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屋上から飛び降りた幼馴染によく似た後輩が、僕の家の転がり込んできた〜自殺に至る、四つめの理由〜  作者: 秋夜紙魚


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第14話

side 黒澤ユキ


 今日は、いつもの安いホテルを避けた。

 例の容疑が出た場所だからだ。


 駅から少し離れた、たまに使う方へ入る。

 部屋を適当に決め、エレベーターに乗った。


 昼のこともある。周りの目は切らさない。

 ――なのに隣のアカネちゃんは、やたら楽しそうだった。


 受付、廊下、エレベーター。

 いちいちスマホで撮っている。


「楽しいの?」

「まあ」


 こっちは見ない。

 淡々としてるくせに、行動が妙に子どもっぽい。


 部屋に着いて、俺は椅子に座って一息。

 アカネちゃんはまだパシャパシャしていた。


 俺はテレビの前へ行って、下の棚を開ける。

 狙いは、暇つぶし。


「なにしてんの?」

「ファミコン」


 このホテル、全室ファミコン付きが売りだ。

 古いけど、風呂待ちにちょうどいい。


「ねね、ソフト何ある?」


 アカネちゃんが寄ってきて、手元を覗き込む。

 近い。変に意識しそうになるのを、理性で潰す。


 有名どころをいくつか床に並べた。

 彼女は真面目な顔で吟味して――


「これ」


 選んだのは、雪山を登っていく縦スクロールのやつ。

 二人プレイ可。しかもまあまあ難しい。


「やる気なんだ」

「暇つぶしに来たんでしょ」


 言い方がドライで、手つきは手慣れてる。

 ゲーム好きなんだろう。


 そこから先は、ずっとゲームだった。

 気づけば熱くなって、時間だけが飛ぶ。


 日付が変わったころ、アカネちゃんがコントローラーを放った。


「休憩」


 そう言って、浴室へ向かう。

 俺は一人で進める気になれず、そのまま床に座った。


 シャワーの音が、妙に耳に残る。

 ……正直、したい気持ちはある。


 でも、合意がないのは論外だ。

 戻ってきたら、誘ってみるか。そう思った――その時。


 昼の屋上の、あの少女が頭をよぎった。

 名前も、どこで会ったかも、思い出せないやつ。


 俺は記憶力が悪い方じゃない。

 一夜限りの相手だって、だいたい覚えてる。


 なのに、あいつだけが抜けている。

 しかも、話した確信だけが残ってる。


 バタン。


 浴室のドアが閉まる音で、俺の身体が跳ねた。

 アカネちゃんが出てきたのだと、遅れて気づいて息を吐く。


 バスローブ、みたいな派手なことはない。

 服はそのまま。髪と肌が少し湿っていて、匂いだけが甘い。


 アカネちゃんは勢いよくベッドに倒れた。

 その瞬間、俺の中の熱がすっと冷める。


 彼女はしばらく屍みたいに動かず――

 急に起き上がって、鞄を手繰り寄せた。


 黒い箱みたいな機械を取り出す。


「それ、なに?」

「ポメラ。昔、お父さんが使ってたやつ」


 小型のワープロらしい。

 寝転んだまま、カタカタとキィボードを叩き始めた。


 ゲームはもう終わり、って空気。

 俺はテレビを消して、ゲームの電源も落とす。


「何してるの?」

「んー……プロットっぽいの」

「プロット?」


 言葉だけ反芻すると、アカネちゃんが得意げな顔をした。


「ストーリーの要約。えーっと……」


 手招きされて近づく。

 画面には、短い三行が並んでいた。


 猿が木に登る。

 猿が手を滑らせる。

 猿が木から落ちる。


「……なにこれ」

「これがプロットの例。物語を動かす出来事だけ書くの。関係ない寄り道は切る」


 なるほど。言いたいことは分かった。

 誰かの受け売りなのも、分かりやすすぎて逆に分かる。


「ストーリーとは違うの?」

「ストーリーは出来事を時系列に並べたやつ。そこから重要なのだけ抜くのがプロット」


 説明は妙に上手い。

 アカネちゃんはまだ「もっと聞け」って顔をしている。


 察して、俺は乗ってやった。


「じゃあ、アカネちゃんは作ってる側?」


 待ってました、とばかりに胸を張る。


「実はあたし、いま小説書いてる」

「へえ」


 楽しそうに喋る顔を見て、羨ましいと思った。

 俺には、こういう熱がない。


「はい、これ」


 アカネちゃんが鞄から出したのは、淡い青の薄い冊子だった。

 半ば強引に手に押しつけられる。


「文芸部の部誌。前年度の冬号」


 部誌を開く。

 ぱっと見、ちゃんと本みたいに整っていて、少し驚いた。


「これ、無料配布?」

「そう。大会とかもあるし、部費ちょい出るんだって」


 へえ、と思いながら目次を見る。

 作品名と作者名がずらり。――西川の名前も、いくつかある。


 あいつ、そんなに書くのか。

 短歌だの詩だの、散文だの。器用すぎる。


 小説のページをめくった。

 タイトルが目に入る。


『公園前のアイスクリーム屋さん』


 西川のイメージと違って、妙に可愛い。

 冒頭の一文が、そのまま刺さる。


『不器用だけど優しい少年と、不格好で臆病な少女は、親友だった』


「アカネちゃんの作品は?」

「あるわけないじゃん。前年度だって言ったでしょ。入学してないし」


 じゃあ、こいつ本当に一年か。

 勝手に同い年かも、とか思ってたのがズレてた。


 読むには、視線が気になる。

 パラパラと流し見していると、アカネちゃんが頬を膨らませた。


「それ、ちゃんと読んでる?」

「見られながらは無理」


 不服そうにしつつ、アカネちゃんはポメラに戻る。

 ……戻ったのに、ちらちらこっちを見る。


 期待してるのが分かるから、俺は聞いてやった。


「おすすめ、どれ?」

「これ」


 部誌をひったくって、迷いなく開く。

 差し出されたページの題名を読む。


「シュヴァルツカッツェ?」

「ドイツ語。黒猫って意味らしいよ」


 作者名は知らない。先入観なしで読める。

 俺はそのまま読み始めた。


 主人公は、どこにでもいる黒猫。

 喧嘩みたいな闘争の只中で、いつの間にか成り上がっていく。


 血統だの正しさだのを掲げて街を支配して、

 でも次の争いで負けて、秘書であり妻でもある女と逃げる。


 名も街も捨てて、ただの黒猫に戻る。

 ――読み終えて、タイトルの意味が腹に落ちた。


 文章は軽いのに、落ちるところは落ちる。

 学生の作品にしては、普通に面白かった。


 冊子を閉じて、感想でも言おうとして――

 アカネちゃんを見る。


 寝ていた。

 小さく寝息を立てて、ベッドで丸まっている。


 苦笑して、布団を掛けてやる。

 時計を見ると、午前二時を回っていた。


 初対面は派手だと思ったのに。

 こうして寝てる顔は、ただの後輩だ。


「……ま、そりゃそうか」


 いつの間にか、俺は性欲を感じていなかった。

 そういう相手が、たまにいる。


 唯一の身内。

 西川。

 そして――目の前の、かわいい後輩。


 知れば知るほど、そういう目では見られなくなる。

 嫌いとかじゃない。ただ、対象から外れる。


 俺は電気を消して、毛布を持ってソファに横になった。

 さすがに眠気が勝つ。


 ――そういえば。

 屋上のあの子にも、俺は欲が湧かなかった。


 容姿がどうとか、そんな理由じゃない。

 じゃあ何なんだ、と考えたところで、答えは出ない。


 睡魔が来て、俺はそのまま落ちた。

 意識が切れる最後に見えたのは、過去の記憶。


 誰も拒んで、孤独を選んだ少年。

 ……自分を俯瞰して、苦笑したところで、暗くなった。


**************************************


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