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二番目に好きなひと  作者: 悠木おみ
番外編
5/6

2.いちばんに恋をした

 雨が降る。私の心も、体も、すべて凍えさせてしまうような、冷たく痛い、激しい雨が。

 雨は止まずに、私から熱を奪っていく。誰からも必要とされず、誰にも愛されず、その雨は、ずっと止まずに私の中にあった。



××××



 がしゃん、と陶器が擦れあうかのような音が響いて伝わってきた。ついで、甲高い声も部屋の中から零れる。

「――あの子をどうしろっていうの!? あの子を一人にして何かあったら、保護者として世間に叩かれるわよ?」

 ヒステリック気味な女性の叫びにも似た声に、返す男性の声は疲れたかなような、けれど淡々とした言葉だった。

「きみが育てれば良いだろう? 養育費は払うし、そもそも母親はきみなのだから」

「あなたがどうしてもと懇願したから産んだのでしょう!? 私が好き好んでわざわざ“あの時期”にあの子を産んだわけじゃないわ!」

 静かに、静かに。感情を含まないかのような男性の声に、女性は声高に抗議した。

「それでも母親か?」

 眉を寄せて、少し声に剣を含ませる。身勝手にも思えるような男性の言葉を、女性は鼻で笑って見せた。

「あなただってあの子の“父親”でしょう? ……好きであの子の母親になったわけじゃないわ」



 親であることを放棄したがっている二人は、リビングの扉の向こう側、薄暗い廊下でその言葉を聞いていた「少女」の存在に気付かなかった。

 二人の自身に対する明確な拒絶を知った少女は、そのまま足音も立てずに二階に“与えられた”子供部屋に戻った。



××××



「ひっく……ひっく……」


 途切れ途切れの子供の嗚咽は、五月蠅いほど激しく降る雨音に混ざりあって、ただひたすらに寂寥感を掻き立てていた。

「みのり……ちゃん」

 今にも消えてしまいそうな、柔らかい小さな少年の声。ドアから部屋の中を覗き込む少年の声に気付いた“みのり――実里”は、ぼろぼろと大粒の涙を落としながら顔を上げた。

「ぅえ……あぎぢゃんんぅ……」

 その場に座り込んだままさらに顔を歪めた実里に、陽(あきら)は慌てて実里のもとへ駆け寄った。

「ぅええ……う~」

「のりちゃん、のりちゃん。泣かないで……」

 ぽふぽふ、と。撫でるとも叩くともいえる、実里の頭に軽く手を乗せた陽は、声を抑えて泣き続ける実里をギュッと抱きしめた。


「のりちゃん、だいじょうぶだよ」


 それはまるで守るように。慰めるように。癒すかのように優しく抱きしめた陽に、実里はすがり付いた。

「……あきちゃん……」

 しがみつくように陽に抱きついた実里は、時間をたっぷり使って呼吸を整えた。しばらくの沈黙の後で零れた実里の声は、酷くかすれていた。

「……どうして、ママとパパは仲が悪いんだろう……」

「のりちゃん……」

 悲しみで震えていた実里は、不意に陽にすがり付くために回していた腕から力を抜いた。涙を流していた痕はまだはっきりと残っているのに、その表情は酷薄な笑顔だった。

「……のり、ちゃん……?」

 泣きたいはずなのに、泣いていたはずなのに、笑っている。まるでそれしかできない作り物のような笑顔に、陽は体を震わせた。

「ママもパパも、のりがいるから行きたい場所にいけないんだって。……のりさえいなければ、もっと可能性が広がるから……のりは、いらないんだって」

「のりっ!」

 ぽつり、ぽつりと紡いだ実里の言葉に、陽は叫ぶように名前を呼んだ。

「あきちゃん……のり、どうしたら良いと思う? のりのこと、だれも必要としてくれない……」

 ぽろぽろと、笑いながら涙をこぼす。実里の瞳は何も映してはいなかった。その虚無感を正面から見つめる事になった陽は、実里の頬に触れ、視線を合わせた。


「ボクが、側にいる」


 決意を宿した、射抜くような瞳。何よりも真剣な陽に、実里は緩やかに口を開いた。

「のりの、そばに……?」

「いるよ。ずっと――ボクにはのりが、必要だから」

 陽の言葉に、実里の瞳にゆっくりと光が戻る。ただひたすらに、ゆっくりと静かに意思の光が灯る。

「ずっとずっと、ボクがのりの側にいる。のりがボクを必要としなくなるまで」

 自然と額が触れ合って、実里は至近距離から陽の瞳に見つめられた。その真剣な眼差しに、実里はようやく本来の実里“らしい”笑みを浮かべた。

「のり?」

「うん……のりも、あきちゃんの側にいたい。あきちゃんが側にいてくれるなら、のりはママもパパも一緒にいてくれなくても、一人ぼっちじゃないもんね」

 本当に“嬉しそう”に、幸せそうに笑った実里を、陽は思わず抱きしめていた。

「大丈夫だよ……大好きだよ、のり」

「うん」

 陽の胸の中に押さえつけられるかのように抱えられた実里は、それでも幸せを隠し切れずに微笑みながら体を陽に押し付け、背中に回した手で服を握りしめた。

「あきちゃん、あきちゃん、だーいすき! ありがとう……アキ」



 陽は無意識に、実里をつなぎ止めるために必死だった。

 実里は意識して、緊張でドキドキしながら。



 その日、二人は初めて互いの名前に敬称を付けずに呼んだ。それが切欠。それが一番最初。それが、始まり。

イメージとしては幼稚園年長~小学校3年くらいまでの間。

最初はお約束通り「大きくなったら結婚しよう」みたいなことを言わせようと思っていたのですが、いつの間にか「ずっと側にいる」に変わっていました。


どちらにしろ実里からしてみれば陽は「嘘つき」になりますが、後半だとお互いの認識の違いなので、陽は嘘をついてはいないというか。

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