廃病院にて
コケっぽい生臭い匂いと、流れを持たない空気の層が混在する場所というのは、決まって【社会から断絶された場所】である。
どこかのお偉いさんが何かしらの目的をもって何かを建築し、そこに多くの人が行き来するようになると、その場所は社会にとって血の通う動脈となる。人々の一人一人が血となり、資源や老廃物を行き来させ、社会という大きな概念存在を生かすための生暖かいパイプライン、とでも言えばいいのだろう。だが、形あるものはすべて壊れる。とはよく言ったように、人工的に建てられた建物は───人からしたらだが───随分長い時間をかけて錆びていく。我々は鈍感だから些細な錆には気づかない(もしくは、目の悪い大臣のように、見て見ぬふりをする‼)が、その錆がパイプラインの中に毒を入れるような事態になってしまった時、我々の中の偉い人間たちが、くだらない会議をクルクル回して、手遅れになる一歩手前でようやくそれを手放す決断を下すのだ(もちろん、手遅れになってしまう場合もたくさんある)
血の流れなくなった動脈は刹那のモラトリアムを経て、カチカチに凍りつく。そしてその大きな動脈は死んだクジラの死体のように多くの小さな生命にとっての住処となり、立派なツタや雑草を育み、その身をもって、人が自然から奪ったものを自然へ還元するのだ。
随分と神聖な場所だろう。人は一般的にそれを【廃墟】と呼ぶ。立派な名前だ。自分一人でほとんど意味を独占できる物事なんて、そう多くないだろうに。だが、この立派な名前とは裏腹に、その扱いは非常にずさんなものである。例えば、芸能人と呼ばれる種類の人間が自分には言葉に出来ない才能に恵まれているという黄金の逸話───おそらく、語り継がれることはないだろう。残念なことに───を信じすぎるがあまり廃墟内でカメラ相手に持ち前のネタを披露したり、探求心と無鉄砲さが取り柄の若人達が低俗で下劣な自尊心を満たすために───これは救いようがない───廃墟内を踏み荒らしたり、暴れまわったり、、それらのほかに、根拠のない偏見やデマ、不法投棄、人身売買など、、例を挙げればキリがない。
こんな気の狂った現実を放っておいていいのか?放任主義こそが我々にとっての唯一の正義だというのか?もしそう思うなら、私はそれを全力で反対する。断固反対だ‼嗤われたっていい。綺麗ごとでもかまわない。ただ一つ私が望むのは社会の影で咽び泣く廃墟を───ここはあえて、全てとは言わない───一人でも多く救うこと。そして、そんな綺麗ごとを果たすために私は君たちの協力をお願いしたい。簡単なことだ。君たちはある紙に自分の名前を書いて職員室に届けてくれるだけでいい。そう。【廃墟探検部】への入部届をだ‼
我々の意見に賛同する同志の入部を心よりお待ちしている。
「……ってな感じのこと書いたポスター辺りに張り出そうと思ってんだけど、どう?」
彼は微笑む
「うん。ダメやと思う。」




