妖魔の襲来
「どうして、妖魔がっ?」
憂羅は目を見開いた。妖魔は大抵、妖怪の主の屋敷を襲う事はない。
なのに、なぜ・・・・?
「理由なんてどうでもいいぜ!とにかく今は妖魔の退治だ!」
魔奈里は真剣な顔で言った。
「しかし、・・・この妖力の多さからして敵は数千はいる。下手に突っ込んでいっても返り討ちにされるだけだ。」
雷蛇は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
(ここは闘った方がいい・・・けど雷蛇の言う通り、返り討ちにされてしまう可能性の方が高い・・)
憂羅は顔を上げた。
「鏡水。この屋敷にはどれくらいの妖怪がいるの?」
「わからねぇが、岩源の奴が雷蛇の捜索に3分の2、かり出してるからな~。しかも残った妖怪のほとんどは雑魚ばかり。」
憂羅は唇を噛んだ。それではとてもじゃないが話にならない。
「けど、心配はいらねえぜ?なんせルナがいるんだから。」
憂羅は眉を寄せた。
(あのルナって子、役に立つの?私にはそうは思えないけど・・・)
魔奈里も零もそう思ったらしい。
「なぁ、そいつ強いのか?」
などと失礼な事を言っている。
「甘いな。ルナはオメーらが思ってるほど弱くない。」
鏡水は、ニヤリと笑った。
「だからよ、分担して妖魔の半分を片付けろ。そうすりゃ、後はルナが殺ってくれる。」
「んな、無茶な!一人で妖魔の半分を倒すなんて、できるワケないだろ!」
魔奈里は文句を言った。
「ったく、大丈夫だって。ルナを信頼しろ。」
魔奈里は何か言おうとした。だが憂羅がそれを止めた。
「魔奈里、ここで言い争っている場合じゃないわ。鏡水の言葉を信じましょ。」
「けど・・・!」
魔奈里はため息を漏らした。
(ホントは私だって不安・・・。でも鏡水の態度はこれ位どうって事ないみたいだし・・・)
「とにかくみんな!気を引き締めて!雷蛇は傷が完治してないから援護!魔奈里と零は屋敷に接近して来た妖魔の排除!ルナさんには残った妖魔をお願いするわ!」
「了解だ」
「おう!」
“腕がなるわね”
「お任せ下さい」
「んじゃ、俺は酒でも飲みながら観戦すっか。」
鏡水は酒を注ぎながら、のんびりと言った。
「なんだよ!お前協力しないのか?!」
魔奈里は怒ったように言った。
「ああ。ルナが俺の分も殺ってくれるしな。」
「・・・・」
魔奈里は何も言わず中庭から外へとホウキで飛びたって行く。
“全く・・・”
零がそう言った途端、首輪のエメラルドが緑に輝き零は大きな黒豹へと姿を変えていた。
“私も行くわよ!”
零も中庭から空に軽やかに飛び出して行く。
零は、実は四霊獣の一匹。『暗黒の豹』だ。普段はあの首輪のエメラルドで
力を抑え黒猫でいるが、いざとなると力を解放し闘う。零は念じた相手に死の呪いをかけたり、地獄に引きずりこんだりすることができる。
まあ、なぜそんな凄い獣が魔奈里と一緒にいるかを話せば長くなるのだが。
憂羅も、雷蛇と共に飛び立つ。
ルナも翼を広げついて来る。
「嘘でしょ・・・・」
憂羅は呻いた。
妖魔の数は予想を遥かに超える数だ。
果たして大丈夫だろうか?憂羅は不安になる。魔奈里と零も呆然としている。
憂羅は、後ろを振り返った。雷蛇も驚いているようだった。
しかし、ルナを見た瞬間憂羅はギョッとしてしまった。
ルナの顔には驚きも恐怖も無かった。ただ、笑みだけがあった。冷酷な笑み・・・・その表情は喜んでいるようにも見えた。瞳は、水色ではなく、血のような朱色に染まっていた。
(どうしたらあんな顔できるの?)
憂羅は考えようとしたが今はそれどころじゃない。今やる事は妖魔の排除だ。
憂羅は、大幣とお札を構え妖魔に襲いかかって行く。
「ストーム・インパクト!」
魔奈里も呪文を唱える。すると、激しい竜巻が起き妖魔を吹き飛ばしていく。魔奈里は魔法の中でも 風の魔法を得意と魔女だ。だから、たまに吹く突風は魔奈里の引き起こしたものが多い。
零は牙や爪で妖魔の体を引き千切り、たまに闇の光線を吐き妖魔を抹消する。
憂羅はお札を投げ妖魔を倒していく。雷蛇は雷神の術を使っているがあまり強い雷が出せないので憂羅がフォローする。一番驚いたのはルナだ。
ルナは、「デスサイズ(死神の鎌)」と呟き、大きなまがまがしい鎌を出すといきなり妖魔の中心に飛び込んだ。そして鎌を軽そうにたくさんの妖魔に大きく振り下ろした。その途端、妖魔は微塵に消えてしまった。
しかし驚いたのは、戦い方ではない。その後だ。ルナは口を歪め、
「クッククク・・・・キャハハハハハハハーーー!!!!!」
と狂ったように笑い出したのだ。ルナの目は真っ赤に輝やいていた。
確実に勝っていても疲れは出る。憂羅は、昨日の疲れもありフラッと目まいがし、頭を抑えた。その隙に、妖魔が飛び掛って来たのだ。
「憂羅!」
雷蛇も反応が遅れた。
憂羅も咄嗟で動けない。
やられる!と目を瞑った時「ゴオ!!」と炎が妖魔を燃やし尽くした。
「やれやれ・・・」
と、聞き慣れない声がした。
憂羅が声のした方向を見ると一匹の狐がいた。
「だ、誰?」
憂羅はポカンとしてしまう。
「僕かい?僕は誰もが知っているこの世で一番美しくカッコいい妖怪、炎孤さ!」
炎孤は得意げに言った。
「炎孤?」
憂羅は首を傾げた。
(そんな妖怪いたかしら・・・・)
雷蛇はジットリとした目で炎孤を見ている。
炎孤は憂羅のリアクションに不満そうに、
「ま、まあいいさ。知らない人がいても・・・」
と言った。
その時、
「おい!妖魔達が消えていくぜ!」
と魔奈里の声がした。
憂羅がハッと辺りを見ると妖魔の姿は無かった。
「きっと、私の強さに怖気づいたんだ!」
魔奈里が自分を指さしながら言った。
“そんなワケないでしょ。バカじゃないの?”
猫に戻った零が冷静なツッコミを入れる。
「でもよ・・・・」
魔奈里と零の言い合いを聞きながら憂羅は雷蛇の妖力を回復する。
「すまない・・・。憂羅も疲れているはずなのに・・・」
雷蛇は申し訳なさそうに言った。
「いいの。平気。」
憂羅は笑ったがさっきから目まいが治らない。だが心配させないように無理して笑う。
「だが・・・・」
雷蛇が何か言い掛けた時、それを遮るように炎孤が喋った。
「雷蛇!僕に借りができたね!だが、君が僕よりも弱いと認めるならこの借りはチャラにして上げるよ。どうだ?雷・・・・・------」
急に言葉が途切れた。ルナが炎孤の首に強烈な空手チョップをお見舞いしたのだ。
皆が唖然とする中、ルナは炎孤の背中を踏みつけ、
「はぁ、やっと静かになりました。コイツの口に毒団子を突っ込んでやろうかと思いましたがコチラの方がやはり早いですね。」
と真顔で言った。それから鏡水の方を向き、
「鏡水様。ちょっとこの邪魔で不愉快な粗大ゴミをゴミ捨て場に捨てて参ります。」
と言い、ズルズルと炎孤を引っ張って行った。
「気にするこたあない。いつもああなんだ。しっかし炎孤もよく死なねえもんだ。」
と、鏡水が言った。
「へぇ~」
憂羅はそれしか言えない。
鏡水は、
「どうだ?ルナ、強かっただろ?」
といたずらっぽく笑った。
「ええ、凄かったです。」
憂羅は言った。
「だろ?アイツはローデリー家の最後の生き残りなんだ。父を殺され、母を殺され・・・
オマケに血の繋がった妹は行方知れず・・・・アイツが街に倒れてんのを俺が見つけて
育てたんだ。アイツは俺の大切な『家族』なんだ。」
そう話す鏡水の顔は優しく柔らかかった。
そんな顔を見ていると憂羅も自然と笑顔になる。
「鏡水様!岩源様がお帰りになられました!」
妖怪が走って来て言った。
「おお、そうか。そんじゃあのしかめっ面に雷蛇の事教えてやるか」
鏡水は楽しそうに言った。
少しすると足音が聞こえて来て襖が開いた。そこにはきびしい顔の妖怪がいた。
「鏡水、・・・留守を守ってくれて感謝する。だが酒を飲んでいるのは気に入らんがな。
・・・・・・!」
岩源の目が雷蛇を捕らえた。
「雷蛇!雷蛇だな!ああ・・・・」
岩源は雷蛇の所にとんで来ると雷蛇の手を握った。
「良かった・・・!心配したんだぞ!一体いままで何をしていたのだ?」
「それを知りたきゃ、波莢の巫女に聞くんだな。」
鏡水が酒を啜りながら言った。
「巫女?」
岩源はやっと憂羅達の存在に気づいたらしく、訝しげに言った。
「なぜ、ここに波莢の巫女がいる?」
憂羅はキチンと話さなきゃと思い、
「実は・・・」
と話し出した。
「なるほど・・・・」
岩源は腕を組み言った。
「いやはや・・・・まさか巫女に助けられるとは・・・・だが感謝しているぞ!憂羅よ!」
岩源は微笑み言った。
「雷蛇、当分は神社に住むのか・・・。少し残念だが・・・こちらからたまに神社に行こう」
「はい。」
雷蛇は頭を下げた。
「ううむ・・・しかし妖魔め。まさか留守を狙って来ようとは・・・鏡水に留守を任せて
正解だったな。」
“でもどうして妖魔達は消えたのかしら?”
零は不思議そうに言った。
「だから、私の強さに・・・」
“だから、それはないって言ってるでしょ?”
と、また言い合いの続きを始める。
「鏡水様は神社に行かれるのですか?」
いつの間に戻ってきたのかルナが鏡水の隣に座っており尋ねていた。
「ん。まぁヒマな時にな。」
鏡水は言った。
(あれ?・・・・)
立ち上がろうとした憂羅の視界がぐにゃりと曲がった。
憂羅はなすすべも無く前のめりに倒れていく。
「憂羅!」
雷蛇の声が遠くに聞こえた。