過去話3「遅刻」
激しい克己はレアなはず。
更新ペース?失踪?そんな言葉、私の辞書にはありません。
昨夜に雨が降ったせいか、空模様は雲がやや多め。したがって、気温もやや低め。初デートにしてはやや残念なコンディション。だけど、今の俺にその事を残念がる余裕はない。何故ならば……
「あと十分!!」
端的に言うと、時計の電池が切れていた。後はお察し。
「ごめ~ん待った~?」、的なやりとりは当然諦めるとしても、約束の時間まで諦めてはいけない。
が、ハッキリ言って間に合わない。距離的に無理。ムリムリ。アスリート選手がドーピング増し増し状態でハッスルしても確実に間に合わない。つまり無理……いや、だがしかし!!諦めてはいけない!!諦めなければきっと何か方法が……。
と、川が目に入る。
俺が今走っているのは土手沿いの道だ。結城が待っているのも土手沿いだ。当然、傍に流れるのは同じ川。そして、昨日の雨で増水した川は流れが速い。もちろん、流れの向きは進行方向…………。
…………いや、無理ムリむり。常識を捨てちゃいけない。無視してもいいけどちゃんと持たないと。…………。
……でも、実は俺は泳ぎが得意だ。小、中学校ではプールの授業が来る度「カッパ」だの「海人」だの「インスマス」だの呼ばれる。最後の一つは良く知らないけれど、とにかく、俺は自慢が出来るほど泳ぎが上手い。そんな俺なら…………。
あっはは、冗談じょーだん。さすがにね?今真冬だし?ずぶ濡れになっちゃうし?ないよ。泳ぐ選択肢はない。溺れちゃうかもしれないしね?ここの川結構深いし増水ナウ。水をなめてはいけない。ここは大人しく、いや、激しく走ろう。
と、言いつつ、川に目が行ってしまう俺の視界の端っこに人が写る。
いや、人ぐらいいる。ここまで来るときに何人かすれ違ったし。しかし、何か引っかかる。その気になる人は橋の上にいるのだが……何かが…………うわ。
その人は欄干を超えた先にいた。つまり、飛び降り一歩手前だ。
や、や、落ち着こう。身体は焦らせて頭だけ落ち着こう。ひょっとしたらテンションの上がった馬鹿かもしれない。「ひゃっほー!!」とか言いながら飛び込む気かも……あ、ダメだ。スーツ着てる。
近づくにつれて色々見えてきた。傍に靴を揃えて置いていること、顔色が青白いこと。そして、おっさんであること。
自然と足がおっさんの元に向かう。どうするか考えて無いけど、気づいちゃったなら見過ごせない。……って恰好つけたいけど、実際どうするよこれ。
十メートル付近まで近づくと、相手は足音で俺に気づく。
目が合うと、引き戻されることを警戒したのだろう、ずりずりと向こうに移動しながら、
「こ、来ないでくれ!!」
と、一言。
いや、来ないでくれって。これは決定だよね。飛び込む気満々だね。……ってゆーかですね、
「何でこのタイミングかな!!」
「っ!?」
叫ぶとおっさんがびっくりした。
「ははは!!びっくりしてやんの……俺もびっくりだよ!!!え?ちょっと!!何で今ですかね!?今じゃないとダメですかね!?もう、十分二十分後じゃだめですかね!?いや、ダメですよ!!??後でもダメですよ!!??でもなんでこのタイミングですかね!?おっさん!!俺今急いでるの!!分かります!?この汗!!汗!!すごい汗!!俺これからデートだけど遅刻確定で川泳ごうか迷ってるときに何故おっさんが川に向かって「はっけよい」してますかね!?「のこった」ですか!?「のこった」しちゃうんですか!!??」
「???」
焦ってキレて困ってテンションストップ高。頭ごちゃごちゃのマシンガントークでおっさんを混乱させる。これぞ冷静で大胆な俺の秘策……なわけあるか!!余裕無いわ!!素じゃ!!
俺が騒いだせいで注目を集めたのかボチボチ人が集まってきている。が、皆近づこうとせず様子見……と思ってたけど何人か警察呼んでるっぽい?あぁ、良かった警察が来たら安心ね……けど写真撮ってるお前なんじゃああ!!撮るな!!助けろ!!俺と代われ!!記念撮影してあげるから!!おっさんと一緒に写してやるから!!ほら!!丁度今川に飛び込んだからシャッターチャンス!!ってイヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!待てえええええええええええええええええい!!!
「カッパ舐めんなあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
何でか分からないけど、俺も後を追って飛んだ。うわ、俺飛んじゃった。
スローモーションになったりせずに、特に猶予もなくドボン。
ひゃっほおおおおおおおお!!!冷たい!!いや嘘!!痛い!!なんかもうアハッ!!何かもう最高!!めっちゃ痛い!!冷た痛い!!上とか下とか意味不明!!流れとかわかんねーし息苦しいし!!ウヒヒ!!苦しい!!……あ、息できる!!顔出てる!!よっしゃ!!お!?何か皆土手でマラソンしてる!!楽しそう!!俺も走りたーい!!……痛い!!違う!!これ冷たさと違う痛み!!
近くでおっさんが暴れていた。
おっさんじゃん。やっだーこんな所にいたの?……てめぇこの野郎!!何蹴ってんだよ!!あ、いや、違う。それ見たことか!!!苦しかろう!?辛かろう!?無様にもがいて死ね!!ふはははは!!!……いや、違うって!!レスキューしないと!!
一向に冷えてくれない頭が何とか働いた。
おっさんを掴__って痛いって!暴れるな!!いや!!掴むな!!俺「が」掴むの!!俺「を」掴むな!!
おっさんの暴れること暴れること。殴る、蹴る、掴んで振り回すで、自然と俺も体制が保てずで二人いっぺんに死にかかる。あはは、おっさんと心中……心中?あぁ、つまりおっさんと二人で死ぬ。なるほど。へぇ……。
「ふっ!ざけんな!!!」
元来人には暴力的な本能というか衝動と言うか、つまりおっさんの頭を殴った。これがクリーンヒットしたらしく、おっさんが大人しくなった。
これを機におっさんを掴んで泳ぐ。いや、流される。もちろんただ流されるんじゃなく、徐々に徐々に岸に着けるよう、斜めに流される。
足が着いた。
警官らしき服を着た人が二人、ザブザブこっちに来る。すかさずおっさんをパス。すると警官は毛布を俺にパス。「がんばったな!!」と警官の一人に肩を抱かれる。
岸に生還。生きてる。ぶっちゃけハイテンション過ぎて死の恐怖とか無かったけどまだ生きてる。
でも死にたくなるほど痛い、寒い。さすが痛覚、さすが危険信号。仕事しすぎ。
引き上げられたおっさんは意識不明の状態。水をたらふく飲んだからだろう。決して殴られたからではないはず。
身体が冷えきり過ぎたせいか、頭が冷静になってきた。しかし、酸素はまだ整っていないようで、眩暈に似たぐるぐるが頭を走る。
ともかく、今どうゆう状況だっけ?場所は土手、周りに人がたくさん、寒い、痛い、気持ち悪い、死ぬ。
あぁ、ダメだ。やっぱ冷静、いや、頭冷たいけど考えがまとまらない。危険信号に思考を全部持っていかれる。
と、人ごみを割って一人の美人さんが登場。
「通してください!!私は医者です!!」
おぉ、運がいいね。女医さんか。しかも美人。
美人さんはおっさんに蘇生措置を始める。
胸部圧迫。そして、おっさんの口に何かのシートを引いて人工呼吸。って事でおっさんに近づく美人の唇。……美人さんが人工呼吸……シート越しとは言え美人さんが……ハハッ。
「させるかぁ!!起きろてめぇ!!!」
元来人には暴(以下略)。おっさんの腹を踏む。
グァポッ!!とか言っておっさんは水を吐いた。周囲の空気が凍てつくが、既に凍てついている俺に怖いものはない。いや、何か怖いけど思い出せないから良い。
おっさんの胸ぐらを掴み、意識のハッキリしないおっさんの頬をペチペチ。
「起きろ!!起きるんだ!!起きるんです!!……起きた!!はい!!起きたね!!良かった!!とでも言うと思ったか!!ふざけんな!!許さんぞ!!お前あれだ!!あれだぞ!?次ふざけた事したらあれだ!!!」
えーっと。何か怖いこと怖いこと……。
「……ああ!!もう!!とにかく次やったら怖いことするからな!?いいな!?ハイと言え!!言いなさい!!ハイと言えええええええええええええ!!!!」
おっさんをガックガク揺する。何か言ってるが聞こえない。
「ちょっと君!!」
警官が取り押さえに来るが、羽織っていた毛布を掴ませて危機を脱出する。
距離を取り、警官と対峙する。
「何ですか!?好きにさせてくださいよ!!いいじゃないですか!!こちとらエグい目にあったんですよ!?それなのにあのおっさん美人と人工呼吸ですよ!?何で役得があるんですか!!あのおっさん「のこった!!」ってしただけなのに!!あ!!でも俺の彼女の方が可愛いですけどね!!いいでしょ!!これから初デートなんですよ!!デートですよ!?……ん?……デート?……そう!!デートです!!デート!!デー!!……ト……?」
心身共に凍りついた。まさか今以上に体温が下がるとは思って無かった。ともあれ一番大切な事を思い出す。いっそ忘れたまま死にたい気がするがそれはいけない。とにかく、時間が知りたい。
ポカン、となっている警官の腕には腕時計がしてあった。
「今何時ですか!?」
警官はポカンとしたままだ。
「その腕時計は飾りですか!?ある意味飾りですけど!!とにかく今何時ですか!?」
まだ若干ポカンとしているが、警官はようやく腕時計に目をやる。
「__時__分だけど……」
「______。」
______________っは!!意識が飛んでた。
ともあれ、今以上に死に近づく事があるとは思って無かった。
そして、警官が職務を果たすために俺に近づいてくる。目線を動かすと、おっさんは担架に乗せられてどこかに行くようだ。意識もあるようだし、俺もお暇したい。しかし、近づいてくる警官。
これ以上のタイムロスは、いや、既にアウトだけども、それでも急がねば。現に、俺のズボンのポケットがさっきからバイブレーションしてる。これほど防水機能を恨む事はこの先一生無いと願う。いや、実際すごいな、防水。出来れば壊れてほしかったけど。今となっては焦る要因でしかない、このバイブレーション。
とにかく逃げねば。……How?背水の陣でどうやって……。背水……。……・。
川に走った。ワンテンポ遅れて、背後で慌てた水音がするが、俺はもう泳げる水域に来ている。
「ハッハァー!!カッパに泳ぎで追いつけると思うな!!」
イヤッホウ!!冷たいね!!寒中水泳とか健康になる前に死ぬんじゃね?
ともあれ泳ぐ。流れに乗って泳ぐ。確認のしようがないが、多分警官は追ってきていない。
気兼ねなく、他に何も考えず、一分一秒を急いで結城の元へ。
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「それが事の顛末です」
呆れから疲れからか、結城はため息を吐いた。
「……言葉にできねぇ。何この気持ち」
「おお、理解を超えた感動的な」
「うぜぇ。……だけど、事情は理解した」
川から現れて結城を困らせた後、場所を移して結城宅。っていうか結城の部屋。初めて来た彼女の家なのに、色気とか甘酸っぱさとかその他諸々の青春成分が全くない。おかげで命は助かったけど。
そして、俺の身体を風呂とかで温めて、事情を話終えて今に至る。
「しかし、……いや、やっぱ言葉にできねぇ。この話は止めだ」
「おぉ~、結城が事を投げた」
睨まれる。
「どう反応しろってんだよ。寒い思いして待ってたら、待たせた本人が遙に寒い思いして川から上がって来るとか。しかもその理由も……お前……はぁ」
相当お疲れのご様子で。
俺は結城の部屋って事でわくわくしてるんですが。
想像通り質素で本棚がたくさんある。……そして、ちょこちょこ仕込まれている女子女子した小物類を俺は見逃さない。
何て言うかこう……いいね。
「目を輝かせるなよ、うぜぇ」
「あ、ジロジロ見るのは失礼だよね」
「違う、わくわくするなって言ってんだよ」
「結城って変わってるよね」
お前が言うな、と一睨み貰う。
「ともあれ、だ」
話に落ちをつけにかかる。
「克己は今回大幅に遅刻してきた。やむを得ない事情は聞いたし、お前は間違った事をしてねぇ。正直お前すげぇと思った。……けど、待たされた本人からしたら、待たせた奴の事情なんて知ったことじゃねぇ。……あー、何か怒りにくいな、うぜぇ」
「申し訳ない」
「それだ」
「え?」
「要するに、遅刻の件についてはそれで丸く収まる。つまり、だ。私に言うことは?」
「……遅刻してごめんなさい」
「許す」
そう言うと、結城は立ち上がる。
「よし、この話はこれで終わりだ。……っていうか、もうするな、疲れる」
「本当に申し訳無かった」
「そう思うならもう少しまともに……もういい。お前、コーヒーでいいんだよな?」
「あ、いや、もう充分身体は温まったし、次は俺が淹れるよ」
「いいよ。大人しくしとけ」
……ここで、ふと思いつく。
「身体を温めるには人肌が一番とかなんとか……」
「……。」
逆に、冷やすには視線が一番みたいです。
気づいたら書きまくってた。よくあるよくある