第2話
side 宮崎ハジメ
「パン、か」
食卓に並んでいたのは、こんがり焼けたトーストとハムエッグ。
小さく呟いた声を聞き取った沢田が、キッチンから振り向いた。
「はい。たまにはいいかなと思いまして」
沢田は積極的に台所に立ってくれていたが、朝にパンが出たのは初めてだ。
僕にこだわりはない。珍しいな、と思っただけ。
そもそも、沢田が来る前は菓子パンが定番だった。
窓側の席――いつもの場所に腰を下ろす。
珈琲を用意する沢田の背中を眺めた。
手際がいい。家事が得意なのは、この一ヶ月で嫌というほど分かっている。
マグカップを二つ持って、沢田が戻ってきた。
「すいません、お待たせしちゃって」
「いいや」
聞こえたかは分からない。沢田は何も言わず、カップを僕の前に置く。
そして対面の椅子に座った。そこも、いつもの位置だ。
『いただきます』
対面に座り、手を合わせ、こちらを窺いながら小さな声を出すユウカ――その姿が、一瞬よぎる。
瞬きを一度。幻は消えた。
「いただきます」
手を合わせるまではしない。それでも作ってくれた相手がいる。
礼儀として、それだけ言って箸を伸ばす。
トーストとハムエッグ。特別うまいわけじゃないが、まずくもない。
テレビの情報番組が、やたら賑やかだ。
僕らはそれをBGMに、黙って食べ進める。食事中に喋り立てるほうじゃない。
「あの、お兄ちゃん」
静けさを切ったのは、沢田だった。
「何?」
「昨日買って帰ったお菓子、美味しかったですか?」
「ああ。あのチョコレートの。結構好きかな。苦味があって、しつこくない感じ」
「ですよね。あれ新製品。また今日、買っておきますね」
「二つ買えばいいのに。昨日も一つを二人で分けたし」
「無駄遣いは駄目です」
「その割に、お菓子はいろいろ買うよね」
「潤いのない生活は、もっと駄目です。お兄ちゃん、質素すぎです」
「そう?」
「そうですよ」
ふふ、と沢田が笑う。
その軽さが、痛い。こんな会話すら、ユウカとはできなくなった時期があった――思い出して、僕は言葉を止めた。
「あの、お兄ちゃん?」
「え? ああ、いや」
沈黙を作ったのは僕だ。慌てて、話題を探す。
「そういえば、なんで『お兄ちゃん』なんだっけ?」
「それ、前にも聞きませんでした?」
「ああ。……でも、やっぱり気になってさ」
沢田は手を止め、少し俯いた。
表情は見えないが、自嘲気味に笑っている気がした。
「もうすぐ、クリスマスですね」
話題を切り替えた。質問は流された。
前に聞いた時も、答えは「何となく」だった。
聞かれたくないのだろう。無理に引きずり出す必要はない。
呼びたいように呼ばせればいい。僕の中で、そう片づけた。
「そうだね。沢田、彼氏とかいないの?」
「いないですよ」
「普通に、いそうだけど」
「あの、その……先輩はどうなんですか?」
「……いるように見える?」
そう返して、最後に残ったパンの耳を珈琲で流し込む。
沢田も食べ終えたらしく、僕の空の皿を見ると立ち上がった。
そのまま二人分の食器を持って、台所へ向かう。
「僕がするよ」
作ってもらって片付けまで、というのは忍びない。
でも沢田はいつも、同じ理由で断る。
「家事、嫌いじゃないですから」
振り向いた笑顔が、やけに可愛い。
敬語のままの距離感も、声も性格も、ユウカとは違う部分のほうが目につく。
それなのに――最近、思う。
もしかしたら、ユウカも本当は、こうだったのかもしれない、と。
僕は間違いなく、沢田マリに惹かれていた。
沢田は、『正しい時代を生きた』東雲ユウカに見えてしまう。
沢田を見ると、楽しかった頃を思い出す。
公園を走り回っていた、幼い日の記憶。ユウカが変わってしまう前のこと。
僕がこの生活を続けている理由は、贖罪だ。
最後の最後まで、東雲ユウカに何も言えなかった。何もしてやれなかった。――宮崎ハジメなりの、罪滅ぼし。
――東雲ユウカは、半年前に自殺を図った。
僕はもう、彼女に会うことができない。
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