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屋上から飛び降りた幼馴染によく似た後輩が、僕の家の転がり込んできた〜自殺に至る、四つめの理由〜  作者: 秋夜紙魚


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第19話

side 黒澤ユキ


 お盆の昼。

 日差しで白く焼けた教室に、俺と西川だけがいた。


 俺は入口で立ち尽くし、

 西川はいつも通り席にいて、キーボードを叩いている。


「何か、言いたげだな」

「わかるか」

「入口で突っ立ってたら、そりゃあな」


 西川はメガネのブリッジを、指で軽く押し上げた。

 動揺を隠すときの癖だ。俺だけが知ってる。


 それが妙に嬉しくて、笑ってしまう。


「変なやつだな、キミは」

「違いない」


 西川の口元が、ほんの少しだけ柔らかくなった。


「これさ」


 俺は右手の冊子を掲げる。

 真白高校文芸部、冬の部誌。


 道中、二階の廊下で拾って、そのまま持ってきた。


「そうか。どうだった?」


 西川は当然の顔で聞く。

 誰でも手に入る。俺が持ってても不思議じゃない。


 俺はページを開いた。


『公園前のアイスクリーム屋さん』


「夕暮れだけ現れるアイスの屋台。店主の少年に恋する少女――意外とメルヘンだな」

「趣味嗜好は人それぞれだ」

「ああ、そうだな」


 俺は正直に言う。


「面白かったよ。知り合いに勧められて読んだんだけどさ。……一番よかったのは、西川のだった」


 西川の顔は、少しだけ固まった。

 でも、すぐにいつもの無表情に戻る。


「わざわざ、それを言いに?」


 俺は首を横に振った。

 言いたいことは、別にある。


 なのに言葉が出ない。

 入口で突っ立ってる自分が、急に滑稽に思えた。


 西川はキーボードから手を離し、ノートPCを閉じた。

 そして、こっちを向いた。


「あのさ――」

「待て」


 俺の声を遮って、西川が呟く。


「当ててみせようか」


 西川は目を閉じ、顎に手を当てる。

 少し考えて、俺を見据えた。


「わからん」

「そうか」


 落胆が胸に沈む。

 当たるはずなんてないのに、なぜか、残念だった。


「話さないのか」


 俺は、無理やり理屈を作る。


 当てられなかった。

 だから俺も、言わない。


 ――たぶん。

 俺は西川に「さよなら」を言いたくなかっただけだ。


「ああ。……また、な。ありがとう」


 嘘の言葉を一つだけ置いて、背を向けた。

 これでいい、と自分に言い聞かせる。


「待て」


 凛とした声。

 椅子が鳴り、足音が近づく。


 振り返ると、西川はもう、ずっと近くにいた。

 迷いなく距離を詰めてくる。


「私にとっては――」


 言い終わる前に、唇が触れた。

 一瞬だった。


 脳裏を、さっき読んだ一文が横切る。


 ――不器用だけど優しい少年と、不格好で臆病な少女は、親友だった。


 西川は、どこか意地悪そうに言った。


「驚いたか? 私は案外、行動派なんだ」


 俺は何も言えなかった。

 肯定も、否定も出てこない。


 ただ俯いて、教室の時計の秒針だけが、やけに大きい。


 俺は西川に背を向けた。

 それが否定だと、自分でもわかっていたのに。


 教室を出る背中へ、西川らしくない、優しい声が追いかけてきた。


「わかっていたさ、馬鹿野郎」


***


 屋上へ続く階段を、踏みしめるように上った。

 待っているのはユウカちゃん。なのに、胸の向きだけは別の誰かのままだ。


「ん?」


 踊り場で、見知らぬ男子生徒とすれ違った。

 緑のスリッパ。二年生の色だ。


 振り返りかけて、やめた。

 屋上に用があったのか。ユウカちゃんの知り合いか。


 考えても答えは出ない。

 俺は頭を振って、残りの段を上がった。


 屋上。

 ユウカちゃんは今日も金網に指をかけ、校門の方を見ていた。

 俺が来ても、反応はない。


 俺は反対側のフェンスに背を預ける。

 膝を折ると、背中が金網を滑って、尻もちをついた。


「よお」

「こんにちは」


 俺は空を見上げたまま。

 ユウカちゃんは校庭を見下ろしたまま。


 お決まりの挨拶。

 今日で全部が終わるはずなのに、いつも通りで笑えた。


「さっきさ」

「うん」

「知らない男子生徒とすれ違った。誰か来てた?」

「わからない。少なくとも、わたしは見てないわ」

「そっか」

「うん」


 風が鳴って、雲が流れる。

 会話は細く、途切れずに続いた。


 気づけば、陽は山へ沈みかけていた。


「本当に、いいの?」


 ユウカちゃんが、いつの間にかこっちを向いていた。

 俺を見下ろす顔は、悲しげだった。


「いいよ」


 短い返事に、ユウカちゃんは目を伏せる。


「わたしは怖いだけなの。一人で死ぬ勇気がなくて、たまたま来た貴方を使ってる」


 言い訳みたいに、でも必死に続ける。


「死にたい理由だって、変えようのない現実から逃げたいだけ。必死で藻掻いてるだけ。……ただそれだけ」


 金網がガシャンと鳴った。

 俺が急に立ち上がったせいだ。


 ユウカちゃんが驚いて目を開く。

 俺は二、三歩寄って、右手を差し出した。


「それでもいい」


 ユウカちゃんは恐る恐る、手を取った。

 つないだ手を見てから、顔を上げる。


 作ったみたいに優しい笑顔。


「来て」


 引かれるまま歩いた。

 校舎の扉から一番遠い端。そこに、金網が大きく破れた穴があった。


 俺たちは、その穴をくぐって外へ出た。

 わずかな幅の上を進み、校庭が一望できる場所まで行く。


 前だけを見た。

 沈みゆく太陽を、二人で見た。


 高い場所の怖さは、手のひらの熱が消してくれていた。


「本当に、死んじゃうよ」


 念押しみたいに言われる。

 俺は答えず、手を強く握り返した。


 数秒。

 数分。

 時間だけが、落ちていく前に伸びた。


 そして、ふっと。

 合わせたわけでもないのに、二人の足が同じように前へ出た。


 その先に地面はない。

 待っている未来は、ひとつだけ。


 体が崩れる直前、手のひらに力がこもった。

 振り向くと、ユウカちゃんが泣いていた。


 泣きながら、俺の手をぎゅっと握っていた。


 ――どうして、そんな顔をする。

 俺は、キミのためになると思ったのに。


 答えはない。

 でも、ひとつだけ分かった。


 俺は、止めるべきだった。

「死にたい」に対して「一緒に死ぬ」なんて。


 それは優しさじゃない。

 愛でもない。


 やっぱり俺は、誰も愛せない出来損ないだ。

 ――ただ一人、妹を除いて。


 もう遅い。

 二人は足場を失って、落ちていく体になっていた。


 でも。


 空中で、俺は思い切りユウカちゃんの手を引いた。

 驚いた顔が一瞬見えて、次の瞬間、胸に抱き込んだ。


 小さくて、細い。

 今まで抱いてきた誰とも違う。

 儚い、としか言えなかった。


 四階建ての校舎から落ちて、生き残れる確率はどれくらいだろう。


 二人で助かって、馬鹿だったなって笑いたい。

 それが無理なら――せめて、彼女だけでも。


 俺は落ちながら、何度も祈った。


「ハジメ、くんっ」


 胸元から、震えた声。


 ああ、そうか。

 今なら分かる。


 俺はユウカちゃんに、自分を重ねていた。

 容姿も性格も違うのに、雰囲気だけが似ていた。


 特定の誰かへの負い目。

 その哀しさが、俺と同じだった。


 俺は、助けたかったんだ。

 ユウカちゃんじゃない。自分自身を。


 幼いころ、たった一言で俺を助けてくれた、名も知らぬあの子みたいに。


 不意に、意識が途切れた。

 痛いとも苦しいとも思う前に。


 電源を切られたテレビみたいに、世界がぷつりと暗転した。


**************************************


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