波呂有印
ぎりぎり十月三十一日に間に合いました。
今度修学旅行で沖縄へ行くので、それも意識しつつ。
黒い夜。男二人が町を行く。一人はスキンヘッド、もう一人は金髪。屈強な体のアメリカ人だ。長いこと日本に住んでいるのか、流暢な日本語を話す。二人はニターっと笑うと、目の前の女子中学生を近くの女子トイレに放り込んだ。怯えて声も出せず、体格の良い男二人に抵抗もできない女の子はただ涙を浮かべながら、自らの服が破られていくのを見ていた。そして、ゆっくりと乱暴に体とプライドが傷ついていくのを、その汚れた時間を過ごした。
都会では秋に波呂有印という祭りが行われるらしい。そんな噂を都市伝説班の首無しライダーが持ち帰ってきた。
「でよ、なんでもその祭りは一年に一回で、オレらが主役になれるんだってさ」
皆、興味津々でライダーを見る。
「ほんまに、そげんな祭りがあるんか」
「普段忘れ去られておる、わしら妖怪がか」
「それが本当なら、ライダーが東京のはいうぇいさ行ってきたのは間違いじゃなかったねぇ」
ライダーが誇らしげにしていると、妖怪たちをかき分けて口裂け女が現れた。
「く、口裂けの姉貴!」
「ライダー、あたいに黙って東京に出ていくとはいい度胸じゃないか」
「許してください、姉貴! その代わりってわけではないけど、波呂有印ってのを見てきたんだ」
「あぁ、知ってるよ。その話はもう村中で話題になってる。さっき烏天狗新聞の号外も出ていたよ」
ライダーが後ろを振り向くと、烏天狗がニヤニヤとしていた。
「その話、村長にはしたのか?」
野太い声を発したのは赤鬼だった。
「あ、赤鬼さん?! はじめまして、あの、オレ……、いや、私は首無しライダーと申しまして、その、都市伝説班の」
赤鬼がライダーの無い首を軽く叩いて話を制する。
「丁寧な自己紹介ありがとう。いかにも、私は伝説班班長の赤鬼だ。そんなことより、早く村長に知らせてやった方がいい。村長はその昔、人間の子どもと戯れになるのがお好きだった。そんな祭りが本当にあるなら、ぜひ参加したいはずだよ」
首無しライダーはいつものライダージャケットではなく、和服に着替えていた。
「あの、ほんとに大丈夫ですかね。村長にお会いするのなんて初めてで」
ライダーが頼るように見上げるのは都市伝説班班長のこっくりさんだ。大きな金の狐の姿をしている。
「私がついてるだろ」
三メートルはあるであろう長くふさふさの尾をウェーブさせる。
村長の屋敷は古い和風豪邸で、二人が近づくと木の大きな門が自動で開いた。中には噂話班の風の噂が立っていて、二人を案内した。迷路のような広い屋敷の奥に大広間があった。その奥で茶を飲んでいるのが、村長、ぬらりひょんだ。
「失礼します」と裏返った声で、こっくりさんが入室する。ライダーも後に続く。ぬらりひょんは雪女に膝枕されて横たわっており、時折、雪女の胸のあたりに手を突っ込んでは頭をペシと叩かれているのだった。
「班長、あの、村長って」
色のない囁く声でライダーが言う。
「ただのエロおやじで……」
「おまえ、村長なめてんのか?」
「い、いや、そういうわけでは」
「おま、あ、村長は確かにただのエロおやじだよ。でもな、村長本気出したらマジパねェからな、あん、あれだぞ、この屋敷全部吹っ飛ぶからな、一瞬、そう一瞬だぞ、おい」
そこでぬらりひょんが口を開く。
「ほぅ、君が首無しライダーくんか。噂は聞いとるぞ」
「あ、光栄です、村長」
なぜかこっくりさんが返事した。
「で、そのぉ、波呂有印、ってのはどんな感じだったんだ?」
ぬらりひょんの問いに、ライダーは一歩前に出る。畳がきしむ。
「いや、もうホラー一色ですよ。カボチャみたいな、そんなのがもう、町中に!」
ぬらりひょんがうなずく。
「若者も参加する祭りなのか?」
「いや、もう若者のがのってますね」
ぬらりひょんが突然立ち上がる。ふらつくのを雪女が支える。
「ライダーくん、本当か!」
ぬらりひょんが拳を握る。
「これでまた人間の若い女の……」
ライダーとこっくりさんが息を飲む。ぬらりひょんはなんともいやらしい顔で上唇を舐める。雪女が顔を赤らめる。
「パンツが見られるかもしれないの」
「班長、村長は童貞ですよね」
「おま、え? おまえ、村長、あぁ、確かに村長は童貞だよ。でもな、本気だしたらマジパねェからな、村長。この、なんだ、この地球、吹っ飛ぶからな。一瞬で。地球吹っ飛んだら、あぁ、なんか、その、なんだっけあの、棒で玉弾いて穴に入れるやつ。白いの入れちゃダメなやつ」
「避妊」
「ちがう」
「ビリヤード」
「そうそう、ビリヤードみたいにカーンカーンって、え、なんか火星とか水星とか、なんか、全部、どーんだぞ、アトミックだぞ」
そこでぬらりひょんが口を開く。
「ははは、こっくり、わしが本気だしたらそんなものではないぞ。目の前の奴、一瞬で宮刑だぞ。去勢マジックだぞ」
ぬらりひょんがガハハと笑う。ライダーとこっくりさんはもう二度とこの屋敷に来ないようにしようと決心した。
そして十月三十一日。一人はスキンヘッドでもう一人は金髪の男二人組が町を歩く。町はハロウィーン一色で、黒とオレンジと紫の連続だ。辺りからそれとなくマイナー調の曲が聴こえ、肌寒さを無視した若者の波が満ちている。町のあらゆる隙間には、この、何とも言い難い、楽しいに似ていておどろおどろしいような抽象的な雰囲気を難なく具体的に象徴したカボチャがケタケタと笑っている。空は星ひとつない快晴で、月からもカボチャとお菓子の匂いがする。スキンヘッドの男は金髪の男に言った。
「こんな夜だ、俺らもモンスターにならないか?」
「はーん、当たり前だろ」
男たちは怪しく笑う。そして、この雰囲気の中、ただ一人カボチャになっていない物静かな女を見つけると声をかけた。
「おねぇさん、ちょっと、そこの、マスクの!」
女が返事する前に男二人は女を抱え、女子トイレに放り込んだ。
「ちょっと遊びましょう?」
女は怯えて物も言えない様子だ。狭い個室で男二人が女に手を伸ばす。
「わたし……」
「ん?」と二人は耳を女に近付けた。
「わたし、きれい?」
二人は何が面白いのか、笑いだす。
「んー、そうだな。じゃあ、確かめるためにもまずマスクをとってもらおうか」
「あとブラもな」
二人はまたもや笑う。
しかし、その笑顔はすぐに時速百キロで吹き飛んで行った。マスクを外すと女は口が耳まで裂けていたのだ。スキンヘッドが戸を開けようとするが開けられない。ドアノブが無いのだ。いつの間にか戸は大きな石壁になっていた。その石壁には手足があり、中央には目がついている。もう一度女の方を振り向くと、さっきまでいなかったはずの小学生くらいの女の子が青白い顔でニタニタと笑っている。胸のワッペンの「花子」の文字がきらりと光る。そして便器の中から声がする。「赤いちゃんちゃんこ着せましょか」二人は悲鳴を上げながら石壁をよじ登り、トイレを脱出した。外に出ると地面に紙が落ちている。よく見るとそれには、鳥居のマークと「はい」「いいえ」そして五十音が書かれていた。紙の上に十円玉が乗っており、それがひとりでに動き出す。し、ね、し、ね、しね、しね、しね、しね、シネ、シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ。二人はまたもや悲鳴を上げると、今度は空高く舞い上がった。烏天狗が二人を掴み、飛び立ったのだ。上空で風のうわさが二人の悪口を囁く。烏天狗が二人を離すと地上で青鬼がキャッチし、二人まとめて勢いよく投げた。飛んで行った先には赤鬼がいて、金棒でスイング、ホームラン。地面にたたきつけられた二人は朦朧とする意識の中で具体的な恐怖を目撃した。大量の妖怪の群れ、いわゆる、百鬼夜行が押し寄せてくるのだ。二人は最後の力を振り絞り、走った。しかし、追いかけてきた赤いバイクに先回りされた。バイクの主には首が無かった。慌てて別の道へ逃げようとする二人であったが、どうにも足が動かない。凍りついて地面から離れないのだ。首無しの男の後ろ、バイクに腰かけている青白い顔の美しい女が怪しく微笑む。そして、百鬼夜行が追いついた。その妖怪の中をかき分け、一人の老人が現れた。
「わしの本気はこれじゃあ!」
二人合わせて二本の棒と四個の玉が地に転げ落ちた。「oh, my penis!」と叫んで、二人は気絶した。
二ヶ月後。首無しライダーが再びぬらりひょんの屋敷に現れた。
「村長、聞いてください! 都会で新たな祭りを発見しました。句里須摩洲というものなのですが……」