第9話
side 宮崎ハジメ
部室に入ると、部長は定位置で菓子パンをもそもそ食べていた。
僕に気づくと、水筒のお茶で流し込み、こちらを見る。
「どうした」
平静そのものだ。たぶん、この人はいつでもこうだ。
僕も定位置に座り、向き合った。
「沢田マリについてです」
「ふむ。聞こう」
さっき一年の男子から得た情報を出しながら、聞いた。
沢田マリは何者で、なぜ僕の家にいるのか。偽名を使う以上、事情があるのは明らかだ。
「面倒事なら、早めに手を引きたい」
立前をぶら下げる。
本心は別だが、今は考えない。
部長は少しも表情を崩さず、言った。
「そこまで知った上で聞く。キミは、彼女をどう思っている」
今、一番聞かれたくない。
同居が面倒だとか、料理が助かるとか、誰かが家にいるのが嬉しいとか。そういう一般論なら並べられる。
でも、僕が感じているのは、それじゃない。
沢田マリと一緒にいると、安心する。
数年前の僕とユウカの関係に戻ったみたいで、暗い感情なんて存在しない――そう錯覚できる。
だから僕は、意識的に求めていた。
沢田マリを通して、ユウカとの再会を。現実ではもう会えない相手だから。
「似ているんです」
「ふむ?」
正直に話そうと思った。
西川部長は親しいけれど、僕とユウカの関係を知らない。幼馴染だということも、名前すら知らないかもしれない。
だから飾らずに言える。
「僕には幼馴染がいます。誰より信頼できる相手でした。でも、ちょっとした事件があって……彼女は献身的に尽くすようになった。学校でも家でも……ただ、笑顔が本物に見えなくて。それが……耐えられなかった」
笑顔が怖かった。
あの事件は、僕らの中に傷を残した。これまで通りに接するなんて、僕にはできなかった。
それでもユウカは、以前より笑っていた。
僕はそれが見ていられなかった。
元に戻りたかった。
だから父の転勤に付いて行かず、この地に残った。ユウカのいる町に。
けれど僕の行動は、ユウカをさらに苦しめた。
見えないところでは強気に動いたくせに、顔を合わせると素直になれず、辛辣に冷たくした。
ユウカは、僕がここに残った理由を分かっていたはずだ。
それでも傍にいてくれた。
「……でも、ある日、僕は彼女をひどく拒絶しました」
気持ちを汲み取らず、言ってはいけないことまで口にした。
「それから彼女は変わりました。詳しくは省きますけど……。彼女はいつも僕の見えるところにいて、でも、それだけになりました」
中学を卒業しても、高校も同じで、クラスもずっと同じ。
でも、それだけ。作り笑いさえ、もう見られなかった。
「東雲ユウカって言います。僕の幼馴染は、半年前、自殺を図りました」
真夏のお盆の日。校舎の屋上から男女二人が落ちた事件。
僕は、その唯一の目撃者だった。
「沢田マリ……いいえ、黒澤サチ、ですか。彼女はユウカに似ています。容姿や性格じゃなくて……ただ、思い出す。彼女といると、ユウカを」
僕が黙ると、部長は続きを促さずに、静かに言った。
「つまりキミは、郷愁に似たものは感じるが、それ以上の感情はない。そういう解釈でいいのか?」
「――ええ」
「……そうか」
部長は珍しく、悲しげに視線を逸らした。
すぐに表情を戻し、ポケットから紙切れを取り出して僕に渡す。
「ほら」
受け取ると、住所と簡単な地図が書いてあった。文字は部長のものだろう。癖のない、綺麗な楷書。
「これって」
「沢田マリのねぐらだ。黒澤サチじゃない。本物のほうの、な」
僕は黙って目で追った。住所だけで場所を特定する気はない。
ただ、話し終えた直後の妙な解放感が、そうさせた。
「私よりもずっと、黒澤について詳しい人物だ」
その瞬間、予鈴が鳴った。昼休みの終わりを告げる音。
僕はその音に便乗して頭を下げ、部室を出ようとした。
「あれ」
ドアに手を掛けかけて、声が漏れる。
ドアが少し開いていた。
閉めた記憶はある。けれど急いでいたし、確信もない。
違和感はあったが、今は気にしないことにして部室を後にした。
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