記憶と夢
『母さん!母さん!・・・・母さーーん!!』
力一杯、叫ぶ。けれど大好きな母は振り向かない。
『母さん!』
涙でぼやける視界に母の寂しげな背中が映る。
母は一体何を思っていたのだろうか、何を考えていたのだろうか。
幼き憂羅には理解できない。
その時、桜が大量に降ってきた。桜は憂羅の視界から母の背中を隠そうとする。
『母さん!』
必死に桜を掻き分け手を伸ばす。すると一瞬母がこちらを向いた気がした。母は・・・悲しげな笑みを
浮かべていた。母を見た途端桜が完璧に憂羅の視界を遮る。
『桜が・・・散り行く・・・・ハラハラと・・・・切なく・・・・』
懐かしきメロディーが聴こえる。母がいつも歌ってくれた・・・・。大好きな歌・・・
私はどうしていたんだろう?私は・・・・
「!」
憂羅はハッと目を覚ました。最初に目に入ったのは見慣れた自分の部屋の天井。
(あれ?・・・・・・私・・・何してたんだろ?確か・・・浪石屋敷に行って・・・・妖魔の退治して・・それから・・・・?)
憂羅が必死になって思い出そうとしていると障子が開く。
「やっと、目が覚めたか・・・」
そこには雷蛇が立ちこちらをほっとしたように見ている。
「・・雷蛇?・・ねえ私、・・何があったの?」
「覚えてないのか・・・。」
雷蛇はため息を吐き、憂羅の布団の横に座る。それから何があったか話してくれた。
雷蛇の話によると憂羅が倒れた後、皆、大騒ぎだったらしい。だが冷静な雷蛇やルナの提案により、憂羅は神社に連れ帰された。そして憂羅はその後コンコンと三日間眠り続けたという。
「う、嘘・・三日も眠ってたなんて・・・」
「しかし、事実だ。ずっと心配してたんだ。魔奈里や零が毎日来てくれて、看病してたんだ。」
憂羅は、雷蛇の言葉に驚いた。
(魔奈里が私の看病をしてくれてたなんて・・・・)
胸に温かいモノが流れ込んでくる。
「今は境内の掃除をしてくれてる。お前が目覚めるまで三日間してくれてたんだ。呼んで来る。」
雷蛇はそう言うと部屋を出て行った。
憂羅は微笑んだ。魔奈里の優しい行為に嬉しくなったのだ。
(・・・魔奈里・・・・恥ずかしいけどお礼・・言わなきゃね。)
憂羅はそう心に決め、さっき夢の事を考える。夢に母が出てきた。あれは本当に夢なのか。
夢にしてはやけに生々しい。だがあれを記憶と考えるのは妙だ。なぜなら、母は事故で亡くなったのだから。
(事故?・・・・何の事故で死んだんだっけ・・・)
憂羅はふと思った。だがその答えを導き出そうとすると頭に霧がかかったように分からなくなる。
そして、なぜか夢の描写がチラつく。
(あの夢は何?)
憂羅は自分の考えつく限りの答えを捻りだしたがどれも納得がいかない。
唯一納得がいくのは、やはりあの夢の中身が現実に起こった事だという仮説だ。しかし、そうすると不可解な点が何点か浮かび上がってくる。
まず一つ目、なぜその時の記憶がないのか。
二つ目、どうして今まで事故で死んだと思っていたのか。
三つ目、忘れた記憶がなぜ今頃になって夢にでてきたのか。
この三点の謎を解き明かせば良いのだが、憂羅には全く分からない。
憂羅がどうしたものかと唸っていると魔奈里が入って来た。
「憂羅!お前!目が覚めたんだな!良かった~!」
魔奈里は嬉しそうに言った。
「うん。魔奈里、色々ありがと。」
「お安い御用だぜ!」
魔奈里はドンと自分の胸を叩くと思い出したように言った。
「そういや憂羅、腹減ってんじゃないか?」
「あ・・・」
憂羅はお腹を押さえた。そういえばお腹ペコペコだ。
魔奈里はそんな憂羅の様子を見て笑った。
「だろうな。よし飯の用意をしてくるぜ!」
と、言って台所へと行ってしまった。
雷蛇は苦笑すると言った。
「憂羅。落ち着いたら岩源殿達を呼ぶぞ。いいな?」
憂羅は小さく頷いた。
「しっかし、何事もなくて良かったな。心配してたんだ。」
鏡水は言った。
「ゴメン。何か心配掛けちゃって・・・」
憂羅は謝る。
「いや、お主が謝ることはない。」
岩源が憂羅に頷きかけた。
「けれど、何事もなくて良かったですね。」
ルナが言った。
「大騒ぎして、結局雷蛇がお姫様抱っこして帰ったん・・・・・」
「お、お姫様抱っこ?!」
憂羅は驚きのあまり声がうわずる。
「そうですよ。」
ルナはアッサリと言った。
憂羅は顔が熱くなるのを感じた。
(連れて帰るってそういうことだったんだ・・・)
憂羅は恥ずかしい思いでいながらもまじまじとルナを見つめてしまう。
(何処かで会った事ある・・・・。何処でかは分かんないけど・・・)
憂羅は思い切って聞いてみる事にした。
「あの・・・ルナさん。ずっと気になってたんですけど・・私と何処かで会ったことあります?」
ルナの顔に一瞬動揺の色が表れる。だがすぐに平然とした態度になり、
「いいえ。あなた様とは初めてお会いしました。」
と言った。
「でっ、でも・・・!」
憂羅は何か言おうとして口を閉じた。
(考えてみれば、何処かで会った事があるって思ってるのって私だけだし・・・)
だが、憂羅の中でこの違和感はいつからか確証に変わっていた。
(この人とは絶対に会った事ある!)なぜか憂羅は強くそう思うのだった。
ルナが何か言いかけた時、どこからか美しい歌声が聴こえて来た。
それは、夢の中で聴いた歌だった。
『桜が~・・散り行く・・・ハラハラと~・・切なく~・・・』
美しい声に不思議と母の声を重ねてしまう。
憂羅は、反射的に部屋から飛び出して行った。
「おい、憂羅!」
「どうしたんだ?あいつは・・・」
魔奈里と雷蛇も後を追う。
「・・・・・・・」
それを黙って見送るルナの瞳は氷のように冷たかった。