蛇妖怪と神櫻の言い伝え
「なんでこうなっちゃったんだろ?」
憂羅は、ぼやきながら妖怪の手当てをする。あの後、連れて帰り一晩付っきりで看病したのだ。そして今、妖怪の包帯の取替え中だ。昨日、神社に連れて帰り傷を調べてみると思った以上に深い傷が多く特に脇腹の傷が一番危なかった。
回復の妖術を掛け、何とか治したものの後何時間か放置していれば確実に手遅れになっていただろう。その他にも妖術を使って治さねばいけない傷に回復の妖術をかけ、自然治癒の傷に包帯を巻き・・・気づけば真夜中になっていたのだ。おまけに寝ずに妖怪の様子を診ていたのですっかり寝不足だ。
「まぁ、これも巫女の仕事よ。仕事・・・」
憂羅はそう自分に言い聞かせていた。
(にしてもこの妖怪蛇かな?けっこうかっこいいかも・・・・)
憂羅は蛇妖怪の顔を覗きこんだ。蛇妖怪は整った顔立ちをしている。
服は、紫の着物を着ている。そして巻いているマフラーは先端が龍の顔の形をしていて生きているようだった。しかし今はその龍もグッタリしている。
すると、蛇妖怪がいきなり金色の目を開けた。
「きゃっ」
憂羅はビックリして声を上げてしまった。
蛇妖怪はゆっくりと視線を辺りに巡らしたあと憂羅の方へ目を向けた。
「・・・ここは?」
蛇妖怪は落ち着いた声でそう聞いてきた。
「こ、ここは波莢神社よ。あんたが気絶したからつれてきたの。おぼえてる?
妖魔のこととか、気絶したこととか。」
憂羅はドキドキする心臓を落ち着かせながら言った。
「・・・・波莢神社・・・。」
蛇妖怪はぼんやりと天井を見上げていたが、だんだん思い出してきたようだった。
「あんた、名前は?」
憂羅は居た堪れなくなって尋ねた。
「・・・・・?」
蛇妖怪は、また視線を憂羅に戻したが答える気配は一向にない。
「名前よっ、な・ま・え!」
憂羅がもう一度繰り返すと、蛇妖怪はやっとゆっくりと口を開いた。
「雷蛇だ。」
「へぇ~雷蛇っていうのね。そっか、雷神の術使ってたもんね。あっ私はーーー」
「波莢憂羅だろう。・・・・妖怪たちから時々噂を聞く。」
「・・その噂ってのは一体どういうものかぜひ聞かせていただきたいわね。・・」
憂羅は、引きつった笑みを浮かべた。
「まぁそれはいいんだけど・・・それより教えて。あんたどうしてあの森に行ったの?私と同じように妖魔の気配をかんじとったから?」
雷蛇は首を横に振った。
「違う・・・あの森で元々修行していたのだ。」
「そ、そうなの?それはご苦労様。で?」
「そしたら急に妖魔が飛び掛ってきたんだ。態勢を整えようとしたら妖魔の中に閉じ込められて・・ 外でならどうにかなったかもしれんが、妖魔の中ではどう考えてもこちらが不利だ。あっという間に追い詰められてこのザマだ。」
雷蛇は、苦笑し体を起こそうとした。だが、傷が痛んだらしく顔をしかめた。
「動いちゃダメよ。傷口がひらいちゃうから。」
「しかし・・・」
「何?」
雷蛇はためらいがちに言った。
「・・・・迷惑ではないか?私がいると。」
「あら、平気よ?別にたいして忙しいワケじゃないし。」
「そうなのか?」
雷蛇は、少し驚いたような表情をした。
「・・もっと、巫女は忙しいものと思っていた。最近は妖魔が増えたからな。」
憂羅は肩をすくめた。
「それは、そうだけど。私の他にも巫女はいるから。私が退治するのは、この神社から25キロぐらい先まで。他のとこはその近くの神社の巫女の仕事。まぁ、すごく強い妖魔はたまに私も手伝うけどね。」
憂羅は、雷蛇に向かって優しく微笑んだ。
「だからいつまでここにいていいのよ?・・・傷が治るまではできたらいてもらいたいけど・・・・」
雷蛇は、迷っているようだった。沈黙の時間が訪れる。
憂羅は、雷蛇の返答を待っていたがなかなか言わない。待ちくたびれた憂羅は好奇心からゆらゆらと揺れているマフラーの龍に触れた。
龍はいきなり触られるとは思ってなかったらしく驚いたようで少し体(?)を反らした。
「ねぇ、あなたのその龍のマフラーって生きてるの?」
雷蛇は、顔を上げ龍の方に視線を向けた。そしてそっと龍の頭を撫でた。
「こいつらは私の妖力でつくりだした。」
「じゃあ、雷蛇が操ってるの?」
「いや、ちゃんと自分の意思を持っている。・・・・・・噛むぞ。」
憂羅がまた龍に触ろうとしたのを見て雷蛇は言った。
憂羅が慌てて手を引っ込めるのを見ながら雷蛇はため息をついた。
「・・・しかたがないな。傷が癒えるまでだ。・・癒えるまで神社にいることにしよう。」
憂羅は、ほっとしたように笑った。
「良かった~。『今すぐ出て行く!』って言うんじゃないかとヒヤヒヤしちゃった。」
「この体じゃ何もできないからな。それに、お前への恩返しをまだしていない。」
「え?恩返し?」
憂羅はポカンとしてしまった。
「ああ。お前がいなければ私はとっくに消えていただろう。それを助けてくれたお前は命の恩人だ。」
「い、いやぁ~」
憂羅はどう反応していいかわからず頭をかいた。そして思い出したように立ち上がった。
「じゃあ、私は境内のそうじしなきゃ。昨日は途中までしか出来なかったから・・」
憂羅は障子を開けた。開けた先には満開の桜が咲き乱れる中庭だ。
「!」
桜を観た途端、雷蛇の顔がほころんだ。
「桜、好きなの?」
憂羅は雷蛇の表情を見て聞いた。
「ああ、桜は好きだ。美しいしな。・・・なにより桜には忘れられない思い出がある。」
雷蛇は、目を細めた。
「へえ、奇遇ね。私も桜には・・忘れられない“記憶”があるの。」
憂羅は“記憶”を思い出し悲しげに目を閉じた。
(忘れたくても忘れられない・・・・・母さん・・・)
憂羅は優しかった母を思い出し胸が痛んだ。憂羅は少しの間、思いふけっていた。
「どうやら、お前の“記憶”とやらはあまり良いものじゃないようだな。」
憂羅の悲しげな顔を見て雷蛇は言った。
「べっ、別に・・・・・・・大した記憶じゃないわ。あんな記憶・・・ただ忘れられないってだけ。」
憂羅は、ムッとしたように言った。それからふと雷蛇を振り返り、
「桜が好きなら『波莢桜路』気に入るんじゃないかしら」
「?」
雷蛇は首を傾げた。
「ここか・・『波莢桜路』とは」
憂羅が思いたって雷蛇を連れて来たのはご神木へと続く道。そこに植えられた樹は
すべて桜で、春は見事に咲きこの道を華やかにするのだった。
「どう?気に入った?」
雷蛇は、小さく頷いた。
「こんなにまで美しい桜は観たことがない。」
「大袈裟な。そんなに綺麗?こっちは毎年毎年で、見慣れちゃったわ。
さ、ご神木を見に行きましょ。ご神木の桜の方が綺麗よ。」
憂羅はスタスタと歩き出した。雷蛇も黙って着いていく。
「ここよ。」
憂羅が足を止めたのは丁度ご神木の真下だ。
「・・・・・」
雷蛇は美しさのあまり言葉もでないようだった。
大人が20人手を繋いでやっと収まりそうな幹。根は子供一人分ぐらいある。
何百もの枝はたくさんの桜の花をつけ重く垂れ下がっている。
あまりの大きさに見上げていると首が痛くなりそうな高さ。
「『波莢命約神櫻』」
憂羅はご神木を見上げ呟いた。
「なんだ、それは?」
雷蛇は憂羅を振り返り尋ねた。
「ご神木の名前。このご神木には言い伝えがあってね。昔、波莢のご先祖様と
神様がある約束をしたの。」
「約束?」
「そ、約束」
憂羅はご神木の根に座り、そっと幹に触れた。
「この土地・・『霊幻卿』は神様しか立ち入れないとこだったの。けど、この土地 に人が住むことを許す代わりに『霊幻卿』に危険を及ぼすものや異変の解決を
してほしいってご先祖様頼んだらしいわ。ご先祖様はその頼み事を受けれ、“命約”をかわしたの。この神社に産まれた娘は巫女となり死ぬまで仕事全うするっていうね。しかも不思議なことにその後産まれたのはみんな女の子なんですって。」
「みんな?それはすごいな。」
「大方、神様が女の子しか産まれない呪いみたいのをかけたんでしょうけど。」
憂羅はやれやれと言うように頭を振った。
「そんで、ご先祖様は“命約”の証にこの桜を植えたってワケ。」
雷蛇は納得したように言った。
「つまり、お前の先祖が一番最初の巫女って事か。」
「そうだけど、・・・・何億年前も昔の事なんて知らないもの。」
憂羅は勢いよく立ち上がり、
「あっ、今の言い伝えならそこの立て札にかいてあるから。」
と、小さな立て札を指さした。
雷蛇は、立て札に近づきその文章を読んだ。所々薄くなっているが何とか読めた。
『いにしえの時 神と人は命約を交わした 神は汝の地に足を踏み入れしことを許し 人は 神の地の 平和を 永久に 保つことを 約束せん 櫻を証とし命約を 護りしことを 誓わん 命約神櫻 永遠に咲きしことを 望まんーーーーー』
知ってる方はわかると思いますが、蛇妖怪は私の大好きなキャラを
パクッてます。
決して二次元じゃありませんよ(笑)