遠雷
13話です。
あの騒動の後、街の住民たちは何事もなかったかのように日常へ戻っていた。
人が一人焼死したことを理解しながらも、笑顔を振る舞い、生活を続けている。
その不気味さと気持ち悪さのせいで、頭がおかしくなりそうだった。
胃液がこみ上げ、身体が限界に近いことが分かる。
私は急いで、この街から出た。
「ッ!カンナ!大丈夫か!?」
戻ってきた私を見て、マギアが支える。
「大丈夫……ちょっとだけ休ませて……」
呼吸を整え、身体を正常な状態へ戻す。
そうしなければ、狂ってしまいそうだった。
「……いいか……」
「うん……もう大丈夫……」
「何を見たんだ……」
「……街は至って正常だった……人が……炎帝のヒューマを見た……人が死んだのに気にしていなかった……」
「炎帝の……ヒューマか……これが“正常”になってしまっているのだな……」
「一つ、昔話をしてもいいか……」
「大丈夫だけど……」
「俺は炎帝と戦ったことがある……正確には……蹂躙だったがな……」
「炎帝の炎は俺たちの逃げ場を一つも作らなかった……一人、また一人と焼き殺されていった……俺はそこから逃げることしかできなかった……」
「その時に思い知ったんだ……ある噂を」
「噂って……」
「その噂は『ヒューマを究めた者は“神”と呼ばれる』という内容だった」
「奴が『炎神』と呼ばれていたのは聞いていたが……あの時の奴は想像以上だった……俺たちにできるのは……殺されないよう祈ることだけだった……」
人を超えた者が“神”になる。
ヒューマを究めれば、神になるか……皮肉な言葉だ。
「すまないな……こんな暗い話をしてしまって……」
「いいよ……そうだ、他にもそんな“神”はいるの?」
マギアは少し考えるように視線を落とした。
「神か……確か、水龍は『水神』と呼ばれ、炎帝と同程度の力を持つと聞く……あとは雷雲か……いや……既に『雷神』か……」
「水神は炎帝と敵対関係にあるが……雷雲は炎帝の直参の幹部だ」
「あんな奴が他にも……」
炎帝の力が強大であることを、改めて思い知らされた。
「……よし……ノーシティに戻ろうか……カンナも疲れているだろ……」
「暗いね……あっちの方……雨でも降るのかな……」
「そうかもな……早く帰ろう……さあ、乗ってくれ」
マギアとカンナはセントラルタウンを後にした。
――炎帝の私室――
炎帝はセントラルタウンの全てを牛耳っている。
しかし彼の部屋には、必要なものしか揃っていない。
「炎帝様……見事な演説でした……私、美園、感動いたしました」
「そうか……水を持ってきてくれ……」
「かしこまりました……」
秘書が退室する。
炎帝は椅子に服を掛けた。
隠れていた肌には、軽い火傷が残っている。
コンコン、とノックの音。
「炎帝様、ご所望の品です」
「助かる……君は……私の思想に賛同してくれているのだな……」
「……ええ。この美園、炎帝様の志にお仕えする一心です」
「……ノーシティと呼ばれる場所を、ヒューマでなくそうと考えている……あそこは膿だ……膿は取り除かねばならない……」
「膿が消えれば……あとは水龍を殺すだけ……そうすれば……この街だけでなく、社会も安定する」
「素晴らしいお考えです。誰が参加するのですか? その、ノーシティを消すのに」
「雷雲を使おうと思っている……」
「『雷神』様ですか! あの方は貴方様の後継者としても話題ですね!」
炎帝は遠くの黒い空を見て言った。
「雷雲、奴は器ではない。ただのヒューマだ……」
炎帝の視線の先、山に暗雲が立ち込める。
――ドゴォオン――
「へっへっへ! 見たか? 俺様の一撃を! あの大木を真っ二つだ!」
「さすがです!」「素晴らしいヒューマ能力!」「いよっ! 雷雲様!」
その時、空気が変わった。
周囲の視線は、雷雲の名を呼んだ者に集まる。
「てめぇ! 俺様のことは『雷神』って呼べって言ったよな!!」
その者は顔を青ざめさせ、地に伏せた。
「申し訳ございません!!」
しかし、雷雲の表情は憤怒に染まっている。
「許せねえよな!! 死ねっ!!」
雷雲が手をかざすと、上空に暗雲が形成された。
その者を残し、周囲は離れていく。
雲が育ち、閃光が走る。
――ドゴォオン!!――
雷は光の線を描き、部下の身体を沿うように落ちた。
「うぎゃあああ……あ……あうう……」
不幸中の幸いか、即死は免れた。
しかしそれは、余計な苦しみを与えただけだった。
誰も近づかない。
触れれば、次は自分が撃たれる。
やがて、その身体は痙攣を止めた。
「見たか? 俺様の雷撃!! へっへっへ……俺様は水龍にも劣らない……なぜなら炎帝に選ばれたヒューマだからな!!」
「そのとおりです!」「参りましょう!」
「そうだな!! 最後に一発だけ落として帰るか!!」
――ドゴォオン――
「遠くで雷が鳴っているな……」
「そうだね……かなり遠い……」
カンナたちは既にノーシティへ戻っていた。
「マギア……私……今、炎帝を倒したいって……思っている」
マギアは一瞬驚き、そして静かに言った。
「……正直に言うと……その考えには賛同できない……奴に挑むということは……命を無駄にしてもいいということだ」
「それでも……私は……誰かを虐げてできている世界は許せない……この気持ちが何なのかは分からない……でも……私は私の気持ちに嘘をつきたくない」
マギアはゆっくりと、その言葉を咀嚼した。
「……そうだな……俺もだ……こんな世界は変えたい……協力してくれ、カンナ」
「うん」
私の中にあったのは、正義心や反逆心ではないと思う。
その正体が分かるのは、もっと後のことだ。
だが、この選択は間違いではない。
「私は」
「俺は」
「炎帝を倒す」
帰り路もマギアがカンナをおぶって帰りました。




