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15 水落鬼2

「え? ここじゃないの?」

「待ち合わせに全員でいたほうがいいから、とにかく来てくれって。六号棟の横のベンチっす。おれも向かう途中なんで」


 行きましょー、と元気に言う嶋田が、一番慣れが早かったかもしれない。梓玥に対しても物怖じしないタイプだ。

 なんとなく嶋田を先頭にして食堂棟の隣、六号棟の東側へ向かう。すでに真岡と西山はベンチの前にいた。夏の日差しに溶けそうになっているのは瀧だけではないが、梓玥だけが涼しい顔をしている。


(暑さを感じないのかな……そういえばずっと長袖だし)


 はあ、と吐いた息まで熱い気がした。


「お、揃ったな」

「お疲れ様です」


 六号棟の東側へ到着すると、ベンチには真岡と西山が座っていた。こちらに気付くと立ち上がって伸びをする。


「真岡さん、食堂じゃないとこで全員集合ってどうしたんですか? こんな空調もない外で」

「オカ研で呼び出されたんだよ。人目があんまりないところがいいって」

「オカ研で? 全員ですか? 誰から?」

「そう。時間だから、もう来るはず」


 時間に正確なやつなんだ、と真岡が言ったところで、十三時のチャイムが鳴った。


「すまん真岡、待たせたか?」


 チャイムと同時にやって来たのは紺のキャップをかぶった、肩幅が広く上背のある青年だった。


「そうでもない。みんな、この男は香山。俺の高校時代の同級生。香山、こっちが後輩の西山、壬司、……黎サン、嶋田」


 梓玥を呼ぶのに躊躇した理由はよくわかるだけに笑いそうになったが、腹筋に仕事をしてもらった。

 互いに挨拶を済ませると、真岡が口火を切る。


「で、俺らに頼みたいことってなんだよ」

「真岡は俺が水泳部っていうのは知ってたよな」

「知ってる。エースだろ。ヒトの大会じゃ全国大会常連じゃん?」

「まあ、そう。相談したいことっていうのは、部活のほうのことなんだけど」

「水泳は門外漢だぞ」

「泳ぎのことってわけじゃないんだ。プールで最近、おかしなことが立て続いてて。オカ研なら何かわかるんじゃないかって思ってさ」

「おかしなこと?」

「どんなことなんすか?」


 西山と嶋田の前のめりな問いに、よくぞ訊いてくれたとばかりに香山が頷く。


「夕方、水泳部員が練習してたら、脚を引っ張られたってことがちょくちょくあって」

「いつから?」

「この二ヶ月くらいかな……脚攣ったの勘違いしたんじゃないかって思うだろ? でもこの二ヶ月で水泳部三十人のうち全員が体験してるんだよ。二回も三回もやられたやつもいるんだ」

「……溺れたやつは?」

「溺れかけたやつはいるけど、大丈夫。ただ、水に入るのが怖くなったって言って辞めるやつも出てきてさ……」

「あー……そいつは切実だ……」


 オカ研なら、この前の件で嶋田や西山が辞めると言い出すようなものだろう。幸いなことに、ふたりとも懲りることを知らない男たちだから今のところは心配無用だ。


「もしかしたら何かいるんじゃないかって言いだしたやつがいて……でもほら、俺ら単なるヒトじゃん? どうしようもできなくない? って思った時におまえのこと思い出してさ。もう藁にも縋る気持ちなわけ、今」

「藁かよ」

「丈夫な藁」

「どのみち藁じゃん!」


 笑い合う真岡と香山は、高校時代もこんな風に仲が良かったのだろうと窺える。


「オカルトは研究してるけど、だからといって何かできるかはわかんねえぞ? 俺らだってただの人間なんだから」

「最悪、最終的には近所の神社の神主にでも土下座して頼る」

「そこまで……」


 嶋田が思わず呟いたようだったが、それほど切羽詰まっているということだろう。何しろ部員が何人か逃げている。下手をすれば大会出場に関わってくるのではないか。


「そうなんだよ。だから急いでてさ……今日の夕方空いてる? よかったら、よかったらでいいんだけど、プールのほうに来てくれよ」

「現場検証だ……!」


 西山の目が光る。彼がオカ研で一番フィールドワーク好きだ。下手をすると人命に関わるということがわかっているから、あからさまに浮かれた反応はしないだけの常識はあるが。


「あ、でも水着ないぞ」


 足を引っ張られるのがプールの中だけに限られるなら、水の中に入らねばならない。夏になる時季だが、授業に水泳があるわけではないから水着の持ち合わせなどあるわけがなかった。

 だが香山は自分の胸を叩く。


「任せろ、部室に予備がある」

「全員分あるか?」

「問題ない」


 真岡と香山のやりとりに、つい瀧が呟く。


「全員入るんですか……」

「そりゃ、被検体は多いほうがいいだろ」

「被検体……」


 化学か何かの実験か? と思わないでもないが、言っている意味はわかる。水泳はあまり得意ではないが、点数を付けられるわけではないのだから、と自分を慰めておく。

 そうして、真岡がハッとした顔で梓玥を振り返った。つられて瀧も彼を見る。

 真岡が何かを言うより早く、梓玥は浅く頷いてくれる。訊こうとしたことに対する了承の意味だ。


(かっこいいな……)


 何も言わないうちから言いたいことがわかるなんて、以心伝心、のようなものを感じた。


(卒業して就職するなら、お互いのことわかってるとかいいよな)


 まだ先の話、とも言えない。陰陽師の適性がないからそちらには進めないが「では何をするのか」は考えなければならない。今思いついたのは「誰かと何かできればいいな」というぼんやりとした思いつきだ。


(企業に就職……とかは合わない気がするし……)


 何より、陰陽師家に生まれながらそちらのほうへ進まなかったことを突かれるのは面倒だ。それなら個人でできることでも挑戦したほうがいい。


(どういうことをしたいか、とかは、まだ全然わからないけど)


 追々思いつくかもしれないし、何かきっかけができるかもしれない。まだ時間はある、と焦らないでおくことを決めた。


「じゃあ、五限が終わったらプールに集合な。香山、よろしく」

「それはこっちの台詞だろ。頼むよ、丈夫な藁」

「藁言うなっつーの」


 真岡と香山が笑い、その場は解散になった。


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