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屋上から飛び降りた幼馴染によく似た後輩が、僕の家の転がり込んできた〜自殺に至る、四つめの理由〜  作者: 秋夜紙魚


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第9話

side 宮崎ハジメ


 部室に入ると、部長は定位置で菓子パンをもそもそ食べていた。

 僕に気づくと、水筒のお茶で流し込み、こちらを見る。


「どうした」


 平静そのものだ。たぶん、この人はいつでもこうだ。

 僕も定位置に座り、向き合った。


「沢田マリについてです」

「ふむ。聞こう」


 さっき一年の男子から得た情報を出しながら、聞いた。

 沢田マリは何者で、なぜ僕の家にいるのか。偽名を使う以上、事情があるのは明らかだ。


「面倒事なら、早めに手を引きたい」


 立前をぶら下げる。

 本心は別だが、今は考えない。


 部長は少しも表情を崩さず、言った。


「そこまで知った上で聞く。キミは、彼女をどう思っている」


 今、一番聞かれたくない。

 同居が面倒だとか、料理が助かるとか、誰かが家にいるのが嬉しいとか。そういう一般論なら並べられる。


 でも、僕が感じているのは、それじゃない。


 沢田マリと一緒にいると、安心する。

 数年前の僕とユウカの関係に戻ったみたいで、暗い感情なんて存在しない――そう錯覚できる。


 だから僕は、意識的に求めていた。

 沢田マリを通して、ユウカとの再会を。現実ではもう会えない相手だから。


「似ているんです」

「ふむ?」


 正直に話そうと思った。

 西川部長は親しいけれど、僕とユウカの関係を知らない。幼馴染だということも、名前すら知らないかもしれない。


 だから飾らずに言える。


「僕には幼馴染がいます。誰より信頼できる相手でした。でも、ちょっとした事件があって……彼女は献身的に尽くすようになった。学校でも家でも……ただ、笑顔が本物に見えなくて。それが……耐えられなかった」


 笑顔が怖かった。

 あの事件は、僕らの中に傷を残した。これまで通りに接するなんて、僕にはできなかった。


 それでもユウカは、以前より笑っていた。

 僕はそれが見ていられなかった。


 元に戻りたかった。

 だから父の転勤に付いて行かず、この地に残った。ユウカのいる町に。


 けれど僕の行動は、ユウカをさらに苦しめた。

 見えないところでは強気に動いたくせに、顔を合わせると素直になれず、辛辣に冷たくした。


 ユウカは、僕がここに残った理由を分かっていたはずだ。

 それでも傍にいてくれた。


「……でも、ある日、僕は彼女をひどく拒絶しました」


 気持ちを汲み取らず、言ってはいけないことまで口にした。


「それから彼女は変わりました。詳しくは省きますけど……。彼女はいつも僕の見えるところにいて、でも、それだけになりました」


 中学を卒業しても、高校も同じで、クラスもずっと同じ。

 でも、それだけ。作り笑いさえ、もう見られなかった。


「東雲ユウカって言います。僕の幼馴染は、半年前、自殺を図りました」


 真夏のお盆の日。校舎の屋上から男女二人が落ちた事件。

 僕は、その唯一の目撃者だった。


「沢田マリ……いいえ、黒澤サチ、ですか。彼女はユウカに似ています。容姿や性格じゃなくて……ただ、思い出す。彼女といると、ユウカを」


 僕が黙ると、部長は続きを促さずに、静かに言った。


「つまりキミは、郷愁に似たものは感じるが、それ以上の感情はない。そういう解釈でいいのか?」

「――ええ」

「……そうか」


 部長は珍しく、悲しげに視線を逸らした。

 すぐに表情を戻し、ポケットから紙切れを取り出して僕に渡す。


「ほら」


 受け取ると、住所と簡単な地図が書いてあった。文字は部長のものだろう。癖のない、綺麗な楷書。


「これって」

「沢田マリのねぐらだ。黒澤サチじゃない。本物のほうの、な」


 僕は黙って目で追った。住所だけで場所を特定する気はない。

 ただ、話し終えた直後の妙な解放感が、そうさせた。


「私よりもずっと、黒澤について詳しい人物だ」


 その瞬間、予鈴が鳴った。昼休みの終わりを告げる音。

 僕はその音に便乗して頭を下げ、部室を出ようとした。


「あれ」


 ドアに手を掛けかけて、声が漏れる。

 ドアが少し開いていた。


 閉めた記憶はある。けれど急いでいたし、確信もない。

 違和感はあったが、今は気にしないことにして部室を後にした。



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