アンデット勇者と聖なるクレリック
アンデット勇者と聖なるクレリック
ほぼ思いつきで書いた勢いだけの作品で、ベタです。多分。
世界観は極ありふれたファンタジー世界です。何の捻りもない感じで。
勇者は見下ろす。
鎧はボロボロとなり破れ、剣はヒビが入り既に使い物にならず、全身から血が止めどなく流れ出ても、剣を杖代わりにして最後の力を振り絞って見下ろす。
「魔王……お前が魔王で俺が勇者じゃなければ、仲良くできたかもな……」
さきほどまで自分と戦い、ほぼ互角の戦いを繰り広げた魔王。まだほのかに温かさを残すその遺体に優しく語りかけた。
だが、勇者にもその時は近づいていた。
「ご苦労様です、勇者様」
「誰だ」
後ろからかけられた声に、振り返る事もできず問いかけるが、それに対しての返事はない。
ただあったのは、トンッという軽い足取りと自分の胸から突き出した一振りの剣であった。
「き、貴様……!?」
「強大な力を持つ魔王、その魔王を倒した勇者のあなたに生きていてもらっては困るのです。ご安心ください。魔王と戦い、その命と引き換えに倒したと言うシナリオにしますので」
「ガ、ハッ……!」
胸からも口からも、赤い血が溢れ出て来る。
(あぁ……俺は死ぬのか。勇者となって、誰だかわからない奴に殺されて……終わるのか)
ズッと剣が抜かれ、そこから更に血が溢れ出てくる。力が抜け、魔王の遺体にかぶさる様に倒れ伏した。
全身を襲っていた痛みも時と共に薄れ、意識も段々と無くなっていく。
「いやだ……しにたく……ない……」
口も段々と開かなくなっていく。声がかすれ、自分で何を言っているかわからなくなる。
「まだ……“どうてい”なのに……」
それが、世界を救った勇者の最後の言葉となった。
☆☆☆
「……この辺りのはずなんだけど……」
陽は沈み、月もどこかに行ってしまい真っ暗な真夜中。
一人の少女が森の中を探索していた。
道は整備されておらず、泥で足場は悪く、虫はプンプン飛んでいる。更にこの森には狼や熊と言った、凶暴な動物も潜んでいる。
それなのに、少女は身を守るものを何一つ持たず、服装も教会の修道服と何とも頼りない。
それでも、臆することなく森の中を突き進んでいた。
「司祭様の話によるとここら辺に……あ、あった!」
草をかき分けてその先に進むと、開けた場所に出た。地面は先ほどまでの泥ではなく、シッカリとした土に芝生のように草が生えている。半径10mほどの円形になっており、その中央には一本の大きな木と小さな石碑が建てられていた。
少女は一気に駆け出し、その石碑を確認する。
「大きな木に石碑……これがあの勇者様のお墓……!ここに勇者様は眠っているんだわ!」
誰の目から見ても少女は興奮していた。
少女自身も体が熱を帯び、己の内を歓喜が駆け巡っていることを自覚している。
気持ちを抑えることができず、修道服のポケットに手を突っ込み、そこにある物を取り出す。装飾も何もないシンプルな銀色の腕輪。それを自分の腕につけるでも無く、石碑につける。すると、腕輪は石碑にカツンとぶつかる事も無く、水の中に入るかの様にスーッと消えて行った。
少女はワクワクとしながら石碑をじーっと見守る。──だが、10秒20秒と時間が経っても何も起きない。
あれ?と少女が疑問に思い、石碑に触れようとしたその瞬間、
土の中から勢いよく腕が出てきた。
「──きゃあああああ!?」
驚いた少女の甲高い声が周囲に響き渡る。飛び上がり、その場に腰を抜かしてペタリと座り込んでしまう。
恐怖に囚われた少女だったが、肘、肩と順調に人の体が土から出てくるのを見て“成功した”のだと一安心する。
出てきたのは一人の少年。少女とそう年の変わらないその姿を見て、少女はようやく恐怖から解放される。
「あれ……ここは……」
「あ、えっとですね、ここは……キャ!?」
少年の呟きに答えようとした少女だったが、少年の上半身が出た所で服を着ていないことに気づき、思わず目を逸らしてしまう。
少年もそれに気付き、どうしようかと困った表情だが、周りに服があるわけでもないしと諦めた。
「ここは森の中です。大昔に勇者様が魔王を倒し、亡くなられた地です」
顔を手で覆い、少年を見ないようにしながら少女は答える。
「勇者が魔王を倒して死んだ……?」
「はい。その事に関してはよくご存知ですよね?だってあなたは、勇者様ご本人なのですから」
「……そっか、やっぱり死んだのか。じゃぁ、何で俺は今こうして生きている?」
「それは、勝手ながら私が生き返らせました。私の教会に伝わる秘宝、輪廻の輪を使いました」
「ふーん……聞いた事ないな。で、何で俺を生き返らせたんだ?」
「それは……不躾ながらお願いがございまして。勇者様が魔王を倒してから世界は平和でした。ですが、つい最近再び魔王が現れたと言われ、魔物達の動きが活発となっているのです。今の世界にそれを防げる者はおりません……ですから、どうか勇者様!世界をお救いしていただけませんでしょうか?」
少女の言葉に少年──勇者はフゥと一つため息をつく。
少女は未だに顔を両手で隠し、とてもお願いするような姿勢ではない。
「やだね」
「なぜですか!?勇者様ともあろう方が、なぜ!」
「……魔王を倒して死んだ勇者……そんなの、あいつの思い通りじゃないかよ」
「え?」
「何でもない。とりあえずさ、人に物を頼むって言うのに、顔を隠してソッポを向くって言うのは無礼じゃないか?」
「そ、それはそうですが……」
勇者の指摘に少女は「うぅ」とか「あぅ」とか唸っている。やがて、意を決したのか両手を離した。それと同時に、今まで隠れていた月はヒョッコリと顔を出し、闇が照らされて少女の姿をあらわにする。
「────」
勇者は思わず息を呑んだ。
月明かりというわずかな光ですら太陽のように輝く美しいブロンドの髪、濁りのない湖のような澄んだ青い瞳、スッとした鼻立ちにプックラと柔らかそうな唇、ほんのりと赤みを含んだ宝物のように白く美しい肌。
勇者がこれまでに見た事のない少女の美しさに、何も言えなかった。
「あ、あの……」
「………………可愛い」
「え?」
「な、何でもない!何でもないぞ!それで、何だったけ?魔王を倒して世界を救うんだっけ?そんなの勇者と呼ばれたこの俺に任せておけ!」
「ほんとですか!?ありがとうございます!……あれ?でも、どうして突然……?」
「え?それはアレだ。えーと……そう!生き返ったばかりで寝ぼけてたんだ!今はちゃんと目が覚めて、勇者としての自覚が生まれたから大丈夫!」
「そうだったんですか?すいません、私ってばいきなり……」
「い、いや、君は悪くないぞ、うん!それで、君の名前は……?」
「あ、失礼しました。私はシオンと申します。これからよろしくお願いしますね、勇者様」
ニッコリと、でも少し恥ずかしそうに笑うシオンを見て、勇者は完全にノックアウトされた。
(シオンちゃん……惚れた!)
鼻の下をだらしなく伸ばしてデレーッといやらしい表情になっていたが、シオンは自分の目的が果たせた為か、神に感謝の祈りを捧げていて気づく事はなかった。
と、その時。
──グルルウウウ
地響きのような唸る鳴き声。
その声を聞いた途端、勇者の表情はだらしない物から一気に引き締められ、真面目な物となった。
一方のシオンはこれが何なのかわからず、キョトンと辺りを見回していた。
「何でしょうね、今の」
「狼だよ。さっきシオンちゃんが叫んだのを聞いて駆けつけたんだろう」
「えぇ!?ご、ごめんなさい勇者様!は、早く逃げましょう!」
「無駄だよ。狼は頭が良くて群れで行動する。周りを囲まれてるよ。それに、狼は人間よりずっと早く走れる。逃げきれないさ」
「そ、そんなぁ!?せっかく勇者様を復活させられたのに……こんな所で死んじゃうのですか……」
「アハハ、大丈夫だよシオンちゃん。俺は勇者だ。魔王を倒す男が狼如きにやられるわけないよ」
「勇者様……」
シオンの心配そうな眼差しが勇者をジッと見据える。その眼差しにはどこか、熱っぽさも混じっていた。頬は少し蒸気し赤い。
それに気を良くした勇者は、一気に立ち上がって庇うようにシオンの前に立とうとして──
「キャアアアアアアアアアア!!!」
悲鳴をあげられた。
「どうしたシオンちゃん!?」
「勇者様!服!服!」
勇者は上半身が裸で服を一切着ていない。そんな状態で都合よく下だけ履いている、なんて事があるわけもなく……
「……あ」
男の象徴をブランブランさせていた。だが、隠そうにも服が用意されてるわけも無く、仕方ないから諦めた。
シオンは先ほどと同じように顔を覆って視界を隠し、勇者を見ないように心がけている。時々指と指の間が開いたり閉じたりしているのは、勇者の気のせいである。
──グルルウウウ
二人がそんなこんなしてる間に、狼達は姿を現して周囲をぐるりと取り囲んでいる。
「茶番は終わったか」と尋ねるように唸る一匹の狼。群れのボスだろう。他の狼よりも一回りでかく、風格がある。
「あぁ。いつでも来いよ。準備は万端だ」
それに対するは、武器も何もない手ぶらで、その上全裸でブランブランさせている勇者。なぜかその表情は自信に満ち溢れており、手をクイクイと挑発までしている。
挑発にムカついたのか、それともただ単に威嚇してるだけなのか、狼は低く唸る。
──ガウ!
ボスの吠えを合図に、狼達は一斉に勇者に襲いかかる。
「ひぅ!?」と顔を隠しながら怯えるシオンを「可愛いなぁ……」とのんきに考えながら、勇者は飛びかかってきた狼のその腹を全力でぶん殴る。
──キャン!?
殴られた狼は高い声で鳴きながら、敷地を出て草陰のその向こう、森の中へと宙を飛びながら消えていった。
だが、仲間がそんな目にあっても狼達は足を止めること無く、勇者へと次々と襲いかかる。けど、勇者は襲いかかって来る狼達を時には蹴っ飛ばし、時には足を掴んで放り投げ、時にはお手お代わりお座り伏せを仕込んで味方につけていた。
そんなこんなで数で圧倒していた狼達はその数を減らし、後はボスを残すだけとなった。
「何だ、もう終わりか」
「勇者様……凄い」
勇者の狼をものともしない圧倒的な強さに、シオンはただただ感嘆の声を漏らすだけだった。シオンは勇者の戦いを所々チラッと見ていた。そう、戦いをチラッと見ただけである。決して、他の物を見たわけではない。
「後はお前だけだが、どうする?」
──グルル……
ボスの鳴き声はどこか弱々しかった。もしも狼でなく人だったら恐怖に震え怯え「命だけは」と懇願していたかもしれない。
だが、そんな状況でもボスは逃げ出すことなく、勇者にと襲いかかる。
勇者は飛びかかってきたボスを避けるでもなく、また殴るでもなく、一歩も動かずに右腕をそっと差し出した。ボスはその差し出された右腕に何の躊躇いも無く、鋭く尖った牙を強靭な顎で一気に突き立てた。
「勇猛で恐れを知らないヤツは大好きだ」
腕からは血がしたたり、見るからに痛そうにも関わらず、ニヤァとどこか獰猛な笑みを浮かべる。自分好みの奴だからか、実は痛めつけられて喜ぶドMだからか、その理由は勇者本人もわからない。
ボスはそんな勇者の右腕をを食いちぎろうと、首を左右に動かそうとして──ピクリとも動かないことに気づく。
「けどな、圧倒的なまでの実力不足だ。勇者何かやってるから勇猛なやつは大好きだが、自分の命を粗末にする無謀は大嫌いだ。だから、容赦はしねぇ」
勇者のまとう雰囲気が一気に変わった。ただの鉄の塊だったのが一つ打たれる度にどんどん鋭くなって行く剣のように、鋭利に研ぎ澄まされて行く。時間が経つと共にその感覚は更に増して行き、もはやそこにいるだけで全身が切られたかのような痛みに襲われる。
ボスは本能的に逃げ出そうとするが、逃げ出せない。勇者の腕に食い込んだ牙が離れないのだ。離れられなければ逃げられるわけもない。
「食らえ!俺の使える唯一にしてあの魔王を倒した魔法──“裁かれし”──」
足元が一瞬光ったと思うと、地上から光の柱がボスを突いて天空へと舞い上がる。
──キャウン!?
はるか上空、ボスの姿が豆粒よりも小さくなる所まで上昇し、ピタッと止まる。ボスの体は胴の所が光の柱に呑まれて一体化しており、どんなに暴れようとそこから抜け出せない。
「──“神!”」
勇者が唱えた瞬間、柱は爆ぜた。
その爆破範囲は圧倒的に広く、城どころか大きな街も跡形も無く消し飛ぶほど。それを見ても勇者は平然としていた。
「さて、と。終わったよシオンちゃん」
「────」
「シオンちゃん?」
「──あ、はははははい!?」
呆然としていたシオンは勇者の呼びかけに反応するが、かなりテンパっていた。
「ど、どうした?」
「いいいいいいえ!勇者様は勇者様であらせられるのに、私ってば逃げるなんて失礼な事を言ってしまって、自分がこの事態を引き込んだのに何もせずにただ怯えていて、あまつさえ勇者様にお怪我をさせて……勇者様!?お怪我されてますよ!?」
「あ、うん……痛くないから平気だよ」
(天然なのかな、この子……可愛いからいいか!)
「そんな事ありません!見るからに痛そうです!でも、大丈夫です、私はこう見えて教会勤めのクレリックですから!」
「あぁ、うん。見た目通りだけどね。修道服着てるし」
「ですので、せめてその傷を私に治させてください!」
「シオンちゃんの治療……?もちろん!大歓迎だよ!むしろもっと怪我してくるから待ってて!」
「だ、ダメです!治すのに怪我しちゃダメですよ!そこに座ってください」
勇者は言われたとおりその場にアグラをかいて座り込む。だが、当然だが勇者は変わらず全裸だ。シオンは顔を赤くしながら、なるべく下を見ないように気をつけながら勇者の右腕に触れる。
(あぁ……シオンちゃんが俺に触れている!柔らかくてスベスベでピリピリ痛くて……ん?ピリピリ?)
勇者はふと、自分の右腕を見て気付いた。
シオンの指と自分の腕が触れ合い、そこから火花がパチパチと出てきていた。だが、シオンはそれには気にならないのか、真剣な表情で治癒魔法の呪文を唱えている。
(シオンちゃんはクレリック……神に仕える光の力。光は他の力を癒すから快楽はあっても痛みはない。唯一光が苦痛に感じるのはスケルトンやヴァンパイアといった闇や不死属性。俺は普通に生きてるんだからもちろん違うが……)
と、そこまで考えて気付いた。
勇者は昔に魔王と戦い、誰かによって殺された。
今日シオンによって生き返り、こうして今自分の意思を持って動いている。
そして、腕に本来感じるはずの痛みが無い事や、光属性のシオンに触れて痛みを感じる。
これらから推測するに、勇者は──
(不死属性になってるー!?)
「──哀れな子羊に神の祝福を──」
「ちょ、ちょっと待ったシオンちゃん!俺、不死属性にな──」
「“ヒール”!」
勇者の頭上に光が差し込んで来る。
人々の傷を癒し、苦痛を取り除くであろうその光は、今の勇者には真逆の効果をもたらす。
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!?」
狼に噛まれてもあげなかった悲鳴を、思いっきりあげていた。
「ど、どうしました勇者様!?あ、傷が痛むんですね!?哀れな子羊に神の祝福を──」
「ち、ちが──!」
「──“ヒール”!」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その夜、度々森に響き渡る男の声を聞いた猟師によって、それ以降この森は嘆きの森と呼ばれたとか呼ばれなかったとか。
お読みいただき、ありがとうございました。
短くまとめるのがどうも苦手で…ちょっと長かったですかね?
ですが、こういう短編は書いてて楽しいですね。
誤字・脱字がございましたら、ご指摘ください。
また、感想もいただけたら嬉しいです。