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屋上から飛び降りた幼馴染によく似た後輩が、僕の家の転がり込んできた〜自殺に至る、四つめの理由〜  作者: 秋夜紙魚


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第11話

side 宮崎ハジメ


 放課後の校庭では、運動部が汗を流していた。

 終業式で昼解散だったぶん、長く走っているのだろう。


 僕は横目に見て、校門から下駄箱へ急ぐ。

 沢田マリの「ねぐら」からここまで、かなり飛ばした。脚が重い。


 下履きを脱いで上履きに替えたところで、視線に気づいて顔を上げる。

 赤穂が立っていた。


「忘れ物ですか? あたしも、ちょっと用事があって。……よかったらこのあと、どこか一緒に行きません? お腹すいちゃって」


 今すぐ黒澤に会わないといけない。

 否定する言葉を探した、その瞬間。


 赤穂が先に笑った。自嘲みたいに。


「黒澤さん、でしょ」


 言い返せない僕に、赤穂は小さく頷く。


「わかるよ。顔が、そう言ってる」


 赤穂はくるりと背を向けた。

 数歩進んでから、振り返る。距離は開いたのに、彼女なりの近さだった。


「すきです」


 笑って言う。泣きそうな顔で。

 僕の答えは、ずっと前から決まっていた。


「ごめん」


 余計な言葉は足さない。

 赤穂は笑顔のまま、泣いた。


「早く、黒澤さんのところへ行ってあげて。あたしみたいな悪い子のこと、放っておいてさ」


 僕は俯いて、その場を離れた。

 背後に視線はない。代わりに、かすかな嗚咽だけが廊下に残る。


 振り返らない。

 僕はもう、後ろを見ないと決めた。


 黒澤サチは一年四組。

 二年と階は違うが、廊下の造りも教室配置も似ている。


 校内の人影は少ない。ほとんどいない。

 四組に近づくと、声が聞こえた。


 月島。僕の担任で、進路指導の担当。

 ドアは閉まっているのに、よく響く。


 悪いと思いながら、僕は足を止めた。


「人に迷惑ばかりかけやがってっ」


 苛立った声。机に当たる音。貧乏揺すりの癖だ。

 何度も近くで聞いた。


「いいか? お前はともかく、宮崎は優秀な生徒なんだ。お前みたいなののせいで、他の生徒に問題が出たら困る」


 なぜ僕の名前が出る。

 嫌な予感が、背中を撫でた。


「お前と宮崎が一緒に歩いてるところを、一年の女子が見たんだと。この間は、一緒に宮崎の家に入っていくところも見たらしい」


 想定していた。いつかバレる、と。

 それでも、今日じゃなくてよかっただろ――そう思ってしまう。今日だけは。


「ふん。だんまり、か」


 黒澤は俯いたままらしい。

 月島の罵声だけが続く。


 飛び込みたい。

 できない。僕が弱いからだ。


 僕が飛び出したから、僕がユウカを追ったから――。

 喉の奥が苦くなる。


「まったく、兄妹そろって」


 月島の、独り言みたいな一言。

 その瞬間、黒澤が動いた。


「なっ――」


 黒澤は月島の胸倉を掴み、鬼気迫る顔で睨みつけていた。

 怒りの質が違う。今のは、地雷だった。


 丸い瞳に大粒の涙。

 僕は反射的にドアを開けていた。


 月島も黒澤も、同時に僕を見る。

 黒澤の手が、ふっと胸倉から離れた。


「……あ、あの」

「行こう」


 僕は黒澤の手を取って立たせた。

 彼女は困惑しながらも鞄を掴み、ついてくる。


「待て!」


 背後で月島が叫ぶ。歪んだ顔。汚い罵り。

 僕の中で、何かが切れた。


「うるさい!!!」


 歯がゆい。

 黒澤の笑顔は本物だった。僕にはそれが分かる。――だから許せない。


 僕は黙って教室を出て、黒澤も追ってくる。

 下駄箱まで来て、ようやく自分が彼女の手首を強く握り続けていたことに気づき、離した。


 しばらく、二人とも言葉が出ない。


「……帰り、ましょうか」


 黒澤が言う。僕は頷いた。


 靴を履いて外へ出る。

 僕は並ぶのが気恥ずかしくて、半歩だけ前を歩く。


「あ」


 黒澤の声で振り返る。

 白い結晶が、ひとつ落ちた。


「ホワイトクリスマス」


 黒澤が笑った。

「……ああ、そうか」今日はクリスマスイブだった。


 僕らは並んで空を見上げる。

 雪は綺麗で、黒澤も綺麗だった。


 昨夜、小説を書き上げた時点で、もう気づいていた。


 僕は黒澤サチのことが、すきだ。


 ユウカに抱いていたものとは違う。

 だから知りたくなるし、悪口を言われたら腹が立つ。ただ、それだけだ。


 たとえ向こうの気持ちが憎しみでも、僕のこの気持ちは嘘じゃない。


「……なあ、――黒澤、でいいかな」


 黒澤の掌に、雪がひとつ落ちる。

 彼女は驚いた顔で僕を見る。


 この一言で、僕が知ったことは伝わるはずだ。


「知ってた、んですね」

「今日、知ったよ」


 僕は小さく笑って、右手を差し出した。

 黒澤は意味が分からない顔をする。


「行こう」

「どこへですか」


 言わなくても分かるはずなのに。

 黒澤は唇を噛んで、言い直した。


「……言ってください。お兄ちゃんの――宮崎先輩の口から」


 僕は一歩近づく。黒澤は退かない。

 垂れた腕を取って、答える。


 僕ひとりでは真実に辿り着けない。

 二人が落ちるのを、ただ見ていた僕には。


 でも彼女には資格がある。権利がある。


 ユウカへの想いは消えない。

 それでも今は、目の前の少女の力になりたい。


 彼女の目的が果たされた、その時に――初めて気持ちを伝えよう。そう決めた。


「東雲ユウカのところだ。彼女はまだ、生きている」


 黒澤は驚かない。喜びも見せない。

 ただ、静かに頷いた。


 それが合図だった。

 半年を越えて、僕はようやく舞台に上がる決意を持った。


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