第31話
side 東雲ユウカ
ハジメ君のお母さんが亡くなって、しばらくして。
彼のお父さんは転勤になった。
ハジメ君の両親は、この街で育った幼馴染だったらしい。
妻との思い出が溢れる場所で暮らして、精神的に参ってしまった、と。
でもハジメ君は、引っ越しを頑なに拒んだ。
理由は言わず、「嫌だ」の一点張り。
全部、わたしのお母さんから聞いた話だ。
あれからずっと、ハジメ君とはまともに会話ができていない。
彼が学校を休んでいるから――なんて、言い訳に過ぎない。
怖かった。
糾弾される未来が。
ハジメ君のお母さんは、事故に巻き込まれるはずじゃなかった。
未来を変えてしまったのは、わたしだ。
でも、このままじゃいけない。
そう思った。
久しぶりに登校してきたハジメ君の顔を見て、強く思った。
――助けたい。
教室中が気を遣って話しかけられない中、わたしだけが声をかけ続けた。
返ってくるのは一言、二言。そこで終わる。
それでも、空白にしたくなかった。
なし崩しに一人暮らしになったハジメ君の家にも、朝から押しかけた。
炊事も洗濯も、できることは全部やった。
お母さんもハジメ君のことを気にしていて、わたしの申し出を止めなかった。
ハジメ君も、拒みはしなかった。
決まった時間に起こしに行く。
「おはよう」
返事はない。
放課後は買い物をして、夕飯の材料を買う。
わたしの料理は、正直おいしいとは言い難い。でも、彼は残さず食べた。
夜は、会話のきっかけが欲しくて、毎日ココアを作った。
粉を多めに入れた、濃い味が好きらしい。
久しぶりに彼から会話が振られたのは、その時だった。
一日の大半を、わたしは彼のそばで過ごした。
家に帰ったら、朝に備えてすぐ寝る。
そんな生活が、一ヶ月続いた。
「……やめてくれないか」
夕食後。二人分の食器を片付けていた時、ハジメ君が言った。
やっと聞けた声なのに、望んでいた温度じゃない。
「……何を、かな」
分かっていた。
でも外れてほしくて、聞き返した。
「……こうやって、色々、世話してくれるの」
「迷惑じゃないよ。わたしがしたいから――」
「そういう意味じゃないっ」
だんっ。
拳がテーブルを叩く。
初めて見た、彼の怒り。
でも怖くなかった。悲しかった。
ハジメ君の顔は、怒りというより、泣きそうで、苦しそうだったから。
「……迷惑だったよ、ずっと。母さんが死ぬ前から、ずっとだ。未来を見て、過去に戻って……僕を連れ回して、引っ張り回して。……僕には『またか』の連続だった」
早口で、止まらない。
きっと彼は、わたしを解放したいのだ。
突き放して、自由にしてやりたいのだ。
だから、わざと傷つく言葉を並べている。
そう信じたかった。
でも、胸の奥が削れていく。
わたしは黙って聞いた。
頭を垂れたまま、やっと「でも」と口にする。
声が震えていた。
涙も溜まっていた。
「わたしはっ……ハジメ君の、そばにいたいよっ」
ただの我儘だ。
その権利がないことも、分かってる。
それでも、他に術がなかった。
一緒にいたい。その一つしか。
その日を境に、ハジメ君はわたしを家に上げなくなった。
学校で話しかけても、無視。
わたしたちの間には、もう何も残っていなかった。
遠くから見つめるだけの日々。
それでも、傍にいたい気持ちは消せなかった。
彼のためなら距離を置くべきだと分かっていたのに、できなかった。
身体が、理性より先に動く。
ハジメ君の志望していた高校は、わたしじゃ到底届かない偏差値だった。
それでも、持てる時間のすべてを勉強に注いで、後を追った。
接点が、いよいよ零になって。
二度目の春、わたしとハジメ君は同じ高校に入学していた。
わたしがこの高校を志望していたことは、たぶん彼も気づいていたはずだ。
それでも進学先を変えなかった理由に、同じ気持ちが少しでもあったんじゃないか――そう思いたかった。
転勤についていかなかったのも、もしかしたら。
そんなことも考えた。
でも現実は、違った。
入学から一年が過ぎても、接点は一度もなかった。
未来視の力は、高校生になっても続いた。
そのせいで、ひょんな理由から屋上の鍵を手に入れた。
それ以来、放課後は毎日、屋上に登った。
校門を通り過ぎていくハジメ君を探すために。
目に入ってしまえば、苦しめるだけ。
分かっているから、遠くから。
彼が校門をくぐる時間は、いつも同じくらいだった。
部活に入ったらしく、放課後一時間ほどして出てくる。
遠くから見ているだけで、嬉しかった。
わたしといた頃より、笑っていることが多かったから。
それが自己暗示だと、分かってる。
本当は、隣を歩きたいんだって。
「ねえ、本当にわたしがすきなの?」
高校二年の夏休み。
家にいると息が詰まって、わたしは学校に来ていた。
目的なんてない。
屋上で、ただ日が暮れるのを待っていた。
そこへ、不意に“彼”が来た。
スリッパの色から、一学年上の先輩だと分かる。
どこかで見た気もしたけれど、同じ高校だからだろう、と流した。
夏休み中なのに、彼は毎日屋上に来た。
会話はほとんどない。だから、どういう人かも、なぜ来るのかも分からない。
未来視の話をしたのは、気まぐれだった。
深く聞かれたら「冗談」で済ますつもりだった。
でも翌日。
彼はその話が無かったみたいに、まるで別のことを言った。
「俺、キミのこと、すきなのかもしれない」
突然の告白。
驚いたけど、胸が高鳴ることはなかった。
軽い。そう感じた。
理由なんて無い言葉に聞こえた。
だから、否定した。
否定に、本心を乗せた。
「……ノー。すきって気持ちは、もっと時間をかけて。長いスパン、一緒にいて。そうして初めて抱くものだよ。……とっても、尊いの」
長い時間一緒にいて。
長い時間、離れて。わたしはそれを知った。
「ねえ、本当にわたしがすきなの?」
「たぶんね」
その返事が、妙に腹立たしかった。
理解させたくなった。
告白と、自己紹介と。
本来ありえない順番で話が進んだ、その果てに。
わたしは、爆弾を投げた。
「ならさ。わたしと心中とか、できる?」
冗談のつもりだった。
なのに彼は頷いた。
一切迷わず、肯定した。
本当は、ここで「冗談」と言えばよかった。
それで終わった。
でも――そんな未来も、ありかもしれない。
不意に、そう思ってしまった。
きっと、わたしの心はもう、限界だった。
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