19 夢2
「あなたをそこから出したい」
久しぶりにやってきた子どもは、頭に二本の角を生やしていた。形状から、どうやら竜の子だったとわかる。まだ角を隠す術は習っていないらしい。
子どもの目は真剣そのものだ。けれど話を合わせて頷くには、瀧の立場は悪すぎた。
「……止めたほうがいい。それに、オレはここにいるままでも不便を感じない」
瀧はといえば、耳も尾も隠す気がないから出しっぱなしの狐のまま。ただ、尾はひとつだけではないらしいことだけは夢の中の感覚でもわかる。まるでプールの時のようだ。
夢の中の自分の体だが、体そのものの意志は瀧のものではないらしい。言葉など、自分が言いそうだなと思うようなことは言うのだが、瀧が発しているわけではなかった。誰かの体に憑依しているような感じだろうか。
本当は少し淋しいと思っている気持ちはわかるのだけれど。
「……私は、そこに入れませんか」
「無理だ。誰も入れない」
嘘。
本当は、入ることはできる。ただ、この家は「中にいる者を外に出さない」術にかかっている。だから、入ったが最後、一生出られなくなるのは間違いない。
種族違いの若様をこんなところに閉じ込めたとは――わかったら、きっとそれが取引材料だと思われるだろうし、彼も狐に惑わされたなどという噂が立てば、国の中でも立場が危うくなることもあるはずだ。
未来ある若者のこれからに、泥を付ける真似は止めておきたい。そんな気持ちが湧く。
「ほら。お城に帰るといい。またお付きの連中が青い顔をしておまえを探すよ」
「……いやだ」
「こら。子どもは大人の言うことを聞くものだろう」
「いやだ」
いつもならいくつかのやりとりをすれば、おとなしく家――おそらく竜城――へ帰る子どもだった。けれど今日はどうしたことか、頑是無い。
「一体どうしたんだ、いつもはいい子なのに」
「あなたを連れて帰りたい」
「……それは止めたほうがいい」
「どうして」
「オレのためにも、おまえのためにもならない」
この子どもはきっと将来有望な竜だろう。だから多少護衛を撒いたところで目こぼしされているのだろうと思う。
けれどその相手が自分となれば、話は別だ。
「オレはただそこにいるだけで周囲に混乱をもたらす。おまえは子どもだからまだ大丈夫なんだろうけど……でも、おまえが何度もオレのところに来ていること自体が、オレの影響がおまえに及んでいると思われるだろうし……あながち間違っていないんじゃないかとも思う」
「関係ない」
そう言い切れるのは、まだこの子が幼いからだろう。周囲の竜はそう見ない。
「嫌だ。あなたといたい」
「困ったな……」
瀧がこの家から出られない理由はまだあるのだが、それを言おうとしても禁言術がかけられているから告げることもできない。
悩みつつ、窓から身を乗り出す。頭を撫でてやると、艶やかな髪の一房を手に取って口付けた。
「いい子だから。おまえが悪い子になったら、嘆き悲しむ竜も多いだろう? オレはここで暮らすよ」
もう一度頭を撫でると、手を取られてしまった。
「……絶対に、あなたを連れ出す」
力強く言い切ると、瀧の指先に口付けをくれる。まるで何かの決意表明だ。
けれどこればかりは期待するとも待っているとも言えない。
「…………困った子だ」
微笑むと、彼の柔らかな頬を撫でた。




