雷蛇の過去(前編)
「数十年ほど前の事だ。その頃、私は凶暴な妖怪として人間から恐れられていた。私自身、人間に害を与えるつもりは無かったんだが、一方的に攻撃されてな。毎日人間から逃げる日々が続いていた。」
雷蛇は夕日を仰ぎ見た。
「・・・・・・・あの時もそうだった・・・・・美しい満月の晩だったな・・・・」
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「ミシミシッ!!!メリメリっ!!バキバキバキっ!!ズガーン!!」
巨木が無残にも倒れ、土埃を上げる。
「くっ!」
雷蛇は木々の間を物凄い速さで飛んで行く。体中の骨が痛み、筋肉が悲鳴を上げる。
後ろを振り返ると人間達が追って来ている。
「忌わしい蛇の妖怪は何処だ!?」
「見つけろ!見つけて火あぶりにしろ!!」
と好き勝手な事を言っている。
雷蛇は蛇行飛びをしながら目的地に向かって必死に飛ぶ。
やがて、ゴウゴウと水の流れる音が聴こえて来た。
(後もう少しだ・・・!)
雷蛇はスピードを上げる。
すると急に森が開けた。
そこには泉と大きな滝があった。泉は澄み渡っており、真ん丸な満月を見事に映している。
雷蛇は迷う事無く泉に飛び込んだ。奥へ奥へと泉の底を目指す。
泉の底まで潜ると、泉の底にある大きな岩に身を隠す。
少しすると、大勢の人間達の声が滝の音に混じって聞こえて来た。
「おい、蛇妖怪は?」
「分からん。また見失ってしまった。・・・・」
「とにかく一度戻りましょう。」
「クソッ!次こそは・・・・」
そんな声と共にザッザッザッと人の足音が遠ざかって行く。
雷蛇は人間が居なくなっても数分の間、ジッとしていた。
もう大丈夫だ、と確信すると底から水面まで泳ぐ。
「ハアッ・・・・・・・ハアッ・・・・・・・」
岸辺に上がると雷蛇は苦しげに息をした。肺に酸素を取り込むと、やっとまともに息が出来るようになり、雷蛇はほっとしてそのまま草の上に寝転ぶ。雷蛇は妖怪なので人の数倍、水の中にいられる。ずっとという訳でもないが。雷蛇は空を仰ぎ見た。
夜空には星が点々と並び、満月が優しく輝いている。
雷蛇は目を瞑った。
(私はいつまで逃げれば良いのだろう・・・・・・・)
そんな疑問が頭にこだまする。
だがその疑問の答えは雷蛇には浮かばなかった。
うまく言えぬ感情が雷蛇の心をおし潰す。
(・・・このまま私は一人なのだろうか・・・・・)
そう思うと堪らなくなる。
(人に嫌われた私など生きる価値など無いのだ・・・・それならいっそーーーーーーー)
「ねえ、おにーちゃん!聞こえてる?」
いきなり幼い声がして雷蛇は物思いから覚め、目を開けた。
目の前には6,7歳の少女の顔があった。大きな無邪気そうな瞳が雷蛇を見下ろしている。
「貴様・・・・誰だ?」
雷蛇は目の前の幼い少女を睨みつけた。
だが、少女はその問いに答える事なく興味津々で雷蛇を見つめている。
雷蛇は舌打ちをすると少女に言った。
「聞いているのか?私の質問に答えろ。」
すると少女が口を開いた。
「私がおにーちゃんのしつもんに答えたら、おにーちゃんも私のしつもんに答えてくれる?」
雷蛇は面倒臭そうに言った。
「ああ、分かった。私も貴様の質問に答える。だが、まず貴様が先だ。」
少女は瞳を輝かせた。
「私、美羅!なみさや美羅!」
雷蛇は目を細めた。
(波莢といえば、あの有名な神社か?)
波莢神社の巫女は秀才だと有名だ。あの神社の娘だろうか?
(コイツ、私をハメようとしているのか?そうは見えんが・・・)
雷蛇は警戒を強めた。
美羅は雷蛇のそんな心情に気付く事無く雷蛇をマジマジと見ている。
「今度は私のばん!おにーちゃん、名前何ていうの?」
雷蛇はウンザリしつつも答えた。
「私は雷蛇。」
「雷蛇っていうの?じゃあよろしく、雷蛇おにーちゃん!」
「ああ。」
雷蛇は適当にあしらい起き上がった。
「おにーちゃん、ずっとここにいるの?」
「そうだが。」
「一人で?寂しくないの?」
雷蛇はピタリと動きを止めた。
(寂しい・・・か・・・)
美羅の言った言葉は雷蛇の痛い所を突いた。
「どうしたの?何処か悪いの?」
美羅は雷蛇の顔を心配そうに覗き込んだ。
「いや・・・大丈夫だ。」
雷蛇はそう言ったが、美羅は心配そうな表情を変えなかった。
「雷蛇おにーちゃん嘘ついてる。」
雷蛇は驚いて美羅を見た。美羅は真剣な顔で真っ直ぐに雷蛇を見ている。
「私ね、分かるんだ。色んな人の気持ち。おにーちゃんの気持ちだって分かるよ。ほんとは寂しいんでしょ?」
雷蛇は俯いた。
「いいんだよ!寂しいって言っても。」
「そうだな・・・・・この感情は寂しいという感情かもしれない。」
雷蛇は素直に認めた。
すると美羅はニッコリ笑った。
「そっか。でも寂しがらないで!美羅が一緒に居てあげるから!」
「・・・・・!」
雷蛇の心が何か温かいもので満たされて行く。
『一緒に居てあげるから!』
美羅の言葉が何度も頭に響く。
雷蛇はフッと笑った。
「ありがとう・・・・だな。こういう場合。」
「うん!」
美羅はヒマワリのように笑った。
「おにーちゃん。見て見て!お母さんから貰った!」
美羅は嬉しそうに大輪の白薔薇を差し出した。
「そうか。トゲに気をつけろ。刺したら痛いからな。」
雷蛇はそう言うと、目を細めた。
あれから約二ヶ月、美羅は毎日夜になると雷蛇のいる泉を訪れていた。
雷蛇にとって美羅と過ごす時間だけが幸せだった。
たまに人間達が来る事があったが、上手く隠れられた。
「おにーちゃんは何のお花が好き?」
「好きな花?そんなもの無い。」
「えー?一つくらいあるでしょ~?」
美羅は驚いたように言った。
雷蛇は首を振った。
「そうなんだ・・・・・。私は桜が好き!」
「桜?」
雷蛇は首を傾げる。
「知らないの?春に咲くお花なの。とってもキレイだよ!今度一緒に見ようよ!」
美羅の笑顔に雷蛇は微笑んだ。
その時、人の気配がした。雷蛇は美羅をかばって前に立った。
だが、気付いた時にはあっという間に囲まれていた。
「もう逃げられんぞ!」
雷蛇の前に立った男が勝ち誇ったように言った。
「穢れた妖怪め!散々てこずれせおって!捕まえろ!」
雷蛇は抵抗する暇を与えず人間達に押さえ込まれた。
美羅も強制的に雷蛇から引き剥がされる。
男は美羅を見ると眉を上げた。
「コイツは波莢の巫女の娘ではないか!」
「放して!雷蛇おにーちゃんをどうするつもり!?」
「無論、殺す。こんな危険な妖怪を放ってはおけんからな。」
「おにーちゃんは、悪い事なんかしてないよ!」
美羅はジタバタと暴れる。
「ふん。コイツは蛇の妖怪の毒にやられたようだ。殺せ。」
男は冷たく言った。
「美羅は関係ないはずだ!殺す必要は無い!」
雷蛇は男に言った。
「うるさい!俺が殺すと言ったらそうするんだ!」
男は顔を真っ赤にして言った。
「違う。」
美羅は男を睨みながら静かに言った。
「貴方は怖いだけ。雷蛇おにーちゃんが怖い。だから、殺そうとするんでしょ?」
「な、何を馬鹿な事を!」
「恐れは恐れしか生まない。こんな事止めて!」
美羅は男に真剣に訴えた。
「生意気な口を聞きよって!」
かっとした男は刀を抜くと美羅に振り下ろそうとした。
「止めろ!!」
どうでしょうか?面白かったですか?




