凍てつく氷の姫
「わ~ん、どうしましょう・・・・・っ」
神社の宮の廊下を歩きながら紅葉は嘆く。
外はザァザァと雨が降り、まるで紅葉の心を映したようである。
紅葉が嘆く理由。それは、どんなに頑張っても必殺技が出来ない事だ。
雷蛇から聞いた話は次元が違い過ぎる話で紅葉の日常とはかけ離れたものであった。
それでも紅葉は雷蛇の話が聞けただけ良かった、と思い特訓にはげんでいたのである。
しかし、この頃はだんだん自信がなくなって来てルナに叱られてしまった。
そんな事では永遠に必殺技なんて出来ませんよ、と。
けれど全く立ち直る気配のない紅葉に怒ってルナは、やる気が出るまで特訓はなし!と決めて神社に来なくなってしまったのだ。
そう話すと、憂羅は「馬鹿」と言っただけだった。雷蛇も黙るだけだし、紅葉は巫女という職業が自分に向いているのかと不安になって来るのだった。
【・・・・・・・・・どうしたの・・・・・・・・?・・・・・・・・・】
「え?」
紅葉は足を止めた。
(今、声がしませんでした?)
紅葉は辺りを見回した。
廊下はしん、としていて雨音だけが響いている。
【何か・・・・・・・・・・あったの・・・・・?・・・】
今度はハッキリ聞こえた。鈴のような可愛らしい声。
「誰?!」
紅葉は後ずさった。
【・・・・・・探すが良い・・・・・・】
声はそれだけ言うと聞こえなくなった。
紅葉は片っ端から障子を開けて行った。
「誰?!誰なんです!?」
十何番目かの部屋の障子を開けようとした時、紅葉はハッとした。
(この部屋だ・・・・・・・。)
直感でわかる。
紅葉はそうっと障子を開けた。
部屋は何年も入られていないのかホコリが積もっている。
紅葉は口と鼻を手で覆いながら進んで行く。
すると一番奥に大きな木箱が置かれていた。
「?」
紅葉は慎重にふたをとる。
「これって・・・・・」
紅葉は木箱の中身を見て目を丸くする。
木箱の中には一つだけ、猫の頭ぐらいの大きさの玉が入っていた。
その玉はボウッと水色に光っている。紅葉はその玉に触れた。
【・・・・・・・・見つけてくれた・・・・・・・・】
触れた瞬間、玉が強く光り、空中に女性を映し出した。
紅葉は尻餅をつく。
女性は目を開いた。透き通るような見事な水色。着ている服も水色である。頬には花のような紋章が入れられている。
「あ、・・・・・あなた誰ですか・・・・・・!」
紅葉は女性を呆然と見上げる。
【わらわは・・・・・彗蓮。凍てつく氷を操りし者・・・・・・・・】
声が頭の中に響いてくる。
「彗蓮・・・・・・?」
紅葉は首を捻る。
【わらわはずっと閉じ込められていた・・・・・・・。こんな事をした人間どもを許す事など出来ぬ・・・っ】
そう言った途端、彗蓮の体は風のようになり、紅葉の口から体内に入る。
「・・・・・・!」
紅葉はその場に倒れた。
「・・・・・・紅葉?何をしている?」
雷蛇が姿の見えぬ紅葉を探しに来た。
開けっ放しの障子に気付き、中を覗き込む。
中には紅葉が倒れていた。
「紅葉・・・・・・っ?!」
雷蛇は駆け寄ろうとして気付いた。
部屋に冷たい冷気が満ちている。そして、強い妖力も。
雷蛇は警戒するように周りを観察する。
その時、ヒュンと氷の刃が飛んできた。
「!」
雷蛇はスレスレの所でかわす。
だが、
「くっ・・・・・・」
雷蛇は顔をしかめ、右肩をおさえた。
右手からは血が滴る。
【・・・・・・・フフフ。・・・・よく、わらわの刃を避けられたな。】
紅葉の体がフワリと浮く。
「貴様・・・・・・紅葉ではないな。何者だ?」
雷蛇は紅葉を睨んだ。紅葉の瞳は水色になり、頬には花の紋章がある。
【わらわは彗蓮。この間抜けな娘のおかげで封印された玉から出る事が出来たわ・・・・・】
「彗蓮だと・・?」
雷蛇はその名に覚えがあるらしい。
【手始めにこの憎き地を凍らせてやろう・・・・・】
彗蓮(紅葉)は天井を突き破り、飛び出していく。
「逃がすかっ・・・・・・・」
雷蛇もその後を追う。
※行動するのは紅葉ですが、彗蓮が乗り移っているため彗蓮にします。
彗蓮は雨の空に浮いていた。
手を突き出すと彗蓮の真下の森から凍り始め建物も木も全てが凍っていく。
「ピキピキッ・・・・」
雨のしずくも凍り始め、いつの間にか雪が降り出す。
彗蓮の後を追ってきた雷蛇はその寒さに驚いた。
【もっと・・・・もっとよ・・】
彗蓮は嬉しそうだ。
その時、
「ちょっと!」
と機嫌の悪そうな声が掛かった。
雷蛇も彗蓮も振り返る。
そこには、鏡水と炎孤を除く、いつもの面々が揃っていた。
「うっへへ~寒いな。空の上は。」
魔奈里はホウキの上でトンガリ帽子を整えている。
“呆れた。ここまでやるとはね。”
「一体、何事だ?」
岩源は白い息を吐きながら呟く。
「よく分かりませんが、鏡水様が寒がっておられます。とても困ります。」
ルナは冷たい目で彗蓮を見ている。
憂羅は腰に手をあて、彗蓮を睨む。
「あんた、いい迷惑なのよね。止めてくれる?」
【止めろと言われて止める気はない。】
「そう。」
憂羅は大幣を取り出す。
「なら、実力行使よ!」
憂羅は彗蓮に飛び掛かる。
彗蓮はその一撃をヒラリとかわし、冷気を浴びせる。
魔奈里が南風を起こして冷気を消す。
憂羅は素早く、彗蓮にお札を投げる。
お札は命中し、彗蓮は大人しくなった。
「散々な目にあったわ。」
憂羅は文句を言う。
「・・・・・・・・何か、ワケが分かんないんですけど・・・・・・・」
元に戻った紅葉は唖然としている。
空中に浮いた彗蓮は黙っている。
「ともかく、あんたは玉に戻りなさい。」
憂羅は玉を取り出す。
【わらわをまた閉じ込める気か!絶対に入らぬ!】
彗蓮は首を振っている。
「ハァ?」
憂羅は呆れたようだ。
「・・・・・・・あのっ・・・・」
紅葉が声を上げた。
「何?」
皆、紅葉を見る。
「もし良かったら、私の体の中にいて下さったら嬉しいんですけど・・・・」
沈黙が辺りを包む。
「・・・・・・つまりですね!私の体の中にいて戦いの時だけあなたに体を貸します。どうですか?」
紅葉は不安げに言った。
「お前・・・・・それがどれだけ危険な事か分かっているのか?」
雷蛇が言った。
「うまくコントロール出来るか分からないんだぞ。下手すれば自分を維持出来なくなるかもしれないんだ。良いのか?」
「は、はい!私、必殺技も出来ないし!戦いの時だけ彗蓮さんに助けてもらえたらと思うんです!」
「・・・・勝手にしろ。」
雷蛇は冷たくそう言っただけだった。
「勝手にします!」
紅葉は彗蓮の方を向いた。
「どうですか?」
彗蓮は考えていたが、やがて納得したように顔を上げた。
【良いだろう。玉の中に入るよりはマシだ。】
彗蓮の体が風になり、紅葉の口から中に入った。
“どう?”
零の問いに紅葉はニッコリ微笑んだ。
「良い感じです。別に気持ち悪くもないし。それより、なんで鏡水さんとアホ狐は居ないんですか?」
ルナは苦笑した。
「鏡水様は寒くて屋敷から出たくないとおっしゃいまして。なので、私だけが来ました。」
「狐の方はメイドがノックアウトにしていたようだがな。」
岩源は肩をすくめた。
「じゃ、アホ狐を探して来ます!彗蓮さんの力も見たいし!あの狐もボコせて一石二鳥です!」
紅葉はニッと笑った。