中編
気心の知れた大切な『従姉弟』と、半身に近い大好きな『親友』。二人と一緒にいると、頑張れた。
スケジュールをできるだけ調整して、陣中見舞いの名目で楽屋を行ったり来たりして。バタバタと慌しく、でも楽しい日々を過ごしていた。
この世界に“変わらないもの”などないと知っていたはずなのに、ずっとそんな日々が続くものだと思い込んでいた。三人で過ごす、日々が。
××××
「お疲れ様でしたーっ」
「お疲れ様~」
軽く掛けた挨拶に当たり前のように返される言葉を聞きながら、実里はスタジオを後にした。
「あれ~? のん?」
物陰を覗き込むようにひょっこりと顔を出した実里だが、想像に反してそこに希の姿はなかった。
「さき、行っちゃったのかな?」
「みのりちゃん、お疲れ様」
「あ、お疲れさまですっ」
掛けられる声に返事を返しながら、希の姿がないことに軽く首をかしげながらも実里は楽屋に向かって足を進めていた。
「何も言わずに先に行くなんて、珍しい……」
「――希」
呟くように零しながら楽屋のドアノブに触れた実里は、扉を開こうとしたところで手を止めた。
聞こえてきたのは陽の声。実里と掛け合いをしているような軽い声ではなく、真剣なその声音にさすがの実里も扉の前で硬直した。
「……って」
「出来ない……希が、泣いて……」
「っ」
ポツポツと途切れながらも零れて漏れてくる声は、実里が間違えようもなく聞きなれた希と陽のものだった。
けれど実里の知る二人の声音とは明らかに違うその声に、実里はドアノブを回すことも出来ずに、そこに立ちすくむことしか出来なかった。
どくん
シリアスな二人の雰囲気に呑まれたのか、実里は自分の心音が嫌というほど大きく聞こえた気がした。
(怖い)
二人の空気に、その雰囲気に、とっさに実里の心の中に浮かんだのは、純粋な恐怖だった。
(聞きたくない)
恐怖とともに浮かんだ言葉は、明確な拒絶だった。隠し様もないその本音に従いたいという気持ちとは裏腹に、実里の体はその場からぴくりとも動こうとはしなかった。
「陽には関係ないでしょう!?」
「オレは、希が好きだ」
決定的、だった。
陽の告白と同時に、楽屋の中では希が泣き崩れていた。たった一枚。薄い扉を隔てた実里は、希の慟哭を聞きながら、物音を立てずにその場を後にした。
××××
頬は薔薇色に染め上げられていた。緊張からか、羞恥からか、瞳は今にも涙が零れそうに潤んでいた。
何か言いづらい、けれど言いたいことがある希に気づきながら、実里は敢えてそれに触れずにいた。
希が何を言いたいのか、実里は理解していたから。
「実里、私ね……」
「例の“ホソカワくん”とでも進展があった? なんか幸せそうな表情(カオ)してる」
敢えて言う。
あの事を実里は知らない。希はそう思っている。だから実里の知りえる情報だけで聞き、希から否定の言葉を待っていた。
「……ううん。友宏(ともひろ)……細川くんとは、別れたの。でも」
「? ……いいけどさ。変な男には捕まらないでよ~? のんって恋多き女だからねぇ」
「……ぅう……そんな事は……無いとも思うんだけど」
からかう様にまぜ返した実里は、希に気づかれないように一つ息を吐き出すと一転、真剣な表情で希の双眸を見つめた。
「で、どうしたの」
「うん……あのね、陽くんと付き合うことになったの」
緊張で上気した頬、潤んだ瞳、微かに震えながらも告げられた決定的なその言葉に、実里は敢えて目を丸くした。
「アキラぁ? ってもしかしなくてもアキ? Heilの!?」
「うん」
ずきん
当たり前のように胸が刺すように痛んだ。けれど実里はそれに気づかないように、そして希に気づかれないように驚愕の表情を作ってから、希に詰め寄った。
「いや、まぁアイツならその辺のチャライやつらなんかよりは百倍はマシだろうけど、本気で良いの? まぁのんが良いなら別に私は良いけどさぁ」
「ひゃ……百倍はマシって……実里、いくら従姉弟で気の置けない関係だって言っても、それは言い過ぎ! 陽くんは素敵な人よ?」
「ははーん」
(笑え)
ズキズキと当たり前のように痛む胸とは反対に、顔には笑顔を浮かべる。心の中で自己暗示をかけながら実里は意識して口元を上げ、言葉には意味を含ませた。
「えっ……みのり!?」
実里の狙い通り、希は案の定顔を真っ赤にさせながら慌てふためき始めた。
「ちょ……まだ何もないからね!? へ、返事だってゆっくりって……」
「いいから、いいから。いいねぇ、青春だねぇ。のんもアキも売れっ子だから、下手に事務所にばれたりマスコミに暴露されたりしないように気をつけなねぇ」
「もう! からかわないでよ!」
軽口を叩きながら痛む胸を無視して、実里はこの世界で出会った半身とも言える唯一無二の相棒である希に笑ってみせた。