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屋上から飛び降りた幼馴染によく似た後輩が、僕の家の転がり込んできた〜自殺に至る、四つめの理由〜  作者: 秋夜紙魚


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第28話

side 東雲ユウカ


 わたしは、この身に宿った力で、いろんな「不幸の瞬間」を見てきた。


 鳩の糞を落とされるサラリーマン。

 財布を落として青ざめる女の人。


 わたしは昔から、そういう場面が苦手だ。

 テレビでも、人が焦るところになると目をつむってしまう。


 だから現実でも、見ない。近づかない。避けてきた。

 ――でも、今は違う。


 正義の味方になる。

 そう決めたんだ。


 ハジメ君に話すと、彼は「なるほど」と頷いてくれた。

「じゃあ僕も、頑張らないとね」

 その一言が嬉しくて、わたしは浮かれていた。


「おーい!」


 後ろから、あの子の声。

 振り返ると、公園の入り口から小さな女の子が走ってきた。


 わたしも走る。

 ぶつかりそうな勢いで近づいて、手を取り合った。


「さっちゃんっ」

「お姉ちゃん!」


 さっちゃん。

 同じ小学校の、年下の子。


 ぺたんこ気味の髪と、くりくりした目。

 一つしか違わないのに、ずっと小さく見える。


 苗字にも名前にも「さ」が入っているから、さっちゃん。

 安直だけど、本人も気に入っている。


 わたしはその手を引いて、回転ジャングルジムへ走った。

 球体の遊具に飛び乗って、二人でくるくる回す。


 笑い声が、公園に響く。


 追いかけっこ。遊具のはしご。走り回る。

 さっちゃんは体力がなくて、すぐ息が上がる。


 でも、いつも笑っていた。

 それが、嬉しい。


 出会ったばかりの頃のさっちゃんは、笑うどころじゃなかった。

 同い年か疑うくらい、悲しい顔をしていたから。


 わたしと遊ぶことで笑えるようになった。

 それは、正義の味方を目指すわたしにとって、確かな手応えだった。


 十分ほど走って、わたしは水飲み場の近くで休んだ。

 息を整えて、ベンチを見る。


 さっちゃんは、ハジメ君の隣に座っていた。

 ハジメ君は本を読みながら、時々さっちゃんに笑って返す。


 ハジメ君は寡黙だけど、面倒見がいい。

 さっちゃんも懐いている。


 最近は、ハジメ君に倣って読書を始めたらしい。

 おすすめの小説を貸してもらっている、とも聞いた。


 ……いいな。

 わたしは活字が得意じゃない。


 ハジメ君といる時は、いつもわたしの遊びに付き合わせてきた。

 しかも最近は、お母さんのために自分を抑えることが増えた。


 だから余計に、ハジメ君に甘えている。

 分かっているから、今さら「ハジメ君のやりたい遊びをしよう」と言えない。


 素直にぶつかれるさっちゃんに、少しだけ嫉妬した。

 それでも――二人が仲良くしているのを見るのが、わたしは好きだった。


 わたしはハジメ君が好きなのに。

 変だな、と思う。でも本当だ。


 その時、大きな犬の鳴き声がした。

 わたしも、ベンチの二人も、びくりとする。


 公園の入り口。

 スーツ姿の大人の男の人が、大きな犬に追い回されていた。


「うわ、来るな!」


 赤い首輪。大きな体。

 シベリアンハスキーだ。この辺りでは有名な犬。


 脱走して、人を驚かせる。

 でも今まで大きな怪我人はいない――そう聞いていた。


 わたしは、ハジメ君とさっちゃんが心配になって、ベンチへ走った。

 二人とも、唖然として固まっている。


「危ない。逃げようっ」


 二人は頷いた。

 わたしはさっちゃんの手を取る。


 走ろうとして、気づく。

 ハジメ君が、犬の方を見て立ち尽くしていた。


「ハジメ君?」

「僕、大人の人呼んでくる。二人は逃げてて」


 必死な顔。

 ハジメ君は走っていった。


 わたしは、さっちゃんを引いて公園の外へ向かう。

 どこへ、なんて分からない。


 ただ、ハジメ君が行った方へ。

 すぐに、ハジメ君が大人を数人連れて戻ってくるのが見えた。


 わたしたちも、その集団に混ざって公園へ戻る。


 男の人の怒鳴り声が飛び交う。

 犬を囲む大人たち。


 パトカーのサイレン。

 二人の警察官が犬に飛びかかり、押さえつける。


 白いワゴン車が来て、犬は運び込まれて消えた。

 公園は騒々しさに包まれた。


 追われていた男の人は、右肩を噛まれていた。

 血が滲み、地面に赤黒い滴が落ちていく。


 救急車。

 男の人は運ばれていった。


 警察は人を散らし、でも、わたしたち三人を残した。

 目撃者だから、話を聞きたいらしい。


 大きな体の警察官は、表情は温和でも威圧感がある。

 わたしとさっちゃんは萎縮して、うまく話せない。


 ハジメ君が、代わりに答えてくれた。

 彼も怖そうなのに、質問にはきちんと返していた。


 最後に「不安なことは?」と聞かれて、わたしは口にした。

「あの犬、どうなるんですか?」


 警察官は苦笑して言った。


「保健所……って言っても、分からないかな。危ないからね。大丈夫。もう人に襲いかかったりしないから」


 言葉はやさしい。

 でも、胸にひっかかる。


 警察官は名前と住所を聞いて、去っていった。


「遅くならないようにね」


 その言葉で、さっちゃんが時計を見上げた。

 もうすぐ六時。


「帰らなきゃ」


 さっちゃんは慌てて公園を出ていった。

 夕暮れの公園に残ったのは、わたしとハジメ君だけ。


 ハジメ君は、ずっと黙っていた。

 神妙な顔。


「どうしたの?」


 わたしが聞くと、彼は溜息を落とした。


「なんだか、むしゃくしゃとするよ」


 ぽつり。

 そこから言葉が止まらなくなる。


「ああいう犬が保健所に行くと、殺処分されるって聞いた」

「殺処分?」

「……殺される、ってことだよ」


 さっきの「大丈夫」が、頭に刺さる。

 なるほど。確かに、むしゃくしゃする。


 わたしたちは並んでベンチに腰を下ろした。

 同じタイミングで空を見上げる。


 夕暮れ前の、まだ明るい夏空。

 流れる雲を見ていると、ハジメ君が言った。


「帰ろうか」


 彼は立ち上がっていた。

 わたしも頷いて立ち上がる。


 今のわたしたちには、できることがない。

 ――そう思った、その瞬間だった。


 瞬きをした。

 たったそれだけで、空気の質が変わった。


 気温。湿度。日差し。

 全部が、一斉にずれる。


 わたしは立ち尽くしていた。

 ベンチで本を読むハジメ君を、上から見ている。


 ――今は、『いつ』?


 日付は跨いでいない。そんな気がする。

 わたしは時計塔を見た。


 四時十分すぎ。

 学校が終わって、合流してすぐの時間だ。


「どうしたの?」


 ハジメ君が心配そうに聞く。

 答える前に、背後から声がした。


「おーい!」


 振り返る。

 笑顔で近づくさっちゃん。


 わたしは、彼女が来るのを待って、手を掴んだ。


「ふえ?」


 次に、ハジメ君の腕を掴んで立たせる。


「え?」

「二人とも、行こうっ」


 わたしは走り出した。

 相棒を二人、引き連れて。


 やらなきゃいけない。

 ハジメ君に教わって、わたしが辿り着いた道――その第一歩だ。


**************************************


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