乙女ゲームで死にたくない!
グロ描写多数。
隣の国と戦争が起こり、国境近くにある私の村は壊滅状態。幸い怪我も無く逃げられたけど、私は避難生活を余儀なくされました。
命があっただけマシと人は言うけれど、畑仕事をしていた両親は戦闘に巻き込まれて死にました。一人でこれからどうやって生きていけばいいのか分かりません。
それでもお腹はすきます。避難先のキャンプ場でもそもそと固いパンを食べていると、突然周りがガヤガヤうるさくなりました。まさかここで戦闘かと思ったけど、偉い人とそのお供の慰問と聞いてほっとしました。
でも偉い人は慰問のくせ誰にもに声をかけようとしていません。私と同じくらいの年の子を見つけてはジロジロと観察し、「こいつじゃない」 と離れていきます。偉い人の考えは分かりません。
やがて私のところに彼らは来ました。「こいつだ!」
訳も分からないまま私は連行されました。王宮へ。止める人もいませんのでスムーズでした。え? 何でそんなに冷静なのか、ですか? 強烈な既視感があってそれどころじゃなかったのです。
そして神殿へ連れて行かれてこの国の王子と出会いました。……ここで思い出しました。
これ、前世でめちゃくちゃはまってた乙女ゲームの世界じゃないですかああああ! しかもあれただの乙女ゲームじゃないんです! 『殺戮と狂愛の世界へようこそ』 が売り文句ですよ! R-15です! 六人いる攻略対象。その誰ルートを行ってもヒロインは何かを失うという狂った仕様です。そして現状を鑑みるに私はヒロイン乗っ取り? 成り代わり? みたいです。なんてこったい。
確か公式設定のヒロインは、『名前をミュー。両親を亡くしたばかりで気落ちしているけれど、根は素直でいい子。神殿の使いの者に連行されて、この国の守護神となれと言われ、戦争が早く終わるならと協力する』 うん。今、占いで私が神様に一番近いところにいる少女云々言われてます。はい。失われた神様を見つけ出す手がかりらしいです。ヒロインヒロインした設定ですね。あれは画面越しだから面白可笑しく見られたのに。
何がどうしてこうなったのか知らないけれど、とにかくこうなった以上、私のするべきことは……一番被害の少ないメインヒーロー……あそこに立っているこの国の王子、ライガ様ルート行こう、そうしよう。
ゲームの期間は一年。最初の一月目でそれは起きる。
「曲者だー!!」
神殿の一室にある私の部屋に催涙ガスのようなものが蔓延します。ハンカチを口元に当てて、ガスを吸い込まないように下に屈みます。じっとしていたら、彼がやってきました。
「こいつが神の手がかりか」
ライガ様の対になるキャラクター、リオ様! 様付けされるに値するお方です。なぜならライガ様のいとこで本当なら自分が王だったという厨二溢るる人なので。確か先代の王が兄より弟贔屓して、無理に弟を王にしたんですよね。で、それを根に持って出奔したあともライガ様を追い落とそうと狙っているという。
そして彼ルートのヒロインミューは、このまま攫われて協力するかしないか迫られ、お世話になった人を裏切れないとミューが突っぱねた結果、拷問されて手の指全てを失います。それでも拒むミューにSッ気があったリオ様は次第に惹かれ、ミューも時折見せる優しさに……というヒロインドMなの? な展開です。
彼ルートの真骨頂はミューが彼に調教……よく訓練されたあとに始まるとされています。ある夜、ふらりとライガのもとへ戻るミュー。眠れないでいるライガのベッドの元に「王子」 と呼びかけます。それからのライガの反応。
「何でここに!? 今までどうして……いやそんなのはどうでもいい」
いや、よくないから。一国の王子なら不審に思うべきです。
「べ、別に心配していた訳じゃないんだからな! 守護神不在なのが気にかかっていただけなんだからな!」
この台詞は五割くらいのユーザーにお前ツンデレだったの? つかいつの間にヒロインに惚れてたんだよ、と思わせました。
「なあ、この戦争が終わったら、俺、お前と……」
年齢制限がかかっているため、この台詞でユーザーの八割くらいが爆笑したそうです。実に見事な死亡フラグです。脈絡もなく言うのが開発者の悪意を感じさせます。このルートが何の情報もないままプレイすると、大体このルートになるという仕様なのも相まって。
ヒロインミューが、ライガに最後まで言わせることなく刺殺するんですけどね。「私はリオ様を王にしたいの。そのためには王子、あなたが邪魔なの」
プレイヤーからの評価は「シナリオは面白いが、ヒロインがちょっと」 「このルートだけはヒロインに共感できない」 「状況を考えれば理解は出来るけど、間違っても自分の分身じゃないわ」 などと、ミューの評価は今ひとつ。まあ、主人公はプレイヤーの分身なのに、いきなりメインヒーロー刺殺ですものね。
そんなこんなで、血まみれの短剣を手にしたミューの横でリオが登場。城を乗っ取ります。かくしてヤンデレ夫婦の統治時代が幕を開けたのでした……。
とまあ、ゲームなら面白いです。ゲームなら。こんな人生、私は拒否させてもらいますが! 手元の緊急用呼び鈴を鳴らす。
「!!」
慌てたリオ様は近くのティーポットを肘で落とし、さらにそれを踏んで足を怪我してしまいました。ああ、ゲームでもドジっ子属性ありましたね。
窓を開けてガスを抜き、リオ様に近づく。だって可哀相です。……ミューがリオ様を選ばなかった場合、中盤で彼は懸賞金目当ての一般人に惨たらしく殺される運命ですから。このゲームはミューが選ばなかった場合のキャラは、全員死にます。
私はハンカチをそっと傷の部分に巻いて、逃げるように促します。
「お前……」
「さあ逃げて。今なら間に合いますから」
彼ルートに入らない場合は、捕まるけれどもすぐに助け出されるという風になります。こんな話はゲームにはないけど、何にしても選ばないなら同じ事。
意図を察して彼は逃げました。次に会うときは、中盤の戦争イベントですね。売国奴として処刑され、首はカラスにつつかれ、身体は犬に食われのイベント。生で見て、果たして吐かずに居られるのだろうか。
ところで、ミューは守護神として祭り上げられたけど、ただそこに居ればいいって訳ではありません。戦場に行かされる場合もあります。そこで出会うのは……
「お前、血は好きか? 俺は大好きだ」
このゲームで一番人気にして一番狂ってるとの呼び声高い、赤い雨男ビリー。由来ですか? 彼の居る戦場はいつも血の雨が降っているって意味だそうです。
「それ以上彼女に近づくな! 味方まで切るお前が!」
そんなビリーとペアになっているのは、私……というよりヒロインの実の兄、クラン。貧乏な実家と生まれたばかりの妹を支えるため、幼少の頃から軍に入り、ここで初めて顔を合わせるというドラマティックなのかご都合主義なのか分からない展開です。
「敵前逃亡を謀る人間を殺して何が悪い。戦意が落ちるだろ」
「お前という人間は……!」
ビリールートに入ると、優しいヒロインなミューは無駄な殺戮を止めようとします。結局、戦争が終わらない限りどうにもならないと結論づけられますが。そんなある日、ビリーは敵の兵士(クランがやったんじゃないかという黒い噂有り) に両目を傷つけられます。殺人の天才だが、経験が足りないビリーは視力を無くして役立たずに。モブからこれでもかと罵られます。そして戦況が悪化。ミューは負ければ戦争は終わるとお花畑っぽい考えをしたあと、何を考えたか「役に立たないなら殺してくれ」 とやさぐれるビリーに自分の両目を提供します。そして勝利したあと、ビリーは「勲章はいらん、ミューくれ」 とのたまい……。
しかしここでメインヒーローのライガが登場。「先にあいつを好きになったのは俺だ!」 最後の最後にビリーを操作してのライガとの決闘となります。
ここで負ければ盲目となったミューが「どうしたの、何が起こったの?」 と状況が分かってないコメントしながら、画面が暗転。ライガが何か興奮しているテキストを最後にバッドエンドの文字。お察し下さい。
勝てばハッピーエンド。ここにいたって初めてビリーは人を殺すのを思いとどまったのですが。「記憶からも消え去るのが一番惨めだ。死んでお前らの中に残ってやる」 一流の兵士であったビリーにはかすりもしなかったけど、その剣には毒が塗ってあった。それを我が身に突き立てて……。あの死も乗り越えて私達は幸せになる! なメインヒーロー踏み台エンド。
ゲームが終わったあともずっと視力はないんでしょう。だったら嫌です。
そして兄ルート。もちろんこの場合、近親ほにゃららです。実はミューに一目惚れだった兄。気づいた後も複雑な思いを抱えます。祭り上げられているヒロインに、守護神なんてやめろと肉親権限で言ってきます。そしてある日、発育の遅いミューに月のものがやってきます。で、血の匂いに敏感なビリーがこれに気づいて興味本位で手を出そうとします。目撃したクランは頭のネジが飛びました。ビリーは殺され、兄はこれ以降「戦争さえ終われば……」 とビリー以上の殺人鬼になります。
こんなクランに周りは英雄と称え、ミューも不安がりながら「戦争が終わってから考えよう」と暢気ですが、唯一ライガだけが異変に気づきます。このルートではいい人なライガ。何とか引き剥がそうと画策。しかしばれて事故に見せかけ殺されます。
それに気づいたミューは兄に恐怖し、離れようとします。しかしクランはそれを許しませんでした。無事……と言っていいのか分からないけど、戦争が終わると、そこにミューはいません。戦争中に死んだらしいというモブの噂話が流れます。そんな噂を尻目にクランは自宅に帰ります。そこには達磨にされたミューがのた打ち回り、それにクランは「ただいま」 とにこやかに……。
もうやだこのゲーム。
どっちのルートにも行きませんよ。でもやっぱり選ばなかったあとの二人は悲惨で……。両目にをやられた後モブに惨殺と戦場で飢え死。それとなく気をつかってしまうのは、私にも良心というものがあるからです。
「ビリーさん、懐中電灯くらい持って行ってください」
「兄さん、私なら大丈夫ですから」
そして終盤。戦争の重要拠点である都市で出会う二人。怪しい新興宗教の開祖、ロッセと本物の一般人、タロウ。
何を隠そう、ロッセこそがミューと神官達の捜し求めていた神様。大昔ライガの先祖は、黒魔術で神を捕らえ永遠に利用しようしたけれど、ロッセは辛くも逃げ切りました。そして現在、ロッセは人型をとり、民間で神の力を使い生計を立てています。けれど、それは完全じゃありません。ライガの先祖に神の力を奪われたままのロッセに出来た事は、病気や怪我を他人に移すこと。それでとりあえず治ったと思わせるのです。こんな詐欺まがいの方法を続けてきた、ロッセの王家に対する憎しみは根の深いものになりました。ヒロインはロッセを助けようとします。ロッセは本気なら王家にあるパンドラの壺を解き放てと言います。ミューは開けます。力を取り戻したロッセはまず自分を封じていた一族の末裔たる王の首をねじ切ります。続いて王子――ライガも。ついでのように殺されるメインヒーロー……。雇ってもらった分際で裏切ったミューを誰も許しません。ぼかしてあったけど、相当悲惨な死に方をします。命まで失われるのはこのルートだけ。けど死んだあとは神の伴侶となったらしいのでハッピーエンド……なのかなこれ。
まあ絶対選びませんよねこれ。ちなみにロッセルート入らないと今度は完全に封じられます。王家の玩具同然です。
続いて一般人タロウ。母の病気が治ったけど末の妹が死んだ。そこからロッセのからくりに気づいてロッセをインチキと糾弾します。「じゃあお前がこの都市を繁栄させてくれるわけ?」 「インチキでもいんだよ、飯が食えればな。そんな事にも気づかないお前さんはインチキ以下だよ」 さらにロッセに煙たがられ、罰としてせっかく助かった母も残った妹達も殺されます。一人になったタロウに手を差し伸べたのはミューでした。ここからタロウはミューの忠実な下僕となります。そこまでしてもらわなくてもいいと言うミューに奴隷のように仕え慕うタロウ。通称ヒロインがSルート。しかしそんなタロウもロッセにミューが近づくことだけは許せません。何をどうやったかパンドラの壺を盗み出し、ロッセと取引して自分とミューの安全を確保します。戦争も最低限の犠牲で終わらせ、一般人にとっては彼ルートが至高だろうと言われています。そしてエンディング、認知症のようになったミューに甲斐甲斐しく尽くすタロウの姿が。「これで僕だけしか頼れませんよね」
しかしこのゲームは別称「メインヒーロー死亡遊戯」 崩壊した城から逃げ出し、ぼろぼろになりながらもミューの居場所を探し出したライガ。玄関の戸をこじ開け、中のミューの姿を確認した途端、後ろから一撃……タロウに殺されます。
「それ、だれ?」 ミューがまともな文章喋るなんて久しぶりだな、とのタロウの心の声のあと。「ただの乞食です」 とタロウがのたまう。「そう」 そしていつものように意味の無い単語の羅列しか喋らなくなるミュー。
ちなみに彼ルート以外を選択した場合の彼は、ホームレスで衰弱死です。どんな酷い事をしても、選ばなければ惨めに死ぬと知っていると、可哀相になるのが人情ってもの。
タロウさんにパンドラの壺のことをこっそり教えて、ロッセさんを解放します。これで私に被害はこないはず。
さて、ライガルートの場合は……。結局戦争は敗北。多大な賠償金で国家崩壊。お坊ちゃまのライガは無一文に。
「終わりだ……死んだほうがマシだ……」
「私がいます。それでは駄目ですか?」
「……俺はもう、王子じゃないぞ」
「私も、守護神じゃなくなりました」
これから先は貧乏生活だけど、二人なら大丈夫だよエンド。ヒロインが失うのは衣食住。でも身体に傷がついたりはしません。ちなみにライガを選ばない場合は彼も例外なく死亡……するのは分かりきってます。五種類もの死亡パターン。豪華ですよね。噂では、このゲームの開発者は不幸なメインヒーローが書きたかっただけで、恋愛はオマケ程度という認識って聞いたけど。その噂で「ライガ様の死に様を愛で隊」 というファンサイトもできたとか。生き様じゃなくて死に様なのが肝です。まあ、それ創ったの私だけど。
ごめんねライガ、人間生きていてなんぼだよね! これからは生きてる貴方を愛でる!!
「そうだな……お前が、いたな」
「はい」
終わった……。終わった! これで胃の痛くなる日々とはおさらば! 五体満足ならなんとかなる、このエンディングこそ最高の……
「迎えに来たよ」
振り向いたら見覚えのある五人がいました。そういえば、彼らが死ぬイベントって体験してなかったような。
ヤンデレ乙女ゲームで逆ハーフラグを立ててしまった場合、どうすればいいですか?
???
「うわっ! ……また見たよあの夢。ほとんどのルートで不幸になるヒロインになる夢とか疲れるだけじゃん。でもまあ、そのおかげで今が幸せって実感できるから別にいいか。さあ、学校行こう。それにしても、事故で記憶喪失かあ。まあ、そのうち思い出すよね」
補足
ゲームヒロイン:ミュー。転生したと思ってる元日本人、杉谷美有。死亡フラグを回避したと思っているが、実はそれ、携帯用ゲームに移植する際に追加された逆ハー? エンド。ヒロインは皆に仲良く等分(物理)されました。なお、ユーザーには好評の模様。「このゲームの逆ハーならこうなると思ってました」
元ゲームヒロイン:杉谷美有。「もうやだこんな人生」 と思ってたら異世界に転生? していました。なんかよく分からないが助かりました、くらいにしか思ってない、はず。
転生と見せかけた入れ替わり。