勘違い
「・・・て来たのはいいけど」
憂羅は、屋敷を見上げため息を吐いた。
浪石屋敷に行くことになり、雷蛇の案内で無事屋敷に辿り着いた憂羅達一行。
そして今、憂羅達(雷蛇を除く)は屋敷の大きさに圧倒されていた。
「かなりの大きさね・・・」
浪石屋敷は、さすがこの辺り一帯の妖怪をまとめる頭領の屋敷だけあって大きかった。
面積は、1haぐらいで、和風なデザインだ。どこか歴史を感じさせる
佇まいで、扉の前には門番が二人立っている。
魔奈里は、門番に近づき、
「おい!岩源に会わせろ!」
と、いきなり敬語も使わず言い放った。これには憂羅も零もヒヤッとした。
ここは、仮にも妖怪の頭領の屋敷。下手すれば無礼者として罰せられる可能性だってある。
しかし、魔奈里は頭領の名前を呼び捨てで呼んだ。しかも、上から目線で!これはまずい。
案の定、門番は警戒した目つきで、
「何のようだ?ここは人間が来る場所じゃないぞ!」
と言った。
憂羅は慌てて駆け寄った。これ以上魔奈里にしゃべらせたら完全に誤解されてしまう。
「ゴメンなさい!言葉使いが悪くて!実は・・・・」
憂羅が魔奈里の腕を引っ張りながら事情を説明しようとした時、急に門番が憂羅に槍を突きつけた。
「貴様!波莢の巫女だな!何のようだ!まさか岩源様を退治しに来たのか!」
「はっ?」
憂羅がポカンとしていると門番は怒りを露にして言った。
「ええい、許さんぞ!!こいつの首をちょん切ってしまえ!」
するとワラワラと鎧を着けた妖怪が憂羅を捕まえようと出て来た。
「えっ、ちょ・・・」
憂羅と魔奈里はあっという間に妖怪に囲まれてしまった。
「待って!私は別に退治しに来たワケじゃないんだってば!話を聞いて!」
しかし、妖怪達は耳を貸さない。
「この無礼者!」
「岩源様を退治しようとはこの小娘が!」
好き勝手なことを言い続けている。
「だから、違うって!」
「うるさい!」
怒った門番が槍を憂羅に向かって振り下ろそうとした。
(殺される!)
憂羅と魔奈里は反射的に目を閉じた。その時、
「バリバリ!!」
という音がした。続いて
「うわっ!」
と言う声と「ドサリ」と何かが倒れる音。妖怪達の悲鳴や大声。
「・・・・・?」
憂羅はそっと目を開けた。
妖怪達が、凍りついたように驚きと恐怖の瞳である方向を見ている。憂羅も恐る恐る目を向ける。
その方向には、雷蛇がいた。冷たい、まるで氷のような目をした雷蛇が・・・。マフラーの竜がいきり立っている。手からはバチバチと電流が溢れている。
「!」
雷蛇の目を見た瞬間、憂羅も動けなくなった。
『蛇に睨まれた蛙』とはきっとこういう事をいうのだろう。
冷たい手で心臓を掴まれたような恐怖が憂羅の中を駆け巡り、嫌な汗が憂羅の頬を伝う。
(怖い!・・・けど雷蛇の目から視線を逸らせられない・・。何?この変な感じ・・・・!)
これこそ、『蛇睨み』というモノなのだろうか。
魔奈里も零も固まっている。
雷蛇が静かに歩いて来る。砂利を踏み締める音が響く。
「憂羅に手を出す奴は許さん・・・!」
雷蛇は、妖怪の兵を睨みつけながら近づいて来る。
妖怪達がサッと道を開ける。
雷蛇は憂羅の隣に来るとそっと視線を憂羅に向ける。・・その目は優しく穏やかなものだ。
「大丈夫か?」
「・・・・」
その目を見た途端、憂羅は糸が切れたように雷蛇の胸に倒れ掛かった。
「憂羅!どうした!?」
雷蛇が焦った声がじかに聞こえる。
「・・・大丈夫・・よ・・・」
憂羅はかすれ声で答える。
雷蛇は、黙って憂羅の頬を撫でてくれた。マフラーの竜が憂羅の髪を甘噛みする。
雷蛇の息遣いが聞こえる。
それをじっと見ていた魔奈里がハッと我に返った。
「私らはお前らが探してる雷蛇を連れて来たんだ!早く岩源に会わせろ!」
すると、妖怪達も動き始める。
魔奈里と零が近づいて来る。
“二人ともいつまでそうしてるの?もうそろそろ離れたら?”
零が笑いを含んだ声で言った。魔奈里もニヤニヤしている。
「!」
憂羅は、慌てて雷蛇から離れる。
「ゴ、ゴメン・・・」
憂羅は真っ赤になって俯いた。
「いや・・・」
雷蛇は、照れる様子もなく言った。
それから憂羅の前の地面へと目を向けた。
「?」
憂羅も地面を見る。
そこには憂羅を槍で突こうとした門番の妖怪が倒れている。
それを見て憂羅は何があったかすぐさま理解した。
門番が憂羅を突こうとした時、雷蛇が電撃を放ったのだ。「ドサリ」という音は門番が倒れた音。
「・・・殺し・・たの?」
憂羅は、(そうでありませんように)と願いながら聞いた。
「気絶させただけだ。第一、今の妖力じゃ殺すほどの術は使えない。」
雷蛇の返答に憂羅は心の底からほっとした。
その時、岩源に会う許可が出たと小妖怪が伝えに来た。
「へぇ~、広いなぁ~。」
魔奈里は感心したようにキョロキョロと屋敷の中を見回した。
“ホントね~。さすが岩源さんのお屋敷だわ。ね、憂羅?”
「・・・え?う、うん。・・・・」
憂羅は物思いに耽っていたので急に声を掛けられ驚いてしまった。
「どうしたんだ?憂羅、気分が悪くなったのか?」
魔奈里が心配そうに聞いてきた。
「別に、そういうんじゃないけど・・・」
憂羅は、自分の頭にまとわりつく考えを振り払おうとした。けれど、なかなか頭から消えない。
(バカみたい。どうして私、こんな事考えたんだろ?そんなはずないのに。私が雷蛇を・・・)
そこまで考えた時、案内の妖怪が足を止めた。
「ここです。」
そこは、でんと金の襖がそびえている。
「凄過ぎだろ・・・」
魔奈里は目を丸くしている。
「ここでお待ち下さい。」
案内妖怪は、静かに座敷に入って行く。
それから10分ほどして襖が開いた。
「どうぞ・・・お入り下さい。」
妖怪がどうぞという仕草をする。憂羅達はおずおずと中に入って行く。
中もとても広く畳みはピカピカだ。奥には殿様が座るような座布団椅子がある。
その座布団椅子には酒の杯を持った青年の妖怪が座っている。
その隣には憂羅と同い年ぐらいの青色のメイド服を着た水色の瞳の少女が座り杯に酒を注いでいる。
少女の背中にはコウモリの翼があり、少女が普通の人間ではない事を物語っていた。
憂羅はその少女に違和感を覚えた。なぜだろう、何処かで会った気がする。
憂羅は不思議に思いながら少女を眺めた。
雷蛇の顔がなぜか少し引きつっている。そんなに岩源に会うのが嫌なのだろうか?
青年妖怪は杯に口を付けたままこっちを見ようともしない。
随分、屋敷のイメージと違う。屋敷からして憂羅達はもっと気難しそうな人物を想像していたのだ。
しかし目の前にいる人物は昼間から酒を飲んでいる。どう見ても真面目じゃないだろう。
座ったものの話掛け辛い。けれど、ためらっていても仕方ない。そう思い憂羅は口を開いた。
「あの・・・・」
憂羅が声を掛けようとすると青年妖怪が遮るように手を上げた。
そして、やっと憂羅達に視線を向けた。顔は、女性にモテそうだ。
「オメーらが雷蛇を助けたって奴らか?」
かなり乱暴な口のきき方だ。魔奈里よりひどいだろう。
「あなたが、岩源さんですか?」
「いや。」
憂羅の問いを青年妖怪はアッサリと否定した。
「は?じゃ、あなた誰ですかっ?」
「俺は鏡水!ここらの妖怪をまとめるリーダーだ!」
「えっと・・・」
憂羅は戸惑ってしまった。
(妖怪の頭領って一人じゃないの?)
憂羅の疑問に雷蛇は気づいたらしく説明してくれた。
「妖怪の頭領は二人いる。一人は岩源殿。もう一人はここにいる鏡水殿だ。」
「そうなんだ。」
「ああ。それにしても・・・」
雷蛇は鏡水に冷たい視線を投げかけた。
「鏡水殿。なぜ人の屋敷に居座り、バカみたいに酒をかっくらっているのですか?」
鏡水は笑いだした。
「オメーの毒舌は変わらねーな。雷蛇。」
「・・・・・」
雷蛇はイラついたような表情をしている。
どうやら、雷蛇と鏡水はウマが合わないらしい。
「岩源ってのはどこにいるんだ?」
魔奈里が辺りを見回しながら言った。
すると、その問いに答えたのは酒を注いでいた少女だった。
「岩源様はいらっしゃいません。」
「なんでだ?!」
「そこの蛇妖怪を探しに行くと言い、鏡水様が留守を申し使ったのです。」
「へぇ~、まっいいや。それよりお礼はっ?」
魔奈里がワクワクとした顔で言った。
「魔奈里・・・。あんた・・・」
憂羅は呆れたように呟いた。
零も雷蛇も呆れている。だが鏡水は頷いた。
「ああ。もちろん、礼はある。ルナ?」
と、少女を見た。
少女は、「かしこまりました。」と頭を下げ部屋を出て行った。
「あの子・・・・」
憂羅は、ポツリと呟いた。
雷蛇は憂羅のその呟きを聞き逃さず、少女の事を教えてくれた。
「あの女はルナ・ローデリー。吸血鬼らしい。鏡水殿のメイドで368年仕えているらしいが・・・、あいつがどうしたんだ?」
「ううん・・別に・・・」
憂羅が少女と何処で会ったのか思い出そうとしていると、鏡水が近づいて来た。
「にしても・・・」
鏡水は片膝をつき、憂羅の顎に指を添えようと手を伸ばした。
「随分と美人だな。波莢の巫女さんよ。」
「そりゃ、どーも・・・」
憂羅はどう反応していいか分からずそう答えた。
鏡水の手が近づく。しかし、それは雷蛇が阻んだ。
「・・・御フザケはいい加減にして下さい。鏡水殿・・・」
雷蛇は鏡水を睨みつけ、憂羅を自分の方に少し引き寄せた。
「・・・・ふん。ヤキモチか?雷蛇、お前らしくないな。お前は女にはキョーミがないと思って
いたが・・・、違うようだな。」
「おう!なんせ、憂羅と雷蛇は一緒に一晩過ごした仲だからな。」
魔奈里はなぜか自慢げに言った。
「へぇ~。生真面目な雷蛇がねぇ?」
憂羅は顔から火が出そうだった。
その時スッと襖が開きルナが入って来た。重そうな箱を抱えている。
「鏡水様。持って参りました。」
「おう。それを」
鏡水は憂羅達に渡すよう合図した。
「なにが入ってんだ~?」
ルナが箱を置いた途端魔奈里が飛びついて来た。
「お酒6本と新鮮な鯛3びきです。」
ルナは丁寧に言った。
「おっしゃぁ~!憂羅!帰ったら宴会しようぜ!」
魔奈里はウキウキとした顔で言った。
「はいはい。」
憂羅は苦笑する。
“やれやれね・・・”
零も笑っている。
「鏡水様。」
ルナは鏡水を見た。
「お願いですから、ナンパはやめて下さい。首を切り落とされたいですか・・・?」
怖い事をサラッと言ってのける。
「わかったよ。ったく、お前には敵わねえな。」
鏡水は、席に戻りまた酒を飲み始める。
どうして、部屋に居なかったのにナンパしたと分かったのだろう。憂羅は不思議に思った。
「そういえば、お前またここで暮らすのか?」
鏡水は、雷蛇を見た。
「いいえ。お断りします。当分は波莢神社で暮らします。」
「ふ~ん、そうか・・・」
鏡水は納得したように言った。
「なので、岩源殿にそうお伝え下さい。じゃあ、私達はもうそろそろ・・・」
雷蛇は、そう言うと、帰ると憂羅に合図し立とうとした。その時、邪悪な妖力に憂羅は
はっとした。
「妖魔だ!」
魔奈里が言った。