第17話
side 黒澤ユキ
数日、同じ日課を回していた。
朝はホテルで起きて帰宅。
冷蔵庫の残りを朝飯にして、バイトへ行く。
昼は賄い。
空いた時間は学校に寄って、西川と雑談。
そして十八時。
屋上へ上がって、あの子に会う。
数分話して、終わり。
それを繰り返して、もう何日か経った。
忙しいのに、妙に性に合う。
将来は社畜、ってやつか。
ただ、明後日からはお盆休みだ。
バイトも休み。去年みたいに、知り合いの家で腐るのか。それとも――。
「よお」
今日も十八時を少し過ぎた頃、屋上へ行く。
彼女はいた。フェンスの向こう、いつもの場所に。
「……こんにちは」
「おう、こんにちは」
根気よく挨拶してたら、返してくれるようにはなった。
でも会話は続かない。
俺が一言。
彼女が一言。
それで終わるのが、だいたいのパターンだ。
扉を閉めて、俺はフェンスと反対側に座り込む。
背中を壁に預けた。
無言。
それでも、家の電話みたいな息苦しさとは違った。
「あのさ。俺のこと、どう思う?」
意味はない。
ただ、声を出したかった。
「特に何も。……しいて言うなら、好みのタイプとは正反対」
苦笑が漏れた。
つい最近、まったく同じ言葉をアカネちゃんに言われたからだ。
笑っていると、彼女は横目で俺を見る。
小さく首を傾けた。
「いや、なんでも」
俺は肩をすくめる。
「奇遇だな。俺も、あんたの見た目、全然好みじゃない」
「……そう」
興味なさそうに、彼女は校門の方へ視線を戻した。
ここで照れたり、怒ったりしてくれたら可愛いのに。
想像して、自分でまた笑う。
「こういうのが、デジャヴってやつか」
「デジャヴ?」
今日いちばんの反応だった。
彼女がちゃんと首を動かして、こっちを向く。
前髪で瞳は見え隠れする。
でも、俺を捉えてるのは分かった。
「ああ。一度体験したみたいに感じるやつ。実際は、似た記憶がフラッシュバックしてるだけ……らしい」
俺は続ける。
「さっきの台詞さ。最近、まったく同じの聞いたんだよね」
「……デジャヴ、か」
彼女は小さく繰り返した。
それから、ゆっくり顔を上げる。
「もしね……それがデジャヴじゃなくて、未来予知だったら。貴方はどう思う?」
唐突で、荒唐無稽。
でもこれは――彼女が初めて、俺に投げた質問だった。
茶化す気は起きなかった。
俺は少し考えて、答える。
「今より、ずっと息苦しい世界だったと思う」
未来が見えても、変える力が俺にあるとは思えない。
最悪の結末なら、なおさらだ。
「……随分、ネガティブなのね」
「そうか?」
「ええ。未来が見えるなら、もっと良い未来を、って考えるのが普通よ。過去のことばかり見る人は少数派」
「未来予知で大儲け、とか?」
「俗物的だけど、そんな感じ」
「じゃあ、あんたはポジティブなんだ?」
「そう見える?」
「全然」
ほんの一瞬、彼女の口元が緩んだ。
指先だけ、触れた気がする。
「じゃあ、同じ質問を返す。あんたは未来が見えたら、どうする?」
「正義の味方になって、困ってる人を助けるわ」
「……冗談だろ。イメージ違いすぎ」
「……そうね。わたしもそう思う」
彼女は空を仰いだ。
俺もつられて見上げる。
空が赤くなっていく。
バイトまで、あと少し――そんなことを考えた時。
「わたしね」
声が落ちた。
顔を戻す。
彼女はまだ空を見たまま、ぽつりと言った。
「未来が視えるの」
その横顔が、ひどく儚く見えた。
涙が伝っているように、錯覚するほどに。
もちろん、実際は濡れてすらいない。
俺は返す言葉を失って、黙った。
彼女も黙った。
その日、俺たちが言葉を交わすことは、もうなかった。
***
『その、疲れてる?』
「え? ああ、悪い。ぼーっとしてた」
今日も、いつもの電話。
一日に一度だけ、決まってかかってくる。
どんなにあしらっても、彼女は懲りない。
家に帰ってきて、家族に顔を見せろと言う。
一番帰ってきてほしくないのは、彼女自身なのに。
……優しい子だ。
「ん、じゃあ。バイトあるから」
俺のほうから切った。
「彼女?」
ゲームに熱中していたアカネちゃんが、顔だけこちらに向けた。
「違う。身内」
「ふうん」
俺は隣に座って、コントローラーを握る。
今日もバイト終わり、アカネちゃんが待っていた。
残念ながら今日は予定がない。
前に行ったホテルに入る。
俺たちは手早くゲームを起動した。
今日のは、互いの風船を割り合う対戦。
ピコピコとボタンを押し続けて、何戦か。
一段落して、俺は画面から目を離さずに言った。
「なあ。アカネちゃんが好きなやつって、どんな人?」
「……え?」
意外そうな顔。
彼女は少し考えて、「うーん」と唸る。
「わかんない」
「わかんないって。きっかけとか、あるだろ」
「ぜんぜん」
アカネちゃんは笑って、手を振った。
「ドラマみたいな『何か』はなかった、かな。良いとこもいっぱいあるし、悪いとこもいっぱいある。でも――」
彼女は少しだけ言葉を探して、続ける。
「『ここが好き!』って一点は、わからない」
「それで、好きって言えるのか?」
「言えるでしょ」
即答だった。
「好きってだけで十分。理由なんていらない。人間の感情って、明確な理由が薄い。もしかしたら、最初から無いんだと思う」
妙に説得力があった。
理性で抑えきれない衝動を知ってるから、余計に刺さる。
「大人だな」
「馬鹿にしてる?」
「褒めてる」
アカネちゃんは首を傾げた。
「何か、あった?」
俺は頷いて、でも、と息を吐く。
もう答えは見えた。
性欲を感じない異性。
友達とも、家族とも違う。
無性に会いたくなる相手。
屋上の、あの女子生徒。
俺にとって愛すべき対象は、たった一人。
過去も未来も、ずっとそうだと思ってた。
でも――あの子なら。
そう思えた。
「アカネちゃんさ。小説家の才能あるよ」
「たはは……照れる。今、絶賛行き詰まってたとこなんだけど。ありがと、自信ついた」
「こっちこそ。もう一個だけいい?」
「ん」
「人を好きになるのに、時間って必要かな」
アカネちゃんは、静かに首を横に振った。
「おかしくないと思う。あたしの初恋も、ある意味一目惚れだったから」
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