12 五人目のメンバー
ゴールデンウィークから二週間後のこと。
第一食堂、窓際のいつもの席。オカ研がいつも溜まるテーブルは、瀧より先に三人がすでにテーブルにいるようだった。
が、様子がおかしい。
三人ともテーブルの向こう側、こちらを向いて座っている。どうやらこちらに背を向けて座っている誰かがいるようだが、それにしても三人の俯いた顔、表情は固い。顔色など蒼白と言っていい。
「どうしたんですか、そんな変な顔、し、て……」
テーブルの側に行くと、言い切る前に三人の身の上に起きた異変を理解した。
(う……嘘だろ……)
瀧に気付いた西山が、助けを求める小動物の目で見上げてくる。そんな目で見ないでほしい。自分だって何もできない。
「……お客様、に、なるんですか……?」
オカ研に?
滑稽な質問だと思いつつ、真岡に問いかける。答えにならない答えを返してくれたのは、三人を挙動不審にさせている本人だった。
「自己紹介もまだだった。私は黎梓玥」
名乗られてしまった限りには、名乗り返さねばならない。それが礼儀だ。
「部長の、真岡了です……」
「副部長の、西山透です……」
「二年の壬司瀧です……」
「……一年の嶋田涉です……」
ひと通り自己紹介したところで、事前に打ち合わせたわけでもないのに全員が梓玥に対して深く頭を下げた。
「……その節は、大変ご面倒をおかけし、またお世話になりまして……」
「ヒトは怪異や妖魔鬼怪に抗う術がないから仕方ない。好奇心も止められないものだろう。無事に帰ることができたようで何より」
「ありがとうございます……」
咎められもせず、無事に帰れてよかったとまで言われてしまうのは恐縮どころではない。
無事に帰宅できたのは、やはり梓玥のお陰だ。近くの駅まで送ってくれたし、電車代まで出してくれた。たとえ親であっても、本当のことを言ったとしても信じてはもらえないだろう。
「…………」
このまま沈黙するのは針の筵に座っているようなものだ。瀧、西山、嶋田がちらちらと真岡に視線をやる。部長なのだから、代表して質問をするのは何もおかしいことではない。
他方、瀧の居心地を悪くしているのは沈黙だけではなかった。
どういう理由なのかわからないが、梓玥は真っ直ぐと瀧を見つめている。顔も視線も上げにくい。
人目も心も奪うような、百花の王のごとき風貌。ただ彼を遠くから見、見惚れているだけならよかったのに、どうしてこんな間近で見つめられなければならないのか。
(心臓に悪いんだけど……?)
あの夜もそうだが、今も、靱さを感じる薄青の瞳は鼓動を乱す作用でもあるかのようだ。
このことは他の三人は気付いていないらしい。きっとそれどころではないからだろう。
「あの……黎さまは、どういった御用で、私たちに……?」
言葉を練っていたのかもしれないが、結局真岡の問いかけはストレートで簡潔なものになった。そうして、返された言葉も簡潔だった。
「この大学に入学した」
「え」
「二年への編入だ」
神族はヒトの上位存在だから、通常ヒトの学校へ入学することはありえない。神族の身内となった稀有なヒトが神族の学校へ通うことはあるようだが、本当に極稀な例だ。
上位も上位の神族(あくまで瀧たちの想像だ)がヒトの大学へ編入するなど前代未聞ではないだろうか。おまけに瀧と同じ学年。何かの意図を感じるが、気のせいだと思いたい。
梓玥は続けて言う。
「それにともない、君たちの同好会に入会したい」
「えっ?!」
これには心底驚かされた。四人ともが同じ顔をしている。
梓玥はあくまで理性的に理由を教えてくれる。
「君たちは怪異や妖魔鬼怪に興味がある。私はそれらに対して有効で安全な手段。――どうだろうか」
言い出された内容にも驚かされたが、それよりこの青年が、まさか自分をオカ研に『有効で安全な手段』として売り込んでくるとは思わなかった。
上位神族ならヒトに対して命令すればいいだけのことだ。それなのにこの男はそれをしない。
(ど……どういうこと……)
意図が、真意が読めない。
瀧以外の三人も同様のことを思ったに違いない。それに、命令あるなしに関わらず、どのみち神族相手のことなのだからヒトである四人に拒否権など最初からあるわけがなかった。
「……俺たちは、とっても、ものすごく、足手まといになると思いますが、それでもいいということですか?」
立ち直りが早かったのは真岡だ。真っ当なことを訊く。これは保険ともいう。
「良い」
きっぱり言い切ってくれた。
傍目には自分たちと同じ歳くらいに見えるのに、言葉のひとつひとつに重みがある。だから彼が「良い」と言うからには、オカ研メンバーはどういう状況であれ身体に不安を覚えることにはならない、ということ。
それを大言壮語と切り捨てるには、彼の本性が見えなさすぎる。神族だろうというのも一方的な予想に過ぎないが、気のせいとは言い切れない。何しろ、今だって、こんなに人目を惹く美貌がいるというのに、誰もこのテーブルを気にしている様子がない。彼が何かしているに決まっていた。
「そこまでするほど、あなたに、黎さまに利があるとは思えませんが……」
「利益は度外視。彼に興味がある」
内心が読めない無表情だったのに、そう言った時だけ少し雰囲気が和らいだ気がした。
ただ、その柔らかさが自分に向けられているとなると話は別だ。挙動不審になってしまう。
「お、オレ?」
「……タキに?」
意外そうに三人が瀧を見る。
(そ、そんな風に見られても……)
自分に彼をそうさせるだけの何があるというのだろう。
「それから、こういう場所や仲間に丁寧に話すのはおかしいだろう。もっと砕けて話してくれて良い。誰も咎めない」
そう言われていきなりすぐに砕けた言葉遣いで梓玥と話せる豪胆はいないだろう。
「お……追々、砕けさせてください……」
「うん」
無礼講というわけではないだろうが、破格の待遇を得られていることを疑問に思う。こちらはただのヒトが四人だ。彼の周囲にはヒトがいないはずだから、珍しがられている可能性はある。
こういう経緯で、オカ研は五人目の部員を迎えることになったのだった。
読んで下さっている皆様ありがとうございます!
評価・ブクマ・リアクションたくさんください!
平日は7時と18時に更新予定です。




