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第一章 前半

 第一章 世界を救う旅の始まり 前半


 俺は重苦しい雰囲気が漂う親父の書斎にいた。書斎の壁は大きな本棚で埋め尽くされている。

 なので、本、独特の匂いが部屋には充満していた。


 ただし、一か所だけ空いたスペースにはキャビネットが収まっていて、その中には値の張るウイスキーのボトルが入っている。

 このウイスキーがまた良い味をしてるんだよ。飲んだのが見つかって親父にこっぴどく叱られたことがあるけど。


 ま、俺も酒が飲めるような年齢になったら、幾らでも旨いウイスキーを飲んでやる。


 一方、ゼグナートから全ての話を聞き終えた親父は黙想するように目を瞑る。その顔はいつになく難しいものだった。


「話は分かった」


 親父は豪奢な椅子に座りながら自慢の顎髭を撫でた。親父の目にからかいの色はない。


「なら」


 俺は身を乗り出すように親父の仕事机に手をかける。すると親父はクリスタルのコップに入ったウイスキーを豪快に飲み干した。


「それで偉大なる魔神ゼグナート殿。もし、その話が本当ならあと何年くらいで世界は滅びるというのだ?」


 親父は神妙な面持ちで尋ねる。どうやらゼグナートの言葉を信じてくれたらしい。


「早ければ三年以内に」


 ゼグナートは平坦な声で言った。


「三年か。では、アシュランティア帝国と戦争などしている場合ではないな」


 そう口にする親父はグラスから手を放さない。俺としても世界が三年で滅びるなどと言う話は寝耳に水だ。


 ゼグナートの本当の姿を見ていなければ。

 

「その通りだ。だが、セファルナートは地上の様子を見ながら、いつ世界を滅ぼすのか決めようとしているはずだ」


「となると?」


「アシュランティア帝国の動き次第では世界が滅びる日が遅くもなれば早くもなると言うことだ」


 ゼグナートの重い響きのある声が俺の耳朶を打つ。もしかして、帝国のせいで世界は滅びようとしているんじゃないのか。

 もし、そうなら帝国が態度を改めれば洪水も起こらないかもしれない。などと考えるのはやはり現実的ではないか。


 ちなみにゼグナートは封印された場所から動けずにいたが、ディヴァイン・ネットワークという特殊な力で、世界の動向を監視していたらしい。


 なので、現在の世界情勢はある程度把握しているという。


「なるほどな」


 親父は思案するような顔をしてから言葉を続ける。


「だが、大事な一人息子を危険な旅に同行させるのは私としても気が引ける。金で傭兵を雇うからその者たちと旅に出るわけにはいかないのか?」


 それが一番、良い方法なのは分かっている。親父が手を貸すなら、ゼグナートと一緒に冒険に出てくれる人間なんて幾らでも集められるからな。


「そうしたいところだが、私としては彼と共に行きたい」


「理由は?」


「私の千里眼が彼の勇者としての資質を捉えたのだ。彼はきっと旅を通して偉大な者になるだろう」


 俺はあの祭壇の前には何度も行った。でも、その時は何も起こらなかった。ということはゼグナートは俺に勇者としての資質が備わるまで待っていたと言うことなのか。


「ふーむ。そこまで言われては私としてもどうしたものか」


 勇者と言われて悪い気はしない。たぶん、自分の息子が勇者になれるかもしれないと言われた親父もそう思っているに違いない。


「父上、俺は旅に出ます」


 俺は決然と言った。その目に弱々しい迷いはなかったはずだ。


「やけに乗り気だな。今度の旅はお前が考えているほど甘いものではないぞ」


 過去に親父と旅に出たことは何度かある。とはいえ、このアラクシアス王国の領土から出ることはなかったが。


「それでも何もせずに世界が滅びてしまうのを待つよりはマシです。それに世界が滅ぶまでたった三年しかないんですよ」


 たった三年で世界各地を回りきることなど可能なのだろうか。いや、三年は早ければの話だからな。

 まだ猶予はあると考えたい。


「三年か」


 親父はその数字を吟味するように口にした。


「ですから、俺も悔いの残らないような人生を歩みたいんです」


 このまま屋敷に引き籠もって、帝国の動きにビクビクしているのだけは嫌だ。


「一端の口を効くようになったな、セイン。そこまで言うのなら良いだろう。ただし、条件がある」


「条件?」


「パワースポットの一つはアラクシアス王国の王都の迷宮の中にあるのだろう?」


 そう、一つ目のパワースポットは意外と近いところにあったのだ。ゼグナートは王都の地下にある迷宮のパワースポットに行けば良いという。


 ちなみに俺も迷宮にパワースポットがあることは知っていた。ただ、そのパワースポットが特別な役割を果たすことまでは知らなかった。


 ちなみに迷宮は危険な場所ではあるが、古代の遺跡なので人の手は行き届いているし、パワースポットのある場所まで辿り着けないわけではない。


「はい」


 俺は神妙な顔で頷いた。


「ならば一つ目のパワースポットには自分の力で辿り着いて見せろ」


「自分の力・・・」


 俺はギュッと握り拳を作った。


「私は金も出さないし口も効かん。だから、それを踏まえた上で、迷宮のパワースポットに辿り着いて見せろというのだ」


「なるほど」


 つまり、セオリーニ家の力は使えないと言うことか。


 そうなると親父の力で俺に同行してくれるような人間を集めることもできないことになる。

 純粋に俺一人だけの力が試されるというわけか。


「それができなければ私としてもお前が旅に出ることは認められんし、どの道その程度の力もない奴に世界各地を旅するなど無理な話よ」


 確かに親父の言葉は道理に適っていると言えるな。だが、それに恐れを成していては世界を救うことなど夢のまた夢。


「分かりました。父上がそう言うのなら、俺はその条件で構いません」


 前々から迷宮には挑みたいと思っていた。その目的が世界を救うためだとするなら、こちらとしても望むところだ。


「ゼグナート殿もそれで良いか?」


 親父がゼグナートの顔に視線を向ける。その視線は憂いの色を秘めていた。まあ、親父とて俺の身を十分すぎるほど案じてはいるのだろう。

 だが、そんな親父の不安はきっと取り除いて見せる。そして、ゼグナートの期待にも応えるのだ。

 

「ああ」


 ゼグナートは満足そうな顔で言った。


                   ☆


 俺は自分の部屋で王都に行く準備を整えていた。馬を走らせれば王都までは三十分くらいで着く。

 ただ、街道には盗賊が出るというので油断はできない。


 俺は良く磨き込まれた家宝の剣の刀身を見る。ドラゴンの鱗ですら切り裂くという剣は殊の外、魅力的に見えた。

 しかも、持ち主の意思を感じ取って奇跡を起こす力もあるらしい。その奇跡の発動条件は俺にもよく分からない。

 ただ、真に戦うべき時が来たら、剣の方から力を貸してくれるという。どうにも胡散臭い話ではあるが。


 とにかく、これを使う機会がいつ訪れるのか、それを思うと何だか興奮した。


「兄貴、旅に出るって本当ですか?」


 俺の自室の扉を乱暴に開けたガモットは血相を変えたように言った。


「ガモットか。部屋に入るならノックくらいしろよ」


 俺の言葉にガモットは恐縮したような顔をした。


「すいません。でも、兄貴が旅に出ると聞いたら居ても立ってもいられなくなって」


 ガモットは頭を下げてから、縋るような目で俺を見た。


「そうか」


 下手したらガモットとは今生の別れになるかもしれないな。いやいや、そんな弱気なことじゃ駄目だ。

 広い世界をこの目で見て、必ずこの屋敷に帰ってくる。その覚悟がなければ途中で挫折するか、死ぬかのどちらかだ。


 親父の言う通り、今度の旅はそんなに甘いもんじゃないからな。


「旅に出るんならあっしも連れてってくださいよ」


 ガモットは腰に吊した斧の柄に手を置いて言った。


「それは無理だ」


 俺はきっぱりとその頼みを断る。


「どうしてですか?」


「何も出てこない遺跡の中でさえ震え上がってしまう奴が、どうしてモンスターたちが跋扈する迷宮の中に入れる」


 ガモットは戦いには向かない。でなければ父親と共に森の中へ狩りに行くこともできただろう。

 それに俺としても気は優しくて力持ちのガモットには手を汚させたくなかった。こいつにはずっと森の中の動物たちと戯れていて貰いたかったからな。


「そうですが」


「俺と一緒に旅に出たいという、その気持ちだけ受け取っておくよ」


 俺は優しく笑った。それを受け、ガモットもしょんぼりしたような顔をする。


「分かりました。では、兄貴も気を付けて行ってきてください。そして、必ず生きてこの屋敷に戻ってきてくださいよ」


「ああ」


 ガモットの言葉に俺は力強く応える。それを受け、ガモットは後ろ髪を引かれているような足取りで去って行った。


「愛されているのだな、お前は」


 そう言ったのはベッドの上で体を丸めていたゼグナートだ。こうしているとただのペットにしか見えない。


「屋敷の者から信を勝ち取れないような人間に領主は務まらないだろう」


 昔はこんな辺鄙な土地の領主になるなんて嫌だと思っていた。


 でも、今は本気で屋敷にいる者たちや、この土地で暮らしている人たちを守りたいと思っている。

 そのためなら、領主の息子として命を擲つつもりだ。

 

 本当に大切な物は命を惜しんでいては守れない。それが純然たる力が支配するこの世界なら尚更だ。


「もっともだな。とはいえ、外の世界の人間の心はこの屋敷にいる者のように甘くはないぞ」


 怖いのはモンスターや盗賊だけではないだろう。

 

 一見すると普通の人間しか見えないが、その裏ではしたたかな心を持っているような輩が一番怖いと言える。


「分かってるよ。まったく、誰のせいで屋敷から出なければならなくなったと思ってるんだ」


 そう言って、俺は溜息を吐いた。


「それを言われると私としても弱るが、お前も広い世界を見たいのだろう。なら、この機会を置いて他にないぞ」


「本当に世界が三年くらいで滅んでしまうのならな」


 俺は揶揄するように言った。こんな理由でもなければ親父の治める土地から出て行こうとしない俺も俺だが。


「私の言葉に嘘はない。だからお前も腹を括れ」


 その声に押される形で、俺は眺めていた剣を鞘へと納めた。


                   ☆


 次の日、俺は朝早くに屋敷の外にある馬屋へと向かった。それから、鞍を備え付けた馬へと跨がる。

 白くて毛並みの良い上質の愛馬は今日も元気だった。

 

 時間が時間なので、これから旅立つ俺を見送る者はいない。声もかけずに屋敷からいなくなる俺をガモットの奴は怒るかもしれないな。


 でも、それで良いのだ。

 

 もし、屋敷のみんなに見送りでもされたら、俺も旅に出ようとする気持ちが挫けてしまいそうだからな。そんな甘えは断ち切りたい。


 そう思って、俺は勢い良く馬を走らせる。馬は風を切るように颯爽と走ると、屋敷の敷地から出た。

 これからどんな冒険が待っているかワクワクするな。

 

「王都までは真っ直ぐ道も続いているし、問題はないと聞いているが」


 ゼグナートは俺の肩の上にいるがたいして重くはない。ただ、俺も蛇が好きかと聞かれれば首を捻らざるを得ないので、やっぱり違和感はある。


 それと、森を抜ければすぐに王都の町を囲む防壁も見えるようになるはずだ。見晴らしの良い一本道なので迷うということはない。


「いや、街道には盗賊が出ると言われている。そいつらと鉢合わせしたらまずいことになるな」


 今の俺はたいした額の金は持っていない。とはいえ、家宝の剣や馬を奪われたら、これからの旅においては死活問題だろう。


 故に気を緩めることはできない。

 

「お前には戦う力があるのか?」


 ゼグナートは今頃になって、その点を指摘してきた。俺に戦う力があるのかどうかは最初に確かめなければならないことだろう。


 なのに、ゼグナートは共に旅をする相手に勇者としての資質などと言う曖昧な物を求めてきた。

 これには俺も力よりも大事な物などあるのだろうかと思ってしまう。

 

「あるに決まってるだろ。王都で開かれた剣術の大会で三位に入ったことがあるよ。そこら辺の奴が相手なら敵じゃない」


 天才剣士などと持て囃されていたこともある。王立騎士団からも騎士になってくれと熱心に頼まれたし。


 つまり俺に剣を持たせれば素人が相手なら五人いても問題ないと言うことだ。


「それは頼もしい言葉だな。言っておくが、いざ戦いになっても私は力は貸せんぞ」


 ゼグナートは念を押すように言った。


「お前はそれでも伝説の魔神なのか?」


 どうにも疑わしい。


「当前だ」


「でも、戦う力がないならセファルナートにも打ち勝てないと思うが」


 創造主とも言われる神に対して、俺の力を当てにされても困るぞ。剣の力では戦える相手とそうでない相手がいるし。


「パワースポットから溢れ出ている魔力を全て吸収する。そうすれば力も戻るはずだ」


「そういうことね」


 どっちにせよパワースポットに行くしかないというわけだな。迷宮に入ったことはないからドキドキさせられるが。


 そんなことを考えていた時だった。道の脇にある茂みの中から、いきなり武器を持った男たちが現れた。


 その数九人。


 随分と汚らしい格好をしているし、その目つきもまるで野獣のようだ。こいつらは間違いなく盗賊だな。


 ウチの屋敷に食料品などを運び込んでいた業者も襲われたので、出会す可能性はあると思っていたが。


「おい、小僧。随分と良い身なりをしているが、有り金を全部置いていきやがれ」


 髭面の男は盗賊ならお決まりとも言える台詞を放った。学がないのは分かるが、もっと言葉のバリエーションを増やしな、と言いたくなる。


「嫌だね」


 俺は別段、恐怖に怯えるわけでもなく済ました顔をした。


「ほう、俺たちに対して嫌だと抜かすか。どうやら痛い目に遭いたいみたいだな」


 髭面の男はゲヒヒと笑った。


 その笑い顔は見ているだけで叩き斬ってやりたくなる。ま、盗賊なら殺しても誰からも文句は言われないだろう。

 ただ、後味の悪い思いをするだけだ。


「戦うって言うのか?」


 俺は腰に下げられた剣の柄に手を置いた。


「その通り。子供だからって容赦はしないからな。素直に金を出さなかったことを後悔させてやる」


 そう言って髭面の男と他の盗賊の男たちは襲いかかってきた。


 俺は馬から飛び降りると、剣を鞘から抜き放つ。すると美しい刀身が日の光を浴びて輝いた。


 正直、実戦で剣を振るうのは始めてだが、怖くはない。


 一方、盗賊の男たちは鋭利なナイフを手に俺の体を切り刻もうとする。その動きは統率が取れていない。

 ただ闇雲に向かってくるだけだ。


 なので、俺は迫り来る盗賊たちのナイフをことごとく弾き返した。それを受け、余裕を見せていた盗賊たちの顔が盛大に引き攣る。


 その立ち合いで、俺が盗賊の男たちを切り伏せなかったのは、別に盗賊の男たちが強かったわけではなく、単に人殺しになるのに忌避感があったからだ。


 だが、そんな甘い考えでは足下を掬われる。


 殺しはしないが腕くらいは切り落としてやろう。運が悪ければ、それでも死ぬかもしれないが、知ったことではない。


 そう思った俺は流れるような動きで剣を振るって、盗賊の男たちの腕を次々と切りつけていった。


「つ、強い」


 獲物のナイフを落とした一人の男が、腕から血を滴らせながら唸った。浅い傷ではないし、早く止血をしないと死ぬぞ。


「怯むな。周りを囲んで隙を窺え」


 髭面の男の声を聞き、残った五人の盗賊の男たちが俺を取り囲む。やれやれ、こいつらは戦いに対する見極めもできないのか。


 所詮、弱い奴らしか相手にできない卑怯な連中だ。だから、相手の実力も推し量ろうともしない。

 他人どころか、自分の命すら大事にできないって言うのは愚かだな。

 

 とはいえ、この体勢で一斉に襲いかかってこられたら、さすがの俺もまずいかもしれない。


 やはりこいつらは殺すしかない。


 生きて返せば、今度は別の誰かが襲われる。そして、その誰かが俺の身内だったら目も当てられない。

 

 そう思った瞬間、俺の視線の先にいた髭面の男の背後から一人の男が現れる。銀髪に彫りの深い顔をした三十才くらいの男で、その手には長剣が握られていた。


 一瞬、こいつも盗賊たちの仲間かと思ったが、その屈強さを感じさせる出で立ちを見てすぐに違うなと思い直した。


「子供相手に一対九って言うのはいくらなんでも卑怯すぎるんじゃないのか?」


 銀髪の男はニヤッと笑った。


「何だ、お前は?」


 いきなり現れた男に狼狽しながら髭面の男は後ろを振り返る。俺もどこか超然とした男に目を奪われていた。


「俺は賞金稼ぎだ。ギルドの依頼で、賞金が賭けられているお前たちを退治しにきた」


 銀髪の男は剣の切っ先を盗賊の男たちに向ける。その立ち振る舞いには隙というものが全くない。

 こいつはできる男だ。


「ちっ、賞金稼ぎかよ」


 髭面の男は舌打ちした。


「大人しく武器を捨てて投降しろ。そんな子供に手を焼いているようじゃとてもこの俺の相手にはならん」


 まあ、その気になれば俺一人でも何とかなった相手だからな。


「ふざけるな。相手が賞金稼ぎなら、俺たちもやり方を変える。つまり本気で殺しに掛かるってことよ」


 髭面の男は頭に血が上ったような顔をして、他の盗賊の男たちに向かって声を上げた。


「やっちまえ、お前ら!」


 その声を皮切りに、俺を取り囲んでいた盗賊の男たちは銀髪の男の方に殺到した。まるで死に急ぐように。


「本気で殺しに掛かるか。なら逆に殺されたとしても文句は言うなよ」


 そう言うと、銀髪の男は神速とも言えるスピードで剣を振るう。その一太刀で二人の盗賊の男の腕が切り飛ばされた。


「ぎゃー」


 地面に転がった盗賊の男は絶叫する。

 

 驚いたな、その気になれば転がっている盗賊の男の体は真っ二つにできたはずだ。なのに、腕を切り飛ばすだけで済ませるなんて。

 

 そうこうしている内に盗賊の男たちは次々と銀髪の男に切り伏せられていく。その太刀筋は歴戦の古豪を彷彿とさせる。

 俺が出場した剣術の大会にもこんな強い奴はいなかったぞ。


 そして、全員が地面に這いつくばるのに三十秒と掛からなかった。しかも、切り伏せられた男たちはかろうじて生きているらしく、呻き声が聞こえて来る。


 ただし、リーダー格とされる髭面の男は首を切り落とされて死んでいたが。


「口ほどにもない奴らだな。おい、大丈夫か、少年」


 戦いが終わると銀髪の男は俺の顔を見て、悠々と笑った。男の戦いぶりに見入っていた俺もその声で我に返る。


「たいした腕前だな、あんた」


 俺は息を呑んだ。男の豪腕から繰り出される斬撃を見て、血湧き肉躍るものを感じていたのだ。


「そっちこそ。ただの少年ってわけじゃなさそうだ」


 この男は俺の力量も見抜いている。こいつが相手だったら、俺も無事ではすまなかっただろう。


「ああ」


「盗賊たちも退治したことだし、俺は王都に戻る。良かったら、王都まで一緒に行かないか?また襲われでもしたら大変だろ」


 銀髪の男はリーダー格の髭面の男の生首を持つとそう提案してきた。


 その顔は何とも平然としている。

 

 不必要な殺しはしないが、それでも殺すべき相手には容赦をしないという断固さのようなものも感じられたし。


「別に。あんな奴ら俺一人でもどうにかなった」


 強がりではない。


「だろうな。とはいえ、己の力を過信しすぎると痛い目に遭うぞ」


 この男に言われると説得力がある。おそらく、この男もこんな荒事を幾度となく繰り返してきたのだろう。


「でも、歩きのあんたに合わせて行くのは嫌だ。助けてくれたことには感謝するが王都には一人で行かせて貰う」


 再び盗賊たちに襲われるような不運もあるまい。例えあったとしても、次は自分の力だけで切り抜けてみせる。


「そうか。なら、縁があったらまたどこかで会おう」


 そう言うと銀髪の男は身を翻した。


「あんた、名前は?」


 俺は背を向けた男に反射的に尋ねていた。


「俺の名前はガルフ・ドゥ・ガルバンテス」


 そう名乗った男の顔を見て、俺は目を丸くする。ガルバンテスという名前には聞き覚えがあった。


「もしかして、あんたはあの有名なアシュランティア帝国のガルバンテス将軍か?」


 だとすればここまで強いのも頷ける。どこか高潔なオーラを発していることも。


「ああ」


「負け知らずの戦上手だったが、帝国がアラクシアス王国と戦争をするのを反対したせいで、軍を辞めたと聞いているが」


 落ちぶれて賞金稼ぎをしているとは知らなかった。


「色々と事情はあるが、今はただの賞金稼ぎに過ぎない。それに昔の自分を引き合いに出されるのは嫌いだな」


 男、いや、ガルフは殊勝に言った。噂に寄ればガルフの出身地はアラクシアス王国だという。

 その辺の事情も軍を辞めた原因かもしれない。

 

「そうか。改めて助けて貰ったお礼を言う、ありがとう」


 こんな大物と出会うことができるなんて。やっぱり、旅に出たのは正解だったかもしれない。


「どういたしまして」


 そう言って笑うとガルフは今度こそ呆けたような顔をしていた俺の前から去って行った。



 第一章の後半に続く。


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