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第二章

 第二章 迷宮への挑戦


 俺は朝の柔らかな光を受けながら目を覚ました。


 そこは当然のことながら、屋敷にある自室などではなく粗末な感じのする部屋だった。ただ、どこか目覚めた者を安心させる雰囲気が部屋にはある。


 俺は自分が巻き貝亭に泊まっていたことを思い出す。それから、ポケットから懐中時計を取り出すと時間を確かめる。


 今日はリオルドとラフィリアと共に迷宮に潜らなければならないからな。準備は万端にしておかないと。


 そう思った俺はゼグナート共に宿屋の一階にある食堂へと足を運ぶ。すると箒を手に掃除をしていたフィルミナと顔を合わせる。


「おはようございます、セイン様」


 フィルミナはいつものように元気の良い声を上げた。これには俺も顔の表情が綻んでしまう。

 改めて思ったがフィルミナの笑顔は見る者の心を明るくする力がある。

 

「おはよう。朝から掃除なんてご苦労なことだな」


 俺は掃除なんてしたことがない。そういう雑務は全て屋敷の使用人がやってくれるからな。

 なので、庶民の苦労は俺には分からない。

 

「私が苦労をしなかったら、この宿屋は潰れてしまいますからね。それにお掃除は嫌いではないんです」


 この宿屋の看板娘のフィルミナはそう弾んだ声で言った。


「なら良いんだ。にしても、ロナルドの奴がもう少ししっかりしていたら、フィルミナのような可愛い女の子がいるこの宿屋も繁盛しただろうに」


 ロナルドはいつもカウンターの奥でグラスを磨いている。その様子からはたいした仕事をしているようには見えない。

 そんなロナルドの姿はどこか俺の親父と重なるものがあるんだよな。

 

「お世辞でも嬉しいです。もし、お母さんが生きていたら、お父さんも違ったんでしょうけど」


 フィルミナは暗い顔をした。


 彼女の母親は二年前に病気で亡くなったのだ。娘と同じように綺麗な女性だったことは俺の記憶にも留められている。


 そして、そんなフィルミナの母親が亡くなって以来、ロナルドはすっかり働く気をなくしてしまったという。

 悲しみから立ち直るのは娘の方が早かったようだ。女は強いと言うが。

 

「そっか」


「とにかく、朝食を作りますね。セイン様もお腹が減っているんでしょ?」


 フィルミナは気を取り直したように言った。


「頼むよ」


「はい」


 フィルミナが食堂から出て行くと、俺は近くの棚の上に置かれていた新聞を手に取る。新聞の日付は今日になっていた。

 そして、新聞の大きな見出しを目にすると俺も顔をしかめる。


「また迷宮で冒険者が殺されたらしいな。体をバラバラに引き裂かれるなんて、これもアルカンデュラの仕業か」


 俺は犠牲者の姿を想像して気持ち悪くなった。


 確かに迷宮はモンスターも出るし、危険なところには違いないが、それでも腕に覚えのある冒険者なら問題はないと聞いている。


 特にこの王都は迷宮の資源に頼っているところがあるからな。モンスターの牙や角、革などは加工され、様々な物に使われる。

 モンスターの肉もそのまま食料になるし。


 故に迷宮がなかったら王都にいる人々の生活も成り立たなくなる可能性があるのだ。


 それだけに冒険者たちが迂闊に迷宮には入れない状況を作っているアルカンデュラは脅威と言えた。


「犠牲になったのは腕の立つ冒険者だと言うし、その可能性は高いな。過去の大戦で三千人もの兵士を虐殺した奴の力は伊達ではない」


 肩の上にいるゼグナートの言葉に俺は寒気がする。


「それは怖いな」


 そんな奴とこれから命を張って戦わなければならないかもしれないわけか。怖くないと言ったら嘘になるが、ここは負けまいと心を奮い立たせるしかないだろう。


 気持ちで負けていたら、勝てる戦いも勝てなくなるからな。

 

「しかも、アルカンデュラはジェハサークの力で生み出された魔法生物だ。だから、何度倒されようとも時間が経てば復活することができる」


「なら、どうすれば良いんだよ」


 何度でも蘇るなんて反則も良いところだ。


「まずは迷宮にいるアルカンデュラを倒し、例え復活したとしてもゲートを通れなくすれば良いのだ」


 倒されたアルカンデュラは魔界で復活すると言うことだな。どれくらいの時間で復活するか分からないが、ゲートが封印できるくらいの時間はあると思いたい。


「だとすると迷宮の平和を取り戻すにはゲートのある最深部にまで行って封印を施さなければならないというわけか」


 もし、完全な封印をするとなると、それを歓迎しない動きも出て来そうだが。


「そうだが、この国のためにお前がそこまでしてやる義理があるのか?」


 ゼグナートの声には冷ややかな響きがあった。


「正直、俺、個人としてはないな。ただ、王都が滅びるようなことになれば俺の領地も危うくなる。それは確かだ」


 セオリーニ家はアラクシアス王国の支配下には置かれていない。だが、切っても切り離せない関係にあるのは確かだ。


「なら、最深部にまで行けば良い。私たちがやろうとしていることは迷宮の最深部に行くよりもはるかに大変なことなのだから」


 それは腕試しと言うには危険が大きすぎると言えた。


「そうしたいのは山々なんだが、今の俺にその力はあるのかな?」


 自分の力には自信のある俺も今度ばかりは不安を隠しきれなかった。


「リオルドとラフィリアがいれば何とかなるのではないのか。いずれにせよこの王都の平和を守るというなら、やはりアルカンデュラは倒す必要があるだろう」


 アルカンデュラを倒せないようでは、世界各地にいる神や悪魔と渡り合うことはできないというわけか。

 だとすると、あの邪神ジェハサークの力の一端を見るには、アルカンデュラは格好の相手かもしれない。


「だよな」


 気負わずに余裕を持って行動することが求められているのかもしれないな。


「まあ、アルカンデュラに出会わずパワースポットにまで辿り着き、そのまま帰って来られるのならそれに越したことはないし、最深部に行くかどうかの判断はその後でも良いのでは?」


 ゼグナートの筋の通った言葉に俺も小さく息を吐く。


「ああ」


 そう返事をすると、俺は「前途多難だな」と思いながら新聞を折り畳んだ。


                   ☆


 俺は時間になると王都の中央広場に来た。


 中央広場は王都の憩いの場になっているようで、子供やカップルなどが多かった。ただ、王都の治安を守るためか鎧を着込んだ騎士も立っている。

 

 俺は待ち合わせ場所である女神ラフィールの像がある噴水の前へと向かう。


 するとそこにはラフィリアとリオルドが既に来ていた。二人は俺を見ると何ともいえない表情を浮かべる。

 

「これから迷宮に行くわけだが、セインは迷宮の中に足を踏み入れたことはなかったんだよな」


 リオルドの言う通り、迷宮には潜ったことは一度もない。もし、あれば許可証も持っていたはずだからな。


「ああ」


 俺は難しい顔で頷いた。


「ラフィリア王女はどうなんだ?この王都にある迷宮は世界的に有名だし、一度くらいは入ったことはありそうだが」


 リオルドの言葉にラフィリアは首を振った。


「残念ながら私もありません。興味はあったのですがお父様が危険だと言って入るのを許してくれなくて」


 箱入り娘というわけか。いや、単に王女様だから大事にされているだけかもしれないが。


 そんな俺の心を読み取ったのか、ラフィリアは「でも、許可証は持っていますよ」と付け加えた。


「となると迷宮に関しては俺たち全員が素人ってわけか。やれやれ、先が思いやられるな」


 リオルドは大仰に肩を竦めた。


「まあ、焦らずじっくりと攻略していけば良いんじゃないのか。別に一刻を争っているわけじゃないんだし」


 俺は軽い口調で言った。三年という時間は有効に使う必要があるし、それには焦りは禁物だ。


「そうだな。とにかく、パワースポットは割と色んな冒険者が利用していると言うし、俺たちに行けないってことはないだろう。だとすれば必要なのは度胸だけだ」


 敢えて飛び込んでみなければ分からないこともあると言うことか。


 果たして、この俺にどこまでの度胸があるか。モンスターと遭遇したら怖くて体が動かない、なんてことはないと思いたいが。

 

「ああ。いつも通りの力が発揮できれば、俺たちくらいの実力があれば迷宮のモンスターなんかに引けは取らないさ」


 俺は心にゆとりを持たせるように言った。迷宮の空気に飲まれているようでは冒険者は勤まらないからな。


「なら大丈夫だ。俺の短剣は狭いところでも力を発揮できるからな。それに王女様の魔法もこの目で見てみたい」


 たった一撃でサーベルを破壊したリオルドの短剣と、その剣戟の凄さは俺も目の当たりにしているからな。

 一方、ラフィリアは杖などの武器は全く所持していなかった。

 

「私の魔法には聖なる力が込められています。魔界からやってきたモンスターにはさぞ効果も覿面でしょう」


 ラフィリアはそう自信を漲らせる。魔法の力は俺も見たことがないので、楽しみだ。


「そいつは心強い。となると不安要素はやはりアルカンデュラだけだな」


 リオルドが思案するように言った。それから、俺たちは話すのを止めて地下街へと向かう。

 その名前の通り、王都の地下には町があるのだ。


 俺も地下街には前に来たことがあるし、あの雑然とした空気は嫌いではなかった。


 俺たちは騎士たちが警備している広場の端にある階段から、薄暗い地下街へと足を踏み入れる。

 地下街の天井はそれほど高くない。横幅の広い道もあるが、それより細い道の方が遙かに多く、それが迷路のように張り巡らされている。


 そして、地下街にはとにかく薄汚い格好をした人間が多かった。まるで彼らには日の当たらない場所の方が相応しいと言わんばかりに。


 ただ、地下街に漂う空気は淀んではおらず、上の町とは違った活気に満ちていた。


 俺は物珍しそうな物を売っている露天商の傍を通り過ぎる。地下街には店を持たない人間が、平気な顔をして路上で商売をしているのだ。

 ただ、それを厳しく取り締まる者もいないのが現状で、治安は悪いが何をするにも自由という雰囲気が地下街にはあった。


 しばらく歩くと、俺たちは鋼でできた扉の前にたどり着く。そこには四人ほどの兵士が警備をしていた。


「俺たちは迷宮に入りたいから門を開けてくれないか」


リオルドがそう言うと、兵士たちは胡乱な顔をする。その顔には命知らずがまたやって来たかと書いてあった。


「許可証を見せてもらおうか」


 兵士の一人が用心深い目で言った。


「はいよ」


 リオルドはポケットから許可証を取り出して見せる。俺とラフィリアも同じように許可証を見せると、兵士は頷いた。


「よし、入って良いぞ。ただし、迷宮には魔獣アルカンデュラが出没しているから命の保証はできないぞ」


 これだけの頑丈そうな扉なら、アルカンデュラもそう簡単には地上には出ては来れないだろう。

 ただ、守られているという安心感には浸るべきではない。それは兵士たちの切迫したような表情が物語っている。

 

「分かってるって、俺はそいつを始末するためにここまでやって来たんだからな」


 リオルドが自信たっぷりに言うと、兵士たちはレバーを操作して扉を開ける。すると明らかに異質な空気を放っている階段が見えた。


 俺は迷宮の空気を肌で感じながら、息を整える。リオルドとラフィリアもこの時ばかりは緊張した顔をしていた。


 俺たちは兵士たちに見送られながら階段を下りていく。そして、通路に辿り着くと、俺は何が出てきても構わないように、気を引き締めた。


「迷宮と言っても地下街の延長みたいな感じだな。もっとも、下に降りるほどフロアーも大きくなって、道も入り組むと聞いているが」


 そう言うと、リオルドは光石で照らされた道を歩いて行く。迷宮は古代の遺跡なので、人の手も加えられている。

 その上、リオルドは地図も持っている。ある程度の深さまでは探索も終わっているので、お金を出せば地図も買えるのだ。

 

「他の冒険者とも会わないな。やっぱり、みんなアルカンデュラに恐れをなしてしまったのか?」


 俺は通路の奥に視線を向けたまま言った。


「ま、それが賢いと言ったらそれまでなんだが、迷宮での仕事で食いつないでいる奴らも多いらしいからな。生活のためには恐れてばかりもいられないだろう」


 リオルドの言う通り、今の状況は死活問題というわけだな。とはいえ、俺たちは迷宮で食いつないでいる連中を助けに来たわけではない。


「そうですね。アルカンデュラを倒して一攫千金を狙っている賞金稼ぎも多いと聞きますし」


 そう口にしたラフィリアは肩にかかる髪を払って、白い項を露わにする。


 アルカンデュラは騎士たちでさえ倒せなかった敵だし、そこら辺の賞金稼ぎでは返り討ちに遭うのがオチだろう。


「セインとゼグナートはパワースポットに行くのが目的だが俺は何がなんでもアルカンデュラを倒して飛行艇を直す金を手に入れなきゃならん。先を越されるわけにはいかないな」


 リオルドが並々ならぬ戦意を見せると、肩にいるフィックが鼻をヒクヒクさせた。と、同時にゼグナートも頭を持ち上げる。


「モンスターの気配が近づいて来るぞ。三人とも気を引き締めろ」


 ゼグナートがそう檄を飛ばすように言うと、俺はすぐに身構えた。


 すると通路の向こうから逞しい体をした人型の化け物が何匹も現れる。その顔はまさしく鬼そのものだし、嫌でも凶暴さが窺える。


 正真正銘のモンスターと言うことだろう。

 

 その上、鬼の顔をしたモンスターの手には無骨な棍棒のような物が握られているし、どう考えても友好的な相手ではない。


「あいつらはオーガだな。頭は悪いが腕力は馬鹿みたいにあるから、棍棒の一撃はまともに食らうなよ」


 リオルドは短剣をベルトの鞘から引き抜いた。するとオーガたちは棍棒を振り上げて一斉に襲いかかってくる。


 俺は剣を鞘から引き抜くとその切っ先を殺気立っているオーガたちに向ける。ラフィリアも掌から光り輝く球を生み出した。


 一方、オーガたちは戦う姿勢を見せた俺たちにも怯むことなく棍棒で殴りかかってきた。もし、まともに食らえば肉は潰され骨は砕けるだろう。


 俺はそんな棍棒の一撃をひらりと避けると、すかさず剣を一閃させる。その一撃はオーガの腕に食らいついたが、腕を切り落とすまでにはいかなかった。


 やはり見た目、以上に頑強な体をしている。

 

 するとそのオーガの頭がいきなり冗談のように宙を舞う。いつの間にか、俺と相対していたオーガの背後には手品のように現れたリオルドがいた。

 あのオーガの太い首を、こうもあっさりと切り落としてしまえるなんて。

 

 一方、ラフィリアは光りの球をオーガに放つ。それを食らったオーガの体はバラバラになった。

 何という威力だろう。これが魔法の力かと俺も驚嘆した。

 

 更にラフィリアは続け様に光りの球を放ち、それはもう一匹のオーガ体の肉をごっそりともぎ取った。

 たまらず、そのオーガは崩れ落ちる。

 

 俺も負けてはいられないと思いながら剣を振るい、オーガの首を洗練された太刀筋で切り落とした。


 そして、残りのオーガは閃光の如く繰り出されたリオルドの短剣の一撃によって腕を切り落とされたり、心臓を貫かれたりした。


 リオルドの戦いぶりはたいしたものだと言える。

 

 もちろん、それを見た俺も一陣の風となって、手負いのオーガたちを立て続けに仕留めていく。


 こうして全てのオーガたちはあっという間に床に這いつくばることになった。決してオーガたちが弱かったわけではないのだが、相手が悪すぎたと言うことだろう。


「さすがに盗賊よりは強かったな。もっとも、殺してしまうのに抵抗がない相手だからスムーズに戦えたけど」


 そう言って俺は剣にべったりと付いた血糊を見る。刃こぼれとかしていなければ良いが。


「オーガなんてまだ序の口さ。でも、俺の見込んだ通り、剣を扱う腕は確かだったな、セイン。あと三年も修行すれば剣術の大会でも優勝できるんじゃないのか?」


 リオルドは短剣に付いた血を布で拭う。


「かもしれない。でも、あんたのような実力者が現れたら、それも無理だろうな」


 果たしてリオルドと俺ではどちらが強いのだろうか。本気を出したとは言えなかったリオルドと自分を比べることはできないが。


「それはあり得るな。とはいえ、俺は真っ当な大会に出るような柄じゃない。勝つためなら、どんな手段を使っても良いというのが俺の信条だからな」


「そうか」


 そういうところは冒険者らしいな。


「ま、俺たちなんて別にたいしたことないだろ。ラフィリアの魔法に比べれば。何せあの頑丈なオーガの体を一瞬にしてバラバラにしちまうんだから」


 確かにラフィリアの放った光りの球にはとんでもないエネルギーが籠められているのを感じた。

 その威力は剣など及びもしない。

 

「これも女神ラフィールの力です。もし王族に生まれなかったら、こんなに凄い魔法は使えなかったはず」


 ラフィリアは殊勝だった。


 ちなみに女神ラフィールはかつて、この迷宮にあった魔界へと繋がるゲートを封印した立役者だ。


 そもそも、この迷宮に魔界のゲートがあるのは、古代人たちが安全な場所で魔界の住人の力を借りよとしたからだという。

 だから、迷宮を作り、その奥深くで魔界へと通じるゲートを開いた。

 

 しかし、古代人たちの予想に反して、魔界から溢れてくるモンスターの力は強かった。なので、地上にまで出て来るようになったモンスターたちによってこの地にあった文明は滅びてしまったらしい。


 だから、いずこから現れた女神が魔界のゲートを封印しなければ、この地にアラクシアス王国は誕生しなかっただろう。


 そして、ラフィリアの先祖はその女神ラフィールの血を引いているらしいのだ。


「なるほどね。俺も王族に生まれていたら冒険者なんてやってなかったんだろうが、だからといって王女様のような生活はしたくないな」


 リオルドは肩にいるドラゴンのフィックちらっと見ると言葉を続ける。


「俺はいつだって自由を求めている男だからな」


 リオルドの言葉にラフィリアは微笑ましそうな顔をした。俺も真の自由って何だろうなとらしくもない感慨に耽る。


 その後、俺たちは再び通路を歩き始める。階段を幾つも下りて歩き続けると他の冒険者たちとも会った。


 聞くにその冒険者たちもアルカンデュラを退治しようとしているらしい。だが、アルカンデュラは神出鬼没で、迷宮のどこにいるのかは特定できない。

 

 俺はアルカンデュラが出てこないことを祈りながら、その冒険者たちと別れて歩き続ける。


 すると冒険者たちの死体を発見する。死体はバラバラに引き裂かれていて、中には食い千切られたようなものもある。

 それを見て、これがアルカンデュラの仕業なら恐ろしい奴だと、俺は戦慄した。

 

 そして、次第に闇が濃くなってきた通路を歩き続けた俺たちは人の声のようなものを耳にする。


 なので、慌てて通路を走り抜けると広い部屋になっているようなところにドラゴンにも似た怪物と戦っている冒険者たちがいた。


「あれはドレイクだな。相手は一匹だがオーガとは比べものにならないほどの強敵だぞ」


 リオルドの声に真剣味が混じる。それが手強い相手だと言うことを物語っていた。


「た、助けてくれ、リオルド」


 一人の戦士風の男が走り寄ってきた。男はゼイゼイと息を切らしている。その背後には倒れている冒険者が二人ほどいた。


「お前は確かロッドマンだったな。ドレイクは俺たちが倒すから、お前は怪我人を戦いの邪魔にならないところへ運べ」


 リオルドは的確な指示をする。その声は緊迫したこの状況においても頼もしく聞こえた。


「わ、分かった」


 ロッドマンが頷くと、リオルドは疾走しドレイクの前へと躍り出た。俺もすかさずその隣に並ぶと剣を構える。


「あんな大きな化け物に勝てるって言うのか?」


 ドレイクは体長が八メートル近くもあった。羽のないドラゴンと言っても良いだろう。とはいえ、ドラゴンのような高い知性は感じられない。


 大きなトカゲといった方が良いだろうか。

 

「あれが倒せないようなら、伝説の魔獣アルカンデュラに勝てる道理はない。そう考えれば避けては通れない戦いだな」


 リオルドは芯の通った声で言った。この言葉に俺も尻込みをしそうになっていた心に鞭を打つ。


「そうだな。なら、これは前哨戦だ。勝って自信を付けてやる」


 リオルドとラフィリアがいれば負ける気はしなかった。


「その意気だ」


 そう言って笑うと、リオルドは短剣を手にして、ドレイクに斬りかかった。ドレイクは大きな口を開けてリオルドにかぶり付こうとした。


 リオルドはその攻撃を受け流すように避けると、ドレイクの目を切り裂いた。


 目を傷つけられたドレイクは絶叫して、クルリと回転すると尻尾でリオルドを薙ぎ払おうとする。

 ブォーンと凄まじい勢いの尻尾がリオルドに迫る。だが、リオルドは後ろへと大きく跳躍してドレイクの攻撃をギリギリのところで避けた。


 そこへラフィリアの光りの球がドレイクに迫る。ドレイクはそれを俊敏に避けるが、ラフィリアも頓着せずに光りの球を放ち続けた。

 

 するとドレイクは自らの筋肉を躍動させるように前へと大きくジャンプして一気にラフィリアの眼前に出た。

 そして、身を守るものが何もないラフィリアに鋭い爪が振り下ろされる。が、その前に俺が背後からドレイクの腕を切り落としていた。


 まさに間一髪。


 ラフィリアを切り裂くはずだった腕は宙を舞う。するとドレイクは再び尻尾で俺を薙ぎ払おうとした。


 俺はその一撃を身を低くしてやり過ごすと、軽業師のようにドレイクの尻尾に乗る。それから、そのままドレイクの背中へとよじ登った。


 ドレイクも俺を振り落とそうと激しく暴れる。

 

 一方、リオルドはその隙を突くようにドレイクの懐に飛び込んで短剣を突き出していた。ドレイクの胸や腹に刺し傷が幾つもできる。

 その傷から夥しい血が流れ出すと、さすがのドレイクも動きが緩慢になった。

 

 このチャンスを逃さずに俺はドレイクの後頭部の上に立つと、ドレイクの首に鮮やかな弧を描いた斬撃をお見舞いする。

 その一撃はドレイクの首をバッサリと切り落とした。


 するとドレイクの巨体は力を失ったかのようにドスンと横倒しになった。


 勝負あったと言うところだ。

 

「やった!」


 俺はドレイクの体から飛び降りると思わずガッツポーズを取った。強敵を討ち果たした達成感のようなものが全身を駆け巡る。


 こんな喜びは初めての狩りで、イノシシを仕留めた時以来だ。


「たいしたもんだ。さすがの俺もあの動きは真似できないな」


 リオルドは短剣を握りながら肩を竦めた。


「セインって、凄いんですね。あなたと一緒なら何が出て来ても怖くないです」


 ドレイクに殺されかけたラフィリアは少し青い顔で笑った。


「よしてくれよ、二人とも。俺一人だったら、こんなにあっさりと倒すことはできなかっただろうし、二人のおかげだよ」


 その言葉に偽りはない。だが、俺もこの一戦で自信が付いたのは確かだ。後はこれを積み重ねていけば良い。


「驕らない心もあるってわけか。こいつは先が楽しみだな」


 リオルドは本当に楽しそうに笑った。


「やはりゼグナート様が選ばれた人間だけのことはありますね」


 ラフィリアも俺のことを持ち上げる。これには俺も何だか恥ずかしくなってしまった。


「さすがリオルドの仲間だな。たいした戦いぶりだった。とにかく、俺の仲間は二人ともまだ死んでないし、地上まで連れて行くのに手を貸してくれないか?」


 ロッドマンは感心したように言うと、怪我をした仲間に目をやりながら頼んできた。


「そう言われても、ここまで来て引き返すって言うのはさすがに遠慮したいな」


 リオルドは顎に手を置いて、考え込む。今は九階にいるから、十二階にあるパワースポットまであと少しだし、ここで引き返すのは俺としても嫌だな。


「頼む、金なら払うから」


 ロッドマンは縋り付くように頼み込んだ。


「そういう問題じゃない。とはいえ、怪我人は放って置けないし、こいつは弱ったことになったぞ」


 リオルドは悩んでいたが俺も怪我人は何を置いても助けるべきだと思っていた。迷宮ではみんなが助け合っていると聞くし、自分が同じような立場になった時のことも考えないと。


「悩むようなら、怪我人は俺が運んでやろう」


 そう言って現れたのは見覚えのある銀髪の男だった。俺は銀髪の男の顔を見て、すぐに思い出す。


「あんたは確か」


 不敵な笑みを浮かべた銀髪の男を見て、リオルドが眉を持ち上げた。


「ガルフか。あんたが一緒に来てくれるならありがたい」


 ロッドマンは現れた男、ガルフを見ると救いの神でも見たような顔で言った。俺もまさかこのタイミングでガルフと再会できるとは思わなかった。


「でも良いのか。ここからだと怪我人を運んで地上に戻るのはかなりしんどいぜ」


 リオルドの言葉にガルフは微笑する。


「別に構わんさ。困っている人間を見捨てるのは俺の性分じゃないからな」


 ガルフは嫌味にならない口調で言った。やはりガルフは賞金稼ぎなんてやらしておくには勿体ない人格者だ。

 名将軍なんて称えられていたのも分かる気がするな。

 

「憎いことを言ってくれるな。まあ、そういうことならここはあんたに任せるし、地上に戻ったら酒の一杯でも奢らせて貰う」


 リオルドはガルフに好感を持ったような顔で言った。


「そいつはありがたい」


 ガルフも揚々と笑った。そんな二人を見て、男同士の友情とでも言うべきものを俺は感じた。


「また会ったな」


 俺はガルフの顔を見据えながら言った。


「ああ。君とは近い内に会えそうな気がしていた。特にドレイクの首を切り落とした時の太刀筋は見事だったぞ」


 ガルフの褒め言葉に俺も嬉しくなった。


「見ていたのか?」


 俺は戦うのに夢中でガルフがいたことに全く気付けなかった。


「あの瞬間だけな」


「そうか」


 なら、助けてくれれば良かったのにとは言えないな。もっとも、もう少し早く来ていればガルフも加勢してくれたのかもしれないが。


「じゃあ、俺は行かせて貰うぞ」


 そう言うと、ガルフは怪我をしてぐったりとしている男の体を担ごうとした。しかし、それを思わぬ人物が呼び止める。


「待ちなさい、ガルフ・ドゥ・ガルバンテス」


 そう突き刺すような声を上げたのは意外にも厳めしい顔をしているラフィリアだった。その眼差しはいつになく厳しいものだったので、俺はこんな目もするのかと思った。


「君は?」


 ガルフは半眼で尋ねる。


「私はラフィリア・F・シェルブール。この国の王女です」


 ラフィリアは気高さを感じさせる声で言った。


「そうだったのか。王女様の顔は初めて見るな。実にお美しい」


 ガルフは茶化すように言った。それを受け、ラフィリアは青筋を蠢かせた。


「お世辞ならけっこうです。とにかく、あなたに聞きたいことがあります」


「なんでしょう?」


 ガルフは道化じみた声で言葉を返す。


「なぜ、軍に入らないのですか。アシュランティア帝国の名将軍と言われたあなたを軍に迎え入れようと王宮も再三の要請をしたはずです」


 ラフィリアの言葉にガルフはボリボリと頬を掻いた。


「俺はもう軍には入らない。そう決めているんだ」


「帝国がこの国と戦争するのを嫌って、あなたが軍を辞めたのは知っています。そして、そんなあなたをこの国の民は信頼しています」


 ラフィリアは息を巻くように言うと言葉を続ける。


「もちろん、私個人はあなたを信用していません。が、お父様はあなたを高く買っていますし、あなたもなぜ救いを求めているこの国の民の声を聞き入れないのですか」


 ラフィリアの声は辛辣だったが、それでも縋るような響きがあった。


「そういうしがらみが嫌で軍を辞めたんだ」


 そう答えたガルフの声には自嘲が混じっていた。


「なら、どうしてこの国の生まれでありながら帝国の軍になど入ったのですか。あなたのせいで滅ぼされた国が幾つもあるんですよ」


 ガルフが名将軍と謳われたのは帝国に逆らう数々の国を容赦なく攻め滅ぼしてきたからだ。

 その事実はラフィリアとしても許せるものではないのだろう。

 

「それは悪かったと思っているよ」


「だったら、今すぐこの国の軍に入り、この国を守りなさい」


 ラフィリアは怒気を孕んだ声で言った。


「それはできない相談だ。こう見えて、俺は賞金稼ぎとしての生活が気に入っているんでね。あんたも王女様なら、売国奴に等しい俺の力なんかを頼るべきじゃない」


 この言葉にラフィリアは恨めしそうに唇を噛み締めた。


「お父様はどう思っているかは知りませんが、やっぱり私はあなたのことが好きになれません」


 ラフィリアがそう憎々しそうに言うと、ガルフは肩を竦める。


 それから、ガルフはもう話すことはないと言わんばかりに背を向けると怪我をした男を担ぎながらロッドマンと共に去って行った。


「あんたがここまで怒るなんてな」


 俺はラフィリアと視線を合わせづらそうにしながら言った。


「国のためです。あんな男でもこの国は喉から手が出るほど欲している。だからこそ、悔しいんです」


 ラフィリアは萎れたような声で言った。


「そうか」


 俺はそれ以上、何も言えなくなった。ラフィリアは国のことを一心に考えている。だからこそ、危険を冒してこの場にいるんだし。


 そして、しばらく気まずい沈黙が続くとリオルドが気合いを入れ直すように手を叩いた。


「とりあえず、話はこれくらいにして先に進もうぜ。パワースポットはもうすぐだからな。ここで気を緩めるのは危険だ」


 そう頼りがいのある声で言うと、リオルドは歩きだした。


 俺もその後に続き、ラフィリアも俯きながら歩を進める。それから、俺たちは再び現れたオーガや、様々な武器を手にしたリザードマンを倒しながら迷宮を突き進む。

 

 そして、とうとう十二階にまで辿り着くと、そこは見通しの良い大部屋になっていて床には溢れんばかりの光りを放っているサークルのようなものがあった。


 まるで、エネルギーが湧き水のように吹き上がっているのを見て、俺もここがパワースポットに違いないと確信した。


「ようやく辿り着いたな。ここで良いんだろ、ゼグナート」


 俺は肩にいるゼグナートの顔を横目にする。こと戦いに関しては何の役にも立ってくれなかったので、その存在感は希薄なものになっていた。


「ああ。間違いなくここは私が求めていたパワースポットだ。お前もオーブを手にして、パワースポットの中に入れ」


 ゼグナートの言葉に促されるように俺は肩にかけていた小さな革袋からオーブを取り出そうとする。

 が、その瞬間、凄まじい圧迫感が俺の体を襲った。

 

「大本命が現れたようだぞ、セイン」


 静かな空気を揺るがすような声を上げたのはリオルドだった。と、同時に部屋の向こう側にある通路から体長が十メートルはあろうかという巨大な化け物が現れる。


 まるで獅子のような顔をしていて背中からは取って付けたような翼も生えている。尻尾はまるで蛇のようで、その先端には唾液を垂らす口が付いていた。


 どう考えても自然界の生き物ではない。とはいえ、普通のモンスターというわけでもない。

 それは明らかに異質な空気を発する実験動物のような化け物だった。

 

「こいつが魔獣アルカンデュラで間違いないみたいだな。まさか、このタイミングで現れてくれるとはね」


 俺はアルカンデュラから放たれるプレッシャーに全身が粟立った。その次に俺を襲ってきたのは純粋な死の恐怖だ。

 ドレイクの時でさえ、こんな恐怖に苛まれることはなかったのに。

 

「噂以上に迫力があるな。こんなに禍々しいモンスターは見たことがない。こいつは気を引き締めて掛からないと殺されるぞ」


 リオルドは油断なく短剣を構えながら言った。その言葉がより一層、俺の恐怖心を煽る。


「分かってる。ここまで来たら逃げるわけにはいかないし、是が非でも倒してやるさ」


 精一杯の強がりを口にした俺は剣を構えると、いつ襲いかかられても良いように全身の筋肉を撓めた。


 するとアルカンデュラは猛然と走り寄ってきた。


 俺は逃げ出したくなる衝動を堪えて、アルカンデュラが剣の間合いに入るのを待つ。


 一方、アルカンデュラは俺の目の前まで来るとナイフのような爪を振り下ろした。まるで空間ごと切り裂かれそうな攻撃だ。

 

 俺はアルカンデュラの爪を薄皮一枚のところで避けると稲妻のように剣を一閃させる。その一撃は見事、アルカンデュラの腕を切り落とした。


 俺はやったと思ったが、すぐに目を見開く。何と切り落とされたアルカンデュラの腕が恐るべき早さで復元されていくではないか。

 十五秒ほどで傷口から肉の盛り上がったアルカンデュラの腕は元通りになってしまった。

 

 まさに不死身の怪物と言うに相応しい再生力だ。生半可な攻撃ではアルカンデュラを仕留めることはできないぞ。


 俺が尻込みしていると、リオルドが疾風のようにアルカンデュラへと駆けていく。それから、二本の短剣から繰り出される斬撃をアルカンデュラに浴びせた。

 だが、たいした傷は負わせられない。

 

 その上、アルカンデュラは後ろへと跳躍すると、何と口から炎を吐き出した。灼熱の炎がリオルドの体を津波のように襲う。


 それを受け、リオルドはクルリと身を翻すと、炎から逃げる。だが、炎が押し寄せる方が早い。

 リオルドが炎に飲み込まれると思ったその時、柔らかな光がリオルドを包み込んだ。

 

「シュルナーグ様、バリアを張ったので、これで炎は平気です」


 そう声を発したのはラフィリアだった。気が付けば俺の体も光りの膜に包まれている。先ほどまで感じた炎の熱も伝わってこない。


 それから、ラフィリアはバチバチとスパークする光りの球をアルカンデュラに向けて放った。

 

 それは炎の壁を突き抜けてアルカンデュラの体にぶつかる。その瞬間、白い光りが乱舞する激しい爆発が起きた。


 その結果、アルカンデュラの体が大きく吹き飛ばされて、勢いよく壁に叩きつけられる。壁には大きな陥没したような穴ができた。

 さすがラフィリアの魔法だ。たいした威力をしている。


「まだです。これしきのことではアルカンデュラは倒せません」


 ラフィリアが叫ぶと、アルカンデュラもすぐに穴から這い出てくる。そんなアルカンデュラの顔はかなり傷ついていたが、ブクブクと血の泡を吹かせながら再生していく。


 俺は完全に再生するのを待たずに一瀉千里の如き速さで走ると、アルカンデュラに斬りかかった。


 だが、俺の攻撃が届く前にアルカンデュラは凄まじい力が込められた腕を一振りする。


 俺はそれを剣で受け止めたが勢いを殺しきれずに横へと吹き飛ばされた。だが、器用に体勢を立て直して転倒は免れた。

 

 そして、今度はリオルドが二本の短剣で斬りかかる。鮮やかな剣舞はアルカンデュラの体に次々と傷を付けた。

 しかし、それでもアルカンデュラはずば抜けた再生力で体の傷を癒やしていく。それから、全ての傷が治ると猛反撃に打って出た。


 アルカンデュラは連続してリオルドに苛烈な攻撃を加える。リオルドもそれを紙一重のところで避け続ける。

 気を緩めればリオルドの体は一瞬にして引き裂かれるだろう。


 繰り出す攻撃がことごとくかわされ、業を煮やしたアルカンデュラは何度も炎を吐いたが、バリアで守られたリオルドには通じない。

 もし、通じていたらリオルドの体は今頃、消し炭になっていただろう。

 

 リオルドは纏わり付く炎を懸命に振り払いながらアルカンデュラに果敢に挑みかかった。


 一方、俺はアルカンデュラの背後に回り込んでいた。そして、背後からアルカンデュラを切りつけようとする。


 すると蛇のようなアルカンデュラの尻尾の口が、俺を食い千切ろうと迫った。それを俺は一刀両断する。切り飛ばされた尻尾の口から血と唾液が飛び散った。


 それを受け、アルカンデュラがギャーッと悲鳴のような声を上げる。その隙にリオルドが横へと流れるように動いた。

 だが、なぜか攻撃は加えない。せっかくのチャンスをリオルドが逃すなんて。

 

 そう思った俺はハッとする。なぜなら、リオルドの後方には激しくスパークする巨大な光りの球を作り上げていたラフィリアがいたからだ。


 リオルドはラフィリアが凄まじいエネルギーが籠められた光りの球を作り上げる時間を稼いでいたのだろう。


 横への動きも計算されたものだったのだ。

 

 そして、アルカンデュラとラフィリアの位置が直線で結ばれると、ラフィリアは巨大な光りの球を放った。


 それは電光石火の早さでアルカンデュラへと飛来する。そのあまりの早さにアルカンデュラも光りの球を避けることができなかった。


 次の瞬間、大爆発が起き、アルカンデュラの体は内側から膨れあがったかのように弾け飛んだ。

 しかも、その爆発は大部屋を地震でも起きたかのように激しく揺り動かす。俺も思わず衝撃の余波で尻餅をつきそうになった。


 そして、爆煙が消えると、そこにはバラバラの肉の塊になったアルカンデュラがいた。これではもう再生はできまい。


 俺が呆けたような顔をしていると、アルカンデュラの死体は灰色の霧のようになって消えていく。

 不死身の化け物の命がとうとう潰えたのだ。

 

「俺たちが勝ったのか?」


 俺は体から力が抜けるのを感じながら言った。とても勝利を喜ぶ気にはなれない。


「らしいな。手強い相手だったが、何とか勝てて良かった。やっぱりお前らと一緒に迷宮に来たのは正解だったな」


 さすがのリオルドも肩で息をしていた。


「本当だよ」


 俺一人だったら絶対に殺されていただろうな。やっぱり、この世界は途方もない危険に満ちている。

 今はアルカンデュラのような敵がそう多くないことを祈りたいが。

 

「とにかく、パワースポットには辿り着けたし、これ以上、何か出てこない内にさっさと用を済ませろよ」


 リオルドがそう言うと、俺は袋からオーブを取り出して、それを手にしながらパワースポットの中に入る。

 するとオーブが黄色く輝き始めた。


「オーブに光りが灯った。これで俺にも旅に出る資格が与えられたというわけか」


 少なくとも親父の提示した条件はクリアした。しかしながら、あと六回もこんな苦労をさせられるかもしれないことを考えるとげんなりする。


「なら、私も思う存分、エネルギーを吸収するとしよう」


 ゼグナートが俺の肩らからふわりと離れる。それから、パワースポットの中で宙に浮かんでいるゼグナートの体が光り始めた。

 おそらくエネルギーを吸収しているのだろう。

 

 それが証拠にゼグナートの体がどんどん大きくなっていく。そして、エネルギーを吸い上げられているパワースポットの光りは逆に小さくなっていった。


「光が消えた」


 俺は目を瞬かせる。その言葉通り、あれほど光りを溢れさせていたパワースポットから完全に光が消えてしまったのだ。

 まるで井戸水が涸れたように。

 

 代わりに俺の頭上には体長が十メートル以上はある羽の生えた蛇がいる。その圧倒的なまでの存在感はあのアルカンデュラさえも上回っていた。


 もっと早く、ゼグナートをパワースポットに入れていればアルカンデュラなんて軽くひねり潰せたかもな。


「礼を言うぞ、セイン。おかげで私も二割ほどだが、魔力を回復することができた」


 ゼグナートの重々しい声が聞こえてくる。


「たった二割だって?」


 その数字に俺は目を剥いた。


「そうだ。このパワースポットから全てのエネルギーを吸い上げても、我が魔力はそれだけしか回復できなかったのだ」


 それでも今のゼグナートからは途轍もない力を感じる。だが、同時にそれは今のゼグナートの力を凌ぐ敵がいるという事実にも繋がっているのだ。


「そうか」


 何にせよ、ゼグナートのキャパシティーは想像も付かないな。


「それにセファルナートと戦うには我が魔力は限界まで回復させねばならん。だからこそ、魔力は温存する必要があるし、これからの旅でも戦うのはお前の役目だ」


 ゼグナートは苦笑するように言うと、言葉を続ける。


「それは肝に銘じておけ」


 ゼグナートの物言いに俺はガックリと肩を落とした。でも、そんなことだろうと思ったよ。


「そうかい」


 言い返す気にもなれなかった。


「まさかゼグナートの本当の姿をこの目で見られるとはな。やっぱり運命を感じるぜ」


 リオルドは心底、嬉しそうに言った。


「ゼグナート様の力さえあればこの国も必ず救えます」


 ラフィリアは目を輝かせながら、ゼグナートの姿に見とれていた。


 そんな二人を余所に俺はこれからどうするべきかと思案に暮れた。

 

                   ☆


 俺は迷宮から帰って来るとギルドの酒場で、ジュースを飲んでいた。


 テーブルにはフィックがいて美味しそうに分厚いステーキを食べている。手乗りサイズに戻っているゼグナートもぶどう酒を飲んでいた。

 ラフィリアはチーズケーキを少しずつ味わって食べている。


 リオルドはと言うと、ギルドの受付でアルカンデュラを倒した報酬を貰いに行っている。

 

 リオルドが言うには報酬の四割は俺にくれるらしい。太っ腹なことだ。対するラフィリアは王女なので、報酬などいらないのだそうだ。


「待たせたな、セイン。アルカンデュラを倒した報酬は八百万ディオールだ。その報酬の四割だから、お前には三百二十万ディオール渡しておくぞ」


 現れたリオルドは金貨の入った袋を俺の前にどっさりと置いた。これで当分は生活には困らないな。

 とはいえ、無駄遣いは避けないと。

 

「ありがとう」


 俺は棚から牡丹餅のような気分でお礼を言った。


「それでこれからどうするんだ?」


 リオルドはそう切り出した。


「とりあえず宿屋に戻ってゆっくりするさ。その後は一端、自分の屋敷に帰ろうと思う」


 親父にパワースポットまで行けたことを報告しないと。でも、リオルドやラフィリアの力を借りたと聞いたら親父は渋い顔をするかもしれないな。


 少なくとも自分の力を試し切れたとは言えない。

 

「そうか。ま、お前にはこの世界のためにも頑張って貰いたいもんだ」


 そう言うとリオルドはウェイトレスを呼びつけてブランデーを注文した。するとラフィリアが意を決したような表情で言葉を発する。


「改めて貴方たちにお願いします。どうか魔界のゲートの封印をする手助けをしてください。もう二度とアルカンデュラのようなモンスターが現れないためにも」


 ラフィリアは思い詰めたような顔で頼み込んできた。それを見て、俺もその頼みは断れるものではないことを悟る。


「分かったよ。アルカンデュラを倒せたのも君の力のおかげだし、ゲートの封印には手を貸すことにする」


 一国の王女の頼みを断ったら、色々と禍根を残しかねない。セオリーニ家の立場を危うくしないためにも、ここは恩を売っておくべきだろう。


 とはいえ、ラフィリアの無計画ぶりには不安を感じなくもないのだ。


 現に最初はゲートを開くと言っていたのに、今度はゲートを封印するから手を貸してくれと言うし。

 ま、その行動力にまで難癖を付けるつもりはないが。

 

「おいおい、そんな風に安請け合いして良いのか?迷宮の最深部にはアルカンデュラのような化け物がウヨウヨしているんだぞ」


 リオルドは正気じゃないとでも言わんばかりに言った。


「そうなのか?」


 俺はアルカンデュラのような化け物とは二度と戦いたくないと思っていたので、軽くぞっとしてしまった。


「ああ。もっとも、そいつらみたいな強いモンスターは魔界のゲートから流れてくる空気がないと生きていけないからアルカンデュラみたいに浅い階には来れないが」


 さすがのリオルドもそのモンスターたちを退けながら迷宮の最深部に辿り着く自信はないようだった。


 いずれにせよ、浅い階にまで出没できたアルカンデュラはただのモンスターとは一線を画す存在だったに違いない。


「その通りです。ですか、そのモンスターたちに対しては対策がありますので、大丈夫です。だから、あなたたちはもうしばらくこの王都に留まってください」


 ラフィリアは力の籠もった声で言った。ラフィリアが大丈夫と言うからには、本当に効果的な策があるのだろう。

 今は素直にその言葉を信じよう。

 

「分かったよ」


 俺は大息を吐いて頷いた。


「俺も飛行艇を直すのには時間が掛かるから、まだこの王都を離れられない。だから、王女様の言う対策の話しだいでは付き合ってやっても良いぜ」


 リオルドがいれば本当に心強い。


「ありがとうございます。では、数日中にあなたたちを王宮に招きますから、詳しい話はその時にします」


 そう言うと、ラフィリアはおもむろに席を立って、俺とリオルドの前から去って行った。その後ろ姿を見送ると、俺は気を取り直したようにリオルドに話しかける。


「なあ、リオルド。俺にもあんたの飛行艇を見せてくれないか。噂じゃ飛行艇はかなり格好良い代物だと聞いているし」


 一度この目で見てみたいし、もし、乗せて貰えるなら、こんなに嬉しいことはない。しかし、リオルドの言葉は俺の期待を裏切るものだった。


「気が向いたらな」


 リオルドは気取ったように言うと、俺に向かってニヤッと笑った。



 第三章の前半に続く。




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