパンに齧り付くと、水も口に含んだ。ゼグナートも保存用のチーズを食べている。


「今日中に迷宮の最深部へは辿り着けるのかな?」


 俺は干し肉を食べているリオルドに話しかけた。


「大丈夫だろ。と言いたいところだが、地図のない二十三階からはどうなるか分からないな。アミュレットの力のせいでフィックの鼻も効かないし」


 フィックはまだ革袋の中から出て来ない。これだと、もし戦いになってもゼルアドルの時のようにフィックの力を借りることはできないだろうな。


「そうか」


 俺は疲労感を漂わせながら肩を落とした。


「迷う心配はない。ここまで来れば私も魔界から流れ込んでくる空気を感じ取ることができるからな。だから、それを辿っていけば良い」


 そう頼もしく声を挟んだのはゼグナートだった。


「お前が案内をしてくれるってわけか。なら、問題はなさそうだな」


 ゼグナートのやることに間違いはないだろう。


「ああ」


 ゼグナートが頷くと、俺の背後からガルフが現れる。


「その蛇がゼグナートなのか?」


 ガルフが観察するような目で尋ねてきた。


「そうだよ。すぐには信じられないと思うけど、こいつはあの伝説の魔神ゼグナートなんだ。本当の姿になればドラゴンより大きくなる」


 その力は未知数だが、二割程度の魔力でも、そこらのドラゴンよりかは遥に強いという。


「それは凄いな。俺もゼグナートなんて神話の中だけの存在かと思っていたが、まさか実在したとは」


 ガルフもさすがに驚嘆しているようだった。


「俺も会うまではそう信じて疑わなかったよ」


 正直、今でも信じ切れていないところがある。伝説からイメージしていたゼグナートと、実際のゼグナートとでは大きなギャップがあるからな。


「でも、どうして君はゼグナートと一緒にいるんだ?」


 ガルフの問い掛けに俺は逡巡した。


「話せば長くなる」


 俺がそう言うと、ガルフは「構わない」と言ったので、仕方なく話すことにした。


「なるほど。まさか、そんな事情があるとは思わなかったな。驚天動地だとしか言いようがない」


 全てを聞き終えると、ガルフはゼグナートのひょうきんな顔に視線を向ける。まるで品定めをしているようだ。


「あんたはその話を聞いてどうするつもりなんだ?」


「どうもしない。俺は元、軍人だし、今更、死ぬことなど恐れはしない。ただ、自分の運命を受け入れるだけだ」


 ガルフの言葉には幾多の戦場を潜り抜けてきた軍人としての重みがあった。


「そいつ殊勝なことだな。ところで、ずっと聞きたかったんだが、あんたは何で帝国の軍人になったりしたんだ?」


 俺が何げない感じで尋ねると、リオルドもラフィリアも興味をそそられたようにガルフに視線を向ける。

 それを受け、ガルフはどこか諦めにも似た顔で口を開いた。

 

「かつて帝国がアラクシアス王国に侵攻した際、俺は国境の近くの村に住んでいた。そして、帝国の軍がその村に入り込むと、そこを拠点としたんだ」


 ガルフは遠い目で言葉を続ける。


「だが、帝国の軍人たちは村人を傷つけるようなことはしなかった。なのに、攻撃をしかけて来たアラクシアス王国の軍は帝国の軍人だけでなく、そこにいた村人たちも見境なく殺し始めたんだ」


 ガルフの目に憎しみのようなものが宿る。それから、ガルフは心に痛みを覚えたような顔で話を続ける。


「そして、そんな状況に置かれた俺を助けてくれたのが当時、帝国の将軍だったフォルス・ドゥ・ガルバンテスだった。戦いが終わった後、俺は将軍の養子になり、そのまま帝国の軍人にもなったというわけさ」


「そんなことがあったのか」


 壮絶な過去と言うにはガルフの声はあまりにも平坦すぎた。ただ、目だけが隠しきれない怒りを湛えている。


「ああ。俺は両親を殺したアラクシアス王国の軍人たちを憎んでいた。だが、将軍という主だって軍を動かす立場になると、綺麗事ばかりを言っていられないことも分かった」


 ガルフは自嘲混じりの声で言葉を続ける。


「それでも、俺は帝国に命を助けられた恩を返すために、他の国を滅ぼし続けた。ただ、さすがに自分の手で、自分の故郷の国を滅ぼすことはできなかったんだ」


 ガルフは何かを吹っ切ったような顔で口を開く。


「だから、帝国の軍も辞めたんだよ」


 ガルフは目を薄く瞑りながら笑う。その顔に後顧の憂いはなかった。


「そういうことね」


 殺し合いとは無縁の生活を送ってきた俺ではガルフの心は汲み取れないな。それは複雑な顔をして話を聞いていたラフィリアも同じだろう。


「君も世界を救う旅に出るというのなら、綺麗事では済まない事態にも巻き込まれるはずだ。それは覚悟しておくことだな」


 ガルフの警告に俺も頷いた。


「その言葉は肝に銘じておくよ」


 そう言うと、俺は渇いた喉に水を流し込んだ。それから、俺たちは休憩を終えると、再び迷宮の中を歩き始める。


 気のせいではなく、最深部に近づくほど迷宮から漂ってくる空気も異質なものに変わっていく。

 

 アミュレットの光りも、どんどん強くなっていった。


 俺はそれでもモンスターが現れないことに胸を撫で下ろす。もし、アミュレットがなかったらと思うと心胆が寒からしめられた。


 そして、二十三階を過ぎると地図が役に立たなくなるので、ゼグナートの案内で通路を歩いて行く。


 ゼグナートの案内は正確だったので、迷うことなく階段にまで辿り着けた。それから、二十五階に到着すると、更に空気が重くなり、通路もまるで迷路のように入り組むようになった。

 

 ここで迷ったら、例えモンスターが出なくても命取りになるな。

 

 そう思いながら俺は延々と通路を歩き続けた。そして、気が遠くなりそうな時間が過ぎると俺たちは地下三十階にまで下りてくる。


 そこは魔界の延長線と言っても良いくらい、空気が淀んでいた。足を踏み出すだけで、震えが来るほどだ。

 理屈ではなく本能的な恐怖が俺の心を支配する。この恐怖に負けなかった強者だけが迷宮を制覇できるというわけか。

 

 俺は恐れを勇気に変えて、歩を進めた。すると目眩がするような圧迫感を感じる大きな部屋へと辿り着いた。


 そこは神殿のような雰囲気を漂わせていて、中央の床には巨大な魔方陣がある。これが魔界へと続くゲートと見て間違いないみたいだな。


 このサイズからすると何か大きな存在が通ることを見越して作られたようだが。

 

「まるで魔力がうねりを上げているようだ。こんなところにいたら、それだけで普通の人間は倒れかねないし、さっさとゲートの封印をしろ」


 ゼグナートは魔方陣の前で棒立ちしている俺たちを見て、そう指示する。


「分かりました。今から女神ラフィールの力で、ゲートの封印をします。あなたたちは離れて見ていてください」


 そう言って、ラフィリアが魔方陣に近づこうとすると、いきなり魔方陣から光りが膨れあがった。


 そのあまりの唐突さに俺も微動だにできない。


「えっ?」


 仰け反ったラフィリアはぎょっとしたような顔をする。魔方陣の上には霞のようなものが漂っていた。


 その奥から身も凍り付くようなプレッシャーが押し寄せてくる。姿は見えないが尋常ならざる何かが魔方陣から現れたということだけは俺にも分かった。


「良くここまでやって来れましたね。人間がこのゲートに辿り着くなど、何十年ぶりでしょうか」


 霞の中から不吉とも言える声が聞こえてくる。


「どうやら、ただ者ではなさそうですし、私も少しは楽しめそうだ」


 そう声が発せられた瞬間、霞が流れるように消えて、魔方陣の上に大きな黒い鎧のようなものが浮かんでいるのが見えるようになった。


 ただ、鎧と言うにはやけに洗練されたシルエットをしていた。どこか未来的な雰囲気も醸し出している。


 その上、現れた正体不明の鎧には幽霊のように足がなかった。顔も昆虫のようなフォルムのかぶとに覆われていて、その隙間からは目のような光が見える。


 モンスターや悪魔とは明らかに異なる存在感が鎧からは発せられていた。


「貴様は邪神ジェハサーク」


 そう切り裂くように叫んだのはゼグナートだった。こいつがあのジェハサークだと言うのか。


「久しぶりですね、魔神ゼグナート。大いなる存在の力で封印されたと聞いていましたが元気そうで何よりです」


 鎧、いや、ジェハサークは人間とは違う声質で言った。


「そういうお前も、その心の邪悪さはいかほども変わっていないようだな」


 ゼグナートにしては言葉が刺々しい。どうやら、ゼグナートとジェハサークの間には浅からぬ因縁があるようだ。


 でなければ、温厚なセグナートがここまで怒りを露わにしたりはしないだろう。


「我が心を邪悪などと言われるのはいささか心外ですが、まあ、良いでしょう」


 ジェハサークはクックと笑い声を漏らすと、言葉を続ける。


「どのみちゲートの封印をされるわけにはいきませんし、あなたたちにはここで死んで貰うしかないのですから」


 ジェハサークの手に大きな鎌が現れる。鎌を手にしたジェハサークはまるで死神を彷彿とさせた。


 俺の背中からもじっとりとした汗が流れ落ちる。迂闊に動けばあの鎌に命を刈り取られるという危機感があった。


「今のお前にそれができるかな」


 ゼグナートの言葉にジェハサークは腕を広げる。その腕には中身がないらしく、手も宙に浮かんでいるようだった。


「確かに今の私はただの分身に過ぎません。本当の私の体はまだゲートを通過できませんからね」


 ジェハサークの手が玩具のようにカタカタと鳴った。まるで鎧を着込んだ実体のないお化けのように。


 俺はジェハサークから漂ってくる濃密な死の気配を感じ、逃げ出したくなる衝動を必死に堪えた。


「ですが、あなたたちを殺すには今のままでも十分というものです」


 ジェハサークがそう言うと、鎌の刃が鈍く光る。あんな大きな鎌の一撃を食らったら、人間の体なんて簡単に真っ二つになるだろうな。


「この私を前にしてもそう言い切れるというのか?」


 ゼグナートも一歩も退かない。


「強がりはやめなさい、ゼグナート。今のあなたにかつての力はありません。それでは分身と言えども、この私を倒すことはできないでしょう」


 ジェハサークの言葉にゼグナートも背中の羽を大きく広げる。


「果たしてそうかな」


 ゼグナートは敵愾心を剥き出しにしながら言った。しかし、ジェハサークから発せられる声は涼しげだ。


「それにあなたはセファルナートを倒したいのでしょう。であればここで無駄な力を使うのは避けたいはず」


 ジェハサークは全てを見抜いている。


「確かにその通りだが、勘違いはするな。お前の相手は私ではなく、この者たちがする」


 その声を受け、リオルドは即座に短剣を引き抜き、ガルフは長剣を構えた。


「たかが、人間ごときにこの私が倒せると?」


 ジェハサークのかぶとから見える目が妖しく光った。


「この者たちは私の力を借りずともアルカンデュラやゼルアドルを倒して見せた。故に必ずやお前も打ち倒してくれるだろう」


 ゼグナートの言葉にジェハサークは黙想でもするように押し黙った。


「なるほど。あなたがそこまでの信頼を寄せるのであれば、私としても侮るわけにはいきませんね」


 その剣呑な声と同時にジェハサークから目に見えない力が放たれる。落ちていた小石などが宙に浮かび始めたのだ。


 俺はジェハサークの周りに展開される不可視の力場を前にして後ずさった。


「そういうことだ」


 ゼグナートは羽をビリビリと振るわせながら言った。


「ならば、これ以上の言葉は不要ということですね。何にせよ、ゲートの封印をしたいというのであれば、この私を倒してからにしなさい」


 ジェハサークは俺たちの身が竦みそうになるような声を放ちながら言葉を続ける。


「ただし、私もあなたたちを生きて帰すつもりは毛頭ありませんよ」


 それは明確な宣戦布告だった。


 その証拠にジェハサークから鬼気迫るようなプレッシャーが放たれる。手にしている死神のような鎌の刃は紫色に輝いていた。


 そして、ジェハサークの姿がスーッと消える。それを見た時、最初、俺は目の錯覚かと思った。

 が、すぐにゼグナートが「避けろ」と叫ぶ。

 

 俺が前へと跳躍すると、その背中を何かが紙一重のところで通り過ぎた。冷やっとしながら背後を振り返れば、そこには鎌を振り下ろしたジェハサークがいるではないか。


 あの位置から、ここまでどうやって移動したと言うんだ。


「言い忘れていたが、ジェハサークは空間を超えて移動することができる」


 ゼグナートは淡々と言ったが、それを聞いた俺は全身の毛穴から汗が噴き出すのを感じた。


「つまりワープができるってことか?」


 であれば、いきなり俺の背後に現れられたことも納得できる。だが、そういうことはもっと早くに教えて貰いたかった。


「そういうことだ。ジェハサークの姿が消えた時は周囲に用心しろ。気が付けば奴の鎌に首をさらわれていたということにもなりかねないからな」


 ゼグナートの忠告を聞き、俺もこれは厄介なことになったぞ、と思った。


 そして、それを聞いていたリオルドとガルフも敵意の籠もったオーラを発散ながらジェハサークへと足を踏み出す。


 ただ、二人の横顔に俺のような恐れはない。死線を潜り抜けてきた者だけが持つ、戦いへの気迫が二人にはあった。


 そして、二人はジェハサークと距離を縮めると、その体を挟み撃ちにするように斬りかかった。


 初めての共闘にしてはリオルドもガルフもピッタリと息が合っている。


 だが、またもやジェハサークの体はスーッと背景に溶け込むようにして消える。幽霊のように現れたのはリオルドの背後だ。


 リオルドは食らえば真っ二つになる鎌の一撃を危なげに避ける。紫色の光りが美しい弧を描いた。


 そして、続け様にジェハサークの手が鮮やかに翻ったと思ったら、その爪が恐るべき早さで伸びた。


 鞭のように伸びた爪はリオルドの体を串刺しにしようとしたが、リオルドはそれを身を捻って避ける。

 鋭い爪の一撃はそのまま床に深い穴を穿った。

 

 だが、ジェハサークの爪は避けても、避けても、蛇のようにのたうちながら追いかけて来る。


 都合、五本の爪の内の一本はリオルドの肩を掠めた。服を切られたリオルドの肩からは血が滲み出ていたが、たいした傷ではないだろう。


 それを見たガルフも裂帛の気合いでジェハサークの真横から斬りかかった。旋風のような斬撃がジェハサークの体を捉える。


 とても避けられるタイミングではない。

 

 俺がそう思ったその時、ジェハサークの体がまたしても掻き消えた。


 現れたのはガルフの背後だが、さすがにガルフもジェハサークが現れる場所を予測していたようで振り向き様に剣を一閃させた。

 

 ジェハサークの鎌とガルフの長剣がぶつかり合う。その刹那、金属の擦れ合う音と、火花が散った。

 それから、ジェハサークは放たれ矢の如き早さで爪を伸ばしてきた。

 

 だが、ガルフは余裕を持ってその爪を切り飛ばす。しかし、切断面から瞬く間に再生した爪が、休む暇もなくガルフを貫こうとする。


 ガルフは特に慌てる様子もなく、迫り来る爪を何度も切り捨てた。


 その隙に、リオルドもガルフに加勢するようにジェハサークに神速の突きを放つ。それは雷光のように何度もジェハサークを襲った。

 が、その突きは見かけによらず敏捷性のある動きをするジェハサークの前で、ことごとく空を切った。

 

 しかし、そのおかげでガルフに対する攻撃も止んだ。


 そして、ジェハサークが再びワープしようとしたその時、ジェハサークの肩を巨大な光りの球が掠めた。


 ジェハサークの肩の一部を削った一撃を放ったのはラフィリアだった。その手からはバチバチという光りと共に、うっすらと煙も立ち上っている。


 一方、ジェハサークはラフィリアの魔法を脅威だと思ったのか、彼女の真後ろへとワープする。


 ラフィリアは敏感にジェハサークの気配を察して、身を低くしながら前へと走り抜ける。その頭上をジェハサークの鎌の刃が通り過ぎた。


 そして、ラフィリアは後ろを振り向きながら小さな光りの球を連続して放った。ジェハサークはその光りの球を体を傾けて避ける。


 ラフィリアは足を滑らせながら立ち止まり、手を翳すと大きな光りの球を作り上げようとする。


 だが、それには時間が掛かる。執拗な攻撃を繰り出してくるジェハサークに対して、その時間を稼ぐのは容易なことではない。


 案の定、ジェハサークは動きの止まったラフィリアを串刺しにしようと、自らの爪を触手のように伸ばしてきた。

 が、その爪をリオルドとガルフが見事なコンビネーションで切り飛ばす。

 

 そして、ラフィリアは二人に稼いで貰った時間を生かすように作り出した巨大な光りの球を放つ。


 激しくスパークする光りの球は威力はありそうだが、いかんせ、スピードに乏しい。


 だから、ジェハサークもワープするまでもないと思ったのか、余裕のある動きで避けた。しかし、それが命取りになる。


 ラフィリアの放った光りの球は何の前触れもなくいきなりジェハサークの体の近くで大爆発したのだ。


 その爆発は、まるで空間が爆ぜ割れたかのようだった。


 しかも、爆発によって生じた凄まじい衝撃波は味方である俺をも襲う。危うく、吹き飛ばされて床に打ちつけられるところだった。

 

 一方、ジェハサークは白煙の中からゆったりと現れる。どういう冗談か、その体には傷一つなかった。


 その上、肩に付いている半球体がうっすらと光を放っている。それが意味するところを知り、俺は歯を噛み締めた。


「危ないところでした。まともに食らっていたらこの私の体と言えども、ただでは済まなかったでしょう」


 ジェハサークは落ち着き払った声で言った。


 その肩にある半球体の光はどんどん強くなっていく。どうやら、あれがバリアか何かを作り出していたらしい。

 だが、ラフィリアの放った巨大な光りの球の直撃を受けても、破られないとは。

 

「よろしい。あなたたちの健闘を称えて、私も真の姿をお見せしましょう。この姿を目に焼き付けながら死ねることを幸運に思いなさい」


 ジェハサークがそう言い終えると、肩から丸い球体がポコリと外れる。球体は宙に浮かびながらユラユラとジェハサークの周囲を漂う。


 そして、俺が目を瞬かせた次の瞬間、ジェハサークの鎧が中心から二つに割れる。割れた鎧は背中へと回って、まるで翼のように大きく広げられた。


 それから、ジェハサークの腹の部分から大きな蛇のような尻尾が生える。その尻尾は宙に浮かんでいたジェハサークの体を支えた。


 そして、手にしていた鎌は巨大で重量感がありそうな漆黒の槍へと変化する。


 肩から外れた二つの球体も、それ自体が意思を持っているのか、変身したジェハサークの体を守るように宙に浮かんだ。


 俺は上半身は羽の生えた竜のような姿で、下半身は巨大な蛇の形をしているジェハサークを見て恐れ戦いた。


 何という禍々しい姿だろう。これが本物の邪神か。

 

 俺はジェハサークから押し寄せてくる強烈なプレッシャーを感じて、今までで最も恐ろしい敵だと言うことを察した。


「ここからが本番だぞ、セイン」


 ゼグナートは今まで戦いに加われなかった俺の心を発奮させるように言った。


 一方、リオルドはジェハサークの変身した姿にも威圧されることなく、迅速な動きで斬りかかった。


 だが、その体をジェハサークの尻尾が暴力的なまでの勢いで吹き飛ばした。ブォーンという風を凄まじい勢いで切る音が鳴る。


 その一撃をまともに食らったリオルドは受け身も取れずに床に叩きつけられて、ゴロゴロと転がる。

 それでも何とか立ち上がれたのはさすがというべきか。

 

 リオルドを助けようと、ガルフも警戒するような動きで、ジェハサークに斬りかかった。が、ジェハサークは目にも映らないような動きで槍を横なぎにする。


 その空間そのものが切り裂かれてもおかしくない一撃はガルフの長剣を粉々に砕いてしまった。


 更に槍の一撃はガルフの胸も切り裂いていたようで、傷口から勢いよく血が吹き上がる。それを受け、ガルフは力が抜けたようにガックリと膝を突く。

 ここからではよく分からないが、それなりに深い傷なのは確かだ。

 

 すると、ジェハサークは弾かれたように顔の向きを変える。そこには激しくスパークする特大の光りの球を作り上げているラフィリアがいた。


 変身したジェハサークはワープができなくなったのか、蛇のような尻尾をバネのように伸ばして、一気にラフィリアへと襲いかかった。

 まさに悪夢のような動きで、ラフィリアの体を覆い尽くす巨体が迫る。

 

 それに対し、ラフィリアは何の遠慮もなく光りの球を放った。それは狙い通りにジェハサークの体にぶつかる。


 今までで一番、大きな爆発が起こった。だが、ジェハサークは爆煙を切り裂くように止まらぬ勢いでラフィリアへと迫る。

 その体にはやはり傷らしきものはない。

 

 宙に浮かぶ二つの球体は、ジェハサークの前に光りの壁のようなものを作り出していた。あれがラフィリアの光りの球を防いだのだ。


 ジェハサークはラフィリアの目の前まで来ると、苛烈とも言える槍の一撃を放つ。


 ラフィリアは視認することすら許されない槍の一撃を脇腹から血を迸らせながらも、何とか避けた。

 しかし、ジェハサークの槍はラフィリアの動きを凌駕する早さで、予備動作なしに横に振り払われる。

 

 ラフィリアの体はその勢いで宙へと持っていかれ、そのまま十メートル近く吹き飛ばされた。

 それでもラフィリアは何とか空中で体勢を整え直して、床に着地する。だが、彼女の脇腹からは止めどもなく、血が溢れていた。

 

 特大の光りの球を三度も放った反動からか、顔色も悪い。

 

 一方、ここまで何もできずにいた俺はついに動き出す。剣を手にしていた手から大粒の汗がこぼれ落ちる。


 これまではリオルド、ガルフ、ラフィリアの攻撃も見事な連携が取れていたので、俺もそれに加わることはできなかった。


 だが、三人が行動不能になった今は違う。


 俺は善悪はともあれ、正真正銘の神と対峙して、武者震いのようなものを感じた。そして、全身の筋肉を撓めると、いきなり疾駆する。


 そんな俺を迎え撃つようにジェハサークは猛然と迫ってきた。その手にした槍の刃からは血のような光りが放たれている。


 俺はあの槍は受け止められない、かわすしか手がないと思う。だが、少しでも掠ろうものなら骨まで断ち切られるだろう。


 そう確信した瞬間、ジェハサークの槍が斜めから迫った、俺はそれをかいくぐるように避ける。


 だが、迫り来る槍は突如として軌道を曲げて、真横から迫った。俺は敢えて奴の間合いに飛び込むことで槍をかわしてみせる。


 そして、がら空きになった奴の懐に剣の一撃を加えた。だが、その瞬間、俺の体が目に見えない力によって吹き飛ばされる。


 俺も宙に浮かぶ球体が眩しく光ったのを見逃さなかった。あの球体は魔法も物理攻撃も防げるらしい。


 ただ弱点はあると見た。


 それはバリアが張られている状態だと奴も攻撃はできないのではないか、ということだ。だから、俺の剣も後もう少しで奴の体を切り裂けるところまで迫った。


 俺はめげることなく、剣を構える。奴に攻撃を当てるには、奴が攻撃してきた瞬間を狙うしかない。


 だが、そんな俺の浅はかとも言える思考を読んだのか、ジェハサークは尻尾の先を俺の方に向けた。


 するとその先端から雷よりもスピードがありそうな光が放たれる。その光はまるで太い線のようだった。


 まさに光線とでも言うべきだろうか。

 

 俺は自らの反射神経に突き動かされるように光線を避ける。すると光線はそのまま床を滑らかに切り裂いて爆発した。


 それを見て俺は血の気が引いたような顔をする。もし食らっていたら、俺の体はいとも容易く切断されていただろう。


 だが、今の俺には冷静にその事実を分析している暇はなかった。


 ジェハサークは俺に息を吐かせる暇もなく光線を放ってくる。それは壁や床を溶解させるように切り裂いて俺に迫った。


 こんな攻撃は反則だろう。


 助けを求めようにもリオルドは足を痛めたのか動けないでいるし、ガルフも切り裂かれた胸を必死に手で押さえている。

 ラフィリアに至っては血を流しながらぐったりと倒れていた。


 やはりこの場で戦えるのは俺一人しかいない。だが、遠距離から迫る全てを切断する光線はかわすだけで精一杯だ。


 とてもジェハサークの懐には潜り込めそうにないし、このまま避け続けても体力を消耗するだけだろう。


 はっきり言って、活路は開けそうになかった。


 そう諦めにも似た思考が脳裏を掠めた瞬間、俺の体に未だかつて感じたことがないようなエネルギーが沸き上がった。


 良く見れば剣の刀身に罅が入っている。いつの間に、こんな罅が入ったのだろうか。


「ここまでか。やはりこの私が力を貸すしかあるまい」


 そう言うと、ゼグナートは俺の体からフワッと離れる。すると、その体が見る見る内に大きくなっていく。


 前に感じた時と同じ圧倒的なまでの存在感。


 ジェハサークから放たれる光線も十メートルを超える大きさになったゼグナートの周りに展開されたバリアによって掻き消された。


 ゼグナートが戦ってくれるならこの窮地も脱せるかもしれない。だが、それで良いのだろうか。


 一方、俺の手にしている剣は見る見る内にひび割れが大きくなっていく。壊れてしまったのかと思ったが、割れた隙間からは白金色の光が漏れていた。


 俺の家宝の剣が何かに変わろうとしている。


 そう思った瞬間、俺の手にしていた剣の刀身が砕け散った。が、代わりに白金色に輝く美しい剣の刀身が露わになる。


 その剣は言葉ではない不思議な感覚で俺に語りかけてきた。


「待て、ゼグナート!」


 俺は攻撃態勢に入っていたゼグナートに向かって、思わずそう叫んでいた。


「どうした?」


 ゼグナートが怪訝そうに振り返る。


「この戦いは俺に任せてくれないか」


 俺は自分でも信じられないほど馬鹿げたことを言い放っていた。


「そうは言っても、ジェハサークはお前一人で倒せるような相手ではない。それは分かっているはずだ」


 大きくなったゼグナートのずっしりと重い声が聞こえてくる。


「分かってる。でも、ここでお前の力を借りたら俺は自分を許せなくなる。そうなったら、共に旅に出ることもできなくなるような気がするんだ」


 俺は心の底から訴えかけるように言った。自分でも、この期に及んで何を拘っているのかと言いたくなる。

 だが、それでも俺は退かなかった。

 

「ふむ」


 ゼグナートは光り輝く剣の刀身を見て、思案するような声を漏らす。その目は怜悧に眇められていた。


「ここは俺を信じてくれ」


 俺は手にしている剣から凄まじいエネルギーが迸るのを感じながら言った。一刻も早く、この力をジェハサークに叩きつけてやりたい。


「良かろう。そういうことなら、例えお前が死ぬことになろうとも、私は手を貸したりはしない」


 ゼグナートは突き放しつつも、威厳に満ちた声で言った。そこにあるのは俺に対する何らかの確信と、共に旅に出る者としての確かな信頼。


 それがこの危機に瀕した状況に陥っている俺の心を嬉しくさせる。


「ありがとう」


 俺は自分の我が儘が通り、救われたような顔でお礼を口にする。


「ただし、そこまで啖呵を切ったからには負けることは許さんからな」


 そう言うと、ゼグナートの体は再び小さくなり始める。それを見て、ジェハサークは愉快そうに哄笑を響かせた。


「この私と戦うのにゼグナートの力を借りないというのですか。力の差を見せつけられるあまり、愚かさも極まったようですね」


 ジェハサークは嘲るように言った。


「今から、どっちが愚かか証明してやるよ」


 俺は自分の力を使えと訴えかけてくる剣の意思に応えるように言った。


「面白い。では、自分の愚かさを思い知りながら、この一撃で滅びなさい」


 そう言うと、ジェハサークの尻尾から更に太さを増した光線が放たれた。それは床をドロドロと溶解させながら俺に迫る。


 その瞬間、俺は白金の輝きを放つ剣を振り下ろしていた。すると剣から鮮烈とも言える光りの刃が飛び出す。

 それはジェハサークの光線と激突した。

 

 すると、この広い空間を激しく揺さぶるような大爆発が起きる。そして、爆煙が消えると、俺はジェハサークと視線を合わせた。

 

「私の攻撃を相殺したというのですか。どうやら、その剣の力は侮れるものではないようですね」


 そう言いつつも、ジェハサークは連続して光線を放ってくる。俺は羽毛のように軽くなった体で、その攻撃を避けると矢の如き早さで走り出した。


 ジェハサークもそんな俺を消し飛ばそうと光線を放ってくるが掠りもしない。この剣は俺の身体能力も増幅させているようだった。


 俺はそのままジェハサークとの間合いを詰める。するとジェハサークは凄まじい膂力で繰り出した槍の一撃を俺にお見舞いする。


 俺は自分でも信じられないことにその一撃を剣でまともに受け止めていた。しかも、ガルフの長剣ですら一撃で破壊した槍に逆に罅が入る。


 俺はすかさず竜巻のように体を旋回させて、強烈な一撃を槍に叩き込んでいた。すると槍の刃がバリンと割れる。


 これにはジェハサークも光る目を何度も明滅させる。


 そのまま俺はジェハサークの体を切り裂こうとしたが、またしても見えない力で吹き飛ばされた。


 あの光る球体を破壊しないことには攻撃が届かない。だが、この剣の力なら押し切れるはずだと俺も自信を漲らせる。


 俺は剣を振り下ろして、全てを蹴散らすような光りのウェーブを放った。光りのウェーブは床をバリバリと砕きながら、全てを飲み込む勢いでジェハサークに迫る。


 するとジェハサークを守るように浮かんでいた球体も激しく光った。そして、ジェハサークのいる場所が光りを巻き散らせながら爆発する。


 俺は息を荒げながらも、自分の攻撃は通じたはずだと笑った。


 そして、爆煙から現れたジェハサークは無傷だったが、光る球体の一つは亀裂が入って、壊れたような光を放っていた。


 それを見て、手応えはあったと思った俺は再び今度は全力を籠めた光りのウェーブを放つ。


 それは真っ正面からジェハサークにぶつかり、歪曲した空間に穴が空くような爆発を引き起こした。


 耳の鼓膜が破れそうな凄まじい爆音が轟き、嵐のように荒れ狂うような風が俺の頬を撫でる。


 その結果、煙の中からゆっくりと現れたジェハサークの体はボロボロになっていて、浮かんでいた球体も二つとも床に落ちていた。


「この私の絶対的な防御が打ち崩されるとは何という力。さすがゼグナートが見込んだ少年だけのことはありましたか」


 ジェハサークが殺意を宿した目を光らせる。その口調からも感じられる通り、奴はまだ戦意を失っていない。


「こうなったら、全てのエネルギーを貴様に叩き込んでやろう。人の身で、この一撃を防げると思うなよ」


 ジェハサークが紳士めいた口調かなぐり捨てたように言うと、尻尾の先から全てを切り裂き、貫くような光線が放たれた。


 対する俺の方も全身全霊の力を込めて、光りのウェーブを放つ。二つの強大な力が込められた攻撃が真っ向からぶつかり合った。 


 その瞬間、凄まじいという言葉すら生温いほどの大爆発が起きる。それによって生じた爆風は全てを吹き飛ばした。


 俺は気付かない内に退避していたリオルドとガルフを見て安堵の息を吐く。ラフィリアも何とか身を起こしていた。


 一方、帯電したような空気と煙の中から現れたジェハサークの体は満身創痍と言って良いくらい傷つき、壊れていた。


 その口からはグググと時計が狂ったような音も聞こえてくる。


 そして、ジェハサークは千切れ飛んだ尻尾を引きずるようにして前に出ると、そのまま力尽きたように横倒れになる。


 ドサッと言う音が周囲に響き渡った。


 どうやら勝負あったらしいな。

 

「セファルナートを倒そうとしながら、セファルナートの力に頼るとは。やはり、人間は愚かとしか言いようがありませんね」


 横たわるジェハサークはくぐもった声でそう言い放った。


「というと、やはりこれは伝説のセファイラムの剣か」


 ゼグナートは何やら得心がいったような声で言った。


 俺もセファイラムの剣の話なら聞いたことがある。創造主セファルナートが認めたものだけに与えられる伝説にして聖なる剣だ。


 俺もこの家宝の剣をただのドラゴンを倒すための武器だと思っていたが、まさか、こんな秘密があったとは。

 驚天動地とはこのことだろう。

 

「でしょうね。その剣に秘められた聖なる力が私を打ち砕いた。でなければ、幾ら分身とはいえ、人間如きにこの私が敗れるわけがない」


 ジェハサークは苦し紛れのような言葉を口にする。


「だが、その人間があそこまで聖なる力を自由に扱った。それを考えれば、人間も甘く見られたものではないかもしれんぞ」


 ゼグナートが諭すように笑った。


「愚かしい。ですが、今日のところは我が敗北を認めましょう。ただし、次に相まみえる時はこうはいきませんよ」


 ジェハサークがそう言うと、その体は灰色の塵になって消えた。大きな部屋に元の静けさが戻る。


「勝ったのか?」


 俺は怖さがぶり返して、膝が笑い出しそうになった。


「一応な。だが、本物のジェハサークはあと二回も変身する。そうなれば幾らその剣の力があっても勝てる保証はない」


 ゼグナートの笑えない言葉に俺は「冗談じゃない」と言いたくなった。


「そりゃそうだ」


 俺は辟易したように肩を竦めた。


「とにかく、早くゲートの封印をしなければ。もし、本物のジェハサークが現れたりすれば今度こそ終わりだぞ」


 ゼグナートの言う通りだ。


 俺とて、あと二回も恐ろしい変身をするジェハサークに勝てる自信などこれっぽっちもないのだから。


「分かっています、ゼグナート様。今こそ女神ラフィールの力を見せる時です」


 そう力強く言ったラフィリアの脇腹の傷は塞がっていた。どうやら、ラフィリアには治癒の力も備わっているようだな。


 一方、ラフィリアはゲートの前まで行くと、黄金色に輝く手を翳して、何やら呪文を唱え始めた。


 すると幾何学的な魔方陣に新たな文字や記号が刻まれていく。どうやら、ゲートの封印は上手くいっているらしい。


 そして、魔方陣から黄金色の輝きが膨れ上がったかと思うと、この大きな部屋を包み込んでいた邪悪な空気とでも言うべきものが消えた。


「終わりました」


 ラフィリアは力を使いすぎたせいか、蒼白な顔で言った。


「ご苦労様」


 俺は労うような言葉を投げかける。


「ですが、完全な封印はできませんでした。これだと力の弱いモンスターならゲートを通り抜けてしまいます」


 ラフィリアは疲れ切った顔で、ゲートに視線を向ける。それでも、俺はその傷ついた体で良くやったと褒めてやりたかった。


「そっか。でも、王都の人たちにとってはその方が良いんじゃないのか?」


 迷宮から完全にモンスターがいなくなったら、王都に住む人々も困ることになる。特に冒険者なんかはその煽りを受けるだろう。


 それは俺にとっても人事ではないように思えた。


「かもしれませんね」


 ラフィリアは無理やり拵えたような笑みを浮かべる。


 それを受け、リオルドとガルフも互いの顔を見ると疲労困憊といった様子で苦笑した。



 エピローグに続く。


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