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屋上から飛び降りた幼馴染によく似た後輩が、僕の家の転がり込んできた〜自殺に至る、四つめの理由〜  作者: 秋夜紙魚


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第7話

side 宮崎ハジメ


 ノックの音がした。

 昨日と同じだ、と思ってしまう。


「どうぞ」


 返すと、沢田が顔を覗かせた。緊張していて、昨日より少し申し訳なさそうだ。

 お盆の上にはココアと、菓子が乗っている。


「……怒ってないよ」


 そう言うと、沢田は胸に手を当てて息を吐いた。

 中へ入って、机にココアと菓子を置く。


「……」

「……」


 怒っていない。けれど、話の種もない。

 僕らは黙ってココアをすすった。


「あ、あの」


 沢田が俯いたまま言う。


「今日は冷えますね」

「……確かに。どんどん寒くなってる気がする」

「お兄ちゃん、寒くないですか?」

「まあ、厚着だし」

「わたしも、これがあるから平気ですっ」


 沢田は羽織っている半纏の襟を掴んだ。黒と青の地味な配色で、明らかに男物――元は僕のだ。


 同居のとき衣服は持ってきていたが、部屋で着る防寒具まではなかった。

 家出中で取りにも戻れないらしく、サイズが合わなくなって放っていたそれを譲った。


 ……だからと言って、半纏の話だけで間は持たない。

 静けさが戻り、沢田はまた俯く。


 僕も何か言えればよかった。

 でも、器用に話題を拾える頭じゃない。


 沢田は逡巡したあと、意を決したように顔を上げた。

 急で、僕の身体が少し揺れる。


「じ、実はですね。書いてみたんです。小説。短編で、さわりだけなんですけど……読んでもらえないかなって」


 お盆の下に重ねていたらしい。沢田はA4の紙を数枚、取り出した。


 推敲を手伝ってほしいのだろう。

 そう思ったが、僕は首を捻る。


「駄目、ですか?」

「ああ、駄目じゃない。ただ……昨日も言ったけど、まずは書き上げるのを目標にしたほうがいいと思ったんだ。慣れないうちは、知識を増やして手が止まるより、一回最後まで行ったほうが経験になる」

「あ、う……」


 沢田の手が、しょんと落ちた。


「……でも、見るよ。せっかく頼ってくれたんだし」


 今度は真逆、ぱっと顔が明るくなる。

 本当に感情が分かりやすい。


 裏表がない。そういうところが――ユウカを思い出させる。

 さっきの横断歩道の一件もあって、僕の頭は勝手に沢田とユウカを結びつけていた。


「貸して」

「はいっ」


 受け取った三枚を机に広げる。


「添削しても大丈夫?」


 沢田は何度も頷いた。


 そこで一瞬、疑問が浮かぶ。

 沢田はパソコンやワープロを持っていたか。部屋では見かけなかった気がする。


 ……まあ、今は些細なことだ。

 僕は赤ペンのキャップを外し、文章に目を落とした。


 上手いか下手かより、役に立つ一言を一つでも。

 それくらいのつもりで読み始めて――そのまま、沢田の世界に沈んだ。


***


「お兄ちゃん?」


 沢田の声で我に返った。

 携帯を見る。読み始めてから、もう十分近い。


 数枚だ。とっくに読み終わっているはずだった。

 単純に、引き込まれていた。


 会話文が多く、描写はまだ拙い。途中で終わっているから読了感もない。

 でも――。


「沢田」

「はい?」


 気軽な返事。けれど僕の顔を見て、沢田の表情が曇る。

 違う。怒っているわけじゃない。僕は視線を逸らして続けた。


「この小説のプロット、ある?」

「あ、はい。……今手元にはないです」

「それに、実体験を交えて作ったので。書いてるうちに変わるかもしれなくて、とてもお見せできるものじゃ……」


 実体験。

 その言葉で、心臓が跳ねた。


 内容はこうだ。


 一人きりで寂しかった少女が、公園で兄妹に出会い、冒険に出る。姉のほうには特異な感覚があって、悪の気配を察知し、二人の手を引く。


 偶然にしては、似すぎていないか。


「どうしたんですか?」


 沢田が覗き込む。

 僕は顔を上げ、笑った。


「……なんでもない。ただ、僕が書いてた小説と設定が似てたから」

「そうなんですか!」

「うん。僕も経験談を元にしてたから、びっくりした」


 沢田は嬉しそうにする。

 考えすぎだ。確証はない。そもそも苗字も違う。


 誰でも思いつく設定だ。

「実体験」まで重なるのは気になるが、それも偶然で片づけられる。


 僕は首を振って思考を払った。

 助言を求められている。今はそれに答えるべきだ。


「まず」


 気になった箇所を赤で丸く囲んだ。


「主人公の一人称が『私』と『わたし』で混ざってる。意図がないなら、統一したほうがいい。今の登場人物は三人だろ。主人公を『わたし』、兄妹の女の子を『私』、男の子を『僕』みたいに分けると、読者がそれだけで読み易くなる」

「あー、なるほど」

「あと、台詞に少し違和感がある」

「台詞、ですか?」


 僕は頷いて、パソコンで空白の頁を開いた。

 似た意味の文を二つ打つ。


『わたしは、お姉ちゃんの双眸を見つめた』

『わたしは、お姉ちゃんの目を見つめた』


「同じ意味でも、印象が違うよね」

「……下のほうが、簡単です。ぱっと見も読みやすいです」

「そう。登場人物はまだ子どもだから、台詞は難しい言葉を避けたほうが『らしさ』が出ると思う。ただ、地の文まで全部それに寄せると作風が崩れることもある。そこは沢田が決めればいい」


 言い切って、付け足す。


「僕の言うことに固執しなくていい。気楽に書けばいいよ」


 すると沢田は静かに首を横に振った。

 そして、机の端に置いてあった緑色の冊子を手に取る。文芸部の、夏の部誌だ。


「お兄ちゃんの最新作、読みました。『オレンジ色の屋上』夕暮れの屋上で、窓越しに想い人を見つめ続ける男の子のお話。……実は想い人は、もう死んでた」


 沢田は部誌を胸に抱いて、目を閉じる。

 その仕草が、やけに優しい。


「告白のシーンが特に好きで、何度も読み返しました。なんでこんなに風情があって、美しいんだって」


 胸の奥が、針で刺されたみたいに痛い。

 息が浅くなる。


「起伏なんて、ないです。でも、この独特の雰囲気がたまらなく好きで。わたしも、こういう小説を書きたいって思えたから」


 感想をもらうこと自体は、珍しくない。

 けれど、沢田の言葉は違った。確実に急所に刺さった。


 一番触れてほしくない部分を、沢田は「一番好き」だと言った。


「現実って、動きのない物語ばかりです。でも、お兄ちゃんはそれで、すっと心に入ってくる文章を書いています。わたしも、そうなりたいです」

「あ……ありが、とう」


 声が小さくなる。顔も上げられない。


「頑張ってみます。ありがとうございました」


 沢田は入口へ向かい、ドアノブに手を掛けて止まった。

 僕は顔を上げ、その背中を見る。


 少しだけ振り向いて、沢田は言いかける。


「明日……」


 すぐに正面へ戻り、明るい声で誤魔化した。


「なんでもないです! ……おやすみなさい」


 答える間もなく、沢田は出ていった。


 明日、か。

 何を言いたかったのかは分からない。追いかけて聞く気にもなれない。


 僕は机に向き直り、息を吐いた。


 辛い。心が、破れそうだ。


 沢田が好きだと言った場面は、あの作品の一番大きな『フィクション』だ。

 体験を元にしたプロットに、願望として付け足したもの。


 拳を胸に押し当て、歯を食いしばる。

 呼吸が浅くなり、手足が震える。指先が冷える。耳鳴りと悪寒が押し寄せる。


 瞼を落とす。

 浮かんだのはユウカじゃない。今、一番近くにいる少女の素朴な笑顔だった。


 どれくらい経ったのか。

 呼吸が落ち着き、症状は引いていく。身体が戻る。


 ふと、モニタに目が行った。


 ――書ける。

 そう思った。


 メモ帳ソフトを開き、書きかけのプロットの続きを足す。

 沢田の文章のせいか、僕は自分の過去を細部まで思い出していた。あの日、あの場所、あの感情まで。


 流れるままにプロットを埋め、勢いのまま本編にも手を入れる。

 夜が更けていく。


 こうなる瞬間が、たまにある。

 今がまさにそれだった。


 僕は時間を考えず、書いて、消して、また書いた。



**************************************


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