ユメクイ
「ゆめくい」。漢字に直せば「夢喰い」と書く。
この「ゆめくい」である彼ら彼女らは、脳が作り出した「悪夢」とは違う「悪夢」を退治する役目を持っていた。
この「悪夢」は、人の夢の外からやってきて、人の魂を喰らってしまう存在であった。
ある時、ある時、ある所に「奏」という名の女の子が住んでいました。
奏はかわいく元気で、周囲をいつも笑顔にしていました。
周りのみんなも、そんな彼女が大好きでした。奏の周りにはいつも、人で賑わっていました。
しかし、ある日を境に奏は笑顔を見せなくなってしまいました。
どうしてでしょうか。
何か悲しいことでもあったのでしょうか。
何か大事なものでもなくしたのでしょうか。
何か嫌なことでもあったのでしょうか。
いつも奏のおかげで笑顔になっていた人たちも、理由が分からず彼女を助けてあげることができないでいました。
次第に、奏は休みがちになっていきました。もはや、その顔に感情は感じられません。うつろな顔で、彼女は何処を見てるのでしょう。
当然、病院にも行きました。でも、かぜではありません。何処も悪くありません。お医者様も、理由がわからないのです。
奏のお父さんとお母さんは、毎日必死に彼女とお話をしました。また彼女に笑顔が戻るよう……。接し、祈りました。
奏の学校の友達も、毎日違う人がお見舞いにきては彼女とお話をしました。
ある日、奏は久しぶりに口を開きました。
「怖い夢に、食べられるの」
その言葉は誰にも届かず、奏はまた何時ものように嫌いな夢の世界へと入って行きます。
夢の世界。楽しい世界、怖い世界、普通の世界……夢には色んなものがあります。あなたは、今日どんな夢を見ましたか? どんな世界に行きましたか?
奏は、黒い世界にいました。黒く暗い世界。何もない。ただ、彼女以外は黒の世界。
そんな世界で、奏は怯えていました。
この世界は悪夢です。奏は、ここ最近毎日この世界に来ていました。
ここでは、毎回同じ事が起こる。それは、今回も同じ。
「私、何か悪いことをしたの?」
奏は、誰もいない天に聞きます。
「悪いことをしたのなら、謝る。だから、ここから出して。ここから出して」
奏は大粒の涙をこぼしながら、誰もいない世界に頭を下げます。しかし、誰も何も彼女に答えを返しません。
当然です。奏は何も悪いことをしてないのだから。毎年、クリスマスの日にプレゼントをもらうくらい、いい子にしてるのだから。
そんな、大粒の涙を流す奏に何処からか、黒い暗い、恐ろしいおぞましい、何かが近づいてきます。
奏は、涙を流しながら願いました。お父さんに、お母さんに、ともだちに……会いたい。
「だいじょうぶ?」
奏の肩に、暖かい手がポンと置かれました。
それに、奏はおどろき後ろを振り返ります。
「……だれ?」
「名もない、ゆめくい」
マントをまとった、まるでヒーローのようなお姉さんはニコリと笑顔で答えました。
「待っててね。あんなやつ、すぐにやっつけちゃうから」
お姉さんは、奏の頭をなで黒い怪物に向かっていきました。
小鳥がさえずる音に、奏はパチリと目を覚ましました。
「お姉さん?」
あのお姉さんはいません。あの後、どうなったのでしょうか。
でも、あれは夢の中の話。それでも、奏はお姉さんが夢の世界の人ではないように感じていました。
「奏?」
いつものように、奏を起こしにきたお母さんが目を丸くして立っています。
「お母さん」
奏はその目に涙をため、笑顔でお母さんに抱きつきます。それに、お母さんも涙を流し、強く奏を抱き締めました。
奏にまた笑顔が戻ったのです。
もう、奏に怖い夢は襲いかかりません。もう、奏が夢を怖がる事はありません。
どうしてでしょう。どうして、奏は怖い夢を見なくなったのでしょう。
あの、お姉さんのお陰でしょうか?
ゆめくい。彼らは、夢を喰らう悪夢を、喰らう者。