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14 水落鬼1

「浮かない顔をしている」


 授業後の食堂、いつもの場所。

 梓玥(ズーユェ)に指摘されて思わず自分の頬を手のひらで撫でた。何が顔に出ていたのだろう。


「何か心配事でも?」

「いや……心配するようなことは、何もないんですけどねえ……」


 強いて言えば夢を見たくらいだ。けれどそれと現状は関係がないだろう。漏れそうになる欠伸を噛み殺した。

 気付けば、足許では黒狐のシロがぴったりと体を瀧に寄せている。

 顔を上げたシロが顎から首にかけて瀧の脚に擦り付ける。瀧には生身の狐と大差なく触れられるし体温も感じるから、シロの体温にホッとした。どうも落ち着かない気配を読まれているような気がする。


「……シロ、呼んだ覚えはないんだけど?」


 戻りな、と時計をとんとんと示すが、シロは梓玥のほうへ行き、彼をじっと見上げる。さすがにこれには慌てた。二度も続けて彼を呼んだことで、懐いたのだろうか。式神なのに、そんな犬か猫みたいなことがあるのか。


「シロ、戻ってこいって」

「…………」


 じっと見つめ合うひとりと一匹。シロは傍からは見えないはずだから、他人が見ても梓玥が足許を見ているだけにしか映らないだろう。

 スッと梓玥が手を差し出すと、シロはその手に顎を乗せた。


「……犬じゃないんだから……」


 何をしているんだ、と苦笑しても、シロは戻ってこない。これはどうも、すっかり梓玥に懐いてしまったらしい。瀧たちのピンチを救出してくれた相手だからなのか、他に理由があるのか。

 梓玥の長い指がシロの眉間から額をくすぐるのを見ると、なんとなくそわそわした気持ちになった。


「君の家では、狐を使役するのか?」


 梓月の問いに瀧は首を横に振る。


「いえ……両親や兄たちは、鳥とか犬とか……わりとバラバラですね」

「親類も?」

「はい。クダキツネを使うのは、壬司家より土御門家のほうが得意じゃなかったかな……と思います」


 頷くと梓玥にジッと見つめられる。綺麗な顔は眺めていたいが、見つめられるのは苦手だ。尻が落ち着かないような居心地の悪さしか感じない。


「……いずれ、君の家に行きたい」

「え?!」

「不都合だろうか」


 言いだしたのが他のオカ研メンバーだったなら、何の問題もなく頷けた。けれど相手は黎梓玥(レイズーユェ)だ。


(いや……選択肢はないんだけど……)


 本人は今のところ自らのことを進んで話すタイプではないから、梓玥が神族(しんぞく)――おそらく竜神族だというのは、あくまで瀧たちの推測だ。この世にある三種族のうち、トップに君臨する種族の中の、そのまたトップに君臨する神族に求められて、気軽に断ることができる立場に瀧はいない。

 事前に両親に伝えておく必要はあるが、来客自体を嫌がる家ではない。その来客が、神族だと判明した場合の反応まではわからないが。


「不都合、というわけでは……」

「私は陰陽師とはまったく縁がないわけでもない。君の兄と(ごう)冬璋(とうしょう)とは馴染みがあるだろう」

「…………」


 その名は倭国(このくに)の竜王のひとりだった気がする、とは言えない。この男は竜王とどんな関係があるのか、訊くのも怖い。

 触れてはいけない。

 禁忌とまで言わないが、知らないほうがいいことがこの世にはある。


「ひとまず……両親には伝えておきます……」

「うん」


 表情にあまり変化がないのに、どこか嬉しそうにも感じられた。


(……かわいいって言ったら怒られるんだろうな)


 人間味があるところを初めて見たように思えた。

 不意に、顔を逸らした梓玥が薄らと眉を寄せる。溜息を漏らしたように見えたが、すぐに顔はこちらへ向いた。見たくないもの、あるいは不快なものを見たような態度だ。何があったのだろう。


「梓玥サン、質問していいですか?」


 砕けた口調を求められた後、名を呼ぶのに瀧だけ名前を呼んでほしいと要請された。激しい葛藤があったが、結局『さん付け』をすることで妥協してもらっている。他のメンバーは『黎さん』だ。

 梓玥はほんのりと微笑み、頷く。


「何でもどうぞ」

「梓玥サンの容姿はヒトの世界では……その、めちゃくちゃ目立つんですけど、周りが気にしてなさそうなのは……何かしてるんですかね……?」


 オカ研メンバーの中での予想として、梓玥は神族の中でもトップの竜神族だ。先ほど竜王のことを引き合いに出されたから、瀧の中では確信に変わっている。


 竜神族といえば、全体的に若木のようなしなやかさと逞しさを持つ美男、嫋やかで艶やかな美女が多く、黒髪に白い肌、鹿神族と似たような角、長い尾の色は様々らしいが、優美と決まっている。そうして基本的に穏やかな性質だが、怒らせるとどうなるかわからないところは神族で一、二を争う。


 商業のほうでは表に出ることを好まないが、水資源関係にはよく関連していた。

 そんな神族の御方がヒトに混ざっていて浮いて目立たないわけがないのに、梓玥が編入してきて約一ヶ月半になるが、噂にすらなっていない。



 そんなはずはないだろう。



 あるとすれば、術か何かを使っているはずだ。

 読み通り、梓玥は頷いた。


「そう、隠蔽の術を使っている。気配も極端に薄くしているつもり」

「そんなことできるんですね……」

「神族がヒトの領域に立ち入る時は、隠蔽術を使うのが基本。目立ってしまうのは本意ではないから」

「なるほど……」


 はぁ、と感心の息を吐いた時、嶋田が離れた場所から手を振ってきた。


「タキちゃんセンパイ、黎センパイ! 真岡センパイが呼んでまーす!」


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