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屋上から飛び降りた幼馴染によく似た後輩が、僕の家の転がり込んできた〜自殺に至る、四つめの理由〜  作者: 秋夜紙魚


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第5話

side 宮崎ハジメ


 時刻は二十一時を回っていた。

 夕飯の後からずっとモニタと睨めっこで、肩が固い。背伸びして天井を見上げる。


 放課後に言った通り、進捗はよくない。

 基板になるプロットが、まだ出来ていない。


 どうにも、しっくりこない。

 主人公の心情がまとまらず、指が止まる。


 目を閉じて椅子に体を預けたとき、こんこん、とノックがした。

 相手は一人しかいない。


「どうしたの?」


 返すと、少し置いてドアが開いた。

 廊下から顔を覗かせた沢田は、マグカップが二つ乗った盆を持っている。


「その、休憩に、と思って」

「ちょうどよかった。僕も今、そう思ってた」


 沢田はおずおずと入ってきて、ココアのカップを机に置いた。

 自分はベッドに腰を下ろす。


 僕の部屋は狭い。机とベッドと本棚、それに小さなテーブルくらいだ。


「小説ですか?」

「うん。プロットが進まない。冬休み明けに間に合わないし、出来てるところだけ先に書こうかな」


 ココアの温かさに息がほどける。甘さは丁度いい。

 ――もう少し濃くても、と思ったが言わなかった。


「……わたしも本は好きですけど。すごいと思います。好きだからって、書こうって、普通はならないです」


 沢田は本棚の背表紙を指でなぞりながら言う。

 ユウカは、ほとんど読書をしなかった。似ていない。分かっているのに、比べてしまう。


「読むのと書くのは別だよ。書いてるからすごい、ってことでもない」


 笑って言うと、沢田は立ち上がり、僕の横まで来た。


「見てもいいですか?」


 僕は頷いて、机に積んでいた部誌の一冊を渡す。

 沢田は立ったまま頁をめくり、小さく声を漏らした。


「……お兄ちゃん、うまいですよ」

「そうかな。自分では、まだまだだと思うけど」


 沢田は首を振る。


「わたしだったら地の文が少なくなるし、書き出しとか文末が似ちゃって、くどくなります。行動を書くのも難しくて、擬音とか擬態に頼っちゃうし……」

「それ、みんな通る。癖は出るし、読み返すほど胸焼けする」

「そうそう。自分の文章って、しつこく感じます」

「擬音も擬態も、刺さる場面はある。でも楽だから、頼りやすい」


 沢田の悩みは、壁の入口だ。

 場面の書き方はいくらでもあるのに、僕らはまだ自由に扱えない。だから型に寄ってしまう。


「……沢田、書いたことあるでしょ?」


 そう言うと、沢田は「ばれましたか」とでも言いたげに舌を出した。


「でも、一つも書き上げられてないです」

「始めるより、終わらせるほうがしんどい。まず一回、最後まで書いてみるといい。推敲は完成してからでいい」

「はい。えへへ。アドバイス、もらっちゃいました」


 沢田が笑う。

 部に誘う言葉が浮かんだが、飲み込んだ。決めるのは彼女だ。


「……お兄ちゃん、『キィボード』って書くんですね」

「え? ああ、うん」


 沢田はモニタを見て、意外そうに言う。


「『キーボード』と、何が違うんですか?」

「何も違わないよ」


 素っ頓狂な「へえ?」に、僕は笑ってしまう。

 沢田は「もうっ」と頬を膨らませた。


「ごめん。違いはない。ただ、『キー』より『キィ』のほうが、少し柔らかく感じるんだ」

「……はぁ」

「でも、小説って誤字は駄目なんですよね?」

「基本はね。ただ、これは英単語を日本語で読んでるだけだろ。大まかな発音が合ってれば、僕は許容してる」


 沢田が納得した顔をする。


「ただし、同じ作品の中で『キー』と『キィ』を意味なく混ぜるのは、マナー違反かな」

「わかりました。気をつけます」


 沢田は空になったカップを二つ抱え、部屋を出ていった。

 思い立ったらすぐ動く。その背中に、ふとユウカが重なる。


 懐かしくて、胸が痛くて。

 気づけば涙が出ていた。拭って、息をつく。


 僕はまた、キィボードに手を置いた。


 今書いている小説。プロットはまだ八割だ。

 でもタイトルだけは、ずっと決まっている。


『小さな正義の味方』


 僕とユウカの幼い頃の思い出を脚色し、今へ繋げる物語だ。


 僕は、自分でも納得できない感情を抱えている。

 一緒にいると、なぜかユウカを思い出させる少女――沢田マリ。僕は間違いなく、惹かれている。


 でも、ありえない。出会ってまだ一ヶ月だ。

 なら、勘違いなのか。


 ……多分、違う。

 僕はユウカへの気持ちを沢田に重ねている。もう叶わないものを、今そこにいる彼女へ向けているだけだ。


 だから僕は、あの日々のユウカに出来なかったことを、出来る限り沢田にしている。


 優しい言葉をかける。

 話を聞く。

 一緒に笑う。


 ユウカ本人には、もう出来ない。


 そう決めて行動しながら、それでも言い切れない自分がいる。

 だから、この小説を書き上げる必要があった。


 沢田が幼い頃のユウカを彷彿とさせるなら、あの時代の感情を掘り起こせばいい。

 ユウカへの気持ちと、沢田への気持ちを、はっきり分けたい。


 書きながら浮かぶのは、ユウカの顔ばかりだ。

 時折のぞく沢田の影には目を逸らして、僕は指を動かした。


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