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太陽とヒマワリ

「あぁ、アブソリュート様ったら元気ないわね」


いつもよりさらに小さく見える背中に、私は誰に言うでもなく呟いていました。



主人であるアブソリュート様が彼の楽園へご帰宅してから少なくとも2時間は経っています。

その間、彼はピクリともその場を動かず一心に何かを祈っているようでした。

あの可憐なヒマワリは生前に王妃様とお二人で植えたもので、王妃様が亡くなってすぐに、まるで生まれ変わるかのように咲きはじめたものでした。だからいっそう、アブソリュート様の中であのヒマワリは特別なものに違いありません。


ですがこの真夏の炎天下、このままではお倒れになってしまうわ。


「でも…」

あの寂しそうな背中に向かって声をかけるのは、誰にとっても辛いものです。

もう少し様子を見た方がいいのかしら。


そう思ってもう2時間が経っていますが。



「僕が後で日傘を持って行くよ。リンさんはお茶を用意してくれるかな。今日は新しい紅茶が入ったんだ、特に冷やして飲むのが美味い。」


「クロード…」


いつの間に私の傍にいたのかしら。


時々彼はまるで気配を感じさせない。

そっと近付いてさりげなく相手の思考を読み、最善の行動をとる彼は、本当に使用人の鏡だわ。


多少問題はあるのだけれど。



「きっとまたあのハゲに何か言われたに違いない。あの人はそれを確かに受け止めてしまうから。」


「…クロード。何度も言うようだけれど、口には気をつけた方がいいわよ。不敬罪で捕まってもしらないんだから!」


「僕は本当のことを言ってるだけ~。」


べ、と舌を出してとぼける姿は子供みたいだけれど、クロードは私達使用人の中でも一番の古株で、アブソリュート様とまるで親友のように接してあげらられる唯一の存在。


ご兄弟と確執のあるアブソリュート様にとっては、きっととても大切な存在のはずだわ。


アブソリュート様を誰よりも理解して、傍にいてあげられるのは王妃様が亡くなってしまった今、もう彼しかいない。



ただ、口が悪いのは気をつけて欲しいものだわ。


「とにかく、リンさん頼んだよ。あ、傍に昨日買ってきた茶菓子もあるから一緒に持ってきてくれないか?きっとアブソリュート様の好きそうなものだからさ。」


「…わかりました。あ、服装はきちんとしなさいね。」


「…ははは。リンさんは母さんみたいだなぁ。」


この小さな離宮には、私とクロードを含めてあと数人しか使用人がいません。

亡き王妃様が王宮を離れる際、王宮の使用人ではなく直々に新しく私達を雇ってくださいました。


どんな小さなことでも、ご子息を王宮から離したかったのかもしれません。


ただ、クロードだけは少し事情が異なるようですが。




この国の中心都市カナの中、離宮は端の方にひっそりと建っています。もともと体の弱かった王妃様のため、都会の喧騒から離れた閉鎖的な空間になっているのです。


そんな中で王妃様は私達を本当の家族のように扱ってくださいました。彼女が微笑むと、周りの空間も暖かく花が綻ぶように温かくなりましたし、彼女が悲しむと冷たい雨が降り注ぐようにあたりは暗闇に包まれました。


いつだってこの楽園は、彼女中心で回っていたのです。

まさに彼女は太陽でした。



あぁ、なんだか思い出してしまったわ。まだ王妃様が亡くなってから一月も経っていないのね。


王妃様が静かに旅立って行ったあの瞬間が、つい昨日のように感じられる。

確かにあの瞬間、悲しみは離宮を渦巻くように漂っていたけれど、ベッドに力無く沈む彼のひとを見れば満面の笑みをたたえていたものですから、いなくなることが、まるでただ少し隣の街に行くだけのことのように感じたのよね。




『母上…』


ベッドの傍らに両膝を着き、彼女の右手を固く握り締める。

いつも優しくしっかりと頭を撫でてくれた指は、もう骨だけのように細く弱々しかった。


『…メシリア。母上はね、ちょっとの間だけいなくなるけど、あなたのことをいつも見守っているわ。』


『母上…』


『あなたいつも言っていたでしょう?私はヒマワリのようだと。ヒマワリはね、いつも太陽の方を向いているの。あなたは私の太陽だわ。だから、私はいつでもあなたを見てる。ヒマワリになって、あなたの傍にいるから。』


握る手の力は弱いけれど、その顔に浮かぶ笑みはいつもと変わらない。

その瞳は今から死を迎えるようではなく、むしろ生き生きと光を集めているようだ。


うなだれる息子に慈しみの言葉をかけると、彼女は次に二人を取り囲むようにして立っていた使用人に目を向けた。


『今までありがとう。あなたたちがいてくれたおかげで、この子も、母親としての私も、成長できたわ。私は随分と扱い難い主人だったかもしれないわね。だけど、最後に、またわがままを聞いてくれる?』



えぇ奥様。

私達使用人はそんなこと百も承知でございますわ。



私は固く目を閉じ、クロードが用意した紅茶と茶菓子を持って台所を後にした。


きっともう、いつものように笑う主が、おやつの時間だと駄々をこねている時だろうから。



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