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屋上から飛び降りた幼馴染によく似た後輩が、僕の家の転がり込んできた〜自殺に至る、四つめの理由〜  作者: 秋夜紙魚


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第26話

side 黒澤サチ


 電車を二つ乗り継いで、四十分。

 着いたのは無人駅だった。


 市内より、ずっと閑散としている。

 駅を出てすぐ、大きな救急病院が見えた。


 県内でも屈指の規模。

 ここだ、と直感した。


 先輩に連れられて正面玄関へ。

 自動ドアをくぐった瞬間、消毒の匂いが鼻に刺さる。


 この匂い、苦手だ。

 保健室に似ている。


 受付の前にはソファが並び、どれも埋まっていた。

 お年寄りが多い。若い人も少し。


 先輩は受付を素通りした。

 わたしが慌てて追う。


「手続きは?」

「病棟でいい」


 廊下の先。エレベーター前で止まる。

 先輩が開閉ボタンを押した。


 案内板で、この病院が七階建てだと分かる。

 でも、扉がなかなか開かない。


 点滅している数字は、五階のまま。

 隣のエレベーターもあるのに、先輩は動かなかった。


 押した手前、放って行くのは違う。

 わたしたちは黙って待った。


「この場所は、」


 先輩がぽつりと言う。

 横顔は前だけを見ている。


「ユウカのお母さんから聞いた。自殺の直後に」

「……」

「僕たち、幼馴染で。お母さんは僕に良くしてくれたから、教えてくれたんだと思う」

「幼馴染……」


 その単語が、口の中で重い。


「ユウカが集中治療室にいた頃、一度だけ見舞いに来た」

「……」

「でも怖くなって、二度目は行けなかった」

「怖い?」

「うん」


 先輩は淡々と続ける。


「口から管が出てて、機械につながってて。モニタが鳴ってて。透析の機械だって説明された」

「……」

「尿を貯める袋もあって、ベッドの周りが機械だらけで」


 先輩の声が、少しだけ揺れた。


「ユウカをこんな目に合わせたのは、僕だって自覚した瞬間、逃げた」


 その時、ピンポン、と鳴った。

 扉が開く。


 先輩は言葉を切り、先に乗り込む。

 わたしも続いた。


 他に誰もいない。

 先輩はドアを閉め、五階のボタンを押す。


「少し前に、お母さんから連絡があった。一般病棟に移ったから、見舞いに来ないかって」

「……」

「僕は、はいって言った。でも脚が動かなかった」


 五階。

 「5東」「5西」の看板。


 先輩は「5東」へ向かった。

 すぐにスタッフステーションが見える。


「面会に来ました」

「患者さんのお名前は?」

「東雲ユウカです」


 看護師の表情が曇った。

「少々お待ちください」と奥へ下がる。


 数分後。戻ってきた看護師の隣に、年配の看護師がいた。


「師長の柳田です。失礼ですが、ご家族の方で?」


 優しい声なのに、圧がある。

 わたしは思わず身を縮める。


「宮崎ハジメです。家族ではありませんが、面会できるようにしてもらっていると聞いています」

「そうなの?」


 柳田さんが隣の看護師に確認する。

 看護師は歯切れが悪い。


 すると奥から、若い声。


「あ、私、知ってますよ」

「ほら、カルテの掲示板に書いてます」

「あら、ほんと」


 柳田さんが戻ってきて笑った。


「ごめんなさいね」

「ユウカちゃんは色々大変だったから、簡単に面会させられないの。身分証ある?」

「学生証と保険証が」


 先輩が差し出す。

 柳田さんは頷き、今度はわたしを見た。


 目が合って、わたしは逸らす。


「後輩です。どうしても面会したいと言って。……駄目ですか」


 柳田さんは少し考えてから言った。


「記者さんとかじゃないし、いいでしょう」


 面会は七時まで。

 帰る時はまた寄るように、と。


 案内されたのは廊下の一番奥の個室だった。

 ネームプレートに名前はない。


 でも、ここだと分かった。


 先輩は、立ち止まった。

 ドアに手をかけない。


 震えている。腕だけじゃない。身体ごと。

 息も荒い。瞬きが多すぎる。


「ごめん」


 先輩は膝を折って、その場にしゃがみこんだ。

 返事は求められていない顔だった。


 わたしは無理に引っ張らなかった。


「……一人で入ってもいいですか」


 返答はない。

 でも、小さく頷いた気がした。


 ドアを開ける。

 黄色いカーテンが目に入る。


 奥へ進むと、狭い部屋だった。

 ベッドと小さなテレビ。それだけ。


 ベッドには、上体を起こした女性。

 短い黒髪。細すぎる体。


 中学の卒業アルバムとは、印象が違う。

 でも、東雲ユウカだ。


 彼女は、わたしに気づいたのか曖昧な顔で、こちらを見た。


「誰?」


 か細い声。

 わたしは答える。


「黒澤ユキの妹です」

「……そう」


 それだけで視線を戻す。

 無関心のふりが、腹の底に刺さった。


「単刀直入に聞きます。兄が、なぜ自殺したのか。理由を教えてください」

「知らないわ」

「っ……知らないわけない。一緒に心中したんでしょ」


 わたしの声が、濁っていく。

 ユウカは、頑としてこちらを見ない。


 少しの沈黙。

 先に口を開いたのは、ユウカだった。


「……きっかけなら、知ってる」


 わたしはベッドに手をついて身を乗り出す。


「教えて」

「一緒に死のうって、わたしが誘った」


 足が抜けたみたいに、膝が床についた。

 ユウカは前を向いたまま、淡々と続ける。


「付き合ってたわけじゃない。あの日を遡って、数日前まで、名前すら知らなかった」


 他人の誘いに、兄が乗った。

 そこまで削れていたのだ。


 涙が落ちた。

 嗚咽が漏れる。


 原因はユウカじゃない。

 そこまで追い込んだ根は、わたしだ――そう理解したから。


「……わたしが死ねば、償いになる?」

「……」

「病院の窓は開きにくいけど、退院したらできるわ」


 その提案に、魅力はない。

 償うべきは、彼女じゃない。


「いいえ。貴方には、生きてて欲しい」


 我儘だ。

 でも、これが黒澤サチの最後の手向けだ。


 わたしは鞄を開け、A4の束を取り出した。

 十数枚。


 次に、制服のポケットからジッポを出す。

 マリの部屋から、持ってきてしまったもの。


 ユウカが眉をひそめる。


「それは?」

「今日、わたしがどうやってここを突き止めたか、分かります?」

「……ハジメくん」


 頷く。

 わたしは半歩ずれて、出入口を見せた。


「ドアの向こうにいます。彼」


 ユウカの指が、無意識にそちらへ向く。

 わたしは遮るように立った。


「これ、宮崎先輩が書いた小説です。貴方への気持ちが入ってる」

「……」

「先輩のパソコンからデータは削除しました。残ってるのは、これだけ」


 わたしは、ここで全部を消す。

 それが、わたしを裁く一番の罰。


 母を失って、兄を失って。

 ――最後に、最愛だった二人も失う。


 ユウカは怒る。先輩も憎む。

 それでいい。


 二人にとっての共通の敵になれば、戻れるかもしれない。

 その可能性に、わたしは縋る。


 先輩の小説の主人公は、幼馴染の女の子が好きだった。

 でも成長して、別に好きな女性ができる。


 彼は選ぶ。

 夢みたいな話だ。


 だから、わたしは消える。

 爪痕だけ残して。


 息を吐く。

 深呼吸。


 最後の未練を振り払うために、告げた。


「さようなら、お姉ちゃん」


 ――その意味に、彼女は気づいたのだろうか。


 親指がホイールを回す。

 火が生まれ、紙に移る。


 煙が上がり、火災報知器が鳴った。

 スプリンクラーが作動する。


 ドアが開き、先輩が入ってくる。

 すぐに人が集まった。


 燃える束を奪おうと、わたしを押さえつける。

 大人の手。看護師の手。


 わたしは必死に身体を捩って、守ろうとした。

 でも、無理だった。


 手のひらに残ったのは、熱と痛みだけ。

 紙はもう、原型がない。


 燃やしたのは、先輩の小説だけじゃない。

 わたしが書き進めていた小説も、一緒に焼いた。


 わたしの中のあの頃も、冒険も。

 今日、捨てた。


 それは――。

 お兄ちゃんとお姉ちゃんを、わたしの中から消す行為だった。


***


 幼いころ。

 公園のベンチで座っていたわたしに、差し出された手のひら。


 快活に笑う少女。

 物静かな少年。


 気づけば、繋いでいた二人の手。

 一分にも満たない邂逅。


 あの頃のわたしにとって、それが全てだった。


**************************************


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