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プロローグ

 プロローグ


 剣と魔法の力が支配する世界、セファリュシオン。


 創造主セファルナートによって作られたその世界には多くの人間がいて繁栄と栄華を極めていた。

 しかしながら、その背後では神や悪魔たちが跳梁跋扈していて、世界全体を見れば決して平和とは言えない状態になっている。


 ちなみにセファルとは古代語で高きところを意味する。


 そして、セファリュシオンにはこの時代、未だかつていない大きな帝国があった。


 その名もアシュランティア帝国といって、大陸全土を我が物にしようと戦争に明け暮れている。

 現時点ではアシュランティア帝国に対抗しうる国は存在しない。助けを求めても手を差し伸べてくれる神や悪魔もいない。


 そんなアシュランティア帝国の脅威に晒されている国の中にアラクシアス王国はあった。


 アラクシアス王国は資源に恵まれた豊かな国だった。その王都は大変な活気に包まれていて、世界各地から観光客が押し寄せてくるのだ。


 だが、ひとたびアシュランティア帝国と戦争になれば、王都もどうなるか分からないので、そこに住む人々は不安の色を隠せないでいた。


 そんなアラクシアス王国の王都から十キロほど離れた西の地にセオリーニ家が治める土地がある。

 その土地の大半は森に包まれているが中には古代の遺跡もあり、セオリーニ家はその遺跡の管理もしている。


 そして、十五才になったばかりの少年、俺ことセイン・セオリーニは今日もまた興味本位に遺跡の中を探検していた。


「兄貴、これ以上、奥に行くのは止めた方が良いんじゃないですか?」


 そう言ったのはガモットという名前の小太りな少年だった。その顔は不細工とは言い難いが、端正とも言えない。

 まあ、女に持てる顔ではないだろう。

 

 ちなみにガモットの父親はセオリーニ家の屋敷の庭師をしている。ガモットも日頃は斧を片手に森の木を切っている。

 歳が近いせいか、俺とガモットは良く一緒に遊ぶのだ。


「怖じ気づいたのか、ガモット?」


 俺は石の壁に両脇を挟まれた通路を歩いていた。その壁には光石が埋めこまれているので明かりは確保されている。

 ちなみに光石は文字通り、光を放つ石で安値で取引されているので、誰でも簡単に手に入れることができる。


「はい。幾ら王宮の調査隊が調べ尽くした遺跡と言えども、罠がないとは限りませんからね」


 ガモットはビクビクしている。相変わらず気の弱い奴だな。斧の扱いなら父親にだって負けないのに。


「だから楽しいんじゃないか。それにひょっとしたらまだ発見されていない宝があるかもしれないぞ」


 そう言って、俺はニヤリと笑った。古代の人々は魔法の力が込められた道具も使っていたというし、それを発見できれば冒険者としての名も上がる。


 ただし、現在の俺は冒険者などではないので、その手の名誉には興味がない。


「そいつはあり得ませんよ。この遺跡は隅々まで調べ尽くされているんだから」


「だったら罠だってないだろうが」


 俺は反論する。ただ、罠がない可能性もゼロではない。古代遺跡の罠を甘く見て、命を落とした冒険者はたくさんいるからな。


「揚げ足を取らないでくださいよ。とにかく、遺跡には行くなって兄貴もルドルフ様からきつく言われているんでしょ?」


 ルドルフは俺の親父だ。この土地の領主をしているが、実際には屋敷の書斎に籠もっていつも本を読んでいるだけだ。

 つまり領主というのは実に楽な仕事なのだ。額に汗して土地を耕している農民には申しわけないが。


「そんな言葉に従う俺じゃない。大体、こんな遺跡の探検もできなくて、来るべき帝国の戦いに参加できるか」


 俺は猛るように言った。帝国は国境沿いで不穏な動きを見せている。いずれはこの国にも攻め込んで来ることは火を見ることより明らかだった。


「帝国が攻めてきたらやっぱり兄貴も戦うんですか?」


「まあな。先祖代々、受け継いできたこの土地は守り通さないと」


 正直、土地なんてどうでも良いのだ。ただ、俺は何でもかんでも力で押し通そうとする帝国のやり方が気に食わないだけだ。


「その辺の心構えは立派なものです」


「ま、人間なんて死ぬ時は死ぬし、それが早い遅いかの違いだ」


 もちろん、犬死にをする気はない。逃げられる機会があるなら、無理をせずに逃げるつもりだ。

 戦いに参加するのも領主の息子としてのケジメを付けたいからだからな。だが、戦うからには勝ちたいのが本音だ。


「あっしはそんな風に割り切れませんよ」


 ガモットは下を向いた。


「臆病者の庭師になんて誰も期待していない」


 俺は敢えて突き放すようなことを言った。気の優しいガモットに血なまぐさい戦いは似合わないと思ったからだ。

 とはいえ、俺も血を見るのは苦手だ。


「そりゃありがたいことで」


 ガモットは皮肉を口にする。でも、その顔には戦わなくてすむことに対する安堵感があった。


「いずれにせよ、まだ戦争になるって確実に決まったわけじゃないから、気を楽に待とうぜ」


 そう言うと、俺は光石で照らされた通路を歩いていく。すると神聖な空気を漂わせる大フロアーに辿り着いた。


 ここが遺跡の一番、奥になる。


 大フロアーの壁には大きめの光石が埋め込まれているので、かなり明るかった。まあ、光石は三日で光を失うものもあれば、千年も光りを発し続けるものもあるからな。

 その上、古代の遺跡には大抵、長持ちする上質の光石が埋め込まれているので、明かりの心配をする必要はあまりないのだ。


「やっぱり何もありませんぜ、兄貴」


 ガモットは周囲を見回しながら言った。俺もここに来たのは初めてではないので、何もないことは知っている。


「そうみたいだな」


 俺は前々から気になっていた祭壇を隈なく探ったが、結局、これといったものは見つからなかった。


 一方、ガモットはビクビクしていて、役に立たない。


 やっぱり、こんな遺跡に宝なんてあるわけがないか。本当に宝を見つけたければ危険な未開の地の遺跡に行かないと。

 そうなると本当の意味で命がけの冒険になる。


 ま、俺は領主の息子だし、金には困ってないから金目の物なんて見つからなくても別に良いけど。


 そう思った俺は度胸試しもこれで終わりにして帰ろうと、踵を返した。すると祭壇に埋め込まれていた水晶がいきなり光り始める。


 水晶から放たれる神聖さを感じさせる光を見て俺は目を見張った。


「な、何だ?」


 俺は目を白黒させる。突然、光が放たれるなんて何の仕掛けだ。しかも、水晶の光りは光石のものとは明らかに違う。

 隣にいたガモットも眩く光る水晶を見て、ガクガクと震えていた。


 しばらくすると、祭壇の前にある床が崩れ落ちるようにして開かれる。


 そこには地下へと続く先の見えない階段があった。階段を照らす光石の光りがまるで人魂のように見えるのだから不気味だ。


「この階段を下りて来いって言うのか?」


 何者かの意思を感じた。


「帰りましょう、兄貴。絶対にヤバイですって」


 ガモットはぞっとしたような顔をしていた。


「なら、お前一人で帰るんだな。俺はこの階段を下りて何があるか確かめる」


 俺は腕にしがみつくガモットを振り払って、階段を下りていく。その途中で何が出て来ても良いように鞘から短剣を引き抜いた。


 まさか、モンスターは出ないよな。ただ、遺跡には重要な場所を守るガーディアンがいるので、何が出て来てもおかしくはない。


 俺が油断なくどこまでも続いているような階段を下りきると、そこには大きな部屋があった。


 俺はそこで思わず頬の筋肉を引き攣らせる。


 部屋の床には幾何学的な魔方陣が描かれていて、青白い光を放っている。ただ、俺を引き攣らせたのはそれではない。


 何と魔方陣の上には宙に浮かぶように羽の生えた蛇がいたのだ。蛇の体長は十メートルほどだろうか。

 色も真っ黒だし、背中の羽からは禍々しさと神々しさが混在したような印象を受ける。神か悪魔か、どちらなのかその姿を見るだけでは判然としない。

 まあ、モンスターの類いと考えることもできるが、それでも蛇からは尋常ならざるものを感じた。


「良くここまで来たな、少年。我が名は魔神ゼグナート。かつては時空の超越者とも言われていた者だ」


 ゼグナートと名乗った蛇は傲然とした声で言った。ずっしりと腹腔に響くような声は俺を震えさせるには十分だった。


「お前があの魔神セグナートだって?」


 創造主セファルナートをも凌ぐ力を持つという最強の神。それが伝説として伝わっているゼグナートだ。

 それを知らない者はこの世界にはまずいないだろう。


「いかにも」


 ゼグナートは淀みなく答えた。


「そんな馬鹿な」


 ゼグナートなんて本当に実在しているとは思わなかった。伝説ではセファルナートを超える力を持った大いなる存在に戦いを挑み、敗れて消えたと言われているが。


「馬鹿ではない。私は長い間、この魔方陣の中に封じ込められていたのだ。だが、その封印も弱まり、お前をこの部屋へと導くことに成功した」


 祭壇が光ったのもこいつの力か。もし、こいつが本物のゼグナートなら何ができてもおかしくはない。


「お前が俺をこの部屋に招いたって言うのか?」


 俺は警戒心を漲らせる。取って食われるのはご免だが、だからといって尻尾を巻いて逃げる気にもなれない。


「その通りだ」


 ゼグナートは蛇の顔で笑った。まるで人間のように表情が豊かだ。


「で、どうすれば良いんだ?」


 まさか俺を殺す気じゃないよな。俺はジリジリと後ろに下がった。


「私は天空都市セファラートに行かなければならない。どうやら、この世界が滅ぼされるまであまり時間がないようだからな」


 セファラートは神聖セファルナシアの王国の真上に浮かんでいる都市だ。まさしく天空都市。


 そこに創造主セファルナートがいるとされているが真偽の程は定かではない。というのもセファラートに行って帰ってきた者はいないとされているからだ。


 そもそも、セファラートに行くにはセファルナシア王国の王都の神殿にあるゲートへ入らなければならない。


 そのゲートは基本的には誰でも入れるようになっているらしい。


 だから、旅人なんかはゲートに足を踏み入れて、自分が神に選ばれた者であるかどうかを試すという。

 もっとも、どういう基準でセファラートに行ける人間とそうでない人間が区別されているのかは知らないが。


「どういうことだ?」


 俺は訝るような顔をした。


「創造主セファルナートはこの世界を大洪水で滅ぼそうとしているのだ。私はそれを止めなければならない」


 伝説ではこの世界の荒廃を見かねたセファルナートはいつの日か大地にある全てのものを大洪水でぬぐい去るという。

 ただ、天空都市にいる者だけが生き延びられるというのだが。


「この世界が大洪水で滅びるだって?」


 俺はオウム返しに聞き返していた。あんなのいつまで経っても実現しないおとぎ話だと思っていたが。


「そうだ。とにかく、私は長い間、封印されていたせいですっかり力を失ってしまった。だから、お前の力を借りたい」


 あのゼグナートが俺の力を借りたいだなんて。


「何をすれば良いんだよ?」


「私と共に世界各地を回って七つのパワースポットに行け。そうすればこのオーブにセファラートへ行くための魔力を込めることができる」


 ゼグナートは口から丸い玉を吐き出した。


 伝説が確かなら、世界各地にあるパワースポットから溢れ出す七つの魔力を込めたオーブを手にできれば無条件に神殿のゲートからセファラートに転移できるという。


 もちろん、七つの魔力を全て込められた人間など聞いたことがない。もし、そんなことをやり遂げたら、歴史に名が残るだろう。


「俺に旅にでも出ろ、って言うのか?」


 俺は宙に浮かぶ何の変哲もないオーブを見ながら尋ねる。蛇の口からでできたというのに汚い唾液の類いは全くついていない。


「ああ」


 ゼグナートは鷹揚に頷いた。


「そりゃ無理ってもんだぞ。俺はこの土地の領主の息子だし、旅になんて出れるような身分じゃない」


「だが、このままだと世界は本当に滅びることになる。そうなればお前も死ぬことになるんだぞ」


 確かに世界が滅びるなら、領主なんてしていても意味はないな。できることがあるとすれば悔いが残らないようにカジノで遊び倒すことくらいか。


「そんなことを言われても」


 俺は逡巡した。


「重い使命を押しつけているのは分かっているが、頼むから引き受けてくれ」


 ゼグナートは腰を低くして頼み込んだ。これには俺も心底、困り果ててしまう。世界を救う旅に出るなんて、俺には荷が重すぎる。


「なら、親父と話をさせてくれ。全てはそれからだ」


 いきなり旅に出たいなんて行ったら、親父は怒るだろうな。屋敷にいる連中だってみんな寂しがる。

 それに世界が滅びるのを食い止めるために旅に出たいと言っても信じてもらえる保証はどこにもない。


「良いだろう」


 そう言うと、ゼグナートは体から迸るような光りを放った。するとバチバチという音と共に魔方陣からふっと光が消えた。


「お前は?」


 目の眩んだ俺が瞼を持ち上げると、そこには体長が三十センチほどの羽の生えた蛇がいた。

 まるで置物屋にあるマスコット人形みたいだ。


「こんな小さい姿をしているが私は正真正銘のゼグナートだ。とはいえ、この魔方陣の結界から出たことでほとんどの力は使ってしまったが」


 ゼグナートは宙に浮かびながら俺のところに近づいてくる。それから、躊躇うように口を開いた。


「だから・・・」


 ゼグナートは実に言いにくそうに言葉を句切る。それを受け、俺は嫌な予感がした。


「だから?」


 俺は眉根を寄せて尋ねる。するとゼグナートは自嘲するような顔で口を開いた。


「普通の蛇とたいして変わらなくなってしまったというわけだ」


 これには俺もガックリした。


「そんな」


 ただの蛇になってしまったゼグナートと共に旅に出るなんて無謀だろう。それから、俺は助けを求めるように後ろを振り返る。


 だが、一緒に遺跡に来ていたはずのガモットはいない。本当に俺を置いて帰ってしまったのか。


 俺は面倒なことになったと思いながら、ガモットの言う通り遺跡になんて来るんじゃなかったと後悔した。



 第一章の前半に続く。



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