第16話
side 黒澤ユキ
学校で月島に言われた内容は、電話の続きだった。
新しい情報はゼロ。聞き直した自分に腹が立つ。
「月島教諭の言うことを聞くのは癪だが、一理ある。もう、やめたほうがいい」
いつの間にか、横で一部始終を聞いていた西川が言った。
声はいつも通り平坦なのに、妙に急いている。
俺が黙ると、西川は真正面から目を合わせてきた。
「昨日。家族と食事をして、帰りの車の中で見た。キミが女の子と歩いているところ」
喉が詰まった。
見られたのか。あそこを。
「駅前から少し離れたあのあたりは、ホテル街だ」
言い切る。逃げ道を潰すみたいに。
「キミがそういう依存症だってことも、通院して治療していたことも、前に聞いた。……結局、功を奏さなかったことも」
西川は目を逸らさない。
「どうしても、というなら。特定の相手をつくって、きちんと場所を選んだほうがいい」
一拍。
それから、さらっと続けた。
「キミの家は四六時中家族がいる。例えば……私の家なら、両親は共働きで帰りも遅い。うってつけだと思う」
真剣な顔だった。
だから俺は、見返せなかった。
鞄を掴んで立ち上がり、そのまま教室を出た。
西川に性欲を感じないから、じゃない。
あいつは大事な友達で、壊したくないだけだ。
下駄箱まで来て、時間を確認する。
昼前。午後六時なんて、まだ遠い。
……でも、いいか。
俺は来た道を引き返して、階段を上った。
「よお」
屋上の扉は開いていた。
あの女子生徒は、この間と同じ体勢で校庭を見下ろしている。
俺が声をかけても、驚かない。
「午後六時以降ってのは、何かイベントでもあるわけ?」
「……別に」
そう呟いて、彼女は俺の横を素通りしようとした。
帰る気だ。
「待てって。俺、鍵持ってないんだよ」
彼女は、これみよがしに溜息を吐いた。
手には、古びた鍵。
――なんで持ってる。
そう思ったけど、聞かなかった。
俺は先に校舎へ入った。
別に屋上に来たいわけじゃない。……たぶん。
気づけば、俺たちは付かず離れずで下駄箱まで降り、校門まで歩いた。
そして、彼女が俺と違う方向へ曲がろうとした瞬間、俺は呼び止めた。
「なあ、聞いていいか?」
「……なに?」
声も表情も薄い。
苛立ちも喜びも、見えない。
「俺たちさ。どこかで会ったこと、あるよな?」
彼女は固まった。
次の瞬間、ぽん、と手を打って――深々と頭を下げた。
「……ナンパ? ……ごめんなさい、無理です」
「違う違う。俺にも好みのタイプあるから」
即否定した。
冗談でもなく、そういう話じゃない。
「ほんとに。記憶に引っかかってんだ。確かに会った気がする」
「……」
彼女は俺をしばらく見て、やっと小さく頷いた。
「うん」
肯定。
向こうも、同じ違和感を抱えてる。
「やっぱり」
「でも……すみません。わたしも、思い出せないです」
「そっか。引き止めて悪かった」
俺は頷いて、道を譲った。
彼女は何も言わず、歩き去っていく。
後ろ姿を見ても、何も湧かない。
それでも喉の奥に、魚の小骨みたいな違和感だけが残った。
二度目の邂逅は、それで終わった。
***
「どうしたの?」
夕方のバイトを終えて店を出ると、アカネちゃんが待っていた。
今朝、勤務先を教えたんだった。
「別に」
「釈然としない顔してる」
図星だった。俺は落ち着かない。
さっき、店長に頼んでシフトを変えてもらった。
俺はこれまで希望を出したことがない。空いてる時間に放り込まれるのが常だ。
なのに夏休みだけは、午前と午後に分けてほしいと頼み込んだ。店長はあっさり承諾した。
表向きの理由は「日中に学校へ行く用ができるかもしれないから」
でも本音は違う。
屋上のあの子が決めた「午後六時」というルールを守るためだ。
日勤フルだと、六時ちょうどに学校へ行けない。だから午後の出勤を十九時半にずらした。
「まあいいや。それよりさ、また行こうよ。あそこ、結構集中できたんだよね」
昨日と同じ誘いだと分かった。
けど今日は先約がある。
俺はスマホを取り出して見せた。
「悪い。今日は予定ある」
このあと、そういう関係の女と飯に行く約束をしている。
アカネちゃんは「残念。予定が狂ったなー」とぼやいた。
「デート?」
「ああ」
「そっか。なら仕方ないね」
本当に残念そうな声だった。
昨夜が有意義だったのは俺も認める。アカネちゃん相手だと、余計な欲が湧かなくて楽だ。
それでも今日は、欲求を満たせる方に気持ちが傾いた。
「嫉妬してる?」
冗談で言うと、彼女は目を丸くした。
「まさか。こう見えて一途なのです。キミは、あたしのタイプと真逆」
胸を張る。
一途な子が男とラブホテルに行くのか、とは口にしない。
「ま、用事あるなら引き止めても仕方ないね。ばいばい」
アカネちゃんは踵を返した。
俺も軽く手を振って、待ち合わせ場所へ向かった。
**************************************
応援コメント、レビューが励みになりますので、お時間があれば是非。
☆評価もお待ちしております!




