第27話
side 東雲ユウカ
真夏の公園は、とにかく暑い。
砂場の近くなんて、立ち上る熱気で意識が持っていかれそうになる。
だからこそ、遊ぶなら水飲み場。
これが長く遊ぶコツだ。
「こんな気温で外で遊ぶとか、正気じゃないよ」
最近、ハジメ君がよく言う愚痴。
彼は勉強が得意で、いつも文字だらけの本を読んでいる。
たぶん、身体を動かす遊びは好きじゃない。
それでも、わたしに付き合って、外で遊んでくれる。
ハジメ君とは、幼稚園からずっと仲が良い。
どっちから話しかけたとか、きっかけはもう覚えてない。
趣味も気性も正反対。
でも、そんなことはどうでもいい。
ハジメ君は大人しくて理知的で、頭のいいインドア派。
わたしは勉強が壊滅で、体育だけ得意なアウトドア派。
それでも放課後は、いつも一緒だった。
昔は男子に「夫婦」とからかわれたけど、最近は言われない。
相手にしないと、つまらなくなるらしい。
周りは勝手に飽きた。
夏休み直前の今日も、公園で待ち合わせ。
わたしは一回家に寄って、荷物を置いて、書き置きを残してから来る。
ハジメ君は学校から直で公園。
わたしが来るまで、日陰のベンチで本。
いつものパターンだ。
公園の入り口から、日陰のベンチを見つける。
文庫本を開いているハジメ君がいた。
わたしは全力疾走した。
目の前まで行って、日曜朝のヒーローみたいにポーズを決める。
ハジメ君は目をぱちくりさせて、首を傾げた。
「どうしたの?」
その言葉を待ってた。
わたしは「ふふふ」と笑って、言い放つ。
「決めたよっ」
「決めたって、何を?」
「正義の味方っ」
ブイサイン。
ハジメ君は一瞬だけ呆れた顔をしたけど、すぐに苦笑した。
「どうしたの、急に?」
わたしは笑って、ハジメ君を指さす。
「わたしには未来が視えるんだって、ハジメ君が教えてくれたから」
ハジメ君は面食らった顔で驚いて、でもすぐに「そっか」と頷いた。
そして納得したみたいに、静かに笑った。
わたしは右の手のひらを差し出す。
「だからっ、ハジメ君を相棒に任命しますっ」
今度は驚かない。
ハジメ君は、ため息まじりにわたしの手を取った。
「わかったよ」
触れた手のひらが、あったかい。
わたしは強く握り返して笑った。
二人の、小さな正義の味方。
その誕生の瞬間だった。
***
東雲ユウカこと、わたしには特異な力がある。
超能力、と呼ぶしかないもの。
小学校に入ってから、数年。
ある日突然、ふとした瞬間に“過去へ飛ぶ”。
どれだけ遡るのか。いつ戻るのか。
全部ランダムで、意図して発動できない。
最初に起きた時、気づいたら夜中の布団の中だった。
だから夢だと思った。
翌日、夢で見たのと同じ出来事が続いても、最初は「変だな」くらい。
でも、同じことが何度も起きた。
はっきり自覚したのは、一年くらい前。
学校で、四時間目が終わった瞬間――授業の“始まる前”まで巻き戻った。
給食係で、わたしは給食着に着替えてた。
クラスメイトに笑われた。
時計を見ると、まだ四時間目は始まっていない。
なのに、授業内容は全部“知ってる”。
それから、この力は増えた。
一日に何度も発動する日もあるし、まったく起きない日もある。
一時間も戻らないと思ったら、今度は一日前だったり。
めちゃくちゃだ。
唯一の救いは、疲労が蓄積しないこと。
身体の状態も一緒に巻き戻る。
夕食後から夕食前に戻っても、ちゃんとお腹が空く。
でも、そんな便利さ、嬉しくない。
成長するにつれて分かった。
この力は、わたしの世界の形を変えた。
きっかけは、両親の離婚。
お父さんが、お母さんとわたしを置いて出ていく未来を“体験”した。
次に気づいたら、前日の昼。
学校の廊下に立っていた。
離婚を止められないか、必死で考えた。
でも一日でできることなんてない。
わたしができたのは、お母さんに「離婚しないで」と言うことだけ。
未来は変わらなかった。
結果が分かっていた分、ショックは小さかった。
でも、そこからだ。
この力は、まるで狙ってくるようになった。
わたしとお母さんの関係が壊れる場面ばかり、引きずり出す。
体調が悪くて早退した日。
家で、お酒を飲みながら、わたしの愚痴をぶつぶつ言うお母さんに遭遇した。
気まずい沈黙。
その瞬間、巻き戻って、学校へ戻った。
だからその日は、体調の悪さを隠して居残った。
見なくていい現実から逃げた。
別の日。
放課後、お父さんがこっそり会いに来た。
そこにお母さんが来て、二人は激しい口論。
わたしは泣いて、そして――また巻き戻った。
今度は放課後すぐ、お父さんの場所へ走った。
お父さんを連れて、ファミレスに逃げ込んだ。
わたしは、見かけだけでも、お母さんと仲良くしたかった。
本当は、お母さんにとって、わたしが疎ましい存在だと知っている。
それでも、証拠を突きつけられるのが怖くて。
わたしは逃げ回った。
三年生の頃には、もう心がボロボロだった。
そんなわたしを、ハジメ君が見抜いた。
「最近、ずっと元気ないよ」
その言葉で、全部言ってしまおうと思った。
ずっと聞いてほしかったのに、「変な奴」って思われるのが怖くて言えなかった。
でも、もう無理だった。
考える力も残っていなかった。
ハジメ君は、笑わずに最後まで聞いてくれた。
そして言った。
「僕が居るよ」
手を握られた。
胸の奥が、変に熱くなった。
「僕だけは、どんな未来でもユウカを裏切らないから」
ただの友だちだったはずなのに。
この時、初めて男の子として意識した。
きっと、前から好きだった。
気づくきっかけがなかっただけ。
皮肉にも、それを作ったのはこの能力だ。
わたしは、巻き戻るたびにハジメ君に相談するようになった。
彼はいつも、当たり前みたいに協力してくれた。
嬉しかった。
だから、甘えた。
そして、ハジメ君はわたしに言った。
それは天啓みたいだった。
「その力は過去に戻るんじゃない」
「……」
「未来を知る力なんだよ」
だからアドバンテージ。
不幸を避けるだけじゃなく、有効活用できる、と。
わたしは、その言葉に縋った。
梅雨の頃から、行動を変えた。
戻った瞬間に、お母さんが喜びそうなことをする。
安心できそうなことを、先回りで用意する。
残業で疲れて帰る日に、手料理を出す。
見たい番組のチャンネルを、先に合わせておく。
全部、小さなこと。
でも、効果はあったと思う。
前より、確かに。
わたしとお母さんの距離は、少しだけ良くなった。
全部、ハジメ君のおかげ。
やっぱり彼はすごい、って思った。
だからこそ、もっと惹かれていった。
それは自然な流れだったのかもしれない。
心が満たされていくと、欲が出る。
この力で、わたし以外も不幸から救えるんじゃないか、って。
そう考えて、たどり着いた。
――正義の味方、という存在に。
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