21 対面2
「黎梓玥だ。どうか頭を上げて……あまり、そう改まらないでほしい。瀧たちにもそう接しているし、そうしてほしいと伝えてある」
「いえ。神族の方にご来訪いただけたことは我が家にとっても限りない栄誉。失礼のないようにするのは当然のことです」
父のこんな固い声は初めて聞く。そういえば自分も梓玥と出会った時はこうだった、と思い出された。もう懐かしさすらある。
「壬司家は冬璋……敖冬璋が水津耶どのと馴染みがあると聞いている。あまり恐縮しないでほしい」
水津耶は長男だ。冬璋の名を挙げられると、水津耶はほんのわずか、微妙な顔をした。あれは多分「馴染みがあると言いきっていいのかはわからないが、反論はできない」顔だ。
そうして梓玥は唐突に身分を明かす。
「あなたたちが推察している通り、この身は竜神族ではある。……だがこの国の者ではない。縁はあるが」
「…………っ」
この国の者ではない竜神族。
つまり、大陸の竜神族ということで――日本の竜神族の源流、いわば本家だ。倭国の竜神族より格上となる。
これは梓玥の竜神族での地位がどうあれ、今現在この国で一番尊い身ということ。いや、倭国にだって神様はいるから、正確には高天原の頂点と同じくらいかもしれない。だからといってそれが救いになるわけではないが。
(嘘だろう……)
思わず喉まで出かかった。
どうして大陸の、本家の竜がわざわざ分家筋の国に来ているのだ。
「継承権とは無縁の身だ。かしこまるほどではない」
縁のある身がこの国に、目の前にいてたまるものか。やはり歯の裏まで出かかった言葉をなんとか抑え込んだ。
「……そのような御方が、何故我が家に」
この場の全員に浮かんだ問いを発したのは当主である父だ。普段冷静で鳴らしている父だが、言葉が上擦っている。遙か雲上の竜の来訪には到底冷静ではいられないらしい。父親の人間らしい一面を見て、なんとなくホッとした。
「当主どのが、ある程度は我が身のことを調べていることは把握していた。不安に思わせていたならすまない」
完全に脂汗が流れている父は、すっかり座布団から下りて平身低頭していた。一家全員がそうしているものだから、瀧も形ばかりそうしておく。
「いえ、謝罪など……恐れ多いことです。私めのほうこそ、御身を調べるなど……」
「疑問は調べるのが普通だろう。構わない。まあ……結果は芳しくなかったと思うが、腕は良かった」
「お、恐れ入ります……」
梓玥の言葉や態度が鷹揚なのは、育ちが良すぎるせいだろうか。
そうして『結果が芳しくない』とは、つまり父は梓玥の正体には行き着かなかったということなのだろう。察するに、式神や人を使って調べさせたが、大陸の神族のことだから陰陽師家でも真相には踏み込めなかったというところか。
(神族は陰陽師より格上だもんな……)
術が使える点で、ある程度の獣人族よりは格上だが、神族には劣る。まして格が何段も上の方のこととなれば、当然わかるはずもない。
「……本題に入る」
梓玥のたったの一言で、空気がぴりと緊張を取り戻す。
「回りくどい言い方は止す。……当主。瀧を私に預けてはくれないだろうか」
「えっ……」
今度こそ声が出た。咎められなかったのは、身内が大なり小なり声を上げたからだ。
「瀧を?!」
全員の視線が突き刺さる。「何故」という視線が突き刺さるのがわかるが、その理由は瀧のほうこそ知りたかった。
「ここにおります水津耶と海青も、親の目からは出来の良い子たちですが……」
「瀧が良い。何も陰陽師としての出来で選んでいるわけではないし、兄ふたりが劣っているとも思わない。私の個人的な事情だ。見返りが欲しければ言いつけてくれればよい。それとも……何か問題が?」
ほんのわずか声が低くなっただけで、父はほとんど土下座する。上位神族の気を害してどうなったか、先例は枚挙にいとまがない。同じ轍を踏むことは避けたいに違いなかった。
「問題、というより、懸念はございます」
「承知している。その問題に関しては、土御門にも大陸の狐神にも話は通してある。倭国の狐神も理解していよう。……少しばかり時間はかかったが」
梓玥が吐いた息は、ほんのわずか溜息のように感じられた。
(……? なんで土御門や狐神が出てくるんだ?)
懸念とやらに関係があるのだろうが、梓玥が気にしていないというより、気にしないように根回しをするほどのこと、という事実のほうが気になった。
(オレのことで倭国第一の陰陽師家と上位神族が絡むなんて……)
瀧がこの場で発言をする権利は、きっとないだろう。後でこっそり梓玥に聞いたら教えてくれるだろうか。
「いえ、何も問題はありません」
「よろしい。ならば本日連れ帰る」
「今日?!」
さすがにまた思わず声が出た。
「瀧!」
「っ、すみません」
父親に制され、反射的に謝り、頭を下げる。
「善は急げというだろう。深嘉之どの、晴実どの。感謝する。……この件に関して、余人の関与を許さない」
最後の冷ややかとも受け取れる言葉に、瀧以外の全員が頭を畳に擦りつけんばかりに平服した。




