弟子
「はあっ・・・、はあっ・・・・」
憂羅は肩で大きく息をしながら『波莢桜路』で歌っている人を探す。
歌が聴こえてきて憂羅は宮を飛び出し、歌の出所に向かって走ってきたらここに辿り着いたのだ。
憂羅は、耳を澄ませる。すると、ご神木に下から聴こえてくる。憂羅はまた走り出した。
ご神木の下に近づくと、歌っている人の顔がハッキリ見えた。
桃色の桜模様の袴に身を包んだ美しい少女だ。長い黒髪に大きな瞳、肌は雪のように真っ白だ。
少女は憂羅に気付く様子なく歌い続けている。
『儚く~・・優しく~・・・散り行く~・・・』
憂羅の脳裏に母の顔が浮かぶ。涙が出そうになる。
憂羅は泣くまいと唇を噛み、少女に話し掛けた。
「ねえ、そこのあんた!」
少女はピタリと歌を止め憂羅の方を見た。
「あんたって、私の事ですか?」
憂羅は不機嫌そうに言った。
「他に誰が居るよ?」
少女はその言葉を聞いた途端ほっとしたように駆け寄って来た・・・・、いや正確には駆け寄ろうと
した。走って来る時、袴の裾を踏んでステーンと曲芸さながらに転んだのだ。
憂羅は一瞬呆然としたが何が起こったのか気付くと慌てて少女の元に走り寄った。
「あんた、大丈夫!?」
少女は、泥で汚れた顔を上げると、
「えへへ、大丈夫です~」
と笑った。憂羅は呆れつつ少女の手を引っ張り、立つのを手伝った。
「憂羅~!」
魔奈里の声が聞こえた。
後ろを振り返ると魔奈里と雷蛇がコチラに走って来た。(雷蛇は飛んで来た)その後を岩源達も付いて来ている。
「どーしたんだよ?いきなり走りだして・・・・」
魔奈里が息を切らせながら言った。
「ゴメン。歌が聴こえてきたから・・・」
「歌で走り出す奴がいるか、馬鹿。お前、また倒れるぞ。」
雷蛇が後ろから機嫌が悪そうに言った。
憂羅はムッとしたが、雷蛇が心配してくれていると分かっていたので反論しなかった。
「まあ、いいんじゃねーの?走れるって事は元気って事だし。それよりもその女は?」
鏡水はそう言い少女を指さした。
少女はいきなり指さされ驚いたように少し肩を震わせた。だが、おずおずと言った。
「あの~・・・ここ、波莢神社ですか?」
「は?」
その予想もしない言葉に一同はポカンとしてしまった。が、憂羅は答えた。
「そうよ。ここは波莢神社よ。」
「良かった~。何処なのか分かんなくて~道を聞くにも、誰も居ないから~歌を歌ったら誰か気付いてくれるかな~って。」
少女は照れたように笑ったが一同はまた呆然とした。
(ここが何処か分かんないって・・・・どんだけ方向オンチなんだか・・・・・)
少女は皆の様子に気付かず話し続けている。
「にしても、ここの桜って綺麗なんですね~来て良かったです~。」
「それよりあんた、あの歌は・・・?」
憂羅は真剣に少女を見つめた。
「歌って、『桜舞』の事ですか?」
(ああ、そうだ・・・・。『桜舞』・・・・母さんが巫女のために創られた歌って言ってた・・・・)
「失礼なんですけど~、波莢の巫女って~どなたですか~」
「私だけど・・・」
憂羅は少女の方を向いた。
「私~実は巫女さんにおりいって頼みがあるんです~」
「頼み?」
憂羅は首を傾げた。
「はい~、その~私、巫女になりたいんです~。」
少女はモジモジと言った。
「あんたが?」
憂羅は目を丸くして言った。
(珍しい・・・・自分から巫女になりたいって人がいるなんて。)
巫女は、いつも危険と隣合わせだ。いつ死ぬか分からない、そんな仕事をやりたいと言う人は、滅多にいない。憂羅だって嫌々巫女になったのだから。しかし、目の前の少女は進んで危険な仕事をやりたいと言っている。
「・・・・・どうして巫女になりたいの?」
憂羅はそう聞いた。軽はずみで「巫女になりたい。」などと言って貰っては困るからだ。
「えっと~、私~小さい頃妖魔に襲われそうになって~その時~巫女さんに助けて貰ったんです~。」
少女は目を輝かせた。
「その巫女さんがすっごくカッコ良くて~!私、その時から巫女になろうって決めてたんです~!」
憂羅は腕を組み少女の瞳を見た。真剣で嘘をついているような瞳じゃない。
憂羅は組んでいた腕を下ろし、
「一つ、言っとく。巫女になるのは簡単じゃないわ。それでも?」
と試すように言った。
「構いません・・・!私、頑張ります・・・!」
少女はキッパリと言い切った。
憂羅は小さく微笑んだ。このやる気なら大丈夫、そう確信したのだ。
「あんた、名前は?」
「紅葉、篠原紅葉です!」
「よし!紅葉!これからビシバシ行くからね?覚悟しなさいよ?」
憂羅はニヤリと笑った。
「はい~!」
紅葉は頬を桜色に染め、興奮したように何度も頷いた。
「良かったな!」
魔奈里が笑って言った。
「お前にも弟子が出来たな。憂羅。」
雷蛇も優しく言った。憂羅は苦笑した。
(紅葉に教えるのは大変かもしれない。けど、精一杯教えて行こう。)
「よ~し、憂羅の回復と紅葉の歓迎も兼ねて宴会だ~!!」
魔奈里は嬉しそうに拳を突き出した。
憂羅はこの後の事を考えるとゲンナリとした。だがクルリと紅葉の方を向く。
「紅葉。宴会の準備、始めるわよ!」
「はい、師匠!」
紅葉がニッコリと笑った。
何か、短くってスミマセン^^