クロードという男
何も言わないヒマワリを見詰めて、一体どれくらいが経ったんだろうか。
いつまでもこんなことしていたって何も変わりはしないのに。それにそろそろ自分の体が限界だ。
暑いな今日。
いい加減、立ち上がろうと両膝に力を入れた時、ふいに視界が陰った。
「アブソリュート様、そろそろお茶の時間ですよ。」
俺の背後、丁度影が俺の体を包むように傘を持って立っていたのはクロードだった。
クロードはかなり背が高いから、影もその分面積を広げてくれる。
そのままの体制で見上げればこの暑い中、黒いスーツを着た端正な顔が俺を覗き込んでいるのが見えた。
「…今日のおやつは?」
「今日は木苺のタルトですよ。アブソリュート様の好きな『木の実屋』本店の。先日そちらの方に用事があったものですからついでに。」
「…ていうか、アブソリュート様なんて言うなっていつも言ってるだろ。」
「そうでした、リュー。さぁ、早くあちらに行きましょう。風通しのいい木陰がありますよ。」
俺はクロードの差し出した手をとって立ち上がった。
長いことしゃがんでいたせいか、くらりと軽い立ちくらみがしたが、これ以上情けない姿を曝すのは辛い。反射的に俺を支えようとしたクロードの腕を避けてやった。
もう大丈夫さ、俺は。
もう、大丈夫じゃないといけないんだ俺は。
太陽の熱で冬の温まったカーペットのような芝生の上、俺はヒマワリを振り返ることなく駆け出した。
「俺、結婚するんだってさ。」
リンさんが入れてくれたこの季節にピッタリの冷たい紅茶は、ほのかにレモンのような甘酸っぱさを含んでいた。
外気の暑さにあてられたカップの表面には早くも無数の水滴がついていて、俺の指先をしっとりと濡らす。
俺はそれを見詰めてクロードに数時間前に告げられたことを口にした。
言葉にすると、なんだかさらに実感が湧かない。
「リューは結婚が嫌なんですか?」
「嫌っていうかさぁ、だって一度も会ったことないんだよ?それをいきなり結婚とか言われたって、そりゃ実感湧かないってもんだろ?大体、俺は男だしそんな抵抗ないけど…相手の女性は可哀相だよ。」
「何をいまさら。相手も王族の娘として生まれたからには、自分の役割をきちんとわかっていらっしゃいますよ。自国を守るためでしょう?」
第三王位継承者である俺の結婚にはあまり意味がない。ほぼ間違いなく俺が王位を受け継ぐことなんてないし、その息子が継ぐこともほぼありえないからだ。
だから俺が結婚する目的はただひとつ。周辺諸国との同盟関係を結ぶためだ。
小国であってあまり人口も持たないこの国が他国と同等に渡っていくには交友関係を広く結ぶしかない。
政略結婚だとわかって、俺たちは国を守るために身を捧げるのだ。
「でも…やっぱり可哀相だ」
「あなたは優し過ぎますよ。」
クロードは手慣れたように少なくなった俺のグラスへ紅茶を注ぐ。
茶色く透き通った雫が、陰って黒く見えた。
「条件はあなたも同じでしょうに。…それより、明日面会でしょう。着ていく洋服はいかが致しますか?女性に逢うときはきちんとしなくては。」
紳士の嗜みですよ、と面白そうに笑うクロードは、絶対に俺の心境なんかわかっちゃいない。
俺の本心を見抜いて楽しんでやがるんだ!
赤くなった耳元が、木の影で見えなければいいのに、と思ってこの男の前では何も通用しないということに気が付いたのは、紅茶が全てなくなってからだった。