16 水落鬼3
「香山もオレたちも、怪異が何かっていうのもだけど、怪異を起こす理由も知りたいと思ってるから、できればいきなり消滅させるのはナシでお願いしたいんですけど……」
たぶん梓玥にとっては怪異を発見次第で消すほうが楽だろう。けれど、一般人である瀧たちにとっては、理由がわからないまま事件が解決するのはモヤモヤしてしまうではないか!
それにプール自体に何か問題があるなら、それが改装などでなんとかできることなら、類似の事件が起こらないように解決できるのが一番だ。
「……わかった」
何か言いたいような雰囲気も感じたが、結局は頷いてくれたからホッとする。彼が嫌だと言えば、当然この話はなかったことになるからだ。
(オカ研入る時に保証してくれたから、大丈夫だろうとは思ったけど……よかった)
彼の豪邸に世話になった夜の出来事といい、そもそも出会った時のことといい、梓玥の言葉が自信過剰だとは思わない。オカ研の全員がそうだろうと思う。だから梓玥の保証がある限りは身の安全は保証されるだろう。
授業をすべて終えた後、オカ研メンバーは香山に連れられ、ハーフパンツスタイルの水着に着替えてプールサイドにいた。梓玥だけは着替えずにいたが、誰が意見を言い、咎められただろうか。
「香山、プールのどのあたりで起こるのが多いっていうのはあるのか?」
「いや、今のところは特にないな……ああ、でもプールの縁ってことはないかな。あと飛び込み用のほうでは何も起きてない」
「なるほど? じゃあとりあえず、準備体操してから入ろうか。香山、頼むよ」
「オッケー。じゃあいくぞ」
はーい、と三人が元気な返事をして、水泳部がいつもしているという準備体操を始める。それだけでなかなかハードだと思ったが、怪異関係なく脚を攣らせてしまうほうが問題があるため、全員が真面目に準備体操をした。
その間に梓玥はプールのほうを眺めているように見えた。何もしていないということは、何もないと思っていいのだろうか。
「っわ、嶋田! おまえ飛び込みめちゃくちゃヘタクソじゃねえか!」
腹打ちして派手な水しぶきを上げた嶋田に、西山が顔へ盛大にかかった水をしかめっ面で払う。真岡はその横を綺麗なフォームのクロールで泳ぎ去っていった。
瀧はといえば、借りた浮き具を付けてのんびり背泳ぎをしていた。浮き具をつけていれば沈むこともないだろうという考えだが、さて正解だろうか。
久々のプール、しかも温水プールではしゃいでいたのは最初の三十分ほど。
違和感に気付いた。浮き具で浮いたままプールの半ばほどに来た時だ。
浮いているはずなのに、徐々に体が重くなっている。気のせいかと思ったが、少しずつ脚は下がるし鉛のような重さでだんだんと水に沈んでいっている気がするのは、きっと気のせいではない。
ぞわ、と全身が総毛立ち、どくどくと脈打つ鼓動が深く強く、速くなる。目の前がチカチカしてハレーションを起こし、体は軽くなっているのに沈んでいる。
「瀧!」
ばしゃん、と大雨が降ったような水音がして、瀧は意識を引き戻す。誰が呼んでくれたのだろう。
プールサイドに立っていることに気付いたのは、どれくらい経ってからなのか。
「今の……なんだったんだ……?」
はぁ、と息を吐くと、体になんだか違和感がある。けれどそれが何かを探るより先に、真岡、西山、嶋田、香山になんとも言えない顔で見つめられていることに気付いた。
「なんですか、みんな変な顔して」
「いや……だってそりゃ……」
「タキちゃんセンパイ、獣人か神族の方だったんですか?!」
嶋田の唐突な問いに、反射的に「はぁ?!」と返した。
「そんなわけあるか、オレはれっきとした純粋なヒトだ!」
「いや、でもさぁタキちゃん……」
西山の引きつったような顔に首を傾げると、真岡が頭の上のほうを指差す。
「タキ、自分の頭と腰を触ってみろ」
「は?」
「いいから」
言われるがまま、自分の頭と腰を撫でて――動きを止めた。
「……ナニコレ」
「何かの動物的な耳と尻尾……だと思うんだよなぁ……尻尾のふさふさ具合から察するに、狐とか……でも狐ってそんなに何本も尻尾あったっけ……? ないよな……でも狐だと思うんだよ……おまえらはどう思う?」
「真岡に同意」
「真岡に同意」
「真岡センパイに同意」
「こんな時に一致団結しなくても……梓玥サン」
振り返ると、梓月は目を見開いて瀧を見つめていたようだったが、瀧が救いを求める目で見ていることに気付いたのか、一度目を伏せてから全員を見回す。
パチンと指を鳴らした、と思ったら四人が瀧から視線を外した。なんの前触れもなく、四人とも瀧の姿に突然興味を失くしたような、忘れたような、不自然な態度だ。
慌ててもう一度自分の頭や腰のあたりに触れるが、先ほど感じたふさふさとした感触はもうない。
(ええ……何これ……何が起きたんだ……)
瀧自身でも原因がわからないことをあれこれ詮索されるよりはよほどいいが、不自然には違いなく、気持ち悪さがあった。
瀧の耳や尾の件はともかく、今この現象の原因をどうにかしてくれたのは、間違いなく梓玥に違いない。けれど今それを問いただす必要はない。それよりも優先事項が他にあるからだ。




