マラソンと前髪と顎
忙しいわけではないけど暇じゃないんですよごめんなさい許してね
「冬に……マラソンをするというのは……教育社会の……悪しき風習だと思う……!!」
「無駄な体力使ってないで黙って走ろうぜ?」
季節は冬。11月ぐらいの事。只今4時限目の授業、体育の真っ最中。ビバ・マラソンって事で学校のトラックをぐるぐるぐるぐる走っています。……ビバの意味知らないけど。
「って、いいますか……佐武さんは……何でそんなに……涼しげなんですかね?」
「いえーい。I am 陸部。長距離専門」
「佐武さん……真面目に部活やってたんだね」
俺とトラックを併走しているのは、中学校からの友人、佐和辺 武三。雄雄しい名前の似合わない柔らかい顔つきです。前髪がウザイ。
「まぁ、スポーツをする女の子と仲良くなりたくて陸上部に入ったのはいいんだけど……これがゴリラばっかりでさ。男も女も。中途半端に辞める訳にもいかず、泣く泣く部活に励んでいるわけだ」
佐武さんはこんなやつです。頭の中ピンク色です。前髪がウザイ。
「こんな……厳しい……マラソンに……ヒィ、ヒィ……耐えられる……だけでも……得られるものが……あったんじゃ……し、死ぬぅ」
「いや、きつかったらペース落せよ。俺は流しめだけど、帰宅部のお前にはきついだろ?」
これで流し目とか言いますか。でも確かに、佐武さんの表情にはかなり余裕がある。心なしか汗が輝いているようにも見える。前髪がウザイ。汗でぺとってなってるせいでさらにウザイ。
それに比べて俺の顔はきっと酷い事になっていると思う。怖い借金取りに期限の延期を懇願している崖っぷち男並に必死な顔になっていると思う。その証拠に、佐武さんが俺を気の毒そうに見てくる。前髪毟りたい。
「いや、っつかもう歩けよ。イミチヤ、元々運動する方じゃないだろう?」
「それ……でも……がんば……らなくては……」
「や、歩けって。女子と走ってるからって無理すんなよ。ほら、さっき抜かした子も「だいじょうぶかなぁ~?」って顔してたろ?」
黄色い声を出すな脳内ピンク男。確かに、通り過ぎざまに驚いた顔が見えたけど。っていうか引いてたけど。あ、イミチヤは俺の中学のときのあだ名です。
「佐武さん」
喋るより早いと思ったので、俺は目で後ろを指した。
佐武が振り返った背後。十メートルぐらい離れた所に、金髪を靡かせて走る女の子がいる。もちろん結城です。
「噂は立ってるけど……本当に好きなのか?」
「というより……お付き合い……してます」
「…………は?」
佐武が呆けた。目に見えて呆けた。口開いてる。しかし走りは崩さない。前髪もウザイ。
「マジか!!!?」
叫ばれた。叫びよった。思わずのけぞる。
「そう……付き合ってて……そんで……ちょっと事情があって」
「はぁ~……マジかお前。……イミチヤが彼女を……似合わねー」
言いたい放題ですな。いつか前髪毟ってやる。
そう。俺が今汗水垂らして必死に頑張っているのには訳がある。それは、体育が始まる前のこと。
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「マラソンか~……まぁ、のんびりやりますかね」
「お前体力なさそうだもんな」
「筋肉もないよ。結城はできそうだよね」
「人並みにはな」
相変わらず可愛げのない。確か中学の時陸上部だったって言ってなかったっけ?
「そういえば、マラソンの起源って知ってる?」
「マラトンだろ?」
「すごい話だよね。気合だね。猪○だね。元気ですかー!!」
「何でも出来るわけじゃないと思うけどな」
「まーた冷めた事を言う。ビンタしてもらえ、ビンタ」
「……じゃあ、次の体育。私より遅かったらビンタね」
「ほ、ほう?……じ、自信がおありな様子で」
「目に見えて狼狽するなよ」
「じゃあ、もし、出来たら?」
「女との、いわゆる根性勝負に報酬を求めるのか?」
「……ソウデスネ」
と、いう事があった。
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「ぜぇ、ひぃ、はぁ、ふぅ、へぇ」
「結局走りきったな。すげぇよお前」
今にも死にそうな俺の元へ、結城がやってきて一言。
「おつかれ、マラトン。お前は頑張った」
そう言って結城は去っていった……。
いや、俺は死なないよ?
「……お前の彼女……えぐいな」
前髪がウザイ。
やっぱり、意味はたまに持たせられればいいなと思います