猫
一日遅れは誤差の範囲内だよね?
登校時、閑静な住宅街を抜けかかったところで、歩道脇のV型側溝に横たわる猫の死骸を発見してしまった。車に轢かれでもしたのか、その体は薄っすらと血塗れている。
「朝からついてないな」
「猫が?俺らが?」
「主に私が」
「結城は冷血漢だね」
「私は女だ」
結城はいつもの調子でそう言うと、さっさと歩いて先に行ってしまった。
結城を追いかける前に、猫に向かって手を合わせておく。天国と地獄のどっちに逝くか分からないので、とりあえず猫の安眠を祈っておいた。
「お前って仏教徒とかだっけ?」
「そうゆうわけじゃないけど。まぁ……気持ちだけ、ね」
「気持ちだけで弔うねぇ………中途半端だ」
言って結城はそこでくるっと回れ右をした。来た道を戻りだす。
「墓碑は……今ある物だと定規でいいかな?」
「ふざけんな」
「三十センチのやつだよ?」
「長さじゃねぇんだよ……つか、私まだ何も言ってないよな?」
「猫を埋葬するんでしょ?戻る理由他に無いし」
「…………忘れ物をしたんだよ」
「意地っ張り~」
めっちゃ睨まれた。
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公園じゃ荒らされるという事で、急遽俺の家の庭に猫の墓を作る事になった。……学校では今、朝のショートホームルームをしている最中だろう。
「穴掘っとけ。こっちでもやる事やっとくから」
「あいあいさー」
結城はそう言い残してどこかに行ってしまった。
シャベルで穴を掘る事約三十分。穴が結構な深さになった頃、結城が帰ってきた。
「準備できてんな。お疲れ」
「そっちも用事済んだ?」
「大丈夫」
「じゃあ、……やろっか」
ゆっくりと猫を穴に入れて、上からふんわり土をかぶせる。最後にぽんぽんと土を叩いて仕上げ。猫を埋葬。
「墓碑は筆箱でいいかな?」
「何で文房具なんだよ」
「象が踏んでも壊れないよ?」
「丈夫さじゃねぇんだよ」
「冗談冗談」
センチメンタルだったりシリアスだったりするのは苦手なんです。恥ずかしい。
庭を見回して、植木鉢に植えられた小さな植木を見つけたので、植木鉢をひっくり返して土ごと植木をゲットした。それを猫のお墓に植える。
猫のお墓完成。
と、ここで大事な事に気がついた。
「名前なんていうんだろう?っていうか、飼い猫?野良猫?」
「野良で名無し。死体があったすぐそばの家で時々餌貰ってたらしい」
心置きがなくなったので、手を合わせて、改めて安眠を祈っておいた。
俺が祈ってる間、結城は少し離れた位置に立って腕を組んでいた。
「結城は手を合わせないの?」
「私は死後の世界も霊魂も信じていないからな。……だから私の場合は、弔うというより処理だな」
「さすがに冷たいっていうかドライというか……スーパー○ライだね」
「うざい事言ってないで、やる事終わったんだから学校行くぞ」
結城は最後までいつも通りだった。
本日二度目の登校路を、遅刻の言い訳を考えながらゆっくり歩く。……が、どうにもいいものが浮かばなかったので考えるのを止めた。代わりに、気になったことがあった。
「……結城が信じていない通りに、天国も地獄も無かったとしたら……生き物は死んだらどうなるの?」
「消えるんだろ?いなくなる」
やはり、結城は調子を変えずに答えた。
「でも、よく言うじゃん?心の中で生きてるとか、生まれ変わるとか。俺、あれはアリだと思うけど」
「そのどちらにも、意味は無いだろ?事実としてその人間はいなくなるんだ。別れを惜しむあまり、いい解釈をするんだよ。まるで、死んだやつがまだ存在しているみたいにな」
その考え方は……あまりにも寂しすぎるんじゃないかな。
言葉には出てこなかったけど、表情には出ていたみたいだ。
「んな泣きそうな顔すんなよ。……私が実際を知らないというだけで、そんな簡単に割り切れるもんじゃないんだろ?頭では分かってても、感情がついてこないんだよ。だから、私も近しい人が死んでしまったら……考えも変わるんじゃないか?」
「お~。何か安心した。……ちなみに、その近しい人って俺だよね?」
「お前が死んだら…………」
結城は数秒考え込んだ後、いつもの調子でこう言った。
「手ぐらいは合わせてやるよ」
見知らぬ猫よりは上なんですね。
意味を持たせてみたかった