2、命を削って実況するYOUTUBER
その後、俺は洞窟を出て野宿するために町の外れに戻り、適当な木陰を見つけると腰を下ろした。
「さてと……ルルだっけ? 呪いとか寿命とか、もうちょい詳しく教えてくれよ」
ルルは困ったように首を傾げる。
「それが……私があなたに取りつく前の記憶は、もう消えちゃってるの。呪いの解き方も、世界のことも何も分からなくて……」
「いやいや、マジかよ。使えねぇ美少女だなぁ」
「失礼ね!」
呆れ顔のルルに、俺は改めて自己紹介を始める。
「まぁいいや、改めて俺は夏目悠斗。前の世界じゃ「ゆうチャンネル」って名前で活動してたYouTuberだ。登録者数10万人の人気者だぞ? ゲーム実況、ドッキリ企画、何でもやってた」
ルルはきょとんとしている。
「……ゆうちゅーばー?」
「ああ! 世界中に俺のファンがいて、コメントが山ほど来て……まぁ、すごかったんだから!」
ルルは俺の勢いに圧倒されたのか、ふっと小さく笑い声をあげた。
「ふふっ、何だか楽しそうね」
「まぁな。こんなとこ来ちまったけど、ここでも実況してやるって決めたんだ。まぁこんな縁だけど、一緒にいるしかないのならどうせなら楽しくやろうぜ」
ルルは少し微笑えむと。
「フフ、悠斗って変わってるね、でも楽しくやるのは賛成。よろしくね」と返す。
こうして俺たちは軽く談笑し、仮眠を取ることにした。
とんでもない世界に転移させられたあげく、とんでもない呪いを受け、更に野宿中に盗賊に襲われたのにまたまた野宿再開というとんでもない状況だが、俺は少し楽しくなってきた。これくらいのメンタルがないとYouTuberなんてやってらんねぇんだよ、と。
翌朝
さて今日は牧場の面接だ──。
朝一、行動を開始し牧場に辿り着いた俺だったが、そこには予想外の光景が広がっていた。
牧場は完全に閉業しており、敷地は荒れ果て、建物はぼろぼろに朽ちていた。
「嘘だろ……?せっかく仕事が見つかったと思ったのに……」
全身から力が抜け、その場にへたり込んだ。
「てか、あの求人情報、何年更新されてないんだよ……職業斡旋所、仕事しろよなぁ……」
しばらく落胆して地面を見つめていたが、ふと視界の隅に何かが映った。目を向けると敷地の片隅に辛うじて立っている、小さくてボロボロな小屋が目に入った。
「持ち主もいないだろうしもう勝手に住みつくか?いやいや、さすがにあのボロ屋じゃなぁ……」
呆れて呟きかけたが、その瞬間、あるアイデアが頭をよぎった。
「待てよ……これリフォームしたら、めちゃくちゃ面白いネタになるんじゃないか!?」
俺は元いた世界の動画ジャンルを思い返す。
「リフォーム系YouTuberって超人気ジャンルなんだよな。ボロボロな建物が見違えるほど変身する動画って、再生数すごいんだぜ? ……よし、元の世界に戻ったら俺もリフォーム動画やろうかな!」
急に湧いた新たな希望に俺は思わず立ち上がり、小屋へ駆け寄る。
「おお!これだよ!このボロさが逆に味になるんだよな!よっしゃあ!基地ゲット!」
「えぇぇ!? 悠斗、正気!? こんな汚いところ嫌よ!もっと綺麗で可愛いところがいい!」
ルルはわがまま全開で頬を膨らませて文句を言い続ける。
「何言ってんだよ! このボロさがリフォームの醍醐味だろ? これだから素人は困るぜ……!」
「悠斗ってホント変わってるよね、あぁーこんなとこ嫌だなぁ」
不満を垂れるルルを軽く流しつつ、俺の腹が盛大に音を鳴らした。
「あ、やば……食べ物探さないと……」
仕方なく俺は、食料探しをするために近くの森へと向かうことにした。
「さあ、皆さん! ここは異世界の森の中、俺は今まさにサバイバル実況をお届けしています! 空腹を満たすため、森で拾ったキノコを調理中! このキノコ、見た目は怪しいですが……果たして食べられるのか!? それとも、これが最後の実況になるのか!? 乞うご期待!」
俺は木の棒でキノコをクルクルと回しながら、実況を続ける。
「まずは火起こしから! 皆さん、キリモミ式火起こしってご存じですか? 昔、動画でやってたんですけど、意外と簡単に火がつくんですよ! ほら、見てください! 煙がモクモク……おっ、火がつきました! 俺、意外とサバイバル能力あるじゃん! ……って、まあ、異世界だから多少はね?」
ふいに頭がクラっとした。
キノコが焼け始め、いい香りが漂ってくる。
「おっ、いい匂いがしてきました! このキノコ、実は毒キノコかもしれないんですけど……まあ、食べてみないことにはわからないですよね! というわけで、さっそく一口……!」
俺はキノコを口に運び、かじりつく。
「……ん? うん、まあ、普通にキノコの味がする。ちょっと苦いけど、食べられないことはなさそうだ。……って、あれ? なんか体がポカポカしてきた……?」
突然、体が温かくなり、目の前が少しぼやける。軽い眩暈のような感覚がする。
「おっ、これは……もしかして、毒キノコじゃなくて、何か特別な効果があるキノコだったのか!? いや、でも、体が軽くなってる……これは……いい感じ! 皆さん、これは大発見ですよ! 異世界のキノコ、食べたら体が軽くなるみたいです! ……って、まあ、あとで副作用が出ないことを祈りますけどね!」
俺は調子に乗って、もう一口食べようとした。
その瞬間、ルルが俺の肩に飛び乗り、キノコを叩き落とした。
「ちょっと、悠斗! また変なもの食べてるの!? キノコなんて適当に食べたらダメでしょ! しかも、赤いキノコまで……あなた、本当に死にたいの!?」
「いや、ルル、大丈夫だって! だって、これ美味しいし、体が軽くなってるんだぜ!」
「美味しいとか言ってる場合じゃないわよ! ほら、もう目が泳いでるじゃない! 次は幻覚が見えるとか言い出すに決まってるわ!」
「幻覚? いや、そんなことないよ……って、あれ? ルル、なんか君が3人に見えるんだけど……」
「ほらね! もう幻覚見てるじゃない! 早く吐き出しなさいよ!」
「いや、でもせっかく焼いたんだし……もう一口……」
「もう一口もなにも! あなた、本当にどうしようもないわね!」
ルルは俺の頭を小突きながら、ため息をついた。
「まったく、あんたが死んだら私も死ぬんだってば……ほら、水を飲みなさい! 毒を薄めるの!」
「わかったよ……でも、このキノコ、本当に美味しいんだぜ……」
「もう、いい加減にしなさい! !」
「はいはい……」
俺はルルに言われるがまま、水を飲み干した。
「わかったよ……ありがとう、ルル」
「……まあ、あなたが元気でいてくれるなら、それでいいわ」
ルルは呆れ笑いをし、俺の肩にぴたりと寄り添った。
「さあ、次は安全なキノコを探しましょう!
あなたみたいな命知らずな相棒を持っちゃったら、私も大変だわ!」
「はいはい、よろしくお願いします、ルル先生」
俺たちは笑いながら、森の奥へと進んでいった──。
「……あれ?」
森をしばらく歩き、開けた場所に出ると、どうやら前に盗賊に襲われた場所に戻ってきてしまったようだ。そして、そこにはあの盗賊たちが再び現れていた。
「おい、お前……前に逃げた野郎だな?」
盗賊の一人が俺を指差し、笑みを浮かべる。どうやら、俺のことを覚えているらしい。
「まさか、また会うとはな……こいつ、懲りてないみたいだぜ」
もう一人の盗賊がナイフを手に、俺に近づいてくる。
「……やっべ、またかよ」
俺は焦りながらも、冷静に状況を把握する。盗賊たちは三人。前回と同じメンバーだ。しかし、今回は逃げ道もなく、完全に囲まれている。
「さあ、どうする? また逃げるのか?」
盗賊たちは俺を嘲笑う。しかし、その瞬間、俺はあることに気づいた。
「……あれ?」
盗賊たちの動きが妙に遅く見える。ナイフを振り下ろす手が、まるでスローモーションのようにゆっくりと動いている。俺はその隙をついて、素早く身をかわす。
「おい、どうなってんだ!? こいつ、急に速くなったぞ!?」
盗賊の一人が叫ぶが、その声さえもゆっくりと聞こえる。俺は自分の体が驚くほど軽くなっていることに気づいた。
「……もしかして、これ、ルルの力の副作用か?」
寿命の消化速度を速める?いや時間の流れが速くなるみたいなこと言ってったけ?
ってことは俺だけの時間消費が速まっている──。
俺はこの呪いの可能性に気づき、不謹慎にもちょっとワクワクしてしまった。
いやいや命削られてんだぞ、俺。
「なぁルル、もしかして、だけど寿命の消耗って早く出来たりする?」
「多分、悠斗の意志で出来ると思う、私の力を使うイメージをしてみて」
どんなイメージだよ、とちょっと笑ってしまったが俺って案外器用なのよねぇ。
「よし、これならいける!」
俺は実況を再開する。
「さあ、皆さん! ここで主人公、ついに新たな能力を発動! その名も『高速ムーブ』! 俺だけの世界の時の流れの速度を超えて、超高速で敵を一掃しちゃいます! これが逆転の切り札よぉおおおおお!」
俺は盗賊たちの間をすり抜け、素早く動き回る。ナイフや棍棒の攻撃はすべてかわし、逆にこちらの攻撃を仕掛ける。勿論、武器も何ももっていないので殴る蹴るくらいしか出来ないけど攻撃速度も半端ないから。この速度で殴られたら痛いぞぉ?
体感3倍速くらいになってるかな?
「ほら、どうだ!? これが俺の実力だ!」
盗賊たちは俺の速さに驚き、次々と倒れていく。しかし、その瞬間、俺の体に異変が起きた。
「……うガッッっ!?」
突然、激しい疲労感が全身を襲う。足がガクガクと震え、視界がぼやけてくる。
高速行動に体がついていけてないのか、、、しかもさっき敵を殴った拳もクソ痛ぇええええ
「くそ……体が耐えられない……」
コイツは、マズイかもなぁ、いやかなりヤバイぞ、これ。
体が耐えられない速度で動いたせいで、限界を迎えつつある。俺はその場に膝をつき、息を切らす。
「悠斗! 大丈夫!?」
ルルが心配そうに声をかける。
「ああ……まあ、なんとか……」
俺は無理やり立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。
盗賊たちはまだ一人しか倒れていない。
「……まずいな」
俺は必死に頭を働かせる。このままでは確実にやられる。何か策はないか?
その時、ふとルルが囁く。
「悠斗……私の力を、もっと使って……」
「……え?」
「私の力を最大限に引き出せば、一時的にはもっと速く動けるわ。でも……その代償は……」
ルルは言葉を濁すが、俺はその意味を理解した。体にさらに大きな負荷がかかることになる──。
「……わかった。やってみるよ」
俺は覚悟を決め、ルルに力を貸すよう頼む。
「さあ、皆さん! ここで主人公、最後の切り札を発動! その名も『超ウルトラ高速ムーブ』! これで決着をつけるぜ!」
俺の体が再び軽くなり、世界の動きがさらに遅く見える。俺はその力を借りて、残りの盗賊たちを一網打尽にする。
俺が動くと盗賊たちは次々と倒れ、ついに全員が地面に崩れ落ちた。
しかし、それは俺も同じ。
その場に立ち尽くし、息を切らす。
「……やったぜ」
しかし、その瞬間、激しい痛みが全身を襲う。俺はその場に倒れ込み、意識が遠のいていく。
「……悠斗! 悠斗!」
ルルの声が遠くに聞こえる。俺は必死に目を開けようとするが、体が言うことを聞かない。
「……これが、代償か……」
こんなのが続くとマジでやばいな、、、
ここで倒れたら盗賊が先も目を覚ましたらやられる。
俺は苦笑いを浮かべながら、なんとか距離を取り、そして意識を失った。
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意識が戻ると、俺は冷たい地面に横たわっていた。ルルが俺の傍らにいて、心配そうな顔をしている。
「……大丈夫?」
「ああ、なんとか……」
俺はゆっくりと体を起こす。全身がだるく、動くのも一苦労だ。
「……寿命、どれくらい減った?」
ルルは少し黙り込む。
「……正直、寿命はそこまで消耗してないと思う。加速していたのも短時間だったし。ただ、体への負担はかなりキツそうね……」
「……そっか、わかった」
ふと自分の体に目をやった。手のひらを見つめると、何だか以前より少し皺が増えたような気がする。いや、気のせいかもしれないが……。
「……いや、あの短期間使用でそこまで寿命に影響でるはずがない……」
自分を納得させるようにつぶやく。
だが、色んな事を考えると恐怖が込み上げてきた。
普通に暮らしていれば1.1倍速、それならまだいい。
今後もこんな戦闘が続くことになれば3倍、4倍と加速する事が当たり前になるかもしれない。
そうなったら俺はあと何年持つんだろう?
いや、もともと爺ちゃんになるまで生きられる保証なんて誰にもないんだから、もしかしたら数年も持たないかもしれない。
ルルに取りつかれたことで、俺の命は確実に短くなっていっている。
その実感が、じわじわと心に染み込んでくる。
「……精神的にもやべぇな、これ……」
俺は思わず声を漏らす。ルルが心配そうに俺を見つめる。
ふとキリモミ式火起こしのことを思い出した。
「……そういえば、あの時も妙に簡単に火がついたな」
俺はルルに尋ねる。
「ルル、あの時、俺が火を起こした時、何か感じなかったか?」
ルルは少し考え込む。
「んー……確かに、何か違和感を感じたのよね」
俺はその言葉に納得する。
「……そうか、恐らく無意識に寿命消化の速度のギアを上げちゃってたんだな」
「もしかして、あの時も体に負荷がかかっていたのかもしれないな」
ルルは驚いたように目を丸くする。
「えっ!? そんなことしてたの!?」
「いや、だから無意識だったんだって
でも、これからは気をつけないとな」
黙り込む悠斗
「悠斗……大丈夫?」
「ああ、まあ……ちょっと怖くなっただけだ」
俺は苦笑いを浮かべる。
でも、その瞬間、ふと前の世界のことを思い出した。
「……まぁ、種類は全然違うけど、Youtuberの時だってもっと絶望的な状況をなんとかしてきたじゃないか」
確かに、動画が全然伸びない時期もあった。編集に徹夜で取り組んで、それでも再生数が伸びず、視聴者からの批判も浴びせられた。
でも、俺は諦めなかった。なんとかして、這い上がってきた。
「……そうだよな。あの時だって、絶望的だったけど、なんとかしてきた……」
俺は自分を鼓舞しようとする。でも、すぐに現実が頭をよぎる。
「……いや、どう考えても今の方が絶望的か……」
寿命が削られていく恐怖と、この世界での生き残りの難しさ、そしてルルの呪い。どれを取っても、前の世界の比じゃない。でも、そこで立ち止まっていても仕方ない。
「……ま、とにかくやるしかないよな」
俺はあっけらかんと笑い、ルルに目を向ける。
「よし、ルル! まずはあの小屋をリフォームして、拠点を作ろうぜ! それから、解呪方法を探す!」
ルルは少し驚いたように目を丸くするが、すぐに笑顔を浮かべた。
「うん! そうしよう!」
俺たちはおんぼろ基地へと戻ることにした。