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二番目に好きなひと  作者: 悠木おみ
番外編
4/6

1.嘘ではない一瞬の表情

 視界全体を覆い尽くす透き通った青。日の光を反射して揺らめく水面にさした影を訝しく感じた実里(みのり)は、水中から顔を出した。

「……アキ?」

「よっ」

 プールサイドから軽く掛けられた声に溜息を零した実里は、そのまま水面から上がりバスタオルと共に渡された缶のプルトップを引っ掻いた。

「何?」

「わかっちゃいたけど、機嫌はよくなさそうだな……ま、当然か。叔父さんと真里(まり)さんが盛大に遣り合っていたし……ノリは嫌なことがあると、必ずここに来るな」

「水の中にいれば、何も聞こえない……何も考えなくて済むもの」

 バスタオルを頭から被り表情を上手く隠した実里は、缶の中身を半分ほど飲み干してからゆっくりと飲み口から唇を離した。

「幼馴染で腐れ縁のベストカップル。おまけに学生時代は誰もが羨むほどの恋人同士が聞いて呆れるわよね……とっとと別れちゃえば楽なのに」

「ノリ」

 咎めるような陽(アキラ)の声に、実里は酷薄に笑ってみせた。

「だって、そうでしょう? 寄ると触るとケンカばかり。私たちが繋がっているのは、たかだが紙切れ一枚の関係」

 淡々と事実を言葉にする実里は、けれどその事を自分に言い聞かせるのと同時に自分自身を傷つけていた。

 それを理解している陽は、ただ深く溜息にも似た息を吐き出した。

「やめろよ」

「なにが?」

 理解しているのか、していないのか。それを悟られたくないからなのか、実里は敢えてそれを言葉にしながら嘲笑(わら)った。

「そうやって自嘲じみた事」

「自嘲? 何それ」

「違うな……言葉での自傷行為、だな」

 その言葉に実里はあからさまに眉を寄せ、陽を睨み付けるように見据えた。

「何のことかわからないわ。私は、血を流してなんかいないもの」

「本当はわかっているんだろう? ……ノリの心は、血を流している。愛を求めて、泣いている」

 頭に引っ掛けていたバスタオルを振り払った実里は、まだ中身の残った缶を足元に置くと体から力を抜いてプールに倒れこんだ。

「ノリ!」

 人の倒れこんだ重い音と派手な水飛沫。派手な水飛沫の中で実里は陽に背を向けていた。

「……いずれ全てが無意味なものになるのなら、私は愛なんて要らない。私は、永遠なんて信じない」

 実里の言葉は、明確な“拒絶”だった。先ほどからは考えられないほどに、静かに、まるで溶けるかのように水に潜った実里を見つめながら、陽はただ溜息を吐き出した。



××××



 睨み付けるように斜め前を見据えていた実里は、不意に哀しげに顔を伏せた。無造作だったのか額に巻かれていたはずの包帯が解けて、実里の横顔を隠す。

 茫漠とした砂漠の中に置かれた崩れた遺跡に腰掛けていた実里は、解けた包帯はそのままに、両足を胸に抱え込むようにして座っていた。

「           」

 誰にも聞こえないような微かな声。まるで唇を動かしているだけの様子で何かを告げた実里は、表情を隠したまま“消えた”。





「お疲れ」

 頬に当てられた缶の冷たさに眉を寄せながら振り返った実里は、その犯人を無言のままにらみ付けた。


 クリーム色に近い茶色の長い髪、灰色にも見える紫の瞳。かつては白かったと思わせる崩壊した神殿に腰掛けて消えたのは、憂えた瞳の傷だらけの翼の無い天使。


 Heilの新曲のプロモーションビデオに出てくる少女の姿をした天使。男性四人のメンバーはその天使役に困った末、陽はその役を身近な女性―つまり従姉の実里に与えることにしたらしい。

 何も知らなかった実里は当日の朝、まだ寝ぼけていたところを陽に連れ出された。実里が混乱している間に着替えとメイクをスタッフに手早く終えさせると、セットに放り込んだというわけだった。


「……あー……機嫌、悪い?」

「……」

 騙まし討ちで連れて来たという負い目があるのか、気まずそうな表情で缶を差し出す陽に一つ溜息を吐くとそれを受け取った。

「私の出演料、缶ジュース一本じゃ済まないからね」

「あー……うん……いや、わかってるって」

 軽くねめつけながら冗談交じりに告げた言葉に、陽もそれを理解しながら視線を泳がせてから頷いた。

 付き合いのいい陽に軽く気持ちを浮上させながらも、実里は無意識のうちに溜息に吐き出していた。

「でもコレ、私じゃなくても良かったと思うけど」

「天使? ……外見だけならまぁ確かにノリだけじゃなくてもどうにかなったかもしれないけど、性格も含めたら条件はそれなりに厳しいからなぁ」

「……性格?」

 訝しげな表情を浮かべた実里に、陽はあからさまに視線を逸らしてから溜息を吐いた。

「晃……ウチのリーダーは仕事にとても真面目なので」

「……真面目」

 プルトップをカリカリ引っ掻きながらオウム返しに言葉を返した実里を見ながら、陽は缶を引き取ってふたを開けた。

 そのまま缶を実里の手に返した陽は、ちらりとセットに立つ晃(ヒカル)に視線を向けて溜息を吐いた。

「仕事が出来ないような人は無条件で却下なわけですよ」

「あぁ」

 誤魔化すかのように具体的な言葉を告げずに呟いた陽の様子に、実里はちらりと視線を向けると頷いて缶に口付けた。

 視線の先には、先ほどの実里の映像を厳しい表情でチェックしている晃の姿があった。


 Heilの中でボーカルの煉(レン)に次いで人気のあるリーダーの晃。その姿は、普段彼がメディアで見せている表情よりも厳しく、ミーハーなモデルを拒む雰囲気を十分にかもし出していた。

「……真面目ねぇ……っ」

 視線を晃に向けたまま呟いた実里は、次の瞬間、息を呑んだ。

 作り物の笑顔とは違う。映像が満足のいく出来だったのか、晃はふわりと安堵したかのような微笑を自然に浮かべていた。

「あんなふうに……笑えるんだ」

 実里の無意識のうちに零れていた言葉は陽には聞こえなかったのか、陽は首を傾げながら実里に視線を向けていた。

「ノリ?」

「うん。何でもない」

 呼ばれて我に返った実里は、目を閉じて首を横に緩く振った。ただ晃の微笑みは、実里の目に焼きついたかのように離れなかった。

実里、芸能界入り前の小話。

実里が晃を「Heilのリーダー」から「晃」個人として意識するようになった切欠。


実里は自分が認めた人(個人として意識した人)以外は、助言だろうと嫌味だろうと聞き流してしまうタイプなので、本編の晃への対応は“従弟”の陽と“親友”の希に次いで良かったりします。あれでも。

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