22 対面3
梓玥に連れて帰られた新たな居住の地は、八階建てのマンションの八階、3LDKの部屋三室分を改装して一室にした部屋だった。
大学からは徒歩五分以内だし、近隣にはコンビニもあるし、与えられた部屋は二十畳もある。まるでリビングだ。家具などはすでに整えられていたが、古代大陸とアジアエスニックが混ざったテイストの広いベッドやルームライト、家具はすぐに気に入った。
とはいえ、色々と聞かねばならないことはある。
一通りの荷解きを終えた後、部屋よりずっと広いリビングに構えられたソファに座った。斜向かいに座った梓玥が、コーヒーで満たしたマグカップを置いてくれる。
「教えてほしいことがたくさんあるんですけど……」
「もう少し言葉を崩してくれるなら」
思い切って口を開いたのに、思いがけない要求だ。面食らいつつ、要求通りにした。
「…………教えてほしいことがたくさんあるんだけど」
「うん」
口調をラフにしたほうが機嫌がいいなんて、どういうことだろう。
「この前の……水落鬼の時、なんでオレに狐神の特徴が出たのか。みんなの注目が突然オレから逸れたのはどうしてか。入学してきた時にオレに興味があるって言ってたけど、それはどうしてか。あと、なんでオレと同居したかったのかと、懸念事項って何なのか」
「……君から注目が逸れたのは、私が目眩ましと記憶を操作する術を使ったから。その他の回答は、ほぼひとつに集約される」
「というと?」
「君はヒトだが、本性は別にある。君の父母や土御門、狐神はそれを知っていたから、君がまだ胎児の時に本性を封印した」
どくん、と鼓動が跳ねる。
「本性……って……?」
「かつて狐神の公主と竜王の間に生まれた九尾の狐。それが君の本性」
「え……えええええ……?」
唐突、かつ予想外のことを言われると思考が止まると知った。
(いや知りたかったけど……狐神、と、竜?)
狐と竜のハーフ。異種神族同士の結婚は、血を重んじる神族にとっては珍しいものだ。
「君は術力や妖力など、ただの狐神や竜神より遙かに上回っていたが、一番の問題は、魅了にあった」
「魅了?」
「君の母君である狐も九尾だったそうだから、母君の力を濃く受け継いだのだろう。九尾はただの狐神よりずっと強い力を持つ。そして、生まれつき魅了の力も持つことが多い。君もその例に漏れずだった。そのせいで君や母君は望むと望まざるとに関わらず見る者を惑わせる力が強く、意に沿わぬ争いを生んでいた。たいていの者は術から身を守れない」
梓玥は嘘をついていない。
直感で理解した。だから瀧はかつてそんな力を持っていたのだろうと納得するしかない。
「だから比較的温厚で基礎能力が高く、魅了されにくい竜神の土地にあった森の中で、父君と母君による結界の中、母君と暮らしていた。……母君は若くして亡くなられたそうだから、その後はひとりで住んでいた」
「…………何か……知ってる気がする……」
「それはそのはず。君は、その時のことを夢という形で見ている」
「……あ! あの、森の……」
既視感のある設定だと思ったら、昔から見ていた夢は現実だったということか。
(つまり、覚えてないはずの記憶……ってことになる……?)
「それから、君の黒狐のシロは、式神ではない。君自身の力が漏れ出たもの」
「シロが? オレの?」
「ヒトや倭国、大陸の竜神や狐神の封印では御しきれなかったということ。だから君には常に監視があった。封印された後でもだ。式神や、ヒトという形で」
「えっ!? 見張られてたってこと?! ずっと!?」
「そう。式神は目障りだったから祓ってしまったが……ヒトのほうは、君に情もあるようだからそのままにしてある」
「…………」
情がなかったらどうしていたのかと思うと空恐ろしいものがある。気付かなかったことにしよう。
「……梓玥サンは、いつオレが狐だって気付いたんだ?」
「最初は、シロが気になった」
「シロ?」
「お使いの狐にしては能力がありすぎるから。私を見ても臆さず助けを求めてきたのも。……それから、君たちを宿へ泊めた夜。夢の話をしてもらっただろう?」
「うん」
「私の記憶と合致していたから、本人ではないかと睨んで色々調べさせてもらっていた。……確信はやはり、プールでの出来事」
「水落鬼の……」
「そう。あの時、九尾の姿になった君を見て、やはりそうかと思った。だから君の実家にも行った」
「……ん? ちょっと待って。梓玥サンと狐だったオレって、面識あるってこと?」
「……ずっと探していた。会いたかった。……会えて、嬉しい」
微笑んだ梓玥は苦しげに見えた。そうして瀧は悟る。今、梓玥が会いたかったのは自分ではなく狐の――いわば前世の自分だっただろうことに。
「君は今、ヒトという殻に閉じ込められている状態だ。……君が望めば、狐の時の記憶も引き出せる」
望まなければしない。
(……優しいな)
選択肢を与えてくれるのは優しいと思う。上位神族なら、瀧が今はヒトであることを建前に、強引に記憶封印を解除させることもできるからだ。
梓月はそうしない。
「まだ、……今はよくわからない。だから、待ってほしい」
「わかった」
頷いた梓玥の頬に髪がかかる。落とされた影すら繊細で、もしかしたら梓玥もこの告白には緊張したのかもしれないと思えた。
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