第8話
side 宮崎ハジメ
今日は終業式。クリスマスイブだ。
昨夜の徹夜のせいで、意識がときどき途切れそうになる。
朝も沢田と飯を食ったはずだ。会話もしたはず。
なのに内容は、ひとつも思い出せない。
「あ」
登校中、教室へ向かう廊下で赤穂と鉢合わせた。
赤穂は僕を見つけると視線を泳がせ、迷った末にこちらを見据える。
「先輩、その……黒澤さんと、付き合ってるの?」
今日は、言いかけて言い直す癖も出なかった。
それより僕は、「黒澤さん」という名前に引っかかった。
人名だ。
そして赤穂は、それが僕の交際相手だと思っている。
察しの悪い僕でも、誰のことか分かった。
「昨日も見たんだ。先輩が黒澤さんと歩いてるとこ。別のクラスだけど、あの子、一年の間じゃ結構有名だし。すぐわかった」
赤穂の言葉は、半分しか入ってこない。
聞くべきか。聞かないべきか。――それで頭が埋まる。
否定して、やり過ごすことはできる。
でも、それが正解だとは思えなかった。
昨日、僕は小説を完成させた。
そして、その事実が僕に動けと言っている。
「あのさ、赤穂」
確かめることは一つだけだ。
赤穂が「昨日見た」と言うなら、僕らが思い浮かべている人物は同じはず。
僕にはない情報を、赤穂は持っている。
聞くなら、これだ。
「あの子の名前、教えてくれないか」
質問で返されたことが予想外だったのだろう。赤穂は「え?」と戸惑いながらも答えた。
「黒澤、サチさん、ですよね」
黒澤サチ。
――それが、沢田マリの本名。
その瞬間、校舎にチャイムが鳴り響いた。始業のベルだ。
僕はその音に便乗して言った。
「ホームルーム始まるよ」
それだけ残して、赤穂に背を向ける。
赤穂の質問には、答えないまま退いた。忘れたわけじゃない。意図的だ。
***
終業式は午前中で終わった。
式の間、椅子に座ったまま寝落ちしていたせいか、頭は妙に冴えている。
だからこそ、彼女のことを考えられる。
昼で下校になる日だ。校内には残って昼を済ませる生徒も多く、購買も開いている。
情報を拾うなら、人が散るこの時間しかない。
「ごめん、ちょっといいかな」
「? はい」
購買のビニール袋を持った男子生徒を呼び止めた。スリッパの色で一年だと分かる。
「沢田マリさんって、どこのクラスか分かる?」
怪しい質問だとは自分でも思う。
でも、仕方がない。
僕が調べなければならないのは二人。
黒澤サチと、その偽名――沢田マリ。
初対面のとき、僕は生徒手帳でその名前を見た。
なら「沢田マリ」という生徒が実在する可能性は高い。
「ああ、沢田さんですか。うちのクラスですよ」
運がいい。
そう思ったのも束の間、男子は「でも」と続けた。
「彼女、ずっと学校来てなくて。ひきこもりってやつですかね。僕もよく知らないんですよ」
「そっか、ありがとう。……もう一つだけ。黒澤サチさんは、どこのクラス?」
悪いと思いつつ聞く。
男子は嫌な顔ひとつせず答えた。
「ああ、彼女も同じクラスです。でも、同じく、ずっと休んでますね」
休み――?
一瞬そう思ったが、腑に落ちる点がいくつもあった。
僕は校内で彼女に遭遇したことが、初対面の一度きりだ。
それに僕は、いつも彼女より後に家を出ている。
男子生徒に礼を言うと、彼は「いえ」と笑って去った。
姿が消えてから、情報を頭の中で並べ直す。
沢田マリは、ずっと登校していない生徒。
偽名に使うなら、これ以上ない。
黒澤サチも、長く休んでいる。
つまり――校内で本人と鉢合わせる確率が低い。
僕は携帯を取り出し、部長にメールを打った。
事情を知っているはずの西川先輩へ。「今、会って話せないか」。
返事はすぐ来た。
件名は『わかった』。
本文は短い。
『部室にて待つ』
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